コンビニの人
先に『喫煙所の人』を読んで頂けると助かります。
新しく友人が出来た。
めっちゃ可愛い女の子だ。
素直に惹かれている。なので、友人というのは正直不本意ではあるのだが、彼女の楽しそうな顔を見たら何も言えなくなる。
大人になってから出来た友人がよほど嬉しかったのか、度々「友人になれて嬉しいです」と伝えてきてくれるのだ。
初めて会ったのは会社近くのコンビニだった。
昼飯を買うついでに煙草を吸う、そのタイミングでいつも見かけるのが、同じようにコンビニを利用している彼女だった。
話し掛けたのは俺からだが、きっかけをくれたのは彼女だ。
そのきっかけは今も二人の習慣として続いている。
喫煙所から手を振る俺。入口から手を振る彼女。
連絡先を交換して友人になってからは、笑顔がプラスされて、俺を落ち着かなくさせるのだ。
仕事の帰り、駅近くの本屋で彼女を見つけた。
声を掛けると笑顔で挨拶してくれる。
おすすめの本の話と家の本棚の話をしたらすごく興味を持ってくれたので、俺は調子に乗ってしまった。
「見に来ます?」
言ってから、しまった、と思う。
彼女はきょとんとした後、怒ったような顔で言った。
「いくら友人でも異性ですよ」
少し赤くなった顔に、期待してもいいのかと考えてしまう。
俺が彼女を女として意識しているように、彼女も俺を男として意識してくれているのかと。性別が男なのは知っています、とか言われたらへこむが。
結局その日は、彼女を駅まで送り、家に帰った。
次の休日は、部屋を念入りに掃除した。深い意味は無い。
今日の彼女には連れが居た。仕事仲間だろうか。
正直気に食わない。俺以外の男の横で笑ってほしくない。
手を振り合う俺達に、そいつが「誰?」と彼女に聞いている。
今すぐ彼女の横に行きたいが、行って何を言うつもりだ。
彼女は何て答えるのだろう。
そんなの分かっている。俺は「友人」なのだから。
彼女の様子がいつもと違う。
今日は手を振らずに喫煙所に真っ直ぐ歩いて来る。
俺は慌てて煙草の火を消すと、彼女の方に向かった。
どうしたのかと聞く俺に、彼女は何も言わなかった。
困った俺は、とりあえず喫煙所から遠ざけようと彼女の手を引く。
「あれ、手を振ってた人だねぇ」
話し掛けてきたのはあの時の男だった。
社会人としてどうなんだというしゃべり方だが、それどころじゃなかった俺は、会釈だけする。
その時、彼女が手をぎゅっと握ってきた。縋るような表情に何かを感じた。
こいつか。
「お世話になっています」
最上級の笑顔をやると、男はびっくりしたように怯む。しかし、すぐに立て直したようだ。
「お得意様でしたっけ?」
本当にお得意様だったらどうするんだという態度。大丈夫かこいつ。
「いえ、彼女がお世話になっています、という意味です」
彼女、を強調して挨拶すると、予想通りの反応。恋人らしき男がいた事への落胆。
更に畳み掛けるように、甘々な関係を演じる。
恋人になったら、彼女に甘くなるのは決定事項なので問題無い。
戦意喪失した男をほって、一緒にコンビニで買い物をし、会社の前まで送る。どさくさ紛れに帰りの約束も。
頼ってくれたのが、嬉しくてたまらない。
演技じゃなくて堂々と守れる立場になりたいと伝えたら、彼女はどう思うだろうか。
あれから二人の習慣が増えた。
彼女がコンビニに来たら手を振り合って、彼女の買い物が終われば会社前まで送っていく。
話す時間が増えた事で、更に彼女を好きになる。
俺の事もたくさん話すから、どうか好きになってくれ。
彼女の様子がおかしい。
理由を聞いたら、過保護な恋人がいると社内で思われているとの事。
問題無い。そう見えてほしかったのだから。
内心ガッツポーズだったが、彼女が嫌なら少し考えなければならない。
嫌か聞いてみたら、真っ赤な顔で「嫌じゃない、嬉しい」と。
これは本当に現実か?
めちゃくちゃに抱き締めそうになるのを堪えるのがやばいぐらいきついんだが。
ああ、でも、もう我慢しなくていいのか。
まだ顔の赤い彼女に手を伸ばす。
が、そこで気付いた。俺は煙草臭い。
慌てて手を引っ込めた俺は、禁煙を誓うのだった。
喫煙所には行かなくなりましたが、コンビニでの習慣は続いています。彼は入口付近で待つようになりました。
ありがとうございました。