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血の姫は死に際に夢を見る  作者: アトリエユッコ
11/21

真っ赤な目覚め

 夕方、自宅まで王家の人が馬車で送ってくれた。自分の部屋に入ると、ベッドに座り、私は大きくため息をついた。


 身体は良くなった。火傷の場所は王家の専属医の力により、治癒魔法と薬のおかげですっかり元通りとなった。……ただ、どう思い返しても、居心地の悪い時間帯だった。

「……理解されたいなんて、もう捨てたのに」


 ひとり、ぽつりとこぼすと、思い出してしまう。専属医は如何にも業務的で、私に仕方なしに処置している、といった感じだったから。私の力はやはりそんなに嫌なモノなんだな……と思わずにはいられない。だから、専属医には言えなかった。左側の足の付け根が若干の出血した怪我があることを。


『ジーク殿下はお身体は……どうなのでしょうか?』


『……殿下は治癒魔法と薬草等の処置を受け、無事にお部屋にてお休みされているそうです。……国王陛下のお仕事の手伝いは暫くはできますまい。全く、不幸な出来事でしたな』


 そう言った言葉を聞いて、まるでお前のせいだと言われているような気がしてしまう。本当は私といると不幸になるというのは噂なだけなのに、ジーク殿下の傍にいたことすら不幸の元凶のようだ。


「お嬢様」


 コンコンと扉を叩く音がして、ライラが入って来る。私はライラに微笑むと、ライラは私の隣に座ると、銀色のトレーにふわりとのったガーゼを取って、ハサミや包帯などの治療用具に並んでいる物の中から脱脂綿と消毒薬を取った。


「失礼します」


「ありがとう。自分で広げるわね」


 私が制服のスカートをたくし上げ、傷口を見せると、ライラは悲しい表情をする。血は止まってはいるものの、足の付け根の外側は手の平くらいの大きさの怪我をしていたから。


「お嬢様、大変痛そうです」


「……ちょっとね。でも、さすがに王家の方には言えなかったわ。出血していたら、嫌がられるのはわかっていたから。…………ねぇライラ、この怪我と、今日あったこと、お父様とお母様には黙っていてくれない? もしかしたら、王家からの情報が先になってバレてしまうかもしれないけど…………できれば、言いたくないの」


「……私はお嬢様の意志には寄り添いたいと思いますが、こんな怪我で、隠し通すことができますか? この怪我がバレてしまった時に、侯爵様達に聞かれて辛くなるのはお嬢様ではありませんか?」


 __いつの時代も、優しい侍女だわ。他の家族もそうだけど、この家の皆はライラをふくめて、私が幼い頃から周りに奇異の目に晒されることを恐れて、せめて内側にいる時だけはと愛情を注いでくれた。ライラは私の専属で、本音も話しやすかった。


「その時はその時ね。今はただ、まだ何も話したくないから。ごめんなさいね」


「わかりました。朝と夜、できるだけ治療用具を持って来ます。消毒等をしましょう」


「えぇ」



 私のいつも通りの返事に、ライラは静かに微笑んだ。


 私は彼女の微笑みに安堵しつつも、何処かでは死にはぐったことを後悔していた。


 ルキの手の中でただひたすらに足掻き溺れていくしかないのなら、と思ったけれど、失敗してしまった。…………殿下はどうして私などを庇ったのだろう。アネシア様とも距離が近くなってしまった。……もう関わらないと決めていたはずなのに、関わらないどころか、怪我をさせてしまったり治癒魔法をかけてもらったりと手を煩わせてしまった。……殿下の目だけは治せて良かったと思うけれど……。力を使ってしまったことも、本当に正しかったのかはわからない。


 それでも…………あの方の左目が動いているだけなら、私にとってはそれで良い。でも、これは自分の中だけの秘密。誰にも口外しない、心の中にだけ、墓場まで持って行く秘密だ。







 ◇◇◇



 次の日、私はマートルの送迎のもと、また変わらず登校して行く。私が朝起きると、ライラは着替えだと言って部屋に鍵をかけて消毒用具を持って来て手当てしてくれる。出血してはいるけど、力を解放したのはあの一度だけだったので、相変わらずの顔色だった。眩暈が無くなっただけはまだマシ。でも、きっとそのうち、また同じように眩暈で動けなくなっていく。今は殿下との出来事を起こしてしまったので、暫くは大人しくしている必要はあるかもしれない。ルキをどこまで避けられるかわからないけれど、次の一手を考えていかなくては。



「ありがとう、行ってくるわね」


 学校に到着したので、マートルに挨拶すると彼は変わらずにぺこりと表情をあまり変えないまま、返してくれた。


「お嬢様、行ってらっしゃいませ。くれぐれも怪我だけはしないように」


「……えぇ、本当にね」


 マートルはライラと話したのか、知っているのかもしれない。でも、私には特に何も言わずにただ見送るだけだった。ごめんなさいね、マートル。アナタも心配してくれているのはわかっているのに、私はアナタの望みとは反対のことを願ってしまって。ただ……私は、こうして何をしないでもやって来るその日を、誰にも利用されずに自分で決めていきたいのよ。



 学校へと到着すると、周りの人達の視線がとても気になった。それはそうか、噂が広がってあまり良い印象を与えていないんだろう。


 まぁ慣れたことよね……と私は思い、周囲の様子にも何の考えもなかった。学校に到着して机に座ると、近くから強烈な視線を感じる。私は少し視線の先を確認すると、ルキだった。彼は私を睨みつけ、瞬きをせずにこちらを見つめている。あまりに恐ろしく、鋭い視線にさすがに動揺した。そのまま椅子を引いて立ち上がったので、こちらに来るのかもと思っていると、私は軽やかな透明感のある声に包まれた。



「おはようございます。シェリー様」


 声の主はまさかのアネシア様だった。朝からキラキラの笑顔を私に見せて、机の前に立っている。……こ、これはどうしたことなの? 違う意味でも動揺していると、彼女は丸くて大きな目をぱちくりとさせる。


「体の調子はいかがですか?」


「……アネシア様、え、えぇ。良い方だわ」


「それは良かったですわ! 私もドロシー先生も心配していましたのよ。すぐに殿下に確認することもできませんし、シェリー様が登校して来て下さって嬉しかったですわ」


「…………あ、ありがとうございます」


 ルキは私がアネシア様と話しているせいか、立ち上がったまま、動かない。暫くすると廊下へと出ていってしまった。私が安堵していると、今度は目の前のアネシア様が満面の笑みで私を見ている。…………これはこれで苦痛……。関わらないと決めたのに……


「顔色がほんの少しだけ良くありませんね。ご無理はなさられていませんか?」


「大丈夫ですわ」


 優しいアネシア様に塩に近い反応を示してしまう。情け無い……。でも、アネシア様は何故だかずっと笑顔だった。



「良かったですわ。殿下ももうじきいらっしゃると思いますよ。2人とも元気で、私本当に安心ですのよ」


 私は殿下、という単語にピクッと心で反応してしまう。もうじきいらっしゃる、か。本当に仲が良いんですね。アネシア様と殿下。……いついつまでもどの時代も、2人は結ばれる運命だった。きっと、神の力に近い慈愛に満ちた治癒魔法の力を持つ聖女様と、希望に満ち溢れた次世代の皇帝候補だからだろう。…………私とは存在価値が違う。


「ジーク殿下とアネシア様はとても仲が良いのですね。来る時間を存じ上げているくらい……」


「……えぇ、そうですわね? ……仲は良いですわ。大切な人ですもの。あ、殿下がいらっしゃいましたわ」


 〝大切な人〟にまたズキリと胸が痛み、苦しい気持ちになった。…………忘れなさい、忘れるのよ、シェリー。殿下への想いなど、最初から同じ道の上には乗れないこと。最初からわかっているのだから。



 だから、2人とは関わらないようにしていましたのにね…………。


 ジーク殿下は後ろにカルファとソルジアをいつものように携えながら、アネシア様へと歩いて来る。……そろそろご自分の席にお戻りになってくださらない? アネシア様? と言いたかったが、私の前で、こっちよ〜と手を顔のすぐ近くで軽く招く仕草をするアネシア様に、私は何も言えずに見つめるしかなかった。


 殿下はアネシア様に呼ばれた通り、私の方へとやって来る。周りの視線は一気に殿下へと移っていった。一国の時期皇帝候補と聖女がどうして呪われた血の姫と一緒にいるのか? という感じだろう。



「おはよう」


「おはようございますですわ、殿下」


「おはよう、シェリー侯爵令嬢」


 殿下は私に麗しく挨拶をした。彼の両方の目の輝きがあることを目の前で確認する。あぁ、ちゃんと見えているわ、動いているわ。……本当に…………。

感動が心の中を早々と一周して、私はようやく声を出す。


「おはようございます。殿下、お体は息災ですか?」


「あぁ、今回は私も私の落ち度で油断してあぁなってしまったが、私は問題ないよ。シェリー侯爵令嬢、君は……?」


「……私も元気ですわ」

 余計なことは話さずに、にこりと微笑むと、殿下は少し顔色を変えたような気がする。……気のせいだろうか?


「それは良かった。君を巻き込んでしまって、申し訳ない」


「いいえ、私こそ申し訳ございませんでした」


 ぺこりとお辞儀をすると、殿下とアネシア様は不思議な顔で私を見ていた。拒否とも違う、何とも言えないような感情。私は気づかない振りをして、そのままにしておく。


「いいえ、でも本当に無事で良かったですわ。……ですが、顔色はあまり良くありませんね」


 アネシア様はふわりと私の頬に手を触れる。柔らかくて暖かい優しい手が心地よさを与えた。


「大丈夫です。気分が悪くなったら、医務室に行きますから」



 えぇ、とアネシア様が微笑んだところで先生が現れたので、私達はそれぞれにお別れし、席についた。ルキはその間、ずっと私を睨みつけている。うまく2人の存在のおかげで近づかれることはなかったけれど、私の胸の心拍数は上がってしまいそうだった。



 そんなこともありつつも無事に1限目を終え、2限目は離れの会場で小スポーツ大会をすることになっていたので、私も向かう。

 ……とは言っても、私は見学。比較的、調子は悪くはないけれど、激しくは動けないのだ。足の付け根の怪我が少し痛むから。私はいつも通りのつもりだけど、顔色も良くはないのでしょうね。先生は私を問い詰めることもなく、見学していなさいと椅子を用意してくれた。


 皆が運動着に着替えて球技をしている。真ん中に編みのような物を貼って、それを越して球を投げ合っている。楽しそうだわ。足が大丈夫だったら、私もやれたのにね。



 少し切なくなりながら見つめていると、球が私の脇を通過して会場の外へと流れていってしまった。


「ルキ様、も〜何しているんですの〜!」


「ごめん〜飛ばし過ぎたよ〜〜」


 ルキはわざとらしくやってしまったと茶目っ気混じりに話していた。……わざとね。私にまた当てようと、少し飛ばしたでしょう。


「申し訳ない、シェリー嬢、取って来てもらえますか〜?」


 ルキは名指しで私に伝えて来た。……やりたくない。自分でどうにかしてくださいよ。…………でも、クラスの人気者が私に声をかけたので、雰囲気は球を取りに行け、血の姫、といった感じだった。仕方なしに私は渋々ゆっくりと会場の外へと出て行く。


 球を取ったところで、後ろからルキが向かって来ると、奴はものすごい勢いで私に迫って来た。逃げようとすると、後ろは柱。……詰んだわ。目の前でルキは睨みつけながら、私を追い詰め、私の頭の上に拳を振り落とし、恐ろしい表情で私を見る。



「シェリー!! お前、何のつもりだ!!」


 言葉がもはやいつもの言葉遣いではないわね。完全にキレているわ。でも私は口を結び、必死にシラを切る。


「…………何のことかしら?」



「お前!! 皇子や聖女に取り入って、僕に歯向かっているつもりか?! お前は僕からは一生逃げられないんだ!! わかっているだろ!!!! その魂は、永遠にループすること。わかっているのなら、お前は余計なことはするな!!!!!!」


 ルキはまた手をあげて、私の顎に手を押し付ける。く……苦しいっ……息が吸えない。こんな状況でまた人生をやり直すなんて、嫌だ。せめて、この男の手にはかからないと決めたのに…………!!!! 


 __意識が遠のいていくなかで、あと少しでもうダメだと思った瞬間。

 私にかけられた手を取る大きな手が見えた。



「何をしている」



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