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エピローグ

「アリアーナ。愛しているよ」


サファイアブルーの瞳が、真っ直ぐにアリアーナの瞳をしっかりと捉えて離さない。


キラキラというより()()()()とした、胸焼けしそうな視線にうんざりしながら、アリアーナはにこやかな笑顔を取り繕った。

そして、心の中で文句と一緒に深い溜め息を吐く。


……嘘つき、と。


「私の可愛いアリアーナ。君の可愛い顔をもっと私に見せて?」


先ほどから、アリアーナに愛を囁いているのは、ハインツライヒ王国の第一王子である、クローウェル・ハインツライヒ。十八歳だ。


サファイアブルーの瞳に、サラサラと流れる艶やかな金色の髪。美しく整った顔立ちのクローウェルの身長は高く、鍛えられて引き締まった身体は、正装である白い上下のスーツを見事に着こなしている。


クローウェルは、老若男女問わず誰もが憧れ好意を抱くような完璧な王子様だ。



――――彼の前に座る(アリアーナ)を除いて。



私の名前はアリアーナ・クランレス。十六歳。

クランレス公爵家の一人娘である私は、白金色のクルクルとした長い巻き毛と、猫の瞳のようにつり上がったバイオレット色の大きな瞳が特徴だ。

我がクランレス公爵家は、ハインツライヒ王国の中でも王族に次ぐ位にある家系あり、アリアーナの父はハインツライヒ王国で第四位の王位継承権を所持している権力者でもある。



「……君が愛しすぎて辛い」

私の右手を半ば強引に持ち上げたクローウェルは、その手に自らの唇に押し当てた。


――瞬間、右目がヒクッと動いたが、どうにかこうにか堪える。


因みに、ここはクランレス公爵家の庭園の奥にある東屋(カゼポ)である。

背もたれ付きのベンチに、クローウェルと私は隣りあって座っているのだが……


「ああ、早くアリアーナを僕のだけの物にしたい」

「……殿下。あの――――」

「クローウェル」

「……え?」

「二人だけの時は名前で呼んで欲しいとお願いしたよね?」

「殿下、それは……」

「クローウェル、だ。呼んでくれないなら君の話は聞かないよ」


私にピッタリと寄り添うようにして座っているクローウェルは、有無を言わさないとばかりに瞳を細めながらニッコリと微笑んだ。


相変わらず、クローウェルは強引だ。

私はそんな彼に逆らうことができない。

身分がどうこうの問題ではなく、逆らうと今以上にクローウェルが鬱陶しくなるから。

……これは既に学習済みだ。


「クローウェル様」

「本当は『様』もいらないんだけど……それは追々で良いかな。それで、話って何?」



――私は、クローウェルとのこの()()()関係を終わりにしたいと思っている。



「……クローウェル様。(わたくし)との婚約はなかったことにしていただけないでしょうか?」

「できないよ」


クローウェルを窺うようにしながら言った私の言葉は、躊躇をすることなく速攻で切り捨てられた。


「どうしてそんな悲しいことを言うの?こんなにも私は君を愛しているのに」

私の手を握り、自らの膝の上に乗せたクローウェルは、眉間にシワを寄せて悲しそうな顔をした。


「……っ!」

私はギリッと奥歯を噛み締めた。


『お前がそれを言うのか?!』

咄嗟にそう叫ばなかった自分を全力で誉めてあげたい。

誰のせいでこんな気持ちになっているのか……。

何も知らないクローウェルをとても腹立たしく思う。


……いや、違う。

()()誰のせいでもないのだ。


怒りを逃がす為に小さく息を吐いた私は、クローウェルから視線を外して、暖かな温もりが伝わってくる手元へと視線を落とした。


私が『アリアーナ』でなく、彼も『クローウェル』ではなかったのなら……この手を握り返せたかもしれない。


でも、私は思い出してしまった。

自分が『悪役令嬢のアリアーナ』に生まれ変わってしまっていることを……。



――私がそのことに気付いたのは、一週間前のことだった。


ドレスの裾を自分の靴で踏んだ挙げ句に、そのままバランスを崩して階段から転げ落ちたショックで、前世の記憶を思い出すなんて、ちょっと《《お馬鹿》》すぎる展開で、だ。


私はベッドの上で全てを悟った!……なんてね。


パニエを幾重にも重ねてドレスのスカート部分を思い切り膨らませた豪奢なドレスを着ていたお陰で、少し頭を打っただけで済んだ。

そのドレスを着ていたせいで階段から落ちたのだが……。



前世の死因は、私の名誉の為に伏せさせていただきたい。

色々と浮かれ過ぎちゃった……と、だけ。

紺野(こんの) 陽向(ひな)。享年二十四歳。呆気なく終わった人生でした。

お父さん、お母さん。最後まで親不孝な娘で本当にごめんなさい。



平々凡々の容姿で、ごく普通の人生を送っていた陽向は『乙女ゲーム』が大好きで、寝る間も惜しんで色々なタイトルをプレイしてきた。


その中でも一番好きだったのが――

【王都学園ときめき♡ラブリー】という乙女ゲームだった。


通称【王ラブ】は、ハインツライヒ王都学園内が舞台で、王子様や騎士、魔術師、学園の先生やクラスメートなどといった攻略対象者と疑似恋愛が楽しめる乙女ゲームだった。


その中に登場してくる『クローウェル・ハインツライヒ』は【王ラブ】の攻略対象者であり、メインヒーローでもある。

メインヒーローって言うのは、ゲームのタイトルでヒロインと


プロローグは学園の入学式。

生徒会長のクローウェルが壇上で新入生歓迎のスピーチをしている最中に、遅刻してきたヒロインが会場内に飛び込んで来る。


壇上のクローウェルとヒロインが無言で見つめ合う様子を興味深く見ている攻略対象者達が順番に写し出されたところで、オープニングの曲が流れてストーリーが始まる。


オープニングから運命的な出逢いを果たしたクローウェルとヒロインの間に立ち塞がるのが、クローウェルの婚約者であるアリアーナ・クランレスだ。


アリアーナは、クローウェルからの寵愛を得たヒロインに嫉妬し、ありとあらゆるイジメや妨害を企てる。最後に誘拐して殺そうとしたところでクローウェル達に捕まり、断罪される。

大罪を犯した罪人の処刑は首切り処刑の一択。


アリアーナ……つまり、この世界の悪役令嬢である私は、このままだと処刑バッドエンドを迎えてしまう。


入学式までまだ半年ほど残っている今ならば、まだなんとかなるかもしれない。


『私の行動が今後の人生を左右させる』

という、私は今まさにそんな大きな局面に立たされているのだ。


だからこそまずは、クローウェルとの婚約を解消し、ヒロインとクローウェルの恋を祝福しようと決めたのに……。

何故かこの男は、婚約解消をしてくれないのだ。


ヒロインが現れたら、私になんて見向きもしなくなるくせに、だ。


「クローウェル様。私達の婚約は幼い頃の口約束から成されました。それをあなた様が今も気に病む必要はないのですよ?」

「アリアーナ。君は私と結婚したくないのかな?それとも他に好きな人がいるとでも言うの?」


こちらを見つめるサファイアブルーの瞳が冷たく光った。

ゾクリとした寒気が全身を伝う。


「…………っ、他に好きな方はおりません」


クローウェルはこうしていつも私から否定の言葉を奪ってしまうのだ。


「だったら、この話しはもうおしまい。良いね?」

「……はい」


ニッコリと笑うクローウェルにもう片方の手も奪われる。


「ああ、私の愛しいアリアーナ。そんな風に私を試さなくても私の心は永遠に君のものだよ」


微かに震える私の両手は、クローウェルの頬を挟むように押し付けられた。


私はせめてもの抵抗として、返事をしないで俯いた……。

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