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【完結】聖女様になりたいのに攻撃魔法しか使えないんですけど!?  作者: 青季 ふゆ@醜穢令嬢 2巻発売中!
第四章

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最終話


 魔王が消えたという報は、数日のうちに世界中へと駆け巡った。


 正確な原因は、誰にも分からなかった。


 突如として魔王城が崩壊し、瘴気の濃度が急激に薄れ、大地を蝕んでいた闇が一気に退いた。


 各地に散らばっていた魔族の軍勢も、まるで操り糸を断たれた人形のように動きを止め、やがて霧散していった。


 王都では混乱と安堵が入り混じり、魔王軍に備えていた騎士団や各国の使節が情報収集に奔走した。

 魔王との戦いが終わったという確証は得られないまま、しかしそれでも、誰もが薄々察していた。


 ――何か、異常な事態が起きたのだ、と。


 だが、その真実を知る者は、ほんの一握りしかいなかった。

 目の前でユフィが魔王を倒すのを目撃したライルが一応、国王に報告したようだが、内容が荒唐無稽過ぎて公開には至らなかった。


 いや、世界を混乱させないためにも今後公開されることはないだろう。

 たった一人の少女が魔王を打ち倒したなどという事実は、歴史の裏に埋もれることになった。


 けれど、裏で動いた者もいる。

 ザインはユフィとの約束を果たすかのように、王バレンシア教の枢機卿を失脚へと追い込んだ。


 幾重にも重ねられた権力の網を切り裂くように、彼は教会の腐敗の証拠を次々と突き付けていった。


 かつてユフィを抹殺しようとした男は、祭壇の階段から引きずり下ろされるようにして、その座を追われたのだった。


◇◇◇


「……ただいま」


 一週間の時を経て。


 春の風が残る学園に、ユフィの姿があった。

 いつもと変わらぬ門構え、見慣れた制服の生徒たちの声。


 けれど、ユフィの瞳には、どこか別の色が宿っていた。

 いつもの学園に登校する心持ちは、どこか変わっていた。


 それは、ユフィの身体に起きたある変化に起因する。


 ――攻撃魔法が、使えなくなっているのだ。


 魔王を倒したあの日を境に、ユフィの体から魔力が抜け落ちたように、どれだけ集中しても魔力の奔流が形を結ばなくなっていた。


 炎の矢も、氷の槍も、雷の鎖も、何ひとつとして現れてくれない。

 しかしそれも考えてみれば当然の話だった。


 ユフィの攻撃魔法は、シンユーを宿していたから使えていたもの。


 シンユーがいなくなった今、攻撃魔法を使うことはできない。


 それは、ユフィがただ、弱々しい回復魔法しか使えない、普通の女の子になっていたことを意味していた。


「……でもまあ、ここからが本当のスタート、って感じかな?」


 ユフィは弾んだ声で呟く。

 その笑みには、寂しさも迷いもなかった。


 不思議と、心は澄んでいた。

 たとえ攻撃魔法がなくなっても、誰かを守りたいという気持ちは、ここにある。


 だからもう一度、始めよう。

 何度失敗しても、ダメダメと笑われても。


「私は、もう一度……聖女を目指す!」


 拳を高らかに上げて、ユフィは叫んだ。


 その誓いは、春風に乗って空へと解けていった。

 まるで、それを見守る誰かが、遠くでそっと頷いたかのように。


◇◇◇


 温かな陽気が差し込む午後の生徒会室。

 春の光がレースのカーテンを透かし、風に揺れてはサラサラと心地よい音を立てている。


 そんな静かな空気を破ったのは、爆発のような勢いのドアの開閉だった。


「ゴボウを取りに来ましたわーーーっ!!!」


 バーンッ!

 と生徒会室の扉を蹴破らんばかりの勢いで現れたのはキャサリン。


 金色の縦巻きロールが午後の光を反射しながら跳ね、堂々とした足取りでユフィに詰め寄る。


「お、お待ちしておりました!」


 ユフィは立ち上がり、引き出しから包みを取り出して差し出した。

 布に丁寧に包まれたそれを、キャサリンは目を輝かせて受け取る。


「まぁ……この香り、この硬さ、この筋張り具合……紛れもなく最高級のゴボウですわ! わたくし、これがないともう……生きていけませんの!」

「先日ミリル村でキャサリンさんが掘ってくださった分、すぐに食べきってしまったと聞きまして……」

「ええ、早々に尽きましたわ。だって、わたくし――」


 キャサリンは胸に手を当て、鼻高々に言い放った。


「今やゴボウが主食ですもの!!」

「主食!?」


 キャサリンは椅子に腰かけながら、まくし立てるように語り始めた。


「ゴボウのグラタンに、ゴボウのムースに、ゴボウとチーズのミルフィーユ! もちろん定番のゴボウチップスや、甘辛く炒めたきんぴらも欠かせませんわ! あとゴボウクッキーにゴボウブレッド、ゴボウカレー、ゴボウティー……もう、毎日がパラダイスですの!」

「レパートリー凄すぎません!?」


 ユフィが驚きの声を上げると、キャサリンは得意げに鼻を鳴らした。


「ユフィさんのゴボウで、私の学園生活が彩に彩っていますわ。なのでこれからも定期供給をお願いしたく……」

「はい! 全力でゴボウ支援させていただきますっ」

「ありがとうですわ! では、さっそくこの子たちを連れて帰って、今夜のゴボウ鍋に取りかかりますわよ!」


 勢いよく立ち上がり、まるで風のように出て行こうとするキャサリン。

 その背中に、ユフィが慌てて声をかけた。


「あの、キャサリンさん! せっかくですし、お茶とか……」

「無用ですわ! ゴボウが冷めてしまいますもの!」


 おおっほっほっほー!

 と、キャサリンの高笑いが残響する中、バタン! と扉が豪快に閉まった。


「……あんな騒々しいやつが公爵令嬢とはな」


 静寂を取り戻した室内に、低く呆れたような声が響く。

 棚の陰から現れたのは、エドワードだった。


「ミリル村のゴボウに、おかしなものが入ってないか心配になってきました……」

「まったくだ」 


 ため息をつく彼の手には、小ぶりな木製トレイ。


 その上に載っていたのは、艶やかな果実が並ぶタルトと、湯気の立つ紅茶だった。


「試作品だ。食べてみてくれ」


 エドワードが紅茶とともに、自家製のラズベリータルトを盆に乗せて持ってきた。

 サクサクの生地の上には艶やかな果実が並び、その見た目だけでも心が浮き立つようだ。


「わあ……! いい匂い!」


 ユフィは目を輝かせ、ぱくりとひと口。


「美味しい〜〜!!」


 幸せそうにユフィはタルトを頬張った。


「すっごく香りも良くて、果物の酸味がちょうどいいわね」


 隣にいたエリーナも絶賛している。


「ふん、当然だ。粉の配合と焼き時間には特に気を配ったからな」


 照れを感じさせぬ硬い声で言いながらも、エドワードはどこか得意げだ。


「なーなー、ユフィ!」


 元気な声が響き、ジャックがユフィの背後から身を乗り出してくる。


「そろそろ一緒に体力トレーニングしようぜ! 今度は学園のはずれにある崖登りとかいいかもな」

「いえ、丁重にお断りします」

「なんでだよ!」

「ジャックさんのトレーニング、本当にきついんですって!」

「きつくないと鍛錬にならないだろうが……」


 直後、ジャックの後頭部にバシンッと軽い衝撃。


「いってぇ!? なにすんだよ、エリーナ!」


 手に丸めた紙束を持つエリーナに、ジャックは抗議の声を上げる。


「ユフィちゃんに構う前に、自分の心配をした方がいいんじゃない?」


 そう言ってエリーナが突き出したのは、『週刊魔春』の最新号。


 国中のゴシップネタを扱い雑誌の特集ページには――『軍務大臣の令息ジャック・ガリーニ、再び薔薇の園へ!』 というタイトル。


 誌面には、ジャックの写真がばっちり激写されていた。


 しかも、BLコーナーの棚の前で本棚を真剣に見つめている姿。


「いやだから違うんだって! あそこ、少女漫画コーナーの隣だから……」

「いいのよジャック。人それぞれ趣向は自由だと思うの」

「なんだその生暖かい目は! 冤罪だって!」


 ジャックが頭を抱えてのたうち回る隣で、ユフィは小さく笑った。

 こんなふうに、変わらぬ日常がここにある。


 それはとっても尊いもので、これからもずっと続いて欲しいものだ。

 そんな実感をユフィは抱いた。


「あ、そうだ」


 ふと手に持っていたタルトのお皿を静かに持ち上げ、エドワードへと差し出した。


「エドワードさん、ご馳走様でした。ありがとうございます。すごく、元気出ました」

「であれば、よかった」


 そう言った後、ぽつりとエドワードは言う。


「あまり、気を落とすなよ」

「え?」


 エドワードは目を細め、真っ直ぐな声で言った。


「お前は今、攻撃魔法という強大な力を失った。それは事実だが、それだけのことだ」


 言葉のひとつひとつが重い。それでいて、心に届く。


「攻撃魔法が使えようが使えまいが、お前がユフィ・アビシャスであることに変わりはない。聖女を目指しているなら、回復魔法の強化に邁進しろ。立ち止まらず、頑張れ」


 ユフィは思わず息を呑んだ。


 エドワードからのエールに、胸の奥が、ぎゅっと熱くなる。


 そしてきっとこのタルトも、攻撃魔法が使えなくなったユフィを気遣って、元気づけようと作ったものなのだろう。


 いい友達に恵まれた、とユフィは思った。


「はいっ! ありがとうございます! 頑張ります!」


 力強く明るい声が、生徒会室に響き渡った。

 そこには、かつてずっとネガティブだった少女の姿は、もういなかった。


 魔法学園に来てから過ごす日々の中で、ユフィはほんの少しだけ自信をつけたようだった。

 回復魔法がゴミッカスでも、きっと、なんとかなる。


 そんな前向きな気持ちが、ユフィの心の中を満たしていた。


「ふふふ〜ん♪」


 なんだか気分が良くて、ユフィは生徒会室をスキップしてしまう。

 しかし次の瞬間。


「きゃっ!?」


 ユフィがつるんっと足を滑らせ、バランスを崩した。

 そのまま突っ込んだ先には、エリーナがいて──。


 ユフィはエリーナに倒れかかるようにして、ぎゅむっと抱きついてしまった。

 顔はエリーナの胸にうずまる形となり、二人の距離はゼロになる。


「わわわっ、ごめんなさ……すぐどきますので……!」


 慌てた様子で言うユフィ。


 一方で、エリーナの頬が真っ赤に染まる。


 目はうるみ、口元はわなわなと震え、まるで夢見心地のような、うっとりとした微笑を浮かべて言った。


「……ユフィちゃん、私」


 その表情は、天にも昇るかのような陶酔と心からの幸福に満ちていた。


「死んでも、いいわ……」

「エリーナさん!? しっかりしてくださいっ!?」


 ユフィは慌てて身体を起こし、エリーナの肩をゆさゆさと揺さぶる。


 けれど当の本人はうっとりとしたままピクリとも動かず、意識がどこかへ飛んでしまっているようだった。


 そんな騒がしくも賑やかな光景を、生徒会室の一角、窓際の椅子に腰掛けたライルが静かに見守っていた。


 窓から差し込む春の陽光が、ユフィの髪と頬をやわらかく照らしている。

 笑い声が響き、ふざけあう仲間たちの姿に、彼の表情も自然と緩んだ。


 しかしその穏やかな目元が、ふと影を帯びる。

 笑顔の奥に、何か決意を灯すように。

 


◇◇◇


 風が気持ちよく吹き抜ける午後だった。

 学園の屋上に、ユフィはぽつりと佇んでいた。


 制服の裾が揺れ、淡い春の陽光が瓦屋根に反射してまぶしく光る。

 背後では扉の軋む音がして、誰かがそっと足を踏み入れた気配がした。


「……来てくれて、ありがとう」


 ライルだった。

 爽やかな金髪が風に揺れ、頬にかかるそれを指で払いながら、彼は少し照れたように笑っていた。


 ユフィは首を傾げる。


「どうしたのですか? 突然、こんな場所に呼び出して」

「いや……その……」


 言葉を選ぶように、ライルは口元に手を当てた。


「君に、ちゃんと話しておきたいことがあって」


 心なしか頬が赤く見える。

 ふだんは飄々としていて、軽口を叩く彼が、こうして真剣な表情をしているのは珍しかった。


「ユフィ」


 春風が二人のあいだを通り抜け、制服の裾がひるがえった。

 ライルは一歩近づき、真剣な眼差しでユフィを見つめる。


「君と一緒に過ごすうちに、気づいたんだ。……俺、君のことが――」


 言葉が詰まる。

 けれど、目はまっすぐにユフィを捉えていた。


「君は、いつだって明るくて、みんなを笑顔にしてくれる。面白いことを言って場を和ませたり、誰かが落ち込んでいる時には、そっと寄り添って……」


 ライルはふっと笑みを浮かべた。けれどその奥には、熱があった。


「でも、ただ優しいだけじゃない。辛いときでも、自分を奮い立たせて、何度だって立ち上がる。……俺は、そんな君の強さに、どうしようもなく――」


 その瞬間だった。


 空気が震えた。


 まるで大気そのものが悲鳴を上げたように、唐突な爆音とともに屋上の床が振動した。


 風向きが変わる。耳鳴りのような魔力のうねり。

 すぐ傍の欄干が破裂するように吹き飛び、鋭い石片が宙に舞った。


「っ、伏せて!」 


 ライルがとっさにユフィをかばい、その身に覆いかぶさる。

 彼の背中越しに、爆風が唸りを上げて通り過ぎた。


 そして、屋上の端に、ひとりの男が姿を現した。

 法衣に身を包んだその男。


 かつての威厳は消え去り、代わりに狂気を宿した瞳がぎらついている。


「ヘルベルト……!?」


 ユフィの声が響き渡る。


 男は、バレンシア教の枢機卿、ヘルベルトだった。

 本来ならばザインの手で失脚し、投獄されていたはずの男が、なぜここに?


 そんな疑問が脳裏をよぎるよりも早く、男は絶叫した。


「ユフィいいいいいぃぃぃ……アビシャスうううううう!!!」


 顔を引きつらせ、喉の奥から獣のような嗚咽が漏れる。


「貴様のせいでえええ!! すべて、すべて失ったんだあああああッ!!」


 その声は怨嗟に満ち、怨念そのものが実体化したようだった。

 ヘルベルトは歪んだ笑みを浮かべ、懐からひとつの魔導具を掲げた。


 赤黒い魔力が膨れ上がり、異様な圧力となって屋上全体を包み込む。


「ライルさん、逃げて……!」


 咄嗟にユフィが叫んだ。


 そして反射的に掌をヘルベルトに向けて、魔力を込める感覚を集めた。


 ユフィの手には、もう攻撃魔法は残されていないはずだった。


 シンユーが消えたあの日から、いくら願っても攻撃魔法は応えてくれなかった。

 なのに──きらり、と空間が光を孕んだ。


 ユフィの掌から、紅蓮の輝きが飛び出したのだ。


「なっ……!?」


 目を見開くヘルベルトの目前に、灼熱の火矢が唸りを上げて放たれた。

 それは、絶望を貫く光。


 罪を焼き払う裁きの炎。


「ぐああああああ!! 熱いいいいいい!!!」


 轟音とともに爆風が炸裂し、空気が一瞬で焼け焦げた。

 ヘルベルトの身体は炎の渦に呑まれ、屋上の床を跳ね飛ばされるようにして転がっていった。


「えっ……あれ、今……私……?」

『……ったく。もう少し寝かせてくれると思ってたのにさ』


 呆然と呟くユフィの前に、どこからともなく、ひょいと黒猫が姿を現した。


『あんまりうるさいから、目が覚めちゃったじゃないか』


 以前と変わらぬ、気だるげで│飄々《ひょうひょう》とした物言い。


「し、シンユー……!?」


 ユフィはギョッとした。


「どうして!? シンユー、あなた消えたはずじゃ……」

『んー、まあ一回は消えたっちゃ消えたけど? でも、ユフィに呼ばれたから。だから戻ってきた。って、あんまり難しく考えなくていい。要は……』


 そう言って、シンユーはユフィの肩にちょこんと乗った。


『これからもよろしくね、ユフィ』


 ……風が、あたたかい。


 どこか懐かしい匂いがして、ユフィはようやく実感する。

 確かに、ユフィが戻って来たのだと。


「ユフィ!」


 ライルが駆け寄る。

 灰まみれの制服のまま、彼は安堵と困惑をないまぜにした表情で立ち尽くしていた。


「君、攻撃魔法が……!」

「はい、なんだか……戻ってきた、みたいです」


 ユフィは照れたように笑う。


 その横で、シンユーがあきれたようにため息をついた。


『まったく、騒がしい告白の邪魔して悪かったね』

「こ、こ、告白!?」


 ユフィがギョッとする。


「い、いや! さっきのはその!」


 顔を真っ赤にしたライルが、ぶんぶんと首を振る。

 いつもの彼らしくない動揺具合に、シンユーがひとつ大きなあくびをした。


『はーあ。やれやれ、また騒がしくなりそうだね』


 そしてまた、日常が始まる。


 いつものちょっぴり普通じゃない、それでも、かけがえのない毎日が。


 聖女様を目指すユフィ・アビシャスの学園生活は、まだまだ終わらない。


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― 新着の感想 ―
最終話お疲れ様です
シンユー°・(ノД`)・°・ 攻撃魔法があること前提で育ってしまったユフィは君無しでは生きていけないし そもそも君がいない寂しさは友達で埋められて済むものじゃないからね 四章前に間が開いて心配しまし…
シンユー、お帰りぃぃぃ!!! よ゛がっ゛だよ゛ぉぉぉ!!!
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