塩対応
――クローウェルが訪問した際に、いつも使用する東屋にて。
「ああ、アリアーナ。今日の君も可憐で愛らしいね」
クローウェルは瞳を細め、アリアーナの手を握りながら甘く微笑んだ。
クローウェルを無表情で一瞥したアリアーナは、ふいっと視線を反らし、空いている手で紅茶の入ったティーカップを持ち上げる。
「……私の姫は、ご機嫌斜めなのかな?」
クローウェルが眉間にシワを寄せて寂しそうに言うのもまるごと無視して、アリアーナはティーカップを口元で傾ける。
「……もしかして、今日の贈り物が気に入らなかった?真っ赤な薔薇ではなく、君のように清純な白い百合の方が良かったのだろうか?……すぐに違う物を手配しよう!」
バッと勢いよく立ち上がったクローウェルは、側に控えていた従者の元に自ら駆け寄り、指示をした。
途端に周囲がバタバタと慌ただしくなるが――アリアーナだけは一人静かに紅茶を啜っている。
指示を出し終えて席に戻って来たクローウェルは、アリアーナからティーカップを取り上げると、それをテーブルの上に置いてから、
「愛しい人。今すぐに君の望む物を用意するから!だから機嫌を治しておくれ……」
アリアーナの両手を掬い上げるようにして握ると、懇願するようにその手に唇を落とした。
普通の令嬢ならば、顔を真っ赤にして頷く場面であろうが……アリアーナは表情一つ変えることなく、その手を振り払った。
手を振り払われたクローウェルは呆然とした表情でアリアーナを見ている。
手、手を振り払ったー!?
「アリアーナ、おちつくの~!」
私の頭の上に乗っているアリアが、ペチペチと額を叩く。
この非常事態に落ち着いてる場合!?
思わず身を隠している茂みから飛び出しそうになった。
――現在、クローウェルを対応しているのは私ではなく、『ありあーな』である。
ありあーなを作る際に、クローウェルに悪態をついてしまった為か……とても塩対応な子になってしまったのだ。
言葉数は少なく、にこりともしない。
だけど、私にはデレる……って、可愛すぎか。
素っ気なくしたらクローウェルに嫌われると思って、試しに対応をさせてみたのだが――王子の手を振り払う行為は不敬罪でしかない。
溺愛たらしモード発動中のクローウェルだって、流石にこれには怒るはずだ。
新たな贈り物の手配の為に、側使えの者達が下がっていたのは不幸中の幸いだが……。
今はまだ呆然としているクローウェルは、すぐに冷静になり、自分を侮辱したアリアーナに怒りの感情をぶつけるはず――――?!
「……良いね」
キラリとクローウェルの瞳が光った。
「つれない君も素敵だ」
瞳を細めたクローウェルは、頬を赤らめながら恍惚とした表情で言った。
こちらまで蕩けてしまいそうなほどに恍惚とした表情をしているというのに、細められた瞳はギラギラと光っている。
まるで目の前にある獲物に舌舐めずりをしている獰猛な獣のようにも見える。
気を抜いたら最後。
パクッと丸飲みされてしまいそうだ。
ゾワッと全身に鳥肌が立った。
……怖い、怖い、怖い!
絶対に見つからないように、身体を茂みに深く隠す。
何か変なスイッチ押した!?
不敬罪での投獄は絶対に嫌だから、手を振り払ったことを言及されなかったのは良かったけど……これは違う気がする。
「あっ……」
アリアが驚いたような声を上げた。
私はクローウェル達から顔も身体も背けていたが、アリアは私の頭の上から二人の様子をずっと見ていたようだ。
「……どうしたの?」
聞きたいけど、聞きたくない。
……嫌な予感しかしない。
「クロおうじが、ありあーなにちゅーした」
え……?クロ王子ってクローウェルのこと?
黒王子って……クローウェルそのまんまじゃないか。アリアはちゃんと分かっているじゃないか。
それよりも、アリアは大事なことを言っていたような――――
「くちにちゅーしようとしたけど、よけられたからほっぺにちゅーってしたの」
「はー!?」
急いで茂みから顔を覗かせ、ありあーな達の方を見ると、凄く嫌そうな顔で頬をゴシゴシと拭うありあーながいた。
そんなありあーなを満面の笑みを浮かべながらクローウェルが見ている。
それはそれはとても楽しそうな顔で。
……目眩がしそうだ。
どうしてこうなったの。
ごめん……ありあーな。
塩対応はクローウェルには逆効果だったらしい。
心の中で謝罪をした。