そもそもの起源
『シェリー侯爵令嬢!!!! お前は聖女アネシア侯爵令嬢にお前の血を混ぜた毒を飲ませて、殺そうとしたな!!』
ジーク殿下は光堂の真ん中で、私に指を差して大声で怒鳴った。身に覚えがあるような、ないような……そんな話だった。
『私が……? そんなことしましたでしょうか?』
ジーク殿下にお伝えすると、彼は後ろにいる聖女アネシア様に腕を伸ばし守るような仕草をした。アネシア様は驚くこともなく、何か言いたいことがあるような複雑な表情をしていた。
『しただろう!! 具合が悪いと言うアネシア侯爵令嬢に、飲み物を差し出した!!!! だが、よく調べればお前の血が混ざっている朱色の毒だった!!!!!! 護衛に調べさせ、発覚したんだ!! これは紛れもない事実だ!!!!!!』
ジーク殿下は強く、私を問い詰めた。私はそんなことはしていなかった…………。数日前に、聖女アネシア様が食堂で頭を抱えていた。私はどうしたのだろうと声をかけると、頭が痛く、調子が悪いと言ったのだ。聖女様の力で、治癒はできないのかと確認したところ、力を普段から私用に使うことはしないようにしている、と言っていた。
だから私は、少しでも。と思い、マートルにいつも用意してもらっている薬草茶を差し上げようとした。ローズヒップも入っていたようなので、朱色に近かった。決して毒ではない。
…………考えられるとしたら。
アネシア様に渡す前に、私は教室から出て行った。医務室へと行くために。その時、ルキとアネシア様しかいなかったのだ。ルキが、もしかしたら私の血を混ぜたのかもしれないと、今更ながらに思った。彼は私の血を手に入れることなど、容易いのだから。
『連れて行け!!!!!! 牢獄に入れろ!!!!!!』
『待ってください!! ジーク殿下!!!! 私は……!!』
私は護衛の手をはらい、殿下に手を差し伸べようとした。殿下は、背中を見せて、私を無視して歩いて行こうとする。私は無我夢中で誤解を解くために、叫ぶ。
『ジーク殿下!! 違うのです!! 私は……アネシア様を恨んではいません!!!! 私はただ…………
ジーク殿下は足を止めて立ち止まり、私の方へと振り向く。
そして、ふいに自分の、銀色の前髪を持ち上げる。左側が長い彼の前髪が彼の手によって持ち上がりると、もう開く事ができない、瞑ったままの左瞼の傷を私へと見せつけた。
『あぁ、君はアネシアを恨んでなどいないだろうな。だが、君が恨んでいるのは、この私だろう? …………でなければ、このようなことはしないはずだからな』
私は言葉を失う。殿下の左目がもう見えない。忘れることなどなかった。私のせいで、彼は視力を半分失ったのだから。
護衛に引っ張られながら、無理矢理牢獄に入れられた。……その後のことは思い出したくない。7日後に、私は皆の前で処刑されたのだから。
ただ、私は誰のことも陥れようとはしていなかった。でも、誰かに助けて欲しかった。本当はジーク殿下に助けて欲しかったけれど、ジーク殿下は既にアネシア様に夢中で、アネシア様も特別気にかけて下さることはなかった。
だからこそ、選択を間違ってしまったんだ、私は。
ルキが貴族学校の編入生としてやって来る数週間前。私は殿下と書庫へと行っていた。私と殿下は幼い頃に一度面識があり、それから会うことはなかった。が、貴族学校へと入学してから、皇子と血の姫と言うこともあり、話す機会が多くなり、段々と仲良くなっていった。
ジーク殿下の雰囲気は、銀色の髪に、鮮やかで真っ青な瞳に、恵まれた高い身長と長い手足、細身の体格と、一目見れば貴族令嬢の皆が惚れてしまうようなお姿だった。故に王家の品格を纏っているようにも見えて、それは一見取っ付きにくさも表していたが、一度話せば、それはただの勘違いで、とても気さくで、お話が好きで、ドロシー先生とはまた違った、分け隔てのない性格をしていた。本当にこのような方が皇帝陛下の第一皇子なのだと思うと、この国の将来が頼もしく感じられるほどだ。
だから、血の姫の私にも声かけをしてくれることがあった。
『シェリーは血に力があるんだね』
いつだったか、彼は言った。私は少し俯くと、頷いた。こんな血、家族や城の従者達以外には気味が悪いとずっと言われて来た。少なからずとも、ジーク殿下だって、その理由をわかっているはず。
『…………えぇ。でも私はこのような力は欲しくありませんでした』
『どうして? すごいことじゃないか』
私に気を遣って下さるのだろう。自分でも、気持ちが悪いと思っている。私も普通の令嬢だったなら。幼い頃からひとりぼっちではなかったはずだ。それなのに、この力のせいで、声をかけて下さるのは殿下だけだ。
『気持ち悪いじゃないですか、血を垂らすなどど。どうしたら気味が悪いと言われずにいられるのか、知りたいですもの』
『もちろん、通常の聖女とはまた違う治癒力だからな。……しかし、君の力が必要な場面が、探せばいくつもあるはずだよ。そういう機会を得られるということは、君だけにしか出来ないことがあるってことだろう。素晴らしいじゃないか』
微笑みを下さる、ジーク殿下。私はこの笑顔を見て、殿下を好きにならないご令嬢がいるのかしらと、胸を高鳴らせてしまった。
『君の血は、未来への希望だ。……私も、王家をいずれは引き継ぎ、立派な皇帝になれたらな』
『ジーク殿下ならなれますわ。我が城の者によりますと、殿下は剣術が特に得意だとか! 魔法術も学業ももちろんのことですが、剣に強いというのは、それだけで殿下にも希望がありますわ』
私がお伝えすると、ジーク殿下は不意に私の頬に軽く触れられた。また小さな高鳴りが湧いてきたのは、自分の中でも否定できなかった。……愛してはいけない。私にはもったいない人過ぎる。
だけど、私は殿下が言ってくださった〝希望〟という単語が嬉しくて、嬉しくて、ほんの少しだけ、自分を好きになれたような気がした。
_______でも。
貴族学校の書庫に2人で行った時。
書庫に入ってジーク殿下の好きな本について、2人で語り合うという予定だった。私は殿下と2人で、ということに正直舞い上がっていた。あれやこれやとおすすめの書物を教わりながら、楽しくて嬉しくて、仕方なかった。
貴族学校の書庫はどれもうず高く、上までびっしりと書物が埋まっていた。故に上の物を取る場合には管理人にお願いするというスタイルだ。管理人にあれやこれと伝えると、殿下は何冊も何冊も本を運ばせる。私は首を回して見つめるのに精一杯だった。
『ジーク殿下の好きな本はどれも興味深いですね。特に国の民族衣装などの本は、見ていて楽しくなりそうですわ』
『あぁ、これなら君も読みやすいかなと思ったんだよ。女性は綺麗な物が好きだろう? この民族衣装の本は、現在にも繋がっているから、余計に楽しくなると思うよ』
私とジーク殿下はその後も色々と本の話をした。ジーク殿下はプライベートだからと、護衛騎士2人を離れた場所に配置させていた。私は気遣って下さる姿にも、小さく感動していた。
ひとしきり話し尽くした後に、ジーク殿下が学校内にあるお気に入りの場所へと案内すると言ってくれた。
『良いのですか? 私のような者が着いて行っても……』
『良いんだ。せっかくだから、君にも教えたいんだ。あの2人も知っているけれど、ご令嬢に教えるのは君が初めてだな』
殿下はそう言って、私を長く歩かせた。人が出入りする校舎内ではなく、人目が少ない裏道を少し通ってから、殿下は湖のある場所へと連れて行ってくれた。
『このような場所が校内にあったのですか……』
『あぁ、すごく綺麗な湖だろう? 向こう側には休む場所も設置されていて、私はたまにあそこで紅茶を嗜んでいるんだ』
殿下は近くにあるガゼボを指差す。湖は透明度が高く、自分達の顔も見えるくらいだ。校舎内は広いけれど、こんな素敵な場所があることを、私は全く知らなかった。
『美しい場所ですね…………教えて頂き、本当に色々とありがとうございます。ジーク殿下のおかげで、私の狭い世界が広がっています』
『これからも、時折頼ってくれて構わないよ。私は君を知りたいと思…………
その時。
ジーク殿下がしゃがんで、水面を見た時。ゆらりと水面が揺れたと思った。……ピクッと、ジーク殿下が何かおかしな雰囲気を察知すると、瞬間、急いで私を庇う。水面から、勢いよく黒い羽が生えた大きな魔界の生き物が出て来た。
『何故、こんな場所に魔物がいるっ?!』
『校内には結界が貼ってあったのではありませんか?!』
私の声と同時に、2人の護衛騎士が殿下を守ろうと私達の前に立ちはだかる。
『どうしてこんな場所に魔物が?! 殿下、お下がり下さいませ!!!!』
『いや!! 理由は後でとしても、このままでは私も引けない!!!! カルファ! ソルジア! 私も戦う!!!!』
『わかりました!!!! シェリー様、ここは危険です!! 隙を見てお逃げ下さい!!!!』
護衛騎士のうちの1人、カルファ卿が私に向かって叫んだ。私はたまに眩暈を起こす自分がいても邪魔になるだけだと思い、その場を去ることにした。
『わかりました。申し訳ありません』
私が小さく叫んでから、様子を見て走って戻ろうとすると、何故か魔物は炎を口から吐いて、私の行く手を阻ませる。私は動けなくなって、立ち止まっていた。ぶわりと魔物は黒い羽を羽ばたかせながら、私の前に立ち、大きな奇声を上げながら、あろうことか他の者には目もくれずに、私へと襲ってきた。
『どっどうしてっ?!』
『シェリー様!!』
魔法で、護衛騎士のセルジオ卿が防御をしてくれた。一度は防ぐことができたが、大きな姿故に強い。私は何も出来ずにいた。カルファ卿はセルジオ卿の横に立ち、同じように戦おうとしていた。
『シェリー様! 今私達が気をひいているうちにお逃げ下さい!!!! アナタの力に反応しているのかもしれません!!』
『はいっ……!! 本当に申し訳ありません!!』
私はゆっくりと後ろに下がると、早足で歩き出した。正門に向かって歩いて行き、護衛騎士2人のおかげで、気づかれなくて済んだ。
ジーク殿下は私を守ってくださるように、後ろから少し離れて着いて来てくれた。私は構う余裕がなく、ただ必死に早歩きをする。
しかし、木を避けようと私が動くと目の前からもう1体の魔物が迫って来た。殿下は瞬時に私を庇う。私は魔物に気づかずに驚いて口元を抑えると、魔物は攻撃を仕掛け不思議な光線を発して来た。殿下は剣を出して光線を弾き、隙を見て魔物を刺し殺した。
さすがですわ……!! と思ったのも束の間。
『うっっっ!!!!!!』
一瞬の隙だった。油断していた殿下が左目を押さえて叫んだ。殿下の後ろからもう1体、魔物が現れ、光線を発したのだ。光線は見事に振り向いた時に、殿下の左目へと当たってしまった。声を聞いた護衛騎士が急いで魔物を倒し2人が出て来ると、殿下を見たソルビア卿が青ざめた顔をして叫んだ。
『カルファ! すぐに医者を呼んで来てくれ!!!! 左目を負傷されている!!!!!!』
『わかった!! ソルビアは応急処置を頼む!!』
バタバタと慌てて走って行く護衛騎士と、目の前で左眼を抑えて血を流しながら、倒れているジーク殿下を見て、私はどうしていいかわからなくなってしまった。
『あっ……あのっ!! すみません、私、魔物が背後にもいるなんて、わからなくて…………』
『シェリー様、今は黙っていてください。私達も外で待機と言われた時点で、注意しておくべきでした。……貴女は不幸を呼ぶ血の姫だと言うことを…………。これは私の不注意だ……。貴女と殿下と仲良くさせるべきではなかった。殿下は私が対処しますので、お引き取りください』
『えっ……でもっ…………私、私も何かします! …………そうだ、私の血を……
『おやめください!! ……このような現状になっているのに、貴女の力を使ったら、殿下はもっと不幸になります。お引き取り下さい』
悶えて目を押さえるジーク殿下に何もせずに、私はその場を去って行くしかなかった。
後日、殿下の左眼が失明したと言うことを、護衛騎士のソルビア様から聞かされた。どうしてあの場所に魔物が3体も現れたのかは、今もわからない。ただ、殿下は剣術が強くて、未来への希望に溢れていた人だった。しかし、この件を境に剣術の力が以前よりも思うようにいかなくなってしまった。そして、やはり学校中と、王家に、血の姫は周りの者を不幸にする。と言われてしまい、私は公的にジーク殿下には近づくことができなくなってしまった。
暫くしてから、聖女アネシア様と校内を歩くようになった姿を見るようになった。
王家からの提案もあるのだろう、と思っていた。この頃、私は段々と体の調子が悪くなって来て、毎日節々が痛むことが多々増えて来た。でも、誰にも言えない。この貴族学校にいる者達はもちろんのこと、私を愛してくれている、家族や従者達には余計に……。
『今日からお世話になります。ルキ・ウラド・バンピルです』
悩んでいる最中に、ルキが編入生として入学して来た。黒い髪の毛に、赤い目をしていて、どこかミステリアスなクラスメイト、というような印象だった。……と言っても、その雰囲気からすぐにクラスに慣れてしまい、私は遠目から見ているだけだった。
殿下は私に目もくれなくなっていった。殿下の中では、怪我をしたことよりも、怪我をした自分から逃げたことを恨んでいる。と、あの事件の後に、言われてしまった。彼を護衛しているカルファもソルビアも何も言わずに黙っているだけだった。
お気に入りの場所が湖なのは、悪役令嬢の私を探してにかけてみました〜 アレ? って思う人もいるでしょうかね。そんな感じです♡