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血の姫は死に際に夢を見る  作者: アトリエユッコ
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裏切りの香り 上々

後日____私と殿下、アネシア様、カルファ様、ソルジア様、あと殿下の弟ルドルフ殿下はとある一室に集まっていた。先日の殿下との話をしてから、いつの間にか殿下によってドロシー先生以外の真犯人を追求するグループが発足されていた。



 私は血の姫なのに…………真犯人を探しますわと啖呵を切ったのはいいけれど、こんな大がかりだなんて。ふーとため息を吐くと、弟のルドルフ殿下と目が合った。



「…………初めまして。ご存知かと思いますが、私はシェリー・アザレア・ルターです。宜しくお願いします」


「あぁ、知ってる。血の姫だろ。僕は皇太子の弟、ルドルフだ」



 一瞬、ルドルフ様から微かに感じた小さな嫌悪感は、私が血の姫であるが故。どうしてお前がジーク殿下と行動を共にするんだ、ということなのでしょう。……私の方が聞きたいくらいだわ。ルキを避けられるのは助かってはいますが。


 ほんのり殿下は微笑むと、早々と今回の内容について切り出した。



「では、ドロシー先生以外で、怪しい人物を上げる。まず、教員達。精霊術のジャン・クルール・アデュルト先生だ。先生は私達も授業で精霊術や守護霊術の担当をしてくれている。結界を破るのに、見えない精霊や守護霊を呼び出してしまえば、破ることは考えられる。それから防御術のパトリシア・エミュ・エテル先生。防御術の使い手だから、破るのは容易いかもしれないな。結界術のネージュ・ソワレ・フルール先生。結界を破られるために何か仕掛けをしていたのかもしれない」



「……つまりは全員が怪しいってことでしょ。教師陣を上げたらキリないし、話の全貌は粗方聞いていたけどね、各先生に付くそれぞれの術に特化している生徒達も、殆どが動機理由はないし、アリバイも存在していた。…………怪しいのは、血の姫のスピッツがすぐに手に入る、ドロシー先生くらいだったってことだもんな」


 ルドルフ様は若干困り果てている殿下を他所に、さらりと冷静な言葉を落とした。頷くように、殿下が目を見開く。



「そういうことになってしまうよ」


「……でもっ……ドロシー先生は私の血を盗むようなことはしないと思いますわ」


 ドロシー先生はいつの人生の時も私に優しくしてくれた。自分にはできることがあまりなくて申し訳ないと、いつの人生も謝罪をくれていた。そんな先生が私の血を一方的に利用するだなんて、信じられない。



「じゃあ、ドロシー先生が犯人じゃない証拠を持って来なよ。違う違うって言っても、他人からすればそうとしか見えないのに、どうやってやっていないことを示すのか、理論的に答えられないくせに主張ばかりが激しいのは困るよ」


 ルドルフ様は頬杖をつきながら、斜めに顔を傾けて私を諭す。確かにそれが正論だわ。きつめの言葉に、心がどくんと波打つ。

 ジーク殿下は困った顔をして、私を見つめる。



「シェリーにはシェリーの言い分があるのだろう。他の生徒よりも密接にドロシー先生と関わりがあるのだからね」


「兄さん、なんかコイツに甘すぎなんじゃないの? どうしたんだよ? そもそも、なんで血の姫のスピッツがいつも魔法検査室にストックされているんだよ? 利用してくださいって、言われても仕方ないよね?」


「……それは、私の体調が悪くなってしまうので、ドロシー先生に採血してもらっているのですわ」


「採血してもらうのに、血を悪用されるとか考えたことないの? 今回の事件は君の血が使われているんだよ?!」



 ルドルフ様の言葉が更にキツくなり、机上が冷ややかになったところでアネシア様が口を開く。


「……確かに、ルドルフ様の言う通り、シェリー様の血を悪用される危険性については甘かったのかもしれません。ですが、シェリー様は血をずっと採血しないと、力が滞留し、お身体がめまいやだるさに襲われるのです。今までもこれからも、ご自分の体調には気をつけていかなくてはいけないのに、検査しないで下さいとはシェリー様は言えないと思いますわ」


 アネシア様が柔らかい言い回しではあったが、はっきりと主張すると、ルドルフ様はムスッとしてしまった。ルドルフ様のご機嫌を損ねてしまったのは困ったけれど、アネシア様に助けられてしまった。それに安心している私もいる。



「…………ありがとうございます、アネシア様。念のため、ここにいる皆さまに説明しておきますね。私の力は、アネシア様のように、祈りや魔法の力で増える力ではなく、私自身の血に力があります。主に怪我を治すこと。これはアネシア様の治癒魔法と同じですが、私の場合はこの血で怪我した方の細胞まで良質なものにすることができます。……ですから、血の再生する力を今回のように悪用されることは、私と致しましてもスッキリしないのです」


 私の言葉にルドルフ様はため息をついて、少し納得されたようだった。カルファ様、ソルジア様は殿下に何か言われたのかはわからないけれど、真剣に私の話を聞いている。



「ほんと誰なんだろうね……本当に、ドロシー先生でなかったとしてもさ。こんな学校の結界を破って、次は国の結界でもやぶるつもり?」


「国の結界まで到達されてしまったら、黙っていられないな。でも、どうしてこの学校のなんだろうか。…………本当に今回の事件は、結界を破ることが目的なのだろうか? 他に何か狙いがあるのか?」


「知らないよー。兄さんは何だと思うワケ?」


 殿下は顎に手を当てて、暫く俯いてから顔を上げる。お美しいお顔に、こんな瞬間にも目が奪われそうになった。……しっ……しっかりしなさい、シェリー!



「…………わからないな……。とりあえず、ドロシー先生に話を聞きに行こうじゃないか」









◇◇


「先月半ばの時のこと?」


 ドロシー先生は医務室におり、私と殿下が代表して質問しに来ることになった。ドロシー先生の目元にはいつもと違って、少し力がないようだ。窪んでいるし、少し痩せたような気もする。


「えぇ、念のためお話を聞きたくてね、直接来ました」


 殿下の言葉にあぁ、と頷く先生。私は元気がないので、思わず声をかけてしまった。


「……ドロシー先生、大丈夫ですか?」


「…………シェリー。ありがとう……こんなことになるなんてね。……教会の義父母には感謝しているし、でも私、本当に何もしていないのよ? でも信じてもらえなくて…………ようやく謹慎から解けて一昨日から学校にも来れたんですもの」


「先生を守るためなら、私はどんなことでも協力しますわ。ですから、結界が破られた日にどんなことをしていたか、教えていただきたいのです」



 私が真っ直ぐドロシー先生を見つめると、先生は少し目の端を潤ませて、うんうん、と頷いた。殿下はその様子を見てから、口を開く。


「ドロシー先生が冤罪であると私も信じたいと思っていますが、こちらとしましては明確なアリバイがないと守りきれません。色々お聞かせください」


「……殿下もありがとうございます。…………その日の夕方は、医務室で業務をこなして、そして夜になる前に帰宅したの。魔法検査室の扉を閉めなくてはと思って、立ち寄ったわ。…………でも、中には入らずに施錠して、帰宅しただけよ」


「私と殿下が立ち寄った後にいらっしゃいましたよね。そのままずっと業務をしていたのですよね?」



「えぇ、もちろんよ。ここでやることはたくさんあるから……ねぇ、シェリー。…………私がいくら医療の知識があって、力にも長けていて研究に勤しんでいたとしても、貴女の血を結界にかけて穴を開けるなんてことはしないわ。本当よ」



 ドロシー先生は弱々しく泣きそうな声で、答える。……何か先生に私がしてあげられることはないのかしら。私達はそのまま2人で医務室を後にした。



 私は一息大きなため息をつくと、殿下は私を見て穏やかに微笑む。……不意に、自分のいけない部分を見せてしまったような気がして、私は身なりを整えて背筋を伸ばした。



「君もそんな風にため息をつくんだね。以前から、いつも何事にも動じない雰囲気を持っているイメージだったけど…………やはり血の姫だから故なのかな、おっとっっ…………



 殿下が話している途中で、殿下の前に勢いよく男子生徒が走ってくる。前を見ていなかったのか、荷物を手前に抱え込むように走って来ていた。寸前のところで、殿下が避けたけれど、生徒は気づかなかった。長くブルーグレーの髪の毛が長すぎるほどの前髪を垂らしているからなのか、否か。殿下に不敬になるわよ?! と、私は目を見開いて反応してしまう。



「こら、危ないじゃないか」


「…………申し訳ありませんっ」



 そのまま、一礼をして去って行く身長の低い男子生徒を私と殿下は何気なく見つめる。胸に抱えたカンカンの中身は何なのか、ガッチャンガッチャンと金属製の音を立てながら、彼は走って行った。



「…………あのお方は……? ご存知ですか?」


「たまに見かけるが……学年は違うだろうね。相手が私で良かったよ。これが陛下だったなら、陛下が許しても周りから不敬罪で吊し上げられていただろうに」


「ジーク殿下はお優しいのですね」


 私が微笑むと、殿下は少し複雑そうな表情をして私を見てから目を逸らす。……何かまずいことをお伝えしてしまったかしら。顔をぽりぽりと珍しく掻いてから、殿下は呟いた。



「君は……全く……さて、図書室に戻ろう。皆が待っているよ」





 私は早々と歩いて行く殿下の跡を急いで着いて行った。








◇◇◇



 あっという間に日は過ぎていき、学校内での懇親会パーティーの日がやって来た。


 私は殿下から頂いたドレスに身を包み、ライラにしてもらったアップスタイルで会場へと向かう。……違うドレスにする選択肢はあった。でも、日々殿下に声をかけていただくことが思いの外増えている以上、いただいたドレスを着なければそれこそ不敬にあたると思う。…………だけれども、私はそのドレスの色に少々困惑もしているわ。



「白地にピンクのグラデーションが縁取りのようになっているデザイン。スカート部分はフリフリの段々スカート。お袖も軽めのふわっとデザイン。……まるで、妖精さんのようですし、何より結婚式のドレスにも見えなくもないですわね!!!! 殿下の願いが入っちゃっているんでしょうかっ?!」


 鼻息荒くふんすかと次々と言葉を落とすライラを落ち着かせるのが用意ではなかった。……ジーク殿下、とても素敵なドレスですが、私には清楚で、可憐過ぎませんか?


「……パーティーなんて何年振りかしら」


 私が呟くと、ライラはにこりと微笑む。


「お嬢様は血の姫だろうが、そうでなかろうが、侯爵令嬢には変わりありません。パーティーに出て相応しい人なのです。……どうぞ楽しんでいらしてくださいね」



「ありがとう…………緊張しないように、令嬢らしくしっかりとつとめを果たしてくるわ」



 私の父も母も何も言わないけれど、侯爵であるはずなのに、娘が血の姫であるせいで、割に合わない仕事を当てられることも多いらしい。直接は私には何も言ってくださらないけど、父と母が家族の会話を何気なしにしている姿を、耳にしてしまったこともある。……それなのに、お父様もお母様も何も私には言わないのだ。毎日青い顔をしながら、時折自宅で医師に見てもらうのも度々ある私を、家族は心から心配してくれている。



 それは侍女のライラや他の使用人達も同じで、私が何かをしようとすればするほど、甘いのではないかと思うくらい喜んでくれていた。


 …………ライラ、楽しめるかわからないけれど、やれることをやって来るわね。



 会場の扉を精霊術によって出された人型精霊が開けてくれると、闘いの場が開いたような気がした。


 血の姫の登場となると、会場が少しだけどよめく。…………怖くない。大丈夫ですわ。


 私はアネシア様に目を向けると、彼女も理解したように頷いた。えぇ、わかっているわ。頑張りますわね。

 殿下は話さないといけない教師陣と世間話をしているようだ。立場上、致し方ない。でも、きっと、わかっているはずですわ。



 私は一歩ずつ、会場へと足を踏み入れた。


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