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血の姫は死に際に夢を見る  作者: アトリエユッコ
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選択を間違えたのは、私

ルキとの一件があってから2週間が経った。周りは相変わらずの対応だった。____困った事に、ここ数日間ずっと体調が思わしくない。朝からずっと医務室に居座りっぱなしだ。こんなものなら、家に帰ればいいに決まっているのだが、私はライラやマートルや、父親や母親のことを思うと気が滅入ってしまう。心配というのは、向ける人間よりも抱え込む人間の方が、何倍も苦しいのだ。


身体が疼くような痛みは、徐々に皮膚に針が刺さっているような痛みに変わっている。


王家へのお願いをしたくても、ジーク殿下にも、もちろんその関係者にも何もできない。私はただただ、この真っ白な医務室のうず高い天井を眺めているだけなのだ。



……末期患者はこのような気持ちなのだろうか。



果てのない思いに、自分自身が呆れてしまう。ため息を吐く私に、ドロシー先生が採血セットを持って来て、血を抜いてくれた。抜いた血で気持ち楽にはなった気もする。


『早く良くなるといいわね……』


 ドロシー先生も私の具合が悪くなっていることを言わずもがな理解しているようだった。先生の綺麗な色白で綺麗な眉毛と大きく丸い眼鏡越しから見える長いまつ毛が印象的な緑の目をパチリとさせて、困惑した表情を見せていた。

そんな顔をさせてしまって申し訳ないと思う。私は少しでもにこやかに笑った。



『こればかりは仕方ないです。勉強が少ししか出来ないのが申し訳ないですけど』


『あなたは飲み込みが良くて、やればとても優秀だと職員室の先生方は言っていたわよ。教室でやること全てが勉学じゃないからね』


 そう言って、ドロシー先生は私のストレートヘアを撫でた。

 コンコン、と医務室の扉が鳴る。ドロシー先生が歩いて行き、開くとそこにはルキが立っていた。



『……何?』


 私は険しい顔でルキを迎え入れると、ドロシー先生は不思議な顔をした。こんな所までどうして来たのか、聞きたいくらいだ。


『2人とも顔見知りなのね、以外な組み合わせだわ。……どうしたの?』


『シェリーがここ数日、ずっと教室に来ないから心配で様子を見に来ました』

『仲良くはないんです。私が時々付き纏われているだけです…………』



『そうなの? シェリー、味方が1人増えたのなら良いことじゃない。そう頑なにならなくていいのよ。ちょっとアナタの血、力の強さを検査室で測ってくるわね。最近は血を取る頻度が多いから、本数が多くて少し時間かかるかも。ルキくん。シェリーをお願いね』


 ルキはドロシー先生にわかりましたと返事をすると、ドロシー先生は立ち上がって、私のスピッツを片手にカーテンを引いて、医務室から出て行く。私は何か言おうと少し立ちあがろうとしたが、ルキに止められた。


『無理は良くないよ』

 何か狙っていることには間違いないだろうけれども、体調の悪さからこの時の私は判断力が落ちていたと思う。微弱な力で眉間に皺を寄せて、ルキを見つめた。が、まだ気分は良くなかったので、くらりとめまいがしてくる。ルキは私の上半身を抱きしめて、また首元に自分の顔を埋めた。


『無理なんかしていないわ、必死になっているだけよ』


 私は首元を噛まれないように、用心したけれど、ルキは私の首元に軽いキスをしただけだった。



『……必死でも。力の解放しないと、本当に危ないよ?』


『…………アナタの力は危険過ぎて話にならないわ』



 そんなやり取りをしていると、医務室の入り口から声が聞こえてきた。

『……怪我は放っておいてはいけませんよ。…………あら? ドロシー先生はいませんね?』

『席を外しているのかもしれないね。アネシア、君の力で治してあげた方が良さそうじゃないか?』

『ええ、そうですわね』


『あ、えぇっ?! 僕が階段からうっかり足を滑らせただけですから、大丈夫です!! アネシア様の手を煩わせる訳にはいきません!』


『……お気になさらず。私の力は困った方を救う為にあるのですから。それに、痛いでしょう?』


 聖女アネシア様とジーク殿下が他の生徒の案内をしているようだった。暫くすると、小さな薄いレモンイエローの光がカーテン越しに光った。光が放たれると、生徒は快方したのか、異常に喜んで跳ね上がる。


『すっかり綺麗に治りました!! 噂に聞いていた通り、素晴らしい人ですね!! さすが聖女様です!!』


『いえ、それほどではございませんわ。治って良かった』


『良かったな』


『はい!! 殿下もありがとうございます!! 気にかけて下さり、感謝申し上げます!!』


『気にするな、私が何かしたのではなく、彼女がしてくれたことなのだからな』



 3人のやり取りを声を殺し、空気を吸い込まずに息を止めるような感覚で聞いていた。私と一緒にいた時とはまた違う温度に落胆してしまう。ルキは私を抱きしめたまま、何も言わなかった。


『殿下の目にも効けばいいのですが……』


 ふいに生徒が呟く。私は体がドクンッと波打つように感じた。ルキの腕が強くなる。ルキも知っているのか、わかっているんだと思った。


『あぁ……。残念ながら、目は治せない。当時一緒にいたのがアネシアだったら、また違っていたのかもしれないが……』



 私はジーク殿下の言葉を聞くと、静かに唇をキュッと力を込めた。3人は何事もなく、医務室を出て行った。……でも、私達は固まったまま、いや、私自身が固まったまま、動けなかった…………。


 ルキが長い間の後に言った。


『わかっていないよな。……誰も』


『わかってもらおうなんて思っていないから』


 私は強がると、ルキは顔を離してから私を見つめる。抱きしめていた腕を離し、変わりに私の肩に両手を触れた。彼の赤い目が冬のうさぎのように弱々しく訴えてくる。


『じゃあ……なんで泣いているの?』


『泣いて……なんか…………



 指摘されて、自分が涙をこぼしていることに気づいてしまった。あんな形でジーク殿下の本音に気づいてしまうとは。わかってはいたものの、私はやはり申し訳なさと恋心の間で揺れてしまう。この想いは叶わない。叶えてはいけない。……私は殿下から大切なモノを奪ってしまった。剣術の力と、未来への希望を半分。…………なのに、心では諦め切れない自分もいて、手放そうとしても手放し切れない。涙はどんどん溢れてきて、ルキは指で私の涙を何度も掬った。


『……シェリーは嫌かもしれないけど、彼よりも僕なら君を救える。僕はあんな風に思わない。……シェリーは不幸を呼ぶ血の姫じゃないよ』



 ルキは私の後頭部に手をかけて、引き寄せるとそのまま私に接吻する。二回目の無理矢理は泣いていて、全く傷付かなかった。いや、それよりも自分の中にあるジーク殿下への思いを消してしまいたい__どうせ死ぬなら、忘れたいよ………………と思ってしまった。自然な流れでルキの唇を求めていく。だけど、今回はそれだけでは終わらなかった。ルキはその先を求めてきたのだ。さすがに私も拒否した。……でも、彼はやめなかった。……こんな場所で。そして体力の関係もあって、抵抗する力も残らず半ば強制的に、私は初恋を散らされたのだった。




 忘れられたらいい………………何もかも……………






 衝動的にルキに流されてしまったけれど、ルキとの一件で、私はものすごく体が楽になった。顔色が悪かったのは標準的な顔色に変わり、節々の痛みもなくなった。歩いても疲れることなく、正門から見送られて歩いて行っても動悸や息切れをしなくて済んだのだ。こんな世界があったのかと思うほどだった。


…………ルキと一緒にいてもいいかもしれない。



このまま、一緒にいれば、穏やかに殿下を忘れられる時が来るかもしれない…………


ウィンウィンかは別としても、もう辛くならないかもしれない。









 心はそう思っていた筈なのに。









 思っていた筈なのに、体調は1週間後には輪をかけて悪くなっていった。どうして……? 血を手放したのに、体調が悪くなるのが早すぎる。寧ろ、汗が止まらない時がある。中毒症状のように、ルキに会いたくなって、急いで向かった。



『…………ルキっ!!!!』



 彼を呼ぶと、クラスメイトに囲まれていた彼から周りの者がいなくなった。私を見る目も気にせずに、彼に訴えかける視線を与えていると、ルキはクラスメイト達を見る。


『また後で行くよ』


『わかった』


 やり取りが終わるのを待つと、私は駆け寄ってルキへと泣きついた。


『変なの……体調が悪くなっているわ…………!!!!』



 ルキは今までの優しい言葉や視線を見失ったかのように、冷酷さと嘲笑うかの如く言い放った。


『…………あぁ、禁断症状だね』


『……また、この前のようにアナタに血をあげなきゃいけない? ……こんな風に酷くはなったことないのよ、落ち着いていられないわ』


『大丈夫、大丈夫。呪いの毒が回っているだけだから』


『…………は?』



 火照る体を抑えながら、ゆっくりとルキを見上げると、彼は笑って言った。


『吸血鬼に血を吸われたら、その人は死ぬかゾンビになるって聞いたことない?』


『………………』



 言葉を言い出せないでいると、彼は更に笑って言った。



『まぁ、それは逸話だから違うけど。僕に血を与えるってことはね、シェリー。君の命を明け渡すのと一緒なんだよ』

『……え……助けてくれたのよね……?』

『ブッ』


 ルキは無造作に自分の前髪を掻き上げて、赤い目を見せつけるかのような仕草をした。私は何が起きているのか、理解できずにいた。



『君の力、勿体無いよねー。あの殿下もバカなんだろうなぁ。こんなに優秀な血、僕だったら手放さないのに。殿下はアネシアに夢中でさ。……君の力は吸血鬼の僕にとっては最高だよ。だから、僕のモノにしてしまおうと思ったんだ。魂ごと』


『…………は?』



『…………まだわかんないの? シェリーって賢そうに見えて、やっぱり頭が固いんだね。僕がどんな方法だったとしても血を吸ったら、吸った者は僕の毒の力で、苦しみ出すんだ。吸血鬼に吸われたら、そこからは魅惑の味なんだよ。……でも、それはね、吸われたことによって、僕の力…………僕の毒が同時に発生して、全身に回るんだ。そして、禁断症状が出てくる。禁断症状が出たら、吸われた者は死んでしまうのさ。僕の毒がジワジワとまわってきて、魂まで到達するまで、僕なしじゃ生きられなくなる。…………吸血鬼に血を与えてはいけないって言われているのはそういう理由なんだよ』




 ルキの言葉を耳にして、一気に私はドッと汗が吹き出た。どう言うことなのだろう。考えて、考えたが、これは…………紛れもなく、ルキに騙されたということなのだろう。最初から、私自身を心配などしていなかったのだ。彼は時々、その体から定期的な血を受給しなければならなかった。でも、普通の血では満足できないし、リスクもあったのだろう。そこで私をうまく唆し、血の姫の血を手に入れることで、彼は有益な力を得たのかもしれない。


『騙したのね。……私が血の姫で、皆寄りつかないから、アナタにとってはちょうど良かった。…………私の血は回復能力がある。アナタにとって、私を得られたら、私の力のおかげで、ほかの人間から血をいちいち採取しなくても、長いスパンで生きていられるものね…………なんてこと……』


『よくわかったね! 正解!!!! でもね、大丈夫だよ? 僕はこれからもずーっと君から血をもらっていくから。もちろん……この前みたいな方法でね』



『嫌よ!!!! 元に戻して!!!!』


 私は少し強く叫ぶと、ルキはクスリと微笑んだ。


『無理だね。君はもう元には戻らない。聖女の力か王族の救いがなければ、元には戻らないね。君の体だって、今か今かと、心とは別に、僕の力が欲しくなって、喉から手が出るほどになっていくと思うよ? 現に、今だって落ち着いていられないでしょう? まぁ、そうなるものだからね。君の魂が枯渇するまで、君は僕に侵食されていくんだよ。ねー、残念だねー。まぁ…………大丈夫、僕が可愛がってあげるよ。シェリー。君の魂は吸血鬼に身売りしたら、これからはずっと、その魂は僕のものになるんだ。…………君の魂が枯渇するまで、血を奪い取るよ。君は亡くなるまで僕を求めながら生きていくというわけ。でもね、ずっとそれは続くんだ。僕の力の影響で、君はきっと、僕が掛けた呪いにも似たつよーい力で、魂を明け渡すまで、地獄を浴びていくしかないんだよ。血は有効活用できるし、僕と楽しみながら血をあげられるし、こんな血の姫として生きるのに、有効な使い勝手はないでしょ?』

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