抵抗してきたものに、従うしかない
ルキにちょっかいを掛けられた後は、園庭で魔法の訓練となった。園庭と言っても、完全野外でなく、見上げる高く高い視線の先には見えにくいけれど透明なドーム型の天井があった。壁も大きく取られた分だけ、見えにくいけど存在している。魔法や実践をやるからだと聞いた。
私は力を放出することは禁止されているから当然見学のため、皆よりも空気のように佇んでいる。クラスの生徒たち____そこには何の不幸かジーク殿下とアネシア様もいる__が、熱心に先生の話を聞いている。皆、騎士団に入ったり身を守るためだったり……まぁ卒業して魔法を活用するのは、騎士団や王族や聖女様くらいだと思うけれど、そんな理由から各々学んでいる。
皆が先生に向けて、一点集中で熱い視線を送っている。私は頭の中では、ルキにどう対処するか、ジーク殿下とアネシア様にこれ以上関わらない方法をずっと考えていた。考えても、悪い想像しかできず、またルキに良いように利用されるのではと思ってしまっていた。
(今世ももう終わりかもしれないわ。……ルキが現れたなら、静かに潜むようには生きられないでしょうね)
先ほどの彼の行動と様子を思い出せば、平穏とは無縁になっていくのだろう。仕方ないのかもしれない。それが彼が私に掛けた呪い。………………でも…………心の中では、やはり自分で終止符を打ちたい、ルキの手の中にいるなど地獄だ………………と感じていた。
「では、今までの学び、実践の成果を見せていただきましょう。今1番、自分が得意だと思う魔法を披露して下さい」
ジャン先生がセンター分けした茶髪を手でかきわける。ふうん、確かジャン先生の授業で、皆、生物を出して友達と戦わせたり物を完成させたりしていたわよね。ジャン先生は積極的に生物を出す生徒にはマルをあげると言う感じだから、皆頑張って精霊や守護霊を出していたわよねぇ。
この授業で、前の前の前の繰り返した人生で、私はとある生徒の出した精霊の攻撃を受けてしまったことがある。結構な怪我をして、その生徒は後に泣きながら呪わないでくれと叫んでいたなぁ。いや、泣きたいのは怪我した私なのだけど…………と、思った。それだけ、私を皆恐れているし、表面上ではいい振りをしている学園サイドだって、私の謎に満ちた血の力を恐れていた。
…………ルキがこの世界に現れてしまった。もうすぐ、私の人生も終焉に向かう。自分の力で終わらせたいけど、ルキは納得するかしら……
そう思っていると、ルキが教台前に現れる。次の番なのね…………嫌悪感を抱きながら、仕方なく見つめる。ふと、私は前負った怪我について思い出した。あの時、ルキはいなかったけれど……ルキがもし、強い何かを出したら………………そのタイミングで、私も前に出よう。
今、終わらせるのだ。彼に被害に遭ったつもりで。ここで。そうすれば、ルキも驚くけれど、満足するかもしれない。また次の人生へと続くだろうが、私にとっては、ルキに好きなようにされないまま終焉できる。
うん。
「じゃあ、ルキくん。やってみようか」
「はい。僕は火の玉を大きくしてみます。コントロールしてみせます」
ルキは手を上に掲げると、手の平サイズの火の玉を出す。少しずつ、徐々に火の玉は大きくなって来た。手の平サイズから顔の大きさになり、気付けば部屋の半分くらいの大きさへとなっていく。皆がその鮮やかな手つきと、オレンジ色した火の玉に目を奪われていた。
「ルキくん、ありがとう。上出来です」
「はい、では小さくしようと思います」
ルキが火の玉を小さくしようと、手を引っ込めるサインをした時。火の玉を少し小さく……気球くらいの大きさにしていく。更に小さくしていこうというところになり、私は微かなタイミングを狙っていると、ルキは何を思ったのか、手から火の玉を放した。
「あっ……!! すみません!!!! 手から離れてしまった…………っ!!!!」
ルキの手から離れた火の玉は方向性を見失い、園庭部屋の右側に向かって飛んで行く。ジャン先生が急いで消そうとする。…………今しかない……!!!! 私は火の玉に向かって走って行く。ジャン先生の手が不意に止まった。
何をするつもりなのだと思ったのだろう、ルキは顔を顰めて、遠隔で火の玉をこっそりと、よりによってジーク殿下の方へと飛ばした。
まずいわ…………!!!!!! 殿下に当たってしまったら、負傷してしまう!! その前に、私が……命ごと終止符をっ……………!!!!!!!
「殿下……っ……危ない……!!!!」
「シェリー侯爵令嬢っ…………!!!!!!」
私は叫び、急いで殿下を庇おうとすると、何故か、逆に殿下が私の肩を抱え込むようにして庇った。アネシア様が慌てて、手を上げる。
「箱よ!!!! 出ろーっ!!!!!!!!」
盾の魔法は箱型の形を出して、対象物を包み込むことで防御に長けている。アネシア様は私達を包むようにしたかったのだろう。……しかし、まだそこまではレベルアップが出来ていなかったようで、火の玉が私達にぶつかり弾け飛ぶ瞬間に、アネシア様が作ってくださった盾として出来た魔法の箱が、私達を包み込む形になってしまった。未完成ながらも強力なアネシア様の盾は空中内に立体的な四角い箱を浮かばせたまま、となってしまった。
「どうしましょう!! 先生、申し訳ありません!!!! 危険が迫っていると思い、咄嗟に出してしまいました! 解き方がわかりませんわ!!」
「いえ、私もうっかり判断を見余りました。……しかし、アネシアさんの盾は未完成でも強いですからね。2時間くらいはこの状態でしょう。未完成だが貴女の作った防御する魔法は強力なので私にも解けない……仕方ない、学園長に報告はしますがこのまま様子を見ましょう」
「先生、すみません。……僕が火の玉を出してコントロールを誤ってしまったばかりに…………」
ルキはアネシア様とジャン先生に申し訳無さそうにぺこりと頭を下げる。表面上では穏やかに申し訳なく、困り顔をしていたが、下を向くと親指の爪を噛み、悍しく園庭教室の床を睨み付けていた。
「…………チッ。シェリーめ、余計な行動をしやがって……」
◇
『殿下……っ!! 殿下、お願いです!! 私の話を聞いて下さい!!!!』
10回目の人生で、私はジーク殿下の後ろを歩いて叫んでいた。アネシア様は相変わらず、殿下の隣で何も知らないままにどうしたのだろうと言った視線をこちらに向けている。
実は8回目の時も9回目の時も説明していた。どうしてか、ジーク殿下が目を怪我する頻度が高いので、気をつけて欲しいと何度も訴えかけた。例えそれが不敬となったとしても、必ずその時がやって来ることが私にはわかっている。だから、何でもしようとした。でも、結果的に伝わらなかった。何故か怪我をしてしまった。例え些細な怪我でも、目は大切な部位。目の怪我さえ避けられれば、これまで通りに剣術にも励める。……私はせめてと思い、10回目は小さ過ぎる望みを掛けていた。
『…………シェリー・アザレア・ルター侯爵令嬢。君にはもう1人の聖女としての力があるそうだね。でも、先日も言ったが、非常に不愉快だ。私の事を心配してなのか、私に取り入って何か狙いがあるのか知らないが、ご両親の立場もあるのだからこういった話はしないでいただきたい』
『ジーク殿下!! ……不敬だとはわかっています! …………ですが、本当なのです!! 私は……とある理由から同じ人生を繰り返しているのです!! その経験の中で、どうしてもこれは避けられない出来事でした!!!! お願いです! 話を……』
皇子殿下に話を聞いてもらえれば、その流れで私も自分の血の力を解放する手立てを何とかしてもらえるかもしれないと期待していた。そうしなければ、ルキから逃げられない。ただただこの忌々しい繰り返しを止められたなら、殿下への想いが叶わぬことや、側にいるのを許されないことなど、何の痛みでもないだろう。私は小さく期待し、どうしてもとすがっていた。
……だけれど、私が聖女を虐めているという情報がどんどん広まっていく。そのうちに聖女を陥れ、国を滅ぼす狙いだとまで、根も歯もない噂が広まっていった。……犯人は奴だと、わかっていた。ルキから逃げるために、私は彼が学園にいる間は医務室へと移動していた。家にいて、登校しなかった時もある。それは、永遠と繰り返される人生の中で、何度も何度も都合良く、利用されたくなかったのだ。血の力は生まれ変われば新鮮に戻る。……私が何度死んでも。故に、何度もルキは私を狙ってきたのだ。希少価値が高い血だと。君は僕の手の中でしか生きられないんだよ。……と、出会った日から、口癖のように伝えて来る。そんな風に洗脳に近い接し方をして来た。吸血鬼は血を吸うだけではない、人の心も減らしていくのだと思った。
でも、結局、10回目の人生も上手くは行かなかった。何度試みても、結果は同じ。結局は何をしても上手くいかない。そして、死んでも、死んでも、終わらない地獄。出逢う因果。
ならば、私は何度も死んでルキから逃げるしかないんだ。
何度だって、私の魂、存在そのものを利用されるくらいならば、毒であろうが、怪我であろうが、何だってしよう。自分の命は自分で終わらせよう。ルキが求める結果へと辿りつき、消えて無くなる前に、ずっとずっと。自分の永遠を断ち切るまで。消し去ろう。
………………なのに。
◇◇
「殿下っ……!!!! ジーク殿下っ……!!!!」
目の前で横たわるジーク殿下を私は必死に呼びかける。ジーク殿下は、左側を全体的に負傷しているようだった。よりにもよって、また左目が……出血していた。
「ジーク殿下!!!!!! 起きてくださいっ!!」
盾の魔法が出る前に、ジーク殿下に当たるよりも早く、私が火の玉にぶつかれればよかった。……なのに、殿下が咄嗟に私を庇ってくれてしまった。…………こんな邪な理由でフラフラと出て来ただけなのに。……また、私は今世でも、殿下を傷つけてしまった。避けていたのに、1回目のあの時と同じように。
「ゔぅ…………シェリー・アザレア・ルター侯爵令嬢……」
「殿下?! ジーク殿下っ??!! 大丈夫ですか??!!」
ジーク殿下は辛そうに、うめき声をあげた。綺麗な銀髪の間から、濃い血が滲み出ている。どうしよう……。私は自分も負ってしまった右側と足の怪我を庇うようにして、起き上がり、アネシア様が作った盾の壁を叩く。
「アネシア様!!!! 皆さま!!!! 私達何とか生きています!!!! 殿下が怪我をしています!! ……どうか殿下をここから出してあげて下さい!!!! ねぇ、誰かっ………!!!!」
白くそびえ立つ壁を叩くと、響くような音がした。……しかし、外側からの応答はない。外界の声が届かないように、こちらの声も届いていないのか…………。私は殿下を見ると、あの1回目の悪夢が甦ってくる。
「…………どうしましょう……このままじゃ、殿下が…………目が…………」
私はまた彼を巻き込んでしまった。私は1人で死ぬこともできないんだ。やっぱり私の周りにいると、不幸になるのかもしれない。と感じてしまう。ミディアム丈のロイヤルブルーカラーのスカートの下から、つつーと自分の血が垂れてきた。
「…………大丈夫、問題ない…………」
呻くように、殿下が小さく呟く。私は涙が出て来てしまう。私がいなければ、関わらなければ、この方はいつも心身共に完全体でいられたはず……
ポロリと涙をこぼした頬を中指と人差し指で拭き取るように拭う。手にも出来ている火傷がジワリと痛んだ。
「申し訳ありません、殿下…………申し訳ありません……私のせいで…………」
ぼろぼろと涙は出てきては止まらなかった。関わらないと決めていたはずなのにと、何も出来ない自分に嫌気がさしてくる。
この方はこんな所で、人生の発展が終わる人ではないのだから。もっと、明るい場所で、アネシア様と一緒にいる人なのだから。
私は殿下の近くへと跪く。私と殿下は火の玉がぶつかった衝撃で出来た火傷と、火の玉の衝撃をその場にあった机や椅子の破片などが巻き込まれて、私達に当たった事により出来た傷跡が生々しく残っている。火傷は酷いし、怪我も酷い。今すぐに手当が必要だと思った。私は泣きながら、殿下だけでも、せめて殿下の目だけでも……と思い、スカートを上げた。
「殿下……申し訳ありません……申し訳ありません。これは私が独断と偏見により判断したこと。全ては私のせいで構いませんから…………」
殿下は気を失っているのか、体力を消耗して話せないのか、目を瞑ったまま息をしているだけだった。
私は足から垂れて来た血を指で少し掬い取る。更にギュッと出血患部を握りしめて、血を人差し指の先端につくほどの量をつけた。
幼い頃、口頭では教わったことがあった。私の血の力を使うには、血を患部へと付けること。例え相手が怪我をしていたとしても、少量でもいいから付ければ効果が現れる。細胞へと浸透していき、相手は怪我が治癒すると。
後にも先にも人にやるのは初めて。
「殿下…………これが終わったら、不敬罪で私を裁いて構いませんから…………だから、でもせめて、目だけは……」