11回目も呪いは止まらない
また似たような悪役令嬢ものを、気まぐれで設定決めないで書き初めてしまいました( ・ ̫・)のんびりと宜しくお願いします。
子育て中なので、本当に更新は期待しないで下さいね。
「朝ですよ、お嬢様」
侍女のライラが私の部屋の大きなカーテンを引いて、大きな窓を開けた。外からこぼれる天気の切れ端がキラリと窓の隙間を抜けて部屋の中に入って来る。とてもいい天気なのは、空気感だけでわかった。
でも、目を開けると毎朝絶望感で心が満たされてしまう。
__何度目だろう、こんな風に起きて、部屋の優しい天蓋を正反対の憂鬱な気持ちで見つめて目を覚ますのは。
11回目の人生はもう始まっているんだ。そう思うと、憂鬱を通り越して絶望してしまう。
わかってる。方法なんてないから。
自分を精一杯慰めるように、心の中で呟いた。ライラは私の寝巻きを丁寧にリボンとボタンを解いて行き、ぱさりと下に落として服を脱がすと、手早く貴族学校の制服を持って来た。
「今日から新学期が始まりますね〜!」
「えぇ。頑張って来るわ」
何度も過去にもした会話をまた何でもないように、私はライラに送る。彼女は私の腰から背中まで制服の紐リボンを縛り上げると、ふんわりと微笑んだ。
「お嬢様はお勉強も頑張られているので、きっと新しいクラスでも注目されますね。でも、くれぐれも怪我にはご注意なさいませ」
「……わかってる。不用意に血を流すことはしない。両親達からタコができるほど言われているもの」
「ふふふ。ご主人様も奥様も、お嬢様をそれだけ大切に思っているんですよ」
「そうよね」
笑顔で送り届けてくれるライラに手を振り、執事の指示で入り口に用意されていた馬車に乗って、私は貴族学校へと向かう。目の前に護衛のように鎮座する執事のマートルが下を向いたままでいる。何を考えているのかわからない優秀で無口な執事。髪は胸よりも少し短く、煩わしいのか白髪混じりの髪をまとめていた。
「シェリーお嬢様。帰りのお迎えは同じ時間帯で宜しいでしょうか?」
ふと、マートルが私に確認するので、ハッとしてしまった。今日はミルハー帝国の、国立貴族学校へ入学してから2年目の新学期。新入生の挨拶など軽い行事を済ませてから、帰りとなる。少し早めになるかもしれないな、と思った。
「今日は行事を行ってからとなるから、早めに変えて頂戴」
「かしこまりました」
下を向いたまま、マートルは返事をする。私は縦長で長方形の窓に目を向ける。空は呆れてしまうほどの晴天だった。貴族学校の大きな白城と時計台が見えると、馬車はゆっくりと速度を落として止まる。
「いってらっしゃいませ、シェリーお嬢様」
「ありがとう」
「くれぐれもお怪我だけはないように」
淡々としつつも、しっかりといつものように挨拶代わりに怪我をしないように伝えてくる。羽田から見れば、愛されている。いや、愛情に何ら変わりはないのだけど、私にはその一言が重く辛くのしかかっていた。
「おはようございます。シェリー様」
1人の令嬢に声をかけられた。私は時折声を掛けてくる、いつも髪を後ろに編みあげまとめている、令嬢だと思う。にこやかに笑顔をこちらに向けて、爽やかだった。
「おはよう」
そのまま定形文のように挨拶を返して、私は歩いて行く。自分の長いロングヘアーの金髪が風に揺れた。
「あなた、どうしてシェリー様に声かけをするの? あのような方に挨拶をする必要はないのよ」
「どうしてですか? 素敵じゃないですか。シェリー様は光のような金のお髪に、恵まれた長い手足、成績も実力も申し分ないお方ですよ?」
「…………何度も説明したでしょう? シェリー様は確かに美貌、実力共々申し分ないけれど、備えているモノが恐ろしいと」
「えー何でしたか?」
「あなた、前にも教えたのに、どうして理解できないの? 言ったでしょう? シェリー様は血の姫の力を受けているって。血の姫の力を持つ者は、周りを滅ぼす力を持っていると。アナタにちゃんと説明したのに、どうしてそうわからないの?」
「それは単なる噂話とは違うんですか? 信じられないのですが…………」
聞き慣れた噂話は、余計なことばかり私の耳へと届いて来る。おかげでこんな素敵な学校に入学しても、私には友達1人できなかった。
「あなたも信仰するご令嬢が欲しいのなら、アネシア様にしなさい。アネシア様はシェリー様よりもずっと聡明で、先日のお告げで恐らく聖女認定が付いたと言われているわよ」
聖女アネシア。__貴族学校の魔法授業の一環で、教会で働く預言者が、学校まで足を運び、何かのはずみで大きな預言をすることは昔からよくあることだった。預言者同伴の授業は学校では伝統にもなっており、今年は……聖女____この国を叡智を持って、幸へと導く強大な力を持つ者________…………が現れるであろう。と預言した。……それは紛れもなく、彼女達が噂している、アネシア・シルバ・フロイ侯爵令嬢のことだった。
1週間前に聖女認定をされたフロイ家の1人娘だ。
そして、未来にジーク殿下と恋仲へと発展するご令嬢。
どうして、同じ1人娘で、しかも同じ侯爵家出身という立場でありながら、こんなにも違うのだろう。
聖女っていいな。そんな風に思うことも、もう何度目かの人生で私の中から、消えてしまった。
私は聖女とはかけ離れた、血の姫の力を持つ____呪いの血姫と呼ばれていたから。
彼女を聖女だと預言者がしたのなら、聖女以外にも預言されたことは、この国にはたくさん存在していた。私には__産まれた後直ぐに落とされた。
『シェリー・アザレア・ルター侯爵令嬢は、血の姫の力を引き継いでいる』
私が産まれたばかりの頃、教会へと両親は祝福の讃美歌を聞きに行った。産まれた赤子を連れて教会に行くのは、この国ではよくある話である。この世に産まれてきてくれたことに対する感謝を、祝福と祈りを困るために、讃美歌を聞かせるのだ。だが、私の両親が教会に向かった時、普段は裏に控えている預言者が出て来て、預言を置いていった。
嘘でも、預言者に違うことを言って欲しかった。両親は預言など今までにされたことなど一度もない、普通の貴族。それがいきなり預言をもらうと、私を特別な血が流れるお姫様だと酷く感動して、私を可愛がってしまったじゃないか。私が産まれもって血の姫だったせいで、恐らく短命だという運命も知らないままに。私の中で想像以上に日々膨大になっていく、底渦巻くような全身が傷付くような痛む力。でも両親は、ただただ私の存在を肯定する言葉だけを、くれた。
眩暈を感じながらも、私は自分の足で歩いて行った。私は同じ人生を何度も繰り返して生きている。
____もう1人の聖女の力を持つ、呪われた血の姫として。
聖女認定を受けたアネシア様の後ろ姿が見えた。右隣を歩く、この国の第一皇子ジーク・ラン・バトラー皇子の姿も。
…………関わらないようにしよう。
新学期が始まったのならば、もうあと3ヶ月しか私の命を繋げられない。いつもどの人生も新学期が始まって3ヶ月後に終わっていたから。
頑張って、1年目は、どうにかジーク殿下ともアネシア様とも顔見知りなクラスメイトというだけの関係に留めておけた。この後、1ヶ月後にはルキが編入生として貴族学校に入学してしまう。どうか……私がルキと再会する前に、どうにか穏便に事を運べるか考えなくては。……死に方を考えなくては。そうでなければ、あの笑顔で前を歩いて行く、2人の姿を壊してしまうかもしれない。いや、もっと酷いかもしれない。今までの人生で、ずーっとずっと、最後には必ず苦しい死が待ち受けていた。
聖女を貶めたとして処刑、雇われ殺し屋からの他殺、強盗に襲われる殺される、聖女と殿下に諸共焼き払われる、原因不明の病気にかかり亡くなる、など……。10回目には騎士団に追われて、刺されて転落死。
思い出したくない。どの人生も、どの瞬間も酷い死に方で終わるのが共通点だった。そして、血の姫の呪いなのか? …………絶対にジーク殿下にも、被害が及んでしまうことも。
どうして私がこんな目に遭うのか………………多分、それはきっと宿命なのだと思う。私が、未だよくわからない血の力を持っているから。ルキと関わり繋がってしまったから。
ふらりと眩暈がするが、私は歯を食いしばって教室まで歩いて行く。
私のこの体内に流れる紅い血は、血を垂らした者に傷の治癒を治す力が宿っていた。聖女アネシア様の持つ、祈りで自然治癒力を促し回復をさせる力とはまた違う。傷ついた箇所に血を落とし、浸透させ、じわじわと戻していく、それが私に備わった力。だけど、無限に助けられる聖女アネシア様とは違って、私の力には限りがある。…………体に流れる血は容量が決まっているから。また、血を落とし垂らすという行為がとてつもなく民衆にとっては不気味で、それもあってか、聖女と同じく、力のある者として周知されてはいるが、不気味さから、血の姫には近づいてはいけないと思われていた。血の姫の力を持つ者は血を流して力を使うから、短命だという話もある。誰かが言っていた噂話のようなので、真意は不明だけど________私以外の血の姫に出会ったことがないからわからないが、あと3ヶ月と考えると、本当に短命なのかもしれない。それに____日々、血の姫の力を持っているせいで、ずっと体の節々が疼くような痛みや、眩暈に襲われている。力を外に向けて放出出来れば良いのだが、それもこの環境では難しい。
だから、家族や侍女や執事達は私に不用意に怪我をして、この力を勝手に利用しようとする者に気をつけろと、常々言ってきた。彼等は周りの噂など気にせず、私に本当に優しくしてくれた。けど、周りの私に対する評価は、聖女アネシア様とは比べ物にならないくらい噂話の標的だった。それでも、近づくと呪われてしまうと思われているらしく、虐めには遭わなくて済んだが。
「ふっ…………」
眩暈が少々辛くなってきた。どうしてよ……私は学校の入り口を何とか通過すると、医務室の扉を叩いてしまった。
「あら、シェリー。具合が悪いの? ベッドを使う?」
「えぇ。すみません、お願いします。……朝までは平気だったのですが……」
「顔面が真っ青ね。後で血液を取って楽にしましょう。それまで横になっていなさい」
医務室のドロシー先生が、丸く大きな眼鏡から私を覗く。ドロシー先生も医務室常連の私に対して、分け隔てなく接してくれる素敵な先生だった。
血液の濃度が上がっているから、力が増してきて日々こんな風に突然に具合が悪くなる。これがきっと短命だと言われる所以。力が不気味だから、放出できない。故に、血の濃度が上がりすぎて具合が悪くなる。普通は血が足らなくて貧血気味になるはずだろうけれど、私の場合は血の気が多すぎて眩暈を起こしていた。定期的にドロシー先生に血液を取ってもらっているけれど、血の力が治ることはない。
「王家の誰かが、シェリーの力の解放を手伝ってくれれば良いのにね」
ドロシー先生はベッドに横寝している私の隣りで呟いた。
「無理ですよ、王家は国のより多くの人を救う聖女様に夢中でしょう? 私なんかに構っている暇はないんです」
「でも、これじゃあ貴女の寿命がどんどん縮むのと同じでしょう? このまま放置してしまえば、シェリーが危ないわよ。こんな処世術じゃなくてね」
ドロシー先生は本当に優しい。繰り返す人生の中で、いつも私に寄り添ってくれた。こんな風に自分のことのように心配してくれる。噂話を信じずに、ただ目の前の私を大切にしてくれる家族や従者達とおなじように。
……でもね、先生。もう、私決めたんです。諦めるって。
「ありがとうございます。でも、こうして横になっているだけで、私は楽ですから」
このまま何もしないで過ごして、ルキと出逢ってしまって、また同じ呪いの因果に遭うのなら、今度は、私は自分で死ぬ方法をと考えている。
10回も似たような残酷な人生を歩んで、流石に懲りてしまった。もっと早く懲りれば良かったのかもしれないと思うけれど、諦めの悪い自分も私の中には確かに存在していて。
9回までは、どうにかしようと思えてしまっていた。
でも、もう良いのだ。方法はない。今まで鍵を握っているとされていた王家の協力は、それも宿命なのか、一度も受けられなかった。……国には2人聖女は要らないそうだ。血の姫の力は周りを不幸にする。必要なのは1人だけ、らしい。
ならば、もう良いわよね。諦めても。
____この人生を。
どうせまた、続くけど。
とりあえず毒を飲んで亡くなろうか、海辺まで行って亡くなろうか、私は今も迷っている。