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【完結】聖女様になりたいのに攻撃魔法しか使えないんですけど!?  作者: 青季 ふゆ@醜穢令嬢 2巻発売中!
第四章

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第99話 いざ、王城へゆかん

 ──フィ……ユフィ。

 名前を呼ばれた気がして、意識の奥に柔らかな波紋が広がった。


 次の瞬間、がたん、と腹の底から突き上げるような衝撃。


「あうぇっ……!?」  


 まるで何かに揺さぶられるような感覚とともに、ユフィは喉奥で飴が弾けたような声を上げた。

 重く沈んでいた瞼がじわりと持ち上がっていくと、天井の木材が視界に入る。


 節のある板材が並び、ところどころに走る細かいひびや染みが、妙に生々しく見えた。


「ここ、は……?」


 意識がはっきりするとともに、自分の体がごとごとと小さく揺れるのを感じる。

 窓の外に流れていく景色──整えられた街路樹、石畳の道──に目をやったところで、ようやく気づいた。


(……馬車の、なか……?)

「目が覚めたようだね」


 かけられた声にハッとすると、対面の席に座っていた青年と目が合った。

 恐ろしいほど整った金の髪に、優しげな碧眼。


 身につけているのはいつもの制服ではなく、金の糸で家紋が刺繍された深緋の外套。

 肩には王家の象徴である鷲の徽章が飾られており、並の者が決して近づけない威厳を纏っていた。


 エルバドル王国の第三王子にして、生徒会副会長──ライルだった。


「大丈夫? 長い間寝てたようだけど」


 ライルがこちらを覗き込むように言った。


「あっ……はい……!! 申し訳ありません! ご心配をおかけして……!!」


 ユフィはバッと体を起こし、ぺこっと頭を下げた。

 タイミング悪くその拍子に馬車がガタッと揺れて、顎に自分の膝がゴッとめり込む。


「〜〜〜〜〜っ!!」

「ユフィちゃん、大丈夫!? すごい音したけど!?」


 声にならない悲鳴をあげていると、隣に座っていたエリーナが声を上げた。


「顎が……」

「待ってて、すぐ治してあげる」


 そう言ってエリーナはユフィの顎に掌を翳し、すうっと息を吸って言葉を紡ぐ。


「癒しの力よ」 


 瞬間、エリーナの掌がぽうっと光って、淡い光の粒が水面のように揺れながらユフィの顎へと吸い込まれていく。

 やわらかい温もりが皮膚の下から広がって、じんじんとした痛みがゆっくりと溶けていくようだった。


「……痛くなくなりました!」

「よかった」


 エリーナが胸元に手をあてて、ほっと息をついた。

 エリーナも生徒会のメンバーで、次期聖女最有力候補だ。


 銀糸のような髪をゆるやかにまとめた、凛とした少女。

 こちらも制服ではなく、白を基調とした豪華な衣装に身を包んでいる。


「くくく……」


 笑い声が聞こえてきてふと見ると、ライルが手で口元を隠しながら、肩を震わせていた。


「もう、笑ったら可哀想でしょう、ライル君」


 エリーナがたしなめるように言うと、ライルは首をすくめて謝った。


「ごめんごめん。相変わらず、ユフィが面白くて」

「わ、私、面白いですか……!?」

「やっぱり嬉しそうにするよね、ユフィ」


 今度は苦笑に近い表情をしてから、ライルはユフィに尋ねる。


「ところで、随分とうなされてたけど、どんな夢を見てたの?」


 ライルの問いかけに、ユフィは眉を寄せて少しだけ首を傾げた。


「……うーん」


 ついさっきまで、確かに夢を見ていたような気がする。

 懐かしいような、不思議な感触が胸の奥に残っている。


 けれど、どんな夢だったのかは、どうしても思い出せない。

 霧がかった湖面のように、ぼんやりとして、指先から零れ落ちていく。


「ごめんなさい、全く思い出せないです……」

「まあ、夢なんてそんなものだよね」


 腕を組み、ライルがうんうんを頷いていると。


「ユフィちゃん、リボンが曲がっているわ」


 エリーナが身を寄せ、ユフィの胸元に手を伸ばしてきた。

 器用な指先で手際よく形を整えながら、自然な仕草でリボンを整えていく。


「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして(ユフィちゃんのリボン……ハァハァ……これ、どさくさに紛れてもらえないかしら)」


 幻聴だ。きっと幻聴だ。

 うん、そうに決まってる。


 時々、エリーナから聞いてはいけない何かが聞こえてくるのは、気のせいであってほしい。


「これから王城に行くんだし、身だしなみはしっかりしないとね」

「王城……あっ!!」


 ユフィの瞳が大きく見開かれた。忘れていた。

 今、自分は王城に行く途中だったのだ。


 それもあって、ライルとエリーナは制服ではなく一着でユフィの一生分使う値が貼りそうな衣装を身につけているのである。


 ちなみにユフィはいつも通りの制服だ。


『王城に行くとなれば正装をしないと!』と、寮の自室のクローゼットの奥に眠っていたパーティ衣装を引っ張り出そうとして、エリーナに全力で止められたのは言うまでもない。


「さて、改めて状況を説明するね」


 ライルは膝の上で軽く指を鳴らした。

 いつもの穏やかな声色から、ピンと糸を張ったような響きに変わる。


「今、僕たちはガイオス軍務大臣の召集を受けて、王城へ向かっている」


 ごくりと、ユフィは喉を鳴らした。

 ──そう、あれは五月祭の翌日のことだった。


 教室に突如現れたのは、重厚な軍服を身に纏った壮年の男。

 威圧感と格の違いをまざまざと感じさせる佇まいの男は、王国の軍務を束ねる大臣、ガイオスだった。


 生徒会メンバーの一人、ジャックの父親でもある彼は、ただの女子生徒に過ぎないユフィに対して言い放った。


「ユフィ・アビシャス。貴様に召集命令が降っている。今すぐ、王城に来るんだ」


 その時の教室の空気の変わりようは、今思い出しても身震いする。


(ユフィのやつ、また何かやらかしたのか?)

(軍務大臣が直接来るなんて、中央広場の銅像でもぶっ壊したのか?)


 そんな視線が突き刺さる中、ユフィはダラダラと汗を流した。

 軍務大臣が自らやってきて王城に召集をかける理由なんて、思い当たる節は一つしかない。


 こうして、あれよあれよの間に授業に出ることなく、ユフィは王城へと馬車に乗って出発したのだった。


 ──重要参考人として、ライルとエリーナを伴って。


「召集の目的は、ユフィがどうして“攻撃魔法”を使えるのか。それを審問会で明らかにするためだよ」

「アハハ……ソウデスヨネ……」


 ライルの言葉に、ユフィはひきつった笑いを浮かべた。

 この世界において、攻撃魔法を使えるのは男のみ。


 それは“理”であり、誰もが疑わぬ常識であり、代々そうであると信じられてきた。  

 だが、その絶対的な理を、ユフィ・アビシャスは粉砕した。


 ユフィは攻撃魔法を使えるだけでない。


 端的にいうと、ユフィの攻撃魔法は規格外の一言に尽きる。

 未だ歴史上ひとりとして観測されたことのない五属性全ての使い手にして、全ての属性の攻撃魔法が一級品。


 膨大な魔力を込めて放たれる魔弾は、一撃で巨岩を穿ち、大地を裂き、魔物の群れを一掃するほどの威力。


 先日の五月祭では、その力で魔人ザックスを撃退してしまったのだ。


「……本当はね、兄上が、ユフィの件についてはもっと穏便に処理するつもりだったんだよ」

「ノアさんが?」


 ユフィが驚いたように聞き返す。

 ノア・エルバード。王国第二王子にして、生徒会会長。


 いつも落ち着いており、冷静沈着に物事を判断する、どこか掴みどころのない人物だ。


「そう。兄上は、君が攻撃魔法を使えるってことを、学園長や軍務大臣に個別に伝えて、しばらくは秘密裏に調べていく予定だったんだ。でもね――」


 ライルの口調が少しだけ重くなる。


「先日の五月祭で君が魔人ザックスを撃退したことで、話は大きくなりすぎた。金髪の女装男子が、とんでもない出力の攻撃魔法を放って魔人を追い払ったって噂が、独り歩きしてしまってね」


 ユフィはびくりと肩を震わせ、ダラダラと汗を流す。

 五月祭の際、ユフィはコスプレとして悪役令嬢の衣装を纏い、髪も金色のウィッグをつけていたのであった。


「攻撃魔法は男にしか使えないって価値観が根強いから、ユフィが悪役令嬢のコスプレをしていたことなんて、誰も気づいてない。ただ魔人を撃退すること事態、とんでもない事だから、民衆はこぞって“あの女装男子は誰だ!?”って話になっている」


 ユフィの滝汗が止まらない。


「これだけの騒ぎになってしまったらもう抑えることができなくてね。急遽、今朝、王城に学園長とガイオス様を呼んで、今後ユフィをどう扱うかについて話し合うことになった。限られた、ごく少数のメンバーでね」

「少数、というと、どなたか来られるのでしょうか……?」

「んーと……今回集まるのは、父上である王をはじめとして、枢機卿、宰相、三公、騎士団長、それに省庁の長官クラス……バレンシア教会の上層部、それから……」

「ライル君ストップストップ! ユフィちゃんが口から泡吹いてるわ!」


 ぶくぶくぶくぶく。

 卒倒しそうになったユフィをエリーナが「ユフィちゃん! 息をして!」と揺らす。


 ハッと正気を戻してから、ユフィは声を上げた。


「お、おおお王様っ!? さ、さささ宰相!? 教会上層部って、えっ……えっ!? ええええ!?!?」


 教室でみんなの前で教科書を読むだけでも緊張で吐きそうになるのに、国の上層部が雁首揃えて集まる場に立つなんて想像もしたくない。


 ましてや自分が彼らの注目の中心とあればなおさらである。


「まあ目下、国の中では一番の注目案件だからね。それはさておき……」


 ライルの目からスッと温度が引いていく。


「今日の会合なんだけど、内容によってはユフィにとってかなり厳しい結果になる可能性もある」

「厳しい、結果……」


(それはつまり……人体実験!?)


 ユフィの脳裏に、いつか妄想した最悪のシナリオが再生されていく。


「ユフィ・アビシャス君! 魔学の発展のために、その身体すこーしだけ調べさせてくれたまえ!」


 胡散臭いサングラスをかけ、太った身体に白衣を羽織った薄汚いマッドサイエンティストが両手にメスを持ってやって来て、ユフィの身体をくまなく切り刻み……。


「ユフィちゃん大丈夫!? 魂抜けてる抜けてる!!」

「はっ!?」


 エリーナの声、ユフィは全身をびくっと震わせた。

 どこかの異次元にトリップしていた意識が、馬車の揺れとともに現実に引き戻されてくる。


「わわわ私! 解剖されたくないです!」

「どんなおかしな想像をしていたのかな? と言いたいところだけど、今回は冗談では済まされない可能性もあるんだよね」


 しん、と馬車に沈黙が落ちる。


(そう……だよね……私は他の人からすると異常体質なんだよね……)


 この期に及んで自分が攻撃魔法を使えることを過小評価するつもりはない。

 女でありながらなぜ攻撃魔法を使えるのか、国の上層部は徹底的に調べようとしてくるだろう。


 ぎゅ……っとユフィの拳に一人でに力が入ったその時。


「ユフィ」


 柔らかな声が響く。


「ごめん。怖がらせるつもりじゃなかったんだ。……ただ、いざというときに備えて、可能性として知っておいてほしかっただけなんだ」


 その眼差しは真摯だった。

 からかいや冗談の影は微塵もなく、むしろユフィの心配をしているような優しさに満ちていた。


「でも安心して。僕たちはユフィの味方だから。ユフィの身に何も起きないよう、事を運ぶようにしようと思っている」

「ええ、そうよ」


 エリーナが頷く。


「ユフィちゃんが危険な存在じゃないこと、私たちは全力で具申するわ」

「うぅ……ありがとうございます、二人とも……」


 二人の言葉に、ユフィの心がじわりと温まっていくのを感じる。

 不安と恐怖に包まれていたユフィの胸の内が、少しずつほどけていったのだった。


◇◇◇


 石畳の広場に馬車が止まると、眩しい陽光が白亜の城壁をすべっていった。

 磨かれた石は水面みたいにきらりと瞬いている。


 尖塔の上で絡み合う対魔封印紋が、遠目にも複雑な幾何学として薄く脈動していた。


「わあ……大きい……」


 エルバドル王国の首都ガーデリア。

 その中心に聳え立つ王城を見上げて、ユフィは小学生並みの感想を漏らした。一方のライルは馬車から降りながら言う。


「入城許可は俺が出す。急ぐよ」


 それだけ言うと、近衛が空気を切り替えた。槍の石突きが地を二度、静かに叩く。

 すると、固く閉ざされていた正門が開いた。


(すごい……ライルさん、ちゃんと偉い人なんだなあ……)


 はえ〜と、第三王子のライルに対してこれまた小学生のような感想を抱くユフィであった。

 開かれた正門の先には、黒を基調としたタキシードに身を包んだ使用人たちがずらりと並んでいた。


「お待ちしておりました、ライル様。玉座間までご案内いたします」


 侍従長とわかる男だった。黒の礼服に銀糸の房飾り。

 一本の白髪も乱れていない精密さで、三人に会釈を送る。


「ありがとう」


 使用人の長が恭しく頭を下げ、城内に案内してくれる流れになった。

 城内の空気は、妙にひんやりとしていた。最初の一歩で、ユフィは足が竦みそうになった。


 天井に吊り下げられた巨大なシャンデリア。無数のクリスタルの雫が、天上の霜みたいに連なっている。


(このシャンデリアで村が十個くらい買えそう……落ちてきたら私、粉々だろうな……)


 長い鏡廊が左右に延び、壁には古い英雄の絵が飾られていた。

 緊張でカチコチになりながら歩く。そんなユフィに気付いたのか、エリーナは落ち着いた微笑みのまま、視線だけで小鳥みたいな励ましを送ってきた。


 こくこく、とユフィは小さく頷く。曲がり角をいくつか抜けると、空気がさらにぴしりと引き締まる。

 玉座間の前庭ともいえる広い前室。


 そこで紅の道——赤絨毯が現れた。ユフィは反射的に、絨毯の縁にシャッと移動した。

 それからつま先が赤に触れないよう、まるで川岸を伝う小鹿みたいな足取りでそろそろ歩く。


 侍従が目を瞬いた。


「……何をしてらっしゃるのですか?」

「す、すみません……私が通ると、絨毯が汚れる気がして……」

「は、はあ……」


 何を言っているのかわからないとばかりに侍従が目を丸める。


「ユフィ」


 ふいに、ライルが手を差し伸べて来た。


「大丈夫だよ。ほら、深呼吸、深呼吸」


 短い。 

 でも、力強い言葉。


「は、はいっ……」


 ユフィは息を吸う。

 吸って、吸って、胸が痛くなるほど吸ってから、小さく吐いた。


 すると、だんだんと心に平穏が戻ってくる。


「落ち着いた? もう絨毯の上歩けそう?」

「はい! ありがとうございます、端っこであればなんとか歩けそうです」

「うんうん、大きな進歩だ」


 笑顔で頷くライルに、ユフィの顔にも笑みが戻る。


(そうよ……ビビっていても仕方がないわ……二人のためにも、堂々としていないと……)


 よしっと意気込みを新たにして、ユフィは目的の部屋へと再び歩みを進めるのだった。

 今度はしっかりと、赤絨毯を踏み締めて。


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― 新着の感想 ―
この小説家大好きで更新を心待ちにしてる者ですが、毎回主人公が可愛くて可哀想でニマニマが止まりません(笑) でもそうですよね、目標としてる聖女になろうと努力したら、斜め上どころか真反対へ力が突き抜けて強…
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