聖女の微笑み 中
◇
(ジーク視点)
…………まさか私が生きているうちに魔王と会うことになるとは。
王宮の客間に現魔王が座っている。茶を飲む姿が違和感があるようにしか見えないな。肩より少し長い黒髪に、頭に生えている2つの角。引き締まった顎先に騙されそうだが、特に上半身の筋肉量が多いせいか、黒い式服がキツそうにも見える。
その威圧感からか、私は……まあ魔王だから当たり前だが__只者ではない。と感じた。軽く息を吸うと、私はテーブルに肘をつき、両手を組んだ。討伐ではなく、今日は王族として確認したい。
「__お茶は口に合いますか?」
「あぁ、問題ない。感謝する」
……案外淡々としているな。バンピル興の口のうまさとはまるで違う。そこはかとなく感じさせる色気と、黙っていても滲み出る狂気。……これが齢数千年を生き抜いた魔王の2代目か。
「……さて。皇太子。我々は互いの世界には干渉しない事となっているが、今回はどうして、私を呼んだ?」
魔王は真っ白な茶器を手にしたまま、こちらを見ようとはしない。茶器は華奢で彼の大きな骨ばった手には不自然だった。
「確認しておきたいことがありましてね」
「確認?」
私は微笑む。頬が少し引き攣っているように感じる。違う。……怯むな。シェリーの為だろう。
「ルキ・ウラド・バンピルのことです」
意を決してバンピル卿について話題に出すと、魔王は呆れたように、はあ、と軽くため息をついた。
「ルキか……」
「えぇ。彼は身分を隠して、我が国に内密に侵入していた。……魔族達と、我が国は一切干渉もしない。でも、もし、侵入した場合には和平同盟によって魔族を処分しても問題ないことになっている」
「あぁ、その通りだ。皇太子」
表情をあまり変えることなく、魔王がテーブルに茶器を戻した。
「だが、バンピル卿は内密に我が国に潜伏した上、我が国の中核を排出すると言われる学校の結界を破り、学校内を危険に晒した。……シェリー……いや、そして、私の友人の命を狙った。こちら側としては、即刻、処罰対象として頂きたい」
学校内の結界を破れば、外敵が侵入してくる可能性がある。鳥類系魔族なんかがよくある例だ。今は国営の騎士団が常に目を光らせているから、突然の魔族が出現することは大分少なくなった。__が、稀に__と言うことがあるのだ。結界破りは、その可能性を上げたということ。
この我が国を支える貴族達を排出する教育機関で、彼はシェリーに向かって牽制したつもりだろう。でも一方では私に対する宣戦布告のように感じていた。
「皇太子。申し訳ないが、それは出来ない」
「どうしてですか?」
想像とは別の回答が返ってきて、私は少し戸惑ってしまう。
「…………あの者は私の管轄下にいない。私も自分の管轄外にある者には手を下すことはしない」
「……。では、彼はどのような魔族ですか? 友人の……命を何度も狙っているのです。私も彼女を守りたい。彼に大きな呪いのようなものを掛けられているんだ」
「あの者は魔族などではない」
魔王は私の問いかけに、急に少し大きな声で尖った表現をする。微かに眉間が寄った。…………魔族ではない?
「それはどういう……」
「皇太子。私達魔族の歴史については、学んでいるかな?」
「…………。あ、えぇ。ある程度は」
魔王は最初の淡々とした表情に戻り、右手を上げて私に問う。思わず、反射的に首を曲げて頷いてしまった。
「魔族の初まりは、元々この国の人間だった1人の男から派生している。つまり、先代魔王。私の父親だ」
「アナタのお父上は魔術師だったと教わっております」
「そうだ。父は昔、教会で働く魔術師だった。王宮の貴族達にも魔法薬の提供などで度々呼ばれることがあった」
彼の父親、先代魔王はシェリーやアネシアのように生まれつき力を持っていたと言われている。普通の貴族夫婦に育てられた彼は、慈悲深く、自分の持つ強大な力と、その使い道や立ち位置を理解していた。
彼が成人してから、自然な形で自ら我が国1番の教会__リリアン・パレスで働き出したことは歴史書でも有名だ。
その頃から、彼は他の教会魔術師よりも、抜きん出た才能があった。礼拝しに来る国民への対応、ミサの運営は元より、多くの教会魔術師は国民の為に影ながら魔法の研究をしていた。彼は同じように研究を重ねていたが、段々と自分が持つ力に埋もれていくように、魔術の世界へと没頭していった。そして、破滅の道を辿っていくことになる。
彼がいたおかげで、国1番の協会は、独自の存在感を出し、”民を救うのは政治ではなく魔術”と打ち出し、その価値観は後にこの国の教会派という派閥として残っている。
教会派は賛否の分かれる考え方だ。何より、王族の私には、政治よりも魔術と言う思想が根本的に王家を真っ向から批判しているとしか思えなかった。その歪んだ思想故に、魔族が産まれたのだから。
「えぇ。多くの歴史書で学ばせていただきました」
「なら、大抵のことは知っているだろう。父の時代は魔族の最盛期だった」
「えぇ」
「だが、時が経つにつれ、この国の戦争も独立国家として終結をむかえ、魔族に転じる者や魔族そのものの数は減っていった」
「なるほど」
私が頷くと、少し緩んだ魔王はコクリと頷く。
「我々は魔族が少なくなると、魔界の森の魔力が保てなくなる。だから、父は自分の命を引き換えに、森の魔力と化した。私という存在を残してからな」
「それについては知りませんでした。だから貴方が2代目魔王として名を挙げたのですね」
「あぁ。私としては、これ以上数が減る前に種の保存をしなくてはならない。だから、私は仲間達が人間界に行くことを許可していない」
「そうでしたか」
弱ったタイミングで魔族を完全に抹消する、というのもひとつの考えだが、残念ながら、私達と同じように魔族にも階級があり、領地があり、そこで生活している民たちがいる。殆どは力を持つ者の集まりだが、普通の人間もいることもある。
お互いがお互いを干渉せずに暮らすことが、国と魔界の森に行った者達との付き合い方だと、私は学ぶうちに理解した。魔王の考えは種の保存をしていきたいのだろう。
私が顎に手を添えると、2代目魔王はまた険しい表情をする。
「皇太子。アレは……ルキは魔族ではない。吸血鬼は昔から、ただの吸血鬼だ」
思ったよりも丁寧に話すのだな。魔王を見て、彼も彼で大変なのか。と感じる。
「そうですか……分かりました。だが、私の友人が困っていましてね。何かあればと思ったのです」
「同じ人生を繰り返す呪い…………か」
「えぇ」
シェリーの助けになりたい。せめて彼女とバンピル卿を完全に引き剥がせれば……。
「…………皇太子の友人とやらは、変わらない態度で接してくれているか?」
「? ……えぇ、変わらず仲良くしてくれています」
魔王の口数が少し減る。何があったというんだ? 魔王は茶器に残る少しの紅茶を再び口に入れた。
「我々魔族は死ななければ、人間の数倍生きるが、都合の悪いことは忘れてしまう輩もいる」
「………………」
何を言いたい? 少し私が戸惑って無言になったのか、魔王は上目遣いで私を見つめた。
「同じ人生を繰り返すということは、同じ苦しみを、いやそれ以上を、何度も体験していて、記憶があるんだな。業が深い」
「同じ……痛み……」
シェリーにとって、同じ人生を繰り返す……。血の姫として産まれて生きることはどんな気持ちなのだろうか。
「皇太子、君は……皇太子として産まれ、不幸せなこともあっただろう。だが、皇太子だからこそ幸せな生き方もしただろう?」
「あ、えぇ、まあ」
どうしてかうまく言い返せない。……本当のことだからだろな。私は王族として産まれ、王族だからこそ恵まれた環境下にいる。しかし、1部の国民には恵まれていない人間もいるはず。
シェリーは……。彼女は……決して恵まれた環境下で育ってはいない。
王宮関係者に聞いたり陛下に伺ったりしたが、誰もこの国に聖女はアネシアだけ、といったような対応をする。力の使い方が悍ましいと、そんな小さな理由だけで。
王宮関係者がそんな態度だから、シェリーにつきまとう噂話も尽きない。
「皇太子の友人が、どのような生い立ちかまでは私は知らないが、傷を受けた方は、大抵された出来事は忘れないものだ。惨虐なものであればあるほどな」
「えぇ。できる限り、私も友人を支えていくつもりです」
そう答えたが、私はシェリーの受けた心の傷は想像だけでしかしらない。……魔王の言葉は私に思いの外突き刺さり、彼の言葉は対談を終えてからもぐるぐると回っていた。
……私は…………シェリーの全ての人生で、どのようなことをしていたのだろう。
最近は減って来たと思う、時々彼女が不意に見せる諦めのような表情は、自分は無関係だったと言えるのか? 先日のシェリーを思い出し、私はただため息をついた。
◇
◇
「魔王様、お戻りになられました」
魔王が皇太子との対談から戻ると、お付きの魔族が微笑みながら迎えた。その愛想も虚しく、魔王は帰ってくるなり、彼に低い声で話す。
「おい。アイツを呼べ」
「アイツ……アイツ……アイ! アイツですね?!」
「そうだ。さっさとしろ」
皇太子の時とはまるで別人のように、彼は手下を睨みつける。細い目をした一見人間の姿をした手下魔族は、少し慌てて、わかりました! と大きく返事をした。
「………………」
「…………何だよ」
魔王が上着をいつもの物に着替えている途中に、背中の方から声がした。ピクリと少し魔王が反応した後、彼はそのまま着替えを済ませて振り返る。
「来たか」
相手はルキだった。




