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血の姫は死に際に夢を見る  作者: アトリエユッコ
8/21

繰り返すなら、もう2度と関わらない

 医務室のベッドの上で横になってから、数時間。多少は気分が良くなってきたような気がするので、私はゆっくりと上体を起こして、ドロシー先生に声をかける。


「ドロシー先生、少し気分が良くなって来たので戻ります」

「あら、大丈夫? ……顔色は悪くなくなったわね」

 ドロシー先生は私に近づいて、丸い大きめの眼鏡から私の顔色を見る。ふっと優しく触れた手が温かい。


「……はい。どうしても耐えられなくなったら、またお世話になるかもしれません」

「良いわよ。無理のないようにね」


 ドロシー先生に軽く挨拶を交わしてから医務室を出た。……深呼吸をしてから歩いて行くと、ふと……視線を感じる。後ろを振り向くと、まさか…………ジーク殿下が立っていた。



 なっ…………どうして?


 銀髪に突き抜けるような真っ青な瞳と、すらりと長く程よく筋肉がついた恵まれた体型。……一瞬で見惚れてしまいそうな美しさ。急に殿下の存在を確認してしまうと、焦ってしまう。自分の立場を一瞬忘れそうになる。……私は関わらないようにと、挨拶だけ軽くして、急いで小走りで歩いて行った。






「殿下、お待たせしました。次の会場に向かいましょう」


 アネシアは慌ててジーク殿下の元へと早歩きで駆け寄ってきた。肩までの下ろした茶色の髪に透明な丸いイヤリングがふるん、と揺れた。



「あぁ、アネシア。用は終わったんだね。……うん、行こうか」

「殿下? どうなさいましたか?」


「んー……あ、いや。そうだな。…………アネシア、あれは確か…………」


 私は小走りに走ってその場を去るつもりだった。でも、体力がないので、ただフラフラと歩いているだけになってしまっていた。


「シェリー様ですか?」

 アネシアはジーク殿下に伝えると、彼は少し考え込むような表情をする。顎先に指を当てながら、何やら不思議だなと思っていた。

「……あぁ……そうだ、そう。シェリー侯爵令嬢。……確か……もう1人の聖女だよね」

「えぇ、そうですわね。シェリー様がどうかなさいました?」



「家の者に確認しても、彼女の力について、誰も教えてくれないのだが…………具合が悪いのだろうか。先週、見かけた時よりも何だか辛そうに見えたよ」



「彼女の力については噂話はよくまわってきますが、どの情報に信憑性がわからなくて……。でも、確かにお休みしがちですわね……」










 ◇


 



 その次の日も医務室で少し休んでから歩いて行き、自分の所属となっている組部屋に入った。部屋に入っていくと、チラっと皆が一瞬、私を見た。が、何事もなくまるで何も見ないようにと同じように会話を始める。私は慣れたものだわと思い、自分への席へと座った。先生が入って来たので、授業が始まると思い姿勢を整えると……私は言葉を発する事が出来なくなった。




「本日から、編入生をご紹介致します。ルキ・ウラド・バンピルさんです。魔法の勉強を深くしたいと言うことで、この学園に編入されました。まだ慣れないこともあると思いますから、皆さん、困っている時には彼を助けてあげてくださいね」



 嘘だと思いたかったが、何度見てもルキだった。今回は4週間も早い…………。どうして? もっと出てくるのは後だと思っていたのに。……恐怖で震える指先を抑えるのに必死に両手を組んで机に押さえつけた。


「まぁ、なんてイケメンなお方なのかしら! これから毎日が楽しみになるわ」

「アナタったら、もう! でも……本当に素敵ね。黒髪に赤い目……ミステリアスで、でも何故か挑発的な雰囲気で、ゾクゾクしちゃうわ」

「まぁ!! 2人とも、はしゃいじゃって! 授業は始まっているのよ!」


「そこのご令嬢たち、編入生が魅力的なのはわかるけれど小声でね〜」


 先生は笑ってルキを褒める令嬢たちを注意する。令嬢たちは同じようにケラケラと笑って、授業へとすすめた。私はその様子が遠くに聞こえ、頭に入って来なかった。



「ルキくんの席はどこにしようかしらね……後ろでもいいかしら? シェリーさんの斜め横が空いているから、そこにしましょう」


 よりによって、席が近いのはどういうことなのかしら。皆私の周りを避けるために私の四方には空席になっている。そこからは軽く遠いにしても、全然遠くじゃない。……私は周りに気づかれない程度に大きくため息を吐く。ルキは主に浮き足立っている令嬢たちに、わざとらしく満面の笑みを見せると、自分の席まで歩いて行く。クラスの一角からは黄色い声が溢れる。ルキが私の近くを歩いて来たので、私は息を殺すよう静かに、消せるはずもない自分の存在を消そうとした。ふと、真横を通り過ぎる時__彼は持っていたノートとペンを床に落とした。



「すみません!! 僕ったら、うっかり落としてしまって……」


 ルキは聞いたこともないくらい、嘘くさい言い方で困った風を装う。拾ってやってもいいけれど、令嬢たちに私が行動したら、血の姫が新しいイケメン編入生に災いをつけようとしていると思われかねないので、素知らぬ振りをした。


 ふと、ルキは体を起こす瞬間。さりげなく私の机に手を掛けて、小さな声で囁いた。



 〈 ……()()()また()()()ね 〉




 …………ゾクリと胸元に響くように恐怖と痛みが走る。ルキが私に仕掛けた呪いのせいで、何度も同じように繰り返す人生。何故か決まって悲惨に終わる、まるで決められたシナリオのような人生……。どうして今回はこんなにルキとの出会いが早いのだろう? 繰り返しの人生の中で、ルキが学園へと来ることをキッカケに、私自身の寿命も終焉へと向かう。……なら、こんなに早く出会ったのなら、私の寿命も早まっているかもしれない? 覚悟していたよりも早い、切っても切れない繋がりに、私は激しい動悸と、胸をつねったみたいに締め付けられるような感覚になった。








 ◇◇



 ルキが通常より早く現れてから、数日が経った。相変わらず嘘で塗り固められた彼は、クラスに早々に溶け込み、優等生な人気者となっている。私の通う魔法学校、パピルス国立魔法学校は貴族専門の学校。今回もうまく関門をすり抜けて編入してきたのだと思う。ルキは吸血鬼なのもあり、魔法の力も優れて扱えた。魔族なのだから当たり前なんだけど……。皆それぞれに魔法は使えるけど、滑らかに魔法を使うから、人気も出てくる。実践に長けるタイプに見えているからよね。……ちなみに私は、魔法を使う以前に、学園側から魔法を使うことを禁止されている。…………まぁ、血の姫が魔法を使ってしまったら、その場にいた全員に災いという名の、被害があるかもしれないと思われているから。体調が良い時には、授業には出席はするようになっているから、見学しているだけなのだけど。



 私は必死にルキとの関わりについて、対処するため、図書室に篭っていた。ルキに隙を狙われないように、今日は食べるとお手洗い以外は深い睡眠をして備えて来た。なので、体調はいつもより幾分かマシになっていた。


 第1回目の最初の人生、誤ってルキと私は血を交わしてしまった。私が血を交わした相手とは、結びつきが産まれてしまう。血の姫は結びつきを付けていくことで力を発揮する。それは8回目の人生で、教会で預言を残した牧師の関係者に確認した。1回目の人生でその事実を知っていれば、私は安易な行動を避けた筈なのに。……避けられなかったのもあったけど、この何度も繰り返す人生は、ルキと私が繋がってしまっているからだ。吸血鬼であるルキが持つ、呪いの力…………の詳細は、まだよくわかってはいない。……でも、ルキは言っていた。魂が枯渇するほど、苦しめると。…………一体、何が目的なのか、どうやってこの同じ人生がループする呪いを解くかも分からない。誤って繋がったものをどう切るのか……。


 染み付いてしまった悪循環のループ。


 救いは何度探しても、わからない。




 だから、私は……どうせ繰り返すのなら、ルキともジーク殿下ともアネシア様とも関わらない方法を望む。



 繰り返す人生で、ルキの思い通りに取り扱われるのも嫌だ。ジーク殿下と関わるのも、避けたい。アネシア様とも。どうせ私が短命と決まっているのなら、ルキが私の人生に表れてしまったのなら。…………私は私の手で終焉を迎えたい。ルキの手によって、自分の人生を終えるのだけは避けたい。






 ………………だから……





 それに、疲れてしまったのだ。私は何度も繰り返す辛くて苦い人生に。

 ジーク殿下は王族だから、この因果を解く方法を知っているのかと何度か期待した時もあった。……でも、何度も近づくことさえ許されない、ましてやふとした瞬間に殿下に怪我の被害が及ぶ因果……。それは……噂話ではなく、本当に、私自身には周りを不幸にする力があるのかもと思ってしまっていた。



 昼休みがそろそろ終わる。図書館を出て、次の授業に向かおう。眩暈はふとした時にくらりとくるものではなく、今日は地に足がついている気がしない、ふわふわなもの。何度か動悸はしつつも、まだ調子は良い。久しぶりに授業を受けられて嬉しい。何度も何度も繰り返す人生で、授業は受けているから、勉学は成績を落とすことはないけれど、やっぱり体調良く授業を受けられることは幸せよね。


 教室へとゆっくりと歩いていると、魔法実験室の前を通る時に、ガラガラと魔法実験室の扉が開けられ、後ろから勢いよく、手首を引っ張られた。拒否権もないままに中へと引きずられて扉が閉まる。そのまま扉に押さえつけられると、目の前にルキが立っていた。


「いやっ……!」


 私は小さく叫んで、ルキを避けるために外に出ようとした。しかし、体調が良い方とは言え、やはりルキの力には勝てなかった。彼は私の両頬を力ずくで抑えながら、いきなり私の唇を奪ってきた。血を奪われたら、溜まったものじゃないわ……!! 私は必死に抵抗するも、ルキは更に強い力で私を押さえ込んで舐めるように卑猥に口づけた。



「……僕を避けるなんて、良くないんじゃないの? ハニー」



「…………気持ち悪い呼び方で呼ばないでよ。吸血鬼を避けて何が悪いの? 何度もその顔見ても怒りしかないのよ」


「ンフフ。……だよねぇ。僕に手懐けられてきたんだもんね。そんな存在から、こんなことされて、最高に気分が悪いよね」


 クスクスとルキが笑う。気持ち悪い。……こんな密室に閉じ込められても困る。私は隙を見て、扉を開けて外に出た。懸命に走って、彼から離れようとした。が…………転んでしまった。

「何もない所で転ぶなんて…………私は何してるのかしら……」



「馬鹿な女だなぁ、シェリーは。そこがまた良いんだけどね」



 ルキは企みながら笑顔でやって来た。私……さっき決意したばかりだったのに……またこんな風にルキのペースにのまれて簡単に死んでしまうの?



 グイッと無理矢理肘を掴まれ、壁に押さえつけられる。貼り付け状態になったまま、動きを固められてしまった。手の力が尋常ではない。



「僕から逃げるなんてするなよなぁ。君の自由も不自由も全て俺の手の中にあるのを忘れるなよ。何にも出来ない馬鹿な血の姫さま」


 私を見つめる赤い目が、泥々に憎悪を込めて並んで来る。この目を、この存在を、避けることすら私はできないのかしら……………………ルキを自分の人生から排除したいのに、やっぱり彼の力でできないのか…………





 ルキがまた躾けるように、顔を近づけてくる。小さく八重歯を出して、私を更に睨み付ける。



 …………でも。


 途中で止まった。





 何が起きたのかわからなかった。ルキの力が緩んで来たので、私は急いで彼から離れる。不意に後ろを見ると、ジーク殿下が立っていた。



「ジ……ジーク殿下…………」

 私は安堵と焦りが入り混じった気持ちで、急いで自分の胸まで伸びた長い髪の毛と身なりを整える。この状況は、違う意味で危機を感じてしまう。

「これはこれは……ジーク殿下。シェリー嬢を口説いている所を見られてしまいましたか。……殿下の前で、大変なご無礼をすみません」


 ルキは外面スマイルをジーク殿下にかますと、次の授業教室の方へと歩いて行ってしまった。……私は助かったと思い、息を大きく吐いた。ジーク殿下は無心に立っている。何? 何なの?? どこまで見ていた? どこから見ていたの? 心に疑問は次々と浮かんで来たけれど、関わってはいけないと思った。しかし、このまま立ち去るのも不敬に当たる。私はただ無表情のまま、ジーク殿下にお礼の挨拶をして、ルキの後を追うように園庭へと向かって行った。




 駄目だわ、私。油断してはいけない…………………………








 

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