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第60話 体力測定


 魔法学園の校庭は、転んで怪我をしないよう小石一つないレベルで手入れされており、学園の生徒が思う存分に身体を動かせる場だ。


 体育の授業はもちろん、大きなイベントや魔法の訓練など用途は多岐にわたり、保護者説明会でちょっとした推しポイントになるほどの広大さを誇っていた。


「校庭十周持久走、はじめ!」


 体育教師の威勢の良い掛け声と共に、横並びになった女子生徒が一斉に走り出す。

 その中にはユフィの姿もあった。


 一見、色白で線も細い、部屋に引きこもってゴロゴロばかりしてそうな身体のユフィだが、その表情に曇りはない。 


(攻撃魔法の練習しによく山に行ってたから、体力には自信ある……!!)


 田舎暮らしの数少ないアドバンテージを活かせる時が来たと、意気込みは充分だ。


(この持久走でトップを取って、みんなから一目をおいて貰おう……)


 成績はダメダメだが、体力の面では評価されるかもしれない。

 重度の承認欲求枯渇病を患っているユフィは、全身全霊で持久走に挑み……。


「かひゅーっ……かひゅーっ……」


 五分も経たないうちに呼吸困難に陥っていた。

 汗はダラダラ、足元は生まれたての子鹿のようにガクガクでおぼつかない。


 一方で、自分以外の生徒は涼しい顔をして校庭を走っている。


(……なんで……どうして……?)


 持久力で他の生徒と一線を画すはずが、現在ぶっちぎりのビリ。

 山の中を縦横無尽に駆け回っていた頃の体力は見る影もなかった。


(おかしい……こんなのって……どこに行ったの私の体力……って、あっ……)


 気づく。


疾風脚ハリケーン・レッグ!』

『ゲイル・グライド(疾風滑翔) !』


 そういえば、ここ数年は少しの移動でも風魔法を使っているという事実に。

 自分の足じゃなく、風魔法に頼っているのだから体力がつかないのは当然だ。


 歩くよりも楽な移動手段があれば使ってしまうのが人間の性というものであった。


「自業……自得……!!」


 ただっぴろい校庭の中、ユフィは息絶え絶えになりながら言葉を漏らした。


「やっと終わったか、ユフィ・アビシャス」


 足を引き摺るようにしてゴールラインを越えたユフィの記録タイムを、体育教師は無慈悲な手つきで記入する。

 

 結果は他の生徒に比べて二周遅れ。圧倒的ビリケツである。


 ふらふらと休憩スペースに歩いていくなり、ユフィはびたーん! と倒れ込んだ。


 浅い息をついて全身をピクピクさせる姿はまるで子供に蹴られた蛙のよう。


「ユフィちゃん、大丈夫!? お水いる!? すぐ助けてあげるからね!」


 どこからともなく駆けつけてくれたエリーナが回復魔法をかけてくれた。


「ありがとうございます、エリーナさん。ごめんなさい……私の体力がゴミなばかりに、体操服を汚してしまいました……」

「汚れなんて気にしないで。ユフィちゃんは編入組だから、体力が充分じゃないのは仕方がないわ」

「編入かどうかで体力が変わるんですか?」


 魔法学園は貴族学校出身のエスカレーター組と、ユフィのような編入組で分かれている。


「幼い頃に魔力を持っていると判断されたら、大抵は魔法の英才教育を施されるの。魔法と体力に一定の相関があるから、体力訓練も受けさせられるのよね」

「なる、ほど……」


 どうりで皆体力があるわけだ。


「灼熱の日にエーセスト山(標高12800m:王国で一番高い山) を登らされたのは、なかなか堪えたわ……」


 エリーナが遠い目をしている。

 聞くだけで「ひっ」と悲鳴が漏れてしまった。


 そんな中、クラスメイトのアンナが何やら平べったい器具を持ってやってくる。


「二人とも、握力測定は終わった?」

「|悪(、)力測定……そんな恐ろしい測定があるのですか?」

「ユフィちゃん、それ多分字が違うわ」


 首を傾げるユフィ。

 くすくすと笑うエリーナ。


 アンナは器具を掲げて説明をしてくれる。


「握力測定は簡単に言うと、何かを握る力を測定する項目ね。この魔道具のここをぎゅっと握ったら、握る力を測れるわ」

「へええ……そんなものが……!!」


 魔道具とは、魔力を使った便利グッズのことだ。


 広く王都には普及しているが、地方にはまださほど流通していない。

 握力を測る魔道具の存在を知らなかったユフィは、しげしげと測定器を見つめる。


「ユフィちゃんからやってみる?」

「わ、私なんかが触れて良い物なんですか!?」

「触れないと握力測れないけど……」


 苦笑するアンナからユフィは測定器を受け取る。


(大丈夫……よく蓋が開けられないことはあるけど……平均……平均よりはあるはず……)


 そう自分に言い聞かせ、ユフィは深く息を吸い込む。


「いきますっ」


 きゅっ、と渾身の力を込めて測定器を握る!!


「ふんっ……!! ふんっ!! んんんん~~~!! んんん~~!! ふはっー!」


 砂漠の部族に伝わる面妖な踊りのような動きをすること数秒。


「ど、どうでしょうか!?」

「えっと、ユフィちゃんの握力は…………………2、だね」

「そ、それって凄いんですか!?」


 握力測定をしたことがないユフィには、数字の相場がわからない。

 でもワンチャン一目を置かれる可能性があると目を輝かせるユフィに、アンナは言いにくそうに答えた。


「えっ、とー……赤ちゃんには、勝てるかも?」

「ゴミですね知ってました調子乗ってすみません」


 ユフィの顔から光が消えた。


「エリーナ様も、どうぞ」

「ありがとう」


 測定器を手に取って、エリーナはすうっと息を吸い込む。


「えいっ」


 メリィッ。握力測定器からしちゃいけない音がした。


「あ、握力127!? エリーナ様、凄いです!」

「あら、そんなにあった?」

「去年よりもパワーアップしていますね! 流石です!」


 アンナがエリーナに尊敬の言葉を投げかけている。


「凄いなあ……エリーナさん……」


 神はエリーナに二物を与えた上におまけまでつけてくれたようだ。

 自分の結果との明らかな差に、ユフィはパチパチと手を叩くしかない。


「ははっ、相変わらずゴリラみてえな力してんな」


 振り向くと、ジャックが腕を組みニヤつきながら言った。

 次期聖女候補の公爵令嬢様をゴリラ呼ばわりなんて不敬行為でしかない。


 しかしジャックも軍務大臣の令息で、二人とも幼馴染の仲ということもありこうした言葉使いが許されるのだろう。


 幼少期から続く絆ゆえの関係性をユフィは常々羨ましいと思っていた。


「もー、ジャック君ったら、女の子にそんなこと言わない」

「まあまあ怒るなって、ゴリーナ」

「ジャック君、手出して?」

「どうした?」

「えいっ」


 メリメリィッ!!


 決して人間の手から出ちゃいけない音がした。


「いででででっ、悪かった! 悪かったって!」


 本気で痛がるジャックを解放してからエリーナは尋ねる。


「ジャック君は相変わらず?」

「おうよ! 持久走、走り幅跳び、鉄球投げ、握力……全てにおいてぶっちぎりの一位よ!」


 意気揚々と拳を掲げ得意げに笑うジャックにユフィは尊敬の眼差しを向ける


「全部一位! 凄いですね、ジャックさん……」


 ユフィが言うと。


「いや、まだまだだ……」


 どこか曇りが差した表情でジャックが言葉を漏らす。


 その姿はまるで、自分を戒めているように見えた。


(ジャックさん、自分に厳しい人なんだなあ……)


 と、この時のユフィは思った。

 ジャックの表情が薄暗くなったのは一瞬で、ユフィに向いて尋ねてくる。


「そういうお前はどんな感じなんだ?」

「全種目びりっけつです、はい」

「…………マジで?」

「悲しいです」


 るーっと涙が出そうになるユフィの一方で、ジャックは顎に手を当て首を傾げる。

 そして、 ユフィにしか聞こえない声量でジャックは言った。


「おかしいな……あれだけの攻撃魔法が使えて、体力が皆無だと……?」

「はっ……確かに……」


 ジャックの疑問にユフィはすぐに合点がいく。

 体力と魔法に相関性があるなら、凄まじい威力の攻撃魔法が放てるユフィには底なしの体力があるはずだ。にも関わらず、ユフィの体力は皆無。


 そもそもの話、男しか使えないはずの攻撃魔法を、どうしてユフィが使えているのか。

 未だにその謎は解き明かされていない。


(わからないことだらけだ……」


 この世の理に関わる謎が立ち話でわかるはずもなく、体力測定の時間は過ぎていった。


 そうして授業が終わった後。


「体操服、お貸しいただきありがとうございました!」

「いえいえ、こちらこそ。家宝にするわ」

「えっ?」

「なんでもないわ」


 エリーナの笑顔に含みがあったような気がしたが、ユフィが意図読み取れることはなかった。




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