命の天秤を持つ彼 下
『では、その仕立て上げた人間は誰ですか? 貴女は周りを不幸にすると言われている。貴女を仕立て上げるほど、皆、貴女には近づけないはずですが……?』
カルファはただただ事実を伝えて来る。私は貴女を誰も見ていない____と言われたような気がして、言葉に詰まってしまった。
『ルキは………………』
私は仕方なしにルキの名前を出すと、カルファは少し馬鹿にしたように笑った。
『ルキくんは、貴女からの血を受け取るように、脅されていたと聞いています。…………貴女の生命力維持の為に、関係を強要されたと。彼の家柄は聖女にも繋がっていると聞いております故、シェリー侯爵令嬢も目をつけたのですね。……全く、汚らわしいですね』
『は…………』
聞いたこともない話が出て来て、私は目を大きくした。聖女にも繋がる家系……? 嘘だわ、彼は吸血鬼なんだもの。清らかな存在ではないわ。魔族と繋がっているのよ…………それに、どうして、私が悪い方になっているの???? 周りの信じられないというヒソヒソ話と、軽蔑が混じった視線が私を突き刺していた。
ルキはいないかと探してみると、微かに扉の近くに彼が立っているのが見えた。理解できない状況で、何の足しにもならないけれど、彼を見つめた。……ルキは何も言わずに、ただ楽しそうに怪しく笑っていた。
ドクン…………と心臓が傷つくように波打った。
また……騙された……………………私がアナタに何をしたって言うの?!
私は全てに打ちひしがれ、絶望に突き落とされていると斜め前からジーク殿下が一歩前に出た。
『……最低だな、シェリー。君を見損なった。……人には妬み嫉みの感情は多少はあるだろう。……だが、君は、それ以上にネガティブな感情から、自分の近くにいる人間を呪っているんだな。だから君といれば、人は不幸になるのかもしれない』
『殿下………………
私はもう、それ以外は、何も言えなかった。自分の存在こそが、災いの元だと言われた気がして____。カルファとソルジアが私の両サイドに立つ。もう、自分の愛したジーク殿下は何処にもいないのだと、彼の右目を見つめて思った。私の知っている、優しかった殿下は何処にも居なかった。
『連れて行け!!!!!! 牢獄に入れろ!!!!!!』
『待ってください!! ジーク殿下!!!! 私は……!!
『ジーク殿下!! 違うのです!! 私は……アネシア様を恨んではいません!!!! 私はただ…………
『あぁ、君はアネシアを恨んでなどいないだろうな。だが、君が恨んでいるのは、この私だろう? …………でなければ、このようなことはしないはずだからな』
ジーク殿下は片方だけ伸ばした前髪を持ち上げ、私に目を見せる。クッキリと残っている瞼を閉じたままの、くっきりと斜めについた傷痕が、もうこの目は見えない、と主張していた。カルファとソルジアに両方の腕を強く掴まれながら、私は気を落とし、力も入らずに軽々と牢獄へと入れられた。何が悪かったのだろう、何を間違えたのだろう。私はただ……私はただ…………
無償の愛で愛してくれた家族を裏切るような結果になってしまった。………………ルキに血を分けることもしないので、手先が震え、体は熱を持って大量の汗が垂れた。動機が激しくなり、体全体が針のような痛みを放つ。体は燃えるように熱く痛いのに、自分ではもう何もできない。
………………もう、あとは死ぬしかないのね……。
牢屋の隅で体をできるだけ小さくして丸まって痛みを最小限にと堪えていると、黒い石で出来た牢屋の前の道から足音が聞こえた。
『大変なことになっちゃったね』
『ルキ』
黒髪に赤い目、いつもの制服姿で彼は現れる。牢屋が並ぶ暗がりでは彼の赤い目が残酷なほどによく輝いていた。繋がれた手足の鎖をじゃらりと鳴らして、ぼんやりとルキを見つめると彼は笑う。
『助けに来たワケじゃないんだけどさ、助けて欲しい? 力強まっているでしょう????』
今更そんな話を言うのか……と思い、大きなため息を吐いてから首を左右に振った。
『そりゃそうか、いらないよね。……1度目の人生がもうすぐ終わるんだもんね。……もう、生きる力も残っていないんじゃない?』
周りの門番は何処に行ったのだろうか? 姿は見えない。わざわざ人がいない時間帯を狙って、私が生きているか確認しに来たのか?
『何しに来たの? 冷やかしなら他所でやってくれる? もう、私には何も残っていないのよ』
『そうだね。きっと君は処刑されてもされなくても、いずれは死ぬ運命なんだもんね』
コイツは私の気に触ることをこんな場所まで来て言うのかと、絶望を通り越して呆れてしまう。人が嫌なことを口に出して何が楽しいのだろう。
『……………………』
『簡単に死んじゃうなんて、勿体ないじゃん? でも大丈夫だよ。君にしっかりと呪いを掛けたから、何回でも人生をやり直せるよ!! 実際には1回だけだけど、何度も走馬灯として人生を繰り返せるよ』
ルキは牢屋の鉄骨に触れて、しゃがみ込む。ニィッと八重歯を出して尖らせた。私はルキの方を向くと、彼は今までで1番楽しそうに恐ろしく笑う。
『どういう………………
『僕はさぁ〜〜血だけじゃあ、足りないんだよね〜。…………人の不幸って言うの? 魂が枯渇するまで不幸になって欲しいんだ。そういうのを見るのが、病みつきなの。僕、シェリーみたいな被害者意識を持っている人間が嫌いなんだ。……如何にも自分は不幸です! 的な雰囲気醸し出しちゃってさぁ。……意味わかんないよ。だから、君の魂を枯渇させたいと思ったんだ。吸血鬼だけど、僕は呪いの力も持っているしさぁ…………。もちろん体への毒のような効果もあるけどね。他にもさ、僕に命を明け渡すと同時に、君は僕の力によって、魂が呪われるの。それが僕の力。僕のことを大嫌いな君に、その君の魂が何度も苦しんですり減って無くなるまで、何の感情も湧かなくなるまで、同じ人生を繰り返すようにしてあげました♪』
目の前の赤い目が細い三日月に変わって、クスクスと音を立てて笑う。何が楽しいのだろう。……私はこのまま死ぬのに。聖女アネシア様を毒殺しようとした罪で、牢獄されたのに。コイツに無理矢理強要されて、利用されて………………なのに、コイツは………………何処までも…………
『あ、そうそう。聖女アネシア様に毒入り飲み物を間接的に渡したのはー僕だよ』
『何ですって!!!!!! この…………卑怯者!! ペテン師!!!! 悪魔……!!!!』
私は鉄骨にしがみつくと、ガシャンと鉄骨と手足を繋いである鎖が高音と低音を、この暗がりにある牢屋に響かせ叫んだ。ルキは平然として楽しそうにしている。
『悪魔じゃないよ、あんな荒っぽいのと比べないで? 僕は優しい吸血鬼だよ♪』
ルキはニヤリと尖った八重歯を見せつける。最低最悪だ。コイツには何の救いもない。……何の救いもないのに、私はうまい話に流されて乗せられて騙された……なのに、なのに…………コイツは……ルキは…………私からこれ以上何を奪おうとするの?
『私がアナタに何をしたって言うの? 私は…………アナタとは何も関わっていなかった筈。アナタが話しかけて来るまでは、私とアナタの世界は違ったでしょう?!』
『うん、だから狙ったんだ。……血の姫の力を持つシェリーは周りが全然知らないだけで、とても魅力的なんだよ。産まれた時から、君は何処か乖離的に生きているよね。生というモノにしがみつきながらも、遠くにあって見つめている、そんな風に僕は君を見て、感じたんだ。そういう自分を投げ捨てているような人間が堕ちていくと広がりを感じるよね。本当に最高だったよ。ありがとう』
私は鉄骨越しに見つめるルキを見つめる。彼はくるりと何事もないように歩いて行こうとする。私は慌てて叫んだ。
『…………ルキ、呪いを解いて!! もう死ぬなら……私に呪いの力は要らないでしょう?! せめて穏やかに死なせて』
私は今更だと思ったけれど、ルキに訴えかける。慈悲の心が彼にあるワケがない。わかっているが、もう死ぬのだ。それが繰り返す必要はないのではないだろうか? 1度で苦しんで終わる。それで良いのではないだろうか?
『……何を言っているの? 穏やかに死ぬなんてさせるわけないでしょう。……僕から逃げたんだから。シェリーは何度も何度も何度も何度も何度も!! 苦しんで、救いのない人生をこれから繰り返していくんだ!!!! 君の魂がすり減って枯渇して、ゼロになって、消えてなくなるまで!!!! 呪いが解けるのはその時か、または王家が力の解放を手伝った時じゃないの? …………まぁ、何度訴えかけても、君はジーク殿下には愛してもらえないと思うよ。存在そのものが周りを不幸にするって言われているんだからね』
『ルキ…………!!!! ルキ…………!! ルキ…………!!!!!!!!』
ルキは私の叫び声も聞かずに、暗闇の中へと消えて行った。私の声を聞きつけたのか、門番が数人集まって来て、必死にルキを呼ぶ私に、腹を殴った。気持ち悪さが押し寄せて来て、その場に崩れ落ちると、何かの注射を打たれ、目の前が真っ暗になった。
似たような日々を繰り返し、数日後。私はジーク殿下と大衆に見つめられながら、処刑された。