「おいでませ魔術型疾患外来へ」
第7話「おいでませ魔術型疾患外来へ」
一週間に一本とか言う採算合わない感じの路線バスに揺られて『デス・スメル解約の旅湯煙旅情編』に参加したタロウと主催のハナ先生は、途中、疲労回復と美肌効果抜群炭酸泉とかを利用してご満悦だった。
車内の客と言えば、真っ黒なローブを羽織った魔女と言った風の老婆の集団が後部座席で「最近、入れ歯が合わなくて呪文が上手く唱えられなくてねえ」やら「使い魔のせいで年金が足りない」とか一般で余り聞かない愚痴をこぼし合ってたりする。
やがて白亜の城と言った趣のかなり立派な病院へとやって来たタロウとハナ先生。
案内してくれたハナ先生曰く「魔術型疾患専門外来がある魔術ギルド直営総合病院」とのこと。
そういうのがあるなら、怪しい民間療法をタロウのお腹で実験しないで、初めからこちらに連れてきてもらいたかった。魔術ギルド本部での最長老様によるあの不穏な儀式でタロウに降りかかった苦難は何だったのやら。
まあ、過ぎたことを責めても誰も得はしないので不問とするポジティブタロウさん。
西洋の竜が大きく開いた口をイメージした荘厳な玄関を通り抜け、先ず目に入る受付カウンターに寄るようハナ先生に促される。
「当院を受診されるのは初めてですか?紹介状などお持ちでしたら提出をお願いします」
亜麻色の髪を後ろで束ねて病院の制服に身を包む清潔感漂う受付嬢が、何やら書類の提出を外来初診のタロウに求めてきた。突然のことで困って後ろに控えてたハナ先生に助けを求めるタロウ。
「おい、ハナ先生?俺は紹介状なんて持ってないよ?」
「安心しなさいタロウ。この私に手抜かりがあると思って?最長老様から診断書と紹介状をいただいてきてあるわ」
手抜かりがセクシーダイナマイトを振り回しているようなハナ先生だろうにと、懐疑的な視線を向けるタロウを余所に、ハナ先生は怪しげな封書を二通、マントの陰から取り出し、それらを受付嬢に手渡した。
書類の封蝋の紋章を見て「最長老様からのご紹介でしたか!」と襟を正してかしこまる受付嬢。
「へえ~、やっぱ、あの爺さん。ただ者じゃなかったんだね」
「当たり前よ!私財をなげうって僻地に総合病院を設立してくださったり、高齢魔術師の養護施設を経営してくださったりして、魔術による社会貢献を掲げる魔術ギルドで一番偉く尊いお方なんですもの!直筆の紹介状を用意していただけるだけでも、すっごく希で光栄なことなんだから、もっと感謝しなさい!」
先日の無駄骨だった儀式の失敗から、とても感謝しようなんて気が起きないタロウだったが、魔術型疾患専門外来なんて怪しい受診科がある病院にどんな医者が待っているのか不安しかない。
「それでは、問診票にご記入お願い致します。記入を終えましたらまた総合受付までお越しください」
手慣れた応対でタロウに記入用下敷きボードとそこに固定された羊皮紙の問診票を手渡す受付嬢。
「・・・・・・なあ、この問診票はなんて書いてあるんだい?ハナ先生?」
受け取った問診票を見て、質問項目のすべてがルーン文字で表記されているので、魔術に疎いタロウは、隣のハナ先生に翻訳をお願いせざる得なかった。
「ああ、もう!世話の焼ける人ね!じゃあ、私が読み上げて代筆してあげるから、私の質問に答えてちょうだい」
ツンケンしながらも、なんだかんだ文句を言いながらも面倒を見てくれるハナ先生に感謝感激!と思うタロウ。病院までの道中でも、バスからバスへ乗り継ぎの合間に、朝早起きしてこさえてくださったと言う手作り弁当やハーブティーなどを振る舞ってくれたハナ先生の優しさに、コンビニおにぎりで飢えをしのいでた全タロウが涙したとか。
まあ、とにかく、病院の受付前の待合室で、問診票を読み上げて答える為に、空いた席に並んで腰掛けるタロウとハナ先生。
翻訳を買って出てくださったハナ先生が静かに問一をタロウにだけ聞こえる声量で読みあげる。
「貴方は最近、見知らぬ悪魔と契約しましたか?」
「してない、してない!神も悪魔も知り合いに居ない!悪魔も裸足で逃げ出しそうな女性には心当たりあるけど」
タロウが余計なことを言うので、ハナ先生がタロウの古ぼけたスニーカーのつま先の上から「フン!」と黒い光沢眩しいピンヒールでグリッと踏みつけ静かに怒りを表明する。堪らず「んぎ!」と、声にならない悲鳴を上げて涙目のタロウさん。
「余計なことは答えないでよろしい!馬鹿言ってないで、次の質問に入るわよ?問い2。貴方のご家族に魔術でお亡くなりになった方はいらっしゃいますか?」
「いねぇよ!そんな訳のわからん死因の親族は人っ子一人居やしないって!て、言うかじっちゃとばっちゃはお亡くなりだけど、死因はガンか老衰だったよ!あと両親は健在!実家が遠くて直ぐには安否を確認には行けないが、まだ生きてるって!多分・・・・・・」
「ふ~ん?私の唯一の家族だったアルお父様は誰かさんの意味不明な安っぽい死の魔術でお亡くなりですけどねぇ~?タロウのご両親がお元気だって言うのは羨ましいわ」
問い2の返答で、若干顔に暗い影が差す身寄りを失っているハナ先生がため息交じりにタロウから視線を外す。ハナ先生の身内を死に追いやったタロウとしては、遺族のこういう言動が健康優良所見なし心臓に言葉のナイフとなってグサッと刺さる。お互い暗い過去は水に流したいものです。
「まあ、良いわ。問い3。貴方は過去に魔術でアレルギー反応を起こしたことはありますか?『はい』と答えた方は、思いつく範囲で主な症状をお答えください。って、私が踏んでも100点すら出ない鈍感無知スライム以下のタロウの体には関係ないわよね?」
「コラ!勝手に話しを進めるな!その、魔術でアレルギーかよくわからんけども、本当にヨーグルトか怪しい食い物で、この前の儀式で腹を下しただろう!あの魔界産のヨーグルトのせいで下った腹は魔術アレルギーじゃないのか?」
タロウの隣で、問い3の回答欄にペンを走らせようとしたハナ先生に一応抗議する。
「ああ、あれは消費期限切れのヨーグルトなだけだったから。ごめんねって最長老様から伝言があったわ」
「ちょ!おい!製造元と原材料が不明な上に、消費期限切れって毒盛られたのとほぼ同じじゃねえか!ごめんで済ませるな!」
「うっさいわね!病院では静かにって習わなかった?誰しも失敗の一つや二つあるものでしょ?ワンコインでお手軽死の魔術を習得した貴方そのものが失敗の塊みたいなものなんだから。最長老様を責める前に、自分の馬鹿さ加減を謝罪しなさい」
今日のハナ先生の言葉のナイフは不滅金属オリハルコン製なんじゃないかってくらい超切れ味抜群で、タロウの心をえぐるえぐる。キッとタロウを一瞥したハナ先生が、問診票に視線を戻すと続ける。
「次!問い4。貴方は、現在いくつの魔術を習得していますか?できるだけ正確に属性と魔術名をお答えください」
「はあ、これは聞かれるまでもないことだけど、習得してるのは一個だけ。属性はわかりません。一応、魔術の名前は『デス・スメル』です。って、確か、世界で唯一無二な魔力要らずのオンリーワン魔術って治療の前例あるのかい?」
答えてみてふと疑問に思ったタロウがゴチャゴチャ言うので、問診票の記入を中断して「そう言えばそうね」と顔を上げペンをくるくる回しジッとタロウの顔を見つめてきたハナ先生。
切れ長で、時と場合によっちゃとても魅力的なハナ先生と目を合わせて会話できるって言うのは、ちょっと女性に対し免疫が足りてないタロウをドギマギさせるに十分だ。
「あのねえタロウ?みんな大好き最長老様が匙を投げた魔術の解約に最後の手段で、この魔術専門外来ありの病院を紹介してくださったのよ?この紅のハナ・マーゲドンがわざわざ自腹切って連れてきてあげたんだからね?不明な点はここの先生に聞いてちょうだい」
「はあ、はい。すみません。ハナ先生に旅費とライター代まで出していただき、不肖、このタロウ・ライトニングは感謝の言葉しかございません」
「わかればよろしい。まあ、属性は無属性で、魔術名は『デス・スメル』で間違いなさそうだから、問診は以上みたいね。あと、貴方の治療費も私が特定魔術保険で支払ってあげるから、大船に乗ったつもりで診療を受けてくださいな」
問診票を届けに立ち上がるハナ先生が、タロウを見下ろし可愛くウインクして言う大船がタイタニックじゃないことを祈るタロウだった。