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血の姫は死に際に夢を見る  作者: アトリエユッコ
22/22

聖女の微笑み 中中中

最後に軽くライラに身支度を整えてもらった30分後。ジーク殿下が城へとやって来た。

 

 私の心に映る様々な憂鬱と不安と心配とは裏腹に、外の天気は晴れ上がり、いらしたジーク殿下も市井の者に変装していてもわかってしまうくらい、同じように輝いている。



「こんにちは、ジェリー。体調はどうだい?」

「ご機嫌麗しゅうございます。体調はとても良いですわ」


「良かった、じゃあ、少しまわろうか。シェリー侯爵令嬢を今日1日預からせていただく。体の事はこちらも気をつけるから、心配のないように」

  

 私の両親が殿下にご挨拶をと思い、同じタイミングで現れると爽やかに殿下が言葉を落とす。両親は宜しくお願いしますと2人して深々と従者達と同じように頭を下げた。



「では行こう」



 何ひとつ曇りなく差し出された手に私は違和感を少しだけ感じながらも、その手を拒めば不敬になると思って、素直に握らせていただいた。



「君が最近元気になってきたから、こうして私の用事に付き合ってもらえて嬉しいよ」


 私達の後ろにも馬車が来ていた。ジーク殿下は私の体調も気遣って、わざわざ王宮専属医を連れてきてくれたのだ。


「大丈夫ですの? 私にお話でしたら、王宮に直接お伺いしましたのに」


「問題ないよ。それに、家で仕事ばかりしていると窮屈になるからね。こうして、市井の状況調査も兼ねて、たまに気分転換で出かけるんだ」



「学校での勉学などもありますのに、殿下は大変ですね」

 私の言葉に殿下は首を軽く揺らされた。


「それが私に与えられた運命のようなものだからね。……恵まれていることばかりさ。シェリーはあまり屋敷と学校以外には外出は控えていると思って、良かったらと誘ったんだ。迷惑じゃない?」



 迷惑なんて滅相もないですわ! こんな計らい、今までの私には充分過ぎるくらいで____……

夢中で私も首を振ると、殿下の真っ青な目に吸い込まれてしまう。ふんわりと微笑み、心の中心が熱を帯びてしまう。



 市井が近づいて来たので、私達は一旦馬車を降りる。王宮専属医も市井の服装になり、後ろからゆっくりと着いて来てくれる。

 



 実は、私にとっては……初めて踏み入れる市井。


 殿下の言う通り、私は繰り返す人生の中で自分の身体のことで精一杯でしたから。屋敷と学校くらいしか移動は殆どしていませんでしたわ。これが市井なのですね……。


 店や家がみっちりと続いている風景に、歩くと時折足を引っ掛けてしまうようなレンガ道。表に出ている市井の人々____広がる音、声……全てが私にとって新鮮でした。



 ほう……と一瞬、呼吸も忘れそうになるくらい吸い込まそうになっていると、殿下にトントンと肩を優しく叩かれた。あっちへ行こうと指でジェスチャーする。にこにこといつもより嬉しそうな殿下は、私の手を握って早歩きで引っ張って行く。



 殿下のおすすめで、色々な場所を見た。


 お洋服屋、ご飯屋さん、デザートとお茶が美味しいお店、野菜売り場やアクセサリーのお店……


 一件一件のお店は別でも、羅列されたように店が並び、店の前でパーティーのように商品を売っている場所も多かったので、体力をあまり使わなくて大丈夫だった。


 下層階級が多く住む場所なので、ここで営んでいる人達は全てが堅苦しくなく、とてもカジュアル。お互いに変装しているとはいえ、気さくに話しかけてくれる人々に親しみが湧いてしまう。



 何より、私が繰り返してきた人生の中で知っている殿下よりも、今日私が見ている殿下は、屈託のない笑顔をよく見せる実年齢に近い印象を受けた。


 これまでそんなことを殿下に対して感じたことがなかった。

 

 違う一面を見つけて、私は自分の見てきた物と今見ている世界の違う部分に戸惑いを感じながらも、何度も胸が熱くなった。




「どうだった? 楽しかっただろうか?」


 帰りの馬車の中で、赤いりんごに飴を絡めたお菓子を回して見つめている時に殿下が話す。



「えぇ。とても楽しかったです。りんごさんもプレゼントしていただきましたし」



「りんごで良かったのかい? もっと良い物をプレゼントすることもできたけど」


「いいえ、こちらが可愛いなと思いましたので。これで充分ですわ」

「君は欲があまりないな」



 殿下はぽつりとこぼした。

 恐らく、殿下程の方は色々なご令嬢に言い寄られることがありますものね。と私は想像する。過去も当然の事ながら人気者で、羨望の的だったから。



「……殿下。私にもっと大切なお話があるんですよね?」


 私はりんごのお菓子を自分の体の近くに置いて、殿下を見つめる。理解が早いね、という表情を殿下はして私に言った。



「あぁ。元々この話がメインではあるね」



「……話して下さいませんか?」


 私の言葉に、殿下は1度頷き、口を開いてくれた。




「…………前にあった、学校での懇親会でのシェリーの活躍は、流れ流れて王家にも伝わっていてね」



「はい」


「最初に私を庇ったことも勿論だけど、シエルくんの怪我を治し、更には彼の妹の怪我も治したことも、王家には伝わっている」


「えぇ」



「それで……私も色々と王宮の話し合いに参加していたが…………その中で、君の評価が少し変わりつつあるんだ。今までの君の行動を踏まえて、君を……その……新しいポストに……という声も出てきた」



 殿下は言いづらそうに話していた。私は姿勢を綺麗に正して殿下に体を向ける。



「……役割とは、何でしょうか? 私にできることでしたら、引き受けたいと思っております」



 私の素直な気持ちでした。


 これは、王家の気を引きたい訳ではありません。11回目の人生がはじまってから、殿下、シエル様、シエル様の妹であるミシェル様を助けさせていただき、自分にもできることがあるのだと知りました。


 悍ましく身体に流れる全ての血ごと消し払いたいと思っていた私ですが、どんな小さなことだとしても、誰かの役に立つことは、私に小さな幸せを与えてくれるのだと学んだのです。




「…………そのー……」


「ジーク殿下」


 

 ジーク殿下は口籠っていたが、少し上を向いてから私の顔を見る。



「然るべきポスト、役割というのは……私の婚約者に……ということなんだ」


 殿下は口元を拳を丸めた手で隠す。私は胸と頬が熱くなるのを感じた。



「こっっっっ……」


「いやっ! まだ正解に言うと“候補“で! …………その、私は一応この帝国の第一皇子だ。だから今後のことを考えて、婚約者という話は前からあったんだ。私がずっと断っていたのと、皆選別に時間をかけていたからいなかったけど…………」



「……は、はい」


 恥ずかしくてどんな顔をして殿下を見ていればいいのか何だかわからなくなってしまった。



「だけれど、これからはそうはいかない。国益を考えると婚約者は必要になってくる。当然、資質がある人でなければいけないと。……それで、候補として、アネシアと……シェリー、君が選ばれたんだ」



 私はアネシア様と言葉を聞くと、言葉の意味を理解した。



「聖女……ということだからでしょうか?」



「あぁ。やはり王宮の皆は王位継承権の位が高い私と聖女を繋いでいきたいらしい」



「なるほどですわ。アネシア様の聖なる力を繋いでいけたら隆盛を極めることになりますものね」



「忘れてはいけないよ、シェリー。君も、この国の聖女なんだ。アネシアと同等の待遇を受ける必要がある」


 殿下は私をまっすぐ見つめる。

 そうでした、私も聖女でしたわ。少し忘れそうになっていました。




「……だが、血の姫に対していつも拒んで来た王家が、急に手のひらを返したようにもしてくれなくてね。完全なる私の婚約者候補となる為、ある条件を出してきた」


 殿下は少し恐る恐る手を伸ばして、私の両手を握る。私はあの時のようには拒まなかった。


 ……条件?



「君の力はまだ完全体ではない。だからこそ、完全体にする為のヒントを3ヶ月以内に探してくる事。……それが、婚約者候補となる条件。……そして」


 殿下は言葉を一旦区切って、私の手をぎゅっと握る。


「ヒントを解明できた暁には、王家から力の解放を開示すると言ってきたんだ」






『この帝国に、血の姫が完全体になるヒントが隠されております。それを血の姫が見つけられたら、殿下の婚約者候補として、力の解放を開示しましょう』




『期間は3ヶ月。完全体になるヒントを見つけられなければ、婚約者は聖女アネシア様でお決まりですな』




『まあ、殿下がお手伝いされても構いませんし、辞退されても問題はございません。それはこれまで通りに戻るだけですので』




『シェリー・アザレア・ルター侯爵令嬢がどう出てくるか。我々もお手をこまねきお待ちしております』








「3ヶ月以内に……」


「あぁ。とても短期間で、探すのは難しいと思う。王家は君を試しているんだ。……でも、私はこれはある意味チャンスだと思う」


 殿下の私の手を握る力がほんの少し、強くなった。何時になく真っ直ぐな眼差しをされている。



「このチャンスを掴めれば、君は力を解放できる。……そして、バンピル卿から掛けられた君の呪いを解くことができるかもしれない」



 ルキに掛けられた呪いを……解く。今までできなかったこと。私にとって何よりも望むこと。


 繰り返す人生のなかで諦めてしまっていたこと。


「呪いが解ければ、君はもう屋敷と学校だけの生活じゃない。もっと、もっと、なりたいようになって良いんだよ」


「えぇ」


 この条件を達成することができるのか、できないのか、まだわからない。……でも、11回目にして、目の前に現れてきた新しい扉。……私は殿下の言うように、逃したくないわ。



「私も君の条件突破を手伝うよ。もちろん、アネシアもルド、カルファ、ソラジアは君の味方だ。この好機を逃さず、達成しよう」






 新しい人生の扉が開かれようとしていた。




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