引いてダメなら……
『押してダメなら引いてみな』
目的に対してがむしゃらに押し進めるだけではなく、状況を見極めて引く事も必要。
――――ということわざがある。
恋愛の駆け引きとして使われることが多いことわざだが……逆もありじゃね?と、私は考えた。
作戦名『引いてダメなら押してみな』。
引いてダメなら……は、先日のありあーな……ルーナの塩対応に掛かっている。
意外なことに、ルーナのツンツンな塩対応に好印象を持っていたクローウェル。
嫌がるルーナの顔が余程お気に召したのか、嫌がらせともとれる行動を頻発させ、私の可愛いルーナを荒んだ瞳にさせていた。
普段から沢山の令嬢達に言い寄られるクローウェルは、自分に対して素っ気ない態度を取られると、逆に燃え上がってしまうのではないかと、私は考えたのだ。
それを思えば、私がクローウェルにしていた対応も当たり障りのない態度の上、なんだったら婚約解消もチラつかせるという中途半端な塩対応だった為に、ルーナと同じ分類に振り分けられて、溺愛モードが発動していたのかもしれない。
つ・ま・り!
クローウェルが嫌がること=『押してみな』。
ぐいぐいと迫り続ければ、嫌がるクローウェルから婚約解消を持ち掛けられる!!
――と、思ったのだ。
そして、複製体『ありあーな二号』を作って実行したのだが………………。
結論から言おう。
見事に失敗しました!!早っ!。
**
「ねえ、クローウェルさまぁ~♡、アリアーナのお・ね・が・い・聞いて下さいますぅ~?」
そう言いながら、クローウェルの腕にしがみ付き、ささやかな膨らみをはしたなく押し付けながら上目遣いでお願いをしてみたり。
「毎日、アリアーナの元に来て下さらないとぉ~、寂しくて嫌ですの」
クローウェルの胸にすがり付くように顔を埋めながら頬を膨らませてみたり……。
「クローウェルさまぁ~……私……私は……!」
瞳を潤ませながらクローウェルの膝の上に乗ったり――――って、これは流石にやり過ぎだよ!?
そんな風にクローウェルを押しまくっていたら――――。
「今日のアリアーナは随分と積極的だね。こんなにも情熱的に私を求めてくれるだなんて、嬉しくてどうにかなってしまいそうだよ……」
「ああ、可愛いアリアーナ。このまま私以外の誰の目にも触れない場所へ永久に閉じ込めてしまいたいよ」
「……因みに、アリアーナ。そんな風に男を誘惑する術を一体どこから教わったんだい?答え次第では私は正気ではいられないかもしれないよ?」
ゾクリと鳥肌が立つほどに怖い笑みを浮かべるクローウェル。
「っ……全部、私を構ってくれないクローウェル様が悪いのですわ!」
プイッと視線を背けたありあーな二号は、微妙に顔を引きつらせながらも何とか誤魔化してくれた。
すると……。
「ああ、そうか。可愛いアリアーナは私の気を引きたかったんだね」
怖い笑みから一転。蕩けるような笑みを浮かべたクローウェルから、手とか額とか頬にチュッチュチュッチュされまくる――――という結果になりました。
テレレテッテテー♪
『おめでとうございます!溺愛モードがレベル二になりました☆』
**
――――そんなこんなで、次に作ったのが『ありあーな三号』である。
平常時でも、塩対応でも、押しまくりでもダメなら………マニアックなハイテンションで押し切るしかないでしょう!
それも男性が敬遠しがちな【腐ネタ】で、だ!
さあ、レッツゴー!
**
「クローウェル様!見て下さいませ!今、市井で流行っている薄い本とやらを手に入れましたのよ!」
開いたページには、手を取り合いながら互いに見つめ合うクローウェルとクローウェルの護衛騎士であるミハエルの姿が描かれている。
『市井で流行っている』というのは嘘で、これは絵の上手い私の侍女に無理を言って特別に書いてもらった物だ。
余談だが……私の行動が彼女の未来を大きく変えることになることを、この時の私はまだ知らなかった。
腐は世界を救う!
「きゃー!!耽美!いえ、崇高なる美の世界ですわ!決して許されない主従関係のお二人のめくるめく愛の世界…………とっても素敵ですわ!」
「クローウェル様とミハエル様のお関係は実のところはどうですの!?やはりこの薄い本のような…………?」
「クローウェル様は、クロ×ミハ?それとも……ミハ×クロ派ですか?!……ああ、どちらでも素敵!私、お二人を全力で応援いたしますわ!!」
うっとりと頬を赤く染めながら、終始ハイテンションで語り続けるありあーな三号。
「……アリアーナ」
ヒクリとクローウェルの笑顔が引きつったのが遠目にもはっきりと見えた。
徐々にクローウェルの周囲の温度が下がるのにも全く気付かないありあーな三号。
……ま、まずい。
『撤収ーー!作戦変更ーー!!』
身ぶり手振りを使って急いで指示を出そうとしたが――――時既に遅し。
流れるように自然にクローウェルの膝の上に横抱きにされたありあーな三号。
「その本の内容は素敵かもしれないけど……君にはまず現実の話を知ってもらう必要があるよね」
「は、はひ……!?」
有無を言わせない迫力のあるクローウェルの笑顔に、たじろぐありあーな三号。
……ごめん。
居たたまれなくなった私が、二人からそっと視線を外したと同時に……
「あっ!」
アリアが以前と同じように驚いたような声を上げた。
な、何!?今度は何をされたの!?
……聞きたいけど怖くて聞けないし、見たくない!
テレレテッテテー♪
『おめでとうございます!溺愛モードがレベル五になりました☆』
一気にレベルが三つも上がった!?
ああ……、こんなはずじゃなかったのに……。