今度こそは……!
「これからなにをするのー?」
「私の複製体を作るのよ」
不思議な顔をしながら私の周りをぐるぐると飛んでいるアリアの質問に答えながら、全身が映る位の大きさの姿見を部屋の中央にまで移動させる。
大きめではあるが、キャスターが付いているタイプの姿見なので、私一人でも簡単に動かすことが可能だ。
「どーして?」
「……その内に分かるわ」
『その内』を想像したら一気に気が重くなってきた。永遠に『その内』が来なければ良いのに……と、心から思う。
「ふーん?」
溜め息を吐いた私の頭の上に、飛ぶのを止めたアリアがポスッと落ちてきた。
「アリアーナもたいへんなんだねぇ~」
姿見には、私の頭の上で腹這いになりながら両足をパタパタと動かしているアリアが映っている。
両手に乗りきるサイズのチビッ子のアリアは、私の幼い頃のような容姿をしている。
その見た目と同じように思考も幼いと思いきや、意外と思考は大人寄りだったりする。
お陰で会話には困らないが……見た目のイメージとのギャップに慣れるまでに少し時間がかかった。
「……はあ」
思わず深い溜め息を吐いた。
私の溜め息の原因はアリアではない。
勿論、クローウェルである。
迷惑なことに、クローウェルはほぼ毎日のようにやって来る。
彼に対して『王子の仕事をきちんとしているのか?』――――は、愚問である。
クローウェルはとても優秀な王子なので、ステファニー家を訪問する時は、必ず全ての仕事を片付けてからやって来る。誰に何も言わせないとでも言うように。
だから尚更、クローウェルを追い返すことが難しいのだ。
仕事が滞っていればそれを理由に追い返せるのに……。
終いには、『アリアーナの顔を見るのが一番の癒し』だとのたまう。
私の所になんて来ていないで、王宮で休んでいれば良いのだ。……そう。二度と来なくて良い。
そんな労力は、今後出逢うヒロインの為に使いなさい。私との時間は、クローウェルにとって無駄でしかないのだ。
ああ、もう!
この時間って、すごーーーく無駄じゃない!?
近い将来、クローウェルはヒロインと結ばれる。
私はヒロインを虐めるつもりはないし、クローウェルとヒロインの仲を祝福するつもりだ。
だから、さっさと運命の出逢いでも何でもさせて、私を解放してよ!!
私はそんなことを考えながら、天井を睨み付けた。
この『無駄な時間』が煩わしい。
この世界をより良い世界にしたいと思うならば、悪役令嬢を無駄にたらしこんでいないで、さっさとストーリーを進めなさいよ。
神でも、ゲーム会社の運営でもどちらでも良いから早く対処して下さい。
天井を睨み付けていると、
「アリアーナは、いいこ、いいこ」
私の頭の上にいるアリアに撫でられた。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
「……?」
鏡越しにニッコリと笑うアリアと目が合った。
何が『良い子』で『大丈夫』なのか分からないが……アリアにそう言われると大丈夫な気がしてきた。
「……ありがとう」
可愛いアリアのお陰で、ささくれだった心が治っていく。
アリアのぷにぷにの頬を人差し指で擽ると、アリアがグッと親指を立てた。
「ふふっ」
私もアリアの真似をさはて親指を立てた。
今できる最善のことをして逃げ道を模索する。
それが私にできることだ。
「これから少し集中するから、黙っていてね」
「わかった~」
アリアの返事を聞いた私は、深呼吸を数度繰り返した。
先ずは、目の前に置いた姿見に映るアリアーナの姿をしっかり見て目に焼き付けるのだ。
その次に、目を閉じて頭の中で『アリアーナ』のイメージを膨らませていく。
――今日は昨日のような失敗できない。
何故ならば、午後にはクローウェルが訪問してくる予定があるからだ。
会いたくないからといって、流石にチビッ子のアリアをクローウェルの対応に回すことはできない。
『縮んだ』というには小さすぎるし、無理があるだろう。大騒ぎになっても困るし……。
***
「でき……た?」
目の前には、アリアーナに瓜二つの等身大の『ありあーな』が立っていた。
「わぁー!アリアーナがもうひとりいるー!」
アリアはそう言った後に、慌てて自分の口を両手で押さえた。
『これから少し集中するから、黙っていてね』と言った私の言葉を思い出したのだろう。
鏡越しに両手で口を押さえながら、チラチラと私を見るアリアが可愛い……。
「もう大丈夫。普通に話して良いわよ」
私は頭の上のアリアを持ち上げて、胸の前まで移動させた。
「どうかしら?私そっくりにできている?」
自分では良くできていると思うが……どうだろうか?
キラキラと瞳を輝かせ、首が取れてしまいそうな勢いでブンブンと縦に振ったアリアは、
「すご~い!すご~い!」
私の腕の中から飛び出して『ありあーな』の周りを飛び回り始める。
ここまで驚いてくれるなら、外側は大丈夫だろう。
問題は中身である。
先ほどからアリアが騒がしくしているのに、『ありあーな』は顔色一つ変えないでいるのだ。
「ありあーな?」
私は顔の前辺りで手を振ってみた――――。