聖女の微笑み
『シェリー・アザレア・ルター侯爵令嬢!!!! 言い残すことはあるかっ!!!!!!』
……あぁ………………
また駄目だった……。一体何がいけなかったのかしら……。聖女アネシア様には必要に関わらなかった。殿下にも、目の怪我についてお伝えするだけだった……。でも、いつの間にか、流れが変わってしまった。久しぶりの社交界。どうして私などが呼ばれたのだろう? と思っていた。血の姫には浮いてしまう場所だし、でもほんの少しだけ、殿下のご様子も気になったからだ。けれど、どこからか、私が社交界で聖女を貶めようという陰謀説が浮上し始めた。たまたま会場の従者に、りんごを切るナイフを一時預かって欲しいと言われた。私は言われたままに手にしていると、殿下はそれを見て、勘違いをして逆上し、アネシア様の肩を抱きながら、私を処罰するため牢獄させた。
誤解だと、説明したし、何度も伝えた。……でも、伝わらなかった。
聞いてもらえなかった。
そのうちに私の処罰が決まり、私は監獄の末に火炙りとされたのだ。
縛り付けられた私の目に入ったのは、人々に紛れるように映ったジーク殿下と聖女アネシア様。
何の感情も浮かばないまま、炎が足元から私へとやってくる。堪えきれない尋常ではない熱さが襲う。思わず断末魔をあげた。
『あ゛ぁあああっ熱い熱い熱い熱いっっっっ!!!! 助けて…………たす……たすけ………………
誰かに伝わるはずもなく、殿下とアネシア様は背中を見せて去っていく。伸びるはずも無い縛られた両手を伸ばすような思いでいると、ルキが見えた。クスクスとただただ嬉しそうに、彼は私を見つめる。
……私は声にならない声を胸の内に秘めたまま、命を落とした。
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ビクンッ! と、体が震えた反動で目が覚めた。4回目の人生最後を夢で見るだなんて…………。
冷や汗と震えが止まらない。必死に自分を落ち着かせるように、両肘を手で抱えて守った。前屈みになって、息をゆっくりと吐き、ゆっくりと吸う。
____ずっと忘れていたのに。……忘れたつもりでいたのに。…………今は、忘れていたかったのに……。
私はまた、落ち着かせるためにゆっくりと深呼吸をした。
◇
(ジーク殿下視点)
朝早くからカルファとソルジアを連れて学校へと到着する。空は透明な張り直された透明な結界に守られて、綺麗な水色をしている。穏やかな日々が戻って来たようにも見えるな。……だが、それは上辺だけの平穏で、密かに水面下で危機が訪れていた。
先日の懇親会パーティーで使った会場前を通ると、アネシアのおかげか、もう元通りとなっていた。彼女には感謝しなくてはだな。横目で確認しながら、私達は会議室の部屋を開けた。王宮の者も数名、そしてドロシー先生をふくめた教師陣も何名も集まっていた。
「やぁ、皆さん。朝早くから申し訳ない。早急に集まってもらって感謝しているよ」
私の声に、皆が反応する。
「いいえ。殿下、非常事態ですから」
「我々教師陣と致しましても、今後の対応について話し合えたらと考えておりました」
「うん。では、話し合おうか」
私が座ったのをきっかけに、カルファとソルジアが後ろに付く。ここにいるほとんどの者がバンピル卿がどんな存在なのか知らない。皆表情が曇り、この先の不安が出ていた。
「先日の事件について話し合いましょう。ルキ・ウラド・バンピルについてです」
「殿下のお話ですと、彼は元々魔族で吸血鬼。何らかの理由で、この学校に侵入していた」
ダナン先生が資料を元に口を開く。皆が静まり返り、彼の話に耳を向けていた。
「あぁ、そうだね。彼についてわかっているのは、吸血鬼で、尚且つ血の姫であるルター侯爵令嬢の血液を狙っていたこと」
「恐らく、先日の事件もルター侯爵令嬢への牽制もふくまれていると私達は判断しました」
カルファが私の後ろから言葉を投げる。この場にいる皆はざわざわと互いの顔をアイコンタクトしながら、疑問を投げかけていた。
信じられないだろうな、シェリーを何度も何度も、どの人生でも自分の物にしようと執着しているだなんてね。
私は顎に手を当てて、考えこんだ。血の姫であるシェリーには、血に力がある。魔族であり、吸血鬼の彼がシェリーの血を狙うのは理解できる。……だが、本当に狙いはそれだけなのだろうか? 私には、シェリーに対する異常な執着が何か他の理由もあるような気がする。しかし、それがまだ何かはわからない。
「吸血鬼に血の姫はまさにいい獲物なのでしょうが、何がしたかったのでしょう? 今回の事件、一歩間違えば本当に魔族が学校に侵入してくる危険性があった」
「確かに。彼の本当の目的が分かりません。血の姫の血だけ、でしょうか?」
ドロシー先生は話の途中で手をあげて意見を言った。
「そう、それがまだ我々にも分かりません。あれから、彼の屋敷と思われる場所に向かいましたが、既に間抜けの殻だった」
カルファが報告すると、皆はざわつき、激しく動揺していた。
バンピル卿の登録されていた家、城へと私とカルファ、ソルジア、弟ルドルフとルドルフの側近と向かったが……間抜けの殻で、そこには何もななかった。ただ、散らばる学校の書類やシェリーの写真があった。シェリーの写真は書類の上に置いてあり、ナイフで写真の彼女を刺していた。気味が悪い。…………一体、何が本当の狙いなのか。……私はこれで少しはシェリーの平穏な日々を守れると思ったのに、何もできずに戻ったのだった。
「殿下は引き続き、バンピル卿に関して調査を続けていきます」
ソルジアは声色を変えずに発言する。幾人かの者が顔を見合わせる。
「やはり、血の姫に関わると呪われるということでは?」
「____そもそも、彼女とバンパル卿が繋がっていなければ私達の生活も脅かされなくて済んだのでは?」
「言葉を慎め」
私は言葉を発した教員達を強く見つめる。彼らは、驚き反射的に目を大きく見開いた。……本当にこの国は血の姫を何だと思っているのだろうか。
呪われるだ、災いが起きるだ、王宮の人間も何故か血の姫の話題となると、口をつぐむ。一体、アネシアと何が違う? 同じ聖女ではないか。
「君らが軽口として発言する言葉は、血の姫を不自由にさせて来たんだ。この国に聖女は2人。事実は認めていくしかないんだよ」
「えぇ、その通りですわ。殿下」
騒つく中で、ドロシー先生が微笑んだ。王宮の関係者は答える。
「今回の事件は、随分と話も広がってしまいましたね。私達と致しましても、血の姫の存在と、魔族である吸血鬼が学校に存在していたことは否定できません」
いつもならば同じようにやんわりと血の姫に対して否定的な言葉を使う王宮の者達も、この事態を隠しきれないとみて、シェリーとバンピル卿を認める発言をする。
「私達王宮関係者は、血の姫の存在を聖女として改めて認め、然るべきポストに彼女を置く所存でございます」
王宮の者達は手を組み合わせて祈るようなポーズをする。これはこの国で、検討を祈るしかない、という意味合いも持っていた。
「然るべきとは?」
組み合わせていた手をそのままに、1人の王宮の者がゆっくりと口を開いた。
「血の姫様の“力の解放”と然るべき役割を“差し上げる”ことです」
◇◇・
(シェリー視点)
ミルハー帝国の南部にある、とある屋敷の中に私と殿下はいた。
屋敷はそう大きくはなく、使用人達もほんの3人ほどしかいない。屋敷から少し離れた孤立している部屋があり、シエル様の妹である、ミシェル様がベッドに横たわっている。部屋の中に入ると、特別他の部屋よりも日当たりが良いことがわかった。
ミシェル様は突然の殿下の来訪だと言うのに、身動きひとつしない。顔が青ざめており、軽く掛けられていた毛布を私がめくらせていただくと、青紫色に腫れたパンパンの足が見えた。その状態の酷さに、シエル様の沈むお気持ちが理解できた。
「医者に見てもらったら、足を切るしか方法がないと言われました。……大丈夫ですか……?」
シエル様が不安そうに呟くので、私は振り返ってにこりと軽く微笑んだ。シエル様は何故か下を向いてしまった。
「問題はありませんが、力を使う所をあまり人には見られたくないのです。申し訳ないのですが、退室をお願いできますか?」
「わかった。シェリーとミシェル嬢だけにして、外で私達は待たせてもらおう」
殿下が使用人、シエル様、カルファ様、ソルジア様に声をかける。皆理解して、部屋の外へと出て行った。
「……大丈夫ですよね」
「問題ないはずだ。君も先日の一件で実感しただろう? シェリーの力を」
「はい。眼鏡をしなくても見えるなんて思ってもみなかったです」
「ならば、彼女を信じるんだ」
部屋の外で殿下とシエル様は話していた。
私は苦しそうにしているミシェル様の前で腕に巻いていた包帯を解いていく。持っていた小さな刃物で手首から少し離した箇所を軽くプスリと刺す。痛みがやって来て、赤く虫のように膨らんで来た自分の血を私は指先に取る。
ミシェル様の腫れた足へと指先を付ける。赤い光がふくらはぎ全体を包み込み、少し長い時間、浸透していった。光が消えると、足は元々の肌色に戻って、ミシェル様も苦しい表情から通常に変わる。
驚いたミシェル様はゆっくりと体を起こそうとしたので、私は手を差し伸べる。ミシェル様は不思議な顔をしながら、私の手を取って、上半身を起こした。
「ミシェル様。どうですか? 怪我は痛みますか? 足の感覚は?」
「…………痛くない……。足、動くわ……。指も感覚も……ある……」
ミシェル様はまだ信じられないようで、足の指をワキワキと開いたり閉じたりしていた。
「良かったですわ。お兄様達を呼んで来ますから、そのままで」
ミシェル様は、慌てて手を広げて動く私を止める。スッと、ご自分の足で立って言った。
「いえ! 私が呼んで来ますわ! ……血の姫様、本当にありがとうございます!」
裸足でぱたぱたと歩いて扉を開けると、シエル様が感動で何とも言えない声でミシェル様を呼んだ。殿下と私は、その様子を穏やかな気持ちで見つめていた。
「シェリー様、本当にありがとうございます。貴女様には何とお礼をしたらいいか……」
ミシェル様とシエル様は一連の出来事が終わると、ひたすらに私にぺこりと頭を何度も下げた。
「いえいえ、私は私の力を使ったまでですから……」
「それでも、もう妹の足を切るしかないのかと悩んでいました。本当にありがとうございます」
シエル様はブルーグレーの髪を真ん中で分けていた。少し前髪も切られたようだ。大きな目が以前よりも目立つ。こちらのが明るい印象に見えるわ。私は口角を軽く上げた。
「こちらこそ。私を信じて下さり、ありがとうございました。……シエル様、新しい髪型もお似合いですわ」
軽く挨拶をして、腰を下げると、シエル様はミシェル様の隣で恥ずかしいのか、お顔を真っ赤にされてしまった。…….彼をあまり褒めるのはよろしくないのかしら……。私は殿下と一緒に馬車へと乗り込んだ。
「……君は酷な人だな。彼に何か言うのは、次回からはやめた方が良いよ」
殿下は馬車の中で、憂鬱に言葉をこぼした。やっぱり、恥ずかしがり屋なのね。気分を悪くさせてしまったわ。
「そうですわね。恥ずかしがり屋のシエル様に褒め言葉はよくありませんものね」
「……本当にそう思っているのか?」
「違いますの?」
「ヤレヤレ。私が言わなきゃわからないとはな」
殿下が大きくわかりやすいため息をしたけれど、私には今ひとつよくわからなかった。
「とりあえず、妹のミシェル様の怪我が治って良かったですね」
「あぁ、そうだね。しかし、シエルくんにとっては、これからが正念場だよ。3ヶ月の謹慎を終えてからが、彼の本当の意味での再スタートだ」
ルキが関わっていたとはいえ、失った信頼を取り戻すのは容易ではない。……ということを殿下は言いたいのだろう。私は唇を噛み締め、静かに頷くと窓の外を見つめた。
そもそも……ルキがいなければ、こんなことにはならなかったのではないだろうか。あの懇親会の……去り際の叫びは……明らかに私への警告だった。…………私は……思ったよりも、今回の人生で殿下とアネシア様と仲良くなり過ぎてしまったのではないだろうか………………。
恐れという感情が私の中にじわりじわりと浸透していくようだった。今朝見た悪夢のせいだわ……。
「シェリー……? 何を考えている?」
殿下の声にハッと意識が現在に戻る。気付くと、私は手の指先が震えていた。殿下は僅かに震える私の様子を見て、手を伸ばそうとした。……でも、私は指先をサッと隠して抑え込んだ。
「……何でもありませんわ」
「何でもない筈がないだろう? バンピル卿のことか? 恐れないでくれ、私も君の傍にいるし、助けになるから」
殿下の優しいお言葉が、今は余計に自分を混乱させる。私の中で、忘れた筈の、今朝夢に見た4度目の終焉が頭をよぎる。____私は……今、どなたと話しているのだろう? ここにいるのは、あの私を火炙りにされた方とおんなじ方…………? 私は……こんな風にこの方とお話しするべきなのかしら…………?
必死に頭の中で否定する。でも、降って沸いた疑念がまた私を埋め尽くして、うまく笑えなかった。こんなことが、私の人生にあっていいものなのかしら?
“今まで虐げられてきた私が………………?”
「……シェリー?」
殿下が私の頬を触れようとしたので、動揺した私は手で殿下のお手を軽く跳ねてしまった。……殿下はアッと何かに気付く表情を一瞬すると、そのまま手を戻した。寂しそうな表情に変わり、私と殿下はその後一言も会話しなかった。




