「捨てる大家さんあれば拾うハナ先生あり」
第6話「捨てる大家さん居れば拾うハナ先生あり」
夕暮れ時の近所の公園。
爆散した砂場は埋め立てられ、芸術度が高くなった噴水広場は更地になり、どこか寂しげな風景になってしまった近所の皆さんの憩いの場。
その一角に立つ外灯の下。
背もたれの無いベンチに、ストンと腰を下ろし沈み往く夕日を眺めるタロウの姿があった。
ここ数週間、住処のアパートを追われ、移動手段が自転車のみだった為、家財道具はあらかた粗大ゴミ回収屋さんに処分してもらった。
タロウの傍らの置いてある魔術ギルド訪問前に購入した大きなリュックサックに、警備会社から貸与された制服、私服の着替えのジャージやらお気に入りのTシャツやらトランクスやらデニムパンツやら、衣服の類いを詰め込み公園に滞在しているので、事情を知らない児童と保護者の皆さんから白い目で見られている。
唯一の救いは、警備員のアルバイト先で、シャワーを借りることができるので、衣類は最寄りのコインランドリーを利用したりで、体臭を味方につけるような不衛生な状態は避けられている。
「ちょっとぉ!こんなところで何ぼやっとしてんのよ?探したわよタロウ!」
情けなくて屁も出ないタロウを探して訪ねてきてくれるお方とはどちら様でせう?
と、声の主の方にタロウが元気のない顔を向けると、そこには、ぼや騒ぎが特技な家庭教師か保険の外交員風のフォーマルなグレーのスーツ姿に黒いピンヒール。そこに黒マントと言う出で立ちの若干減点判定が下され気味のハナ先生が外灯に照らされ立っていた。
まあ、タロウの女性の知り合いと言えば、草むしりの折、スポーツドリンクを差し入れてくれた近所のおばちゃんか、ただ今、ご登場願ったセクシーダイナマイトにファイヤーボールとタイキックに殺人視線のハナ先生くらいだ。
「やあ、ハナ先生。お久しブリーフ、オイラはトランクス派って、わざわざこんな路上生活者を探してたって、どんなご用件でしょうか?」
力なく「へへ・・・・・・」と愛想笑い浮かべるタロウが、捨て犬のように小さくなって腰を下ろすベンチの空いた左隣に「探し回って歩き疲れちゃった」と並んで腰掛けるハナ先生。
夜風に靡いた烏の濡れ羽色のロングヘアーから淡く優しいハナ先生の香りがふわりと漂い、タロウの鼻孔をくすぐるや否やサイクロン掃除機にも劣らぬ吸引力で吸い込まれた。
「魔術解約方法を教えに貴方のアパートに行って見たら、驚いたわよ!更地になってるんだもん!」
「ああ、なんかね。大家さんがアパート経営からコインパーキングに切り替えるとか言ってたから、その工事が進んでいたんだろうねぇ~・・・・・・はい、住むところ追い出されました」
突然、優良物件アパートを追い出された手前、6年間の思い出が詰まったアパートの解体工事現場に足を運ぶ気力が沸かなかったので、自分の身に度々降りかかる不幸に慣れと諦めが混じったどこか他人事な心持ちのタロウ。
「貴方ねえ!もう少し自分の人生ときちんと向き合いなさいよ!仮にも死の魔術師でしょう?安かろう悪かろうで済ませてないで、年上の男らしいところ見せなさいよ!」
「はは、ハナ先生はいつも言葉にトゲがあって元気で羨ましいねぇ。俺もあと10歳若けりゃなぁ・・・・・・」
心境的にも環境的にもすっかり黄昏れてしまったタロウの余りの弱体化振りに、何故か無性に腹が立つ勝ち気なハナ先生。自分がいじめっ子になったような気分にさせられて苛立ち紛れにタロウの背中を平手で打つ。
「そういうところを直しなさいって言ってるの!しっかりしなさいタロウ・ライトニング!」
「そんなに怒ることないだろう?俺が落ちぶれて、ハナ先生側としては喜ぶところじゃないの?」
タロウの言い分はハナ先生にとって見れば、少し前なら確かにその通りだったが、今は違う。
こんな情けない男にハナ先生が敬愛して止まない偉大なる父=『天空のアル・マーゲドン』の命は奪われたのか?と言う悔しさと、もう一つ胸の奥に芽生えた感情の正体を、まだ人生経験浅いハナ先生が自覚するにはもうしばらく先になりそうである。
不幸の川に溺れる犬同然なタロウを言葉の鞭で打ち据えるのは、今日はもうやめようと気持ちを切り替えるハナ先生が天を見上げ思いを馳せる。タロウと対決したあの晩も星が降って来そうな素敵な夜空だった。
「貴方とこうしてこの場所で話すのは、あの時以来ね。もう随分前のことみたいに感じるわ」
「ああ、『紅のハナ・マーゲドン公園放火事件で逮捕!』以来だねぇ。あの時からなんやかんやで親の仇討ちが棚上げ状態だったっけ?」
「もう!タロウってば、情けない上にしつこいわね!もう仇討ちはしないって言ったでしょ?女魔術師はね、仇討ちに失敗したら相手を・・・・・・いえ、とにかくもうアルお父様の死は事故死って決まったんだから、これ以上とやかく言うとまたタイキックをお見舞いするからね!」
何事かを言いよどみ、頭を振って脳裏を掠めた恥ずかしいワードを否定するハナ先生。
そう言えば、公園放火事件はハナ先生の『魔術師の流儀』とかが発端だったっけ?と思い出すも、これ以上会話の藪を突くと蛇どころかタイキックからのファイヤーボールコンボが飛び出しそうなのでやめた。しかし、仇討ちに失敗した場合、相手をどうするのかは元・親の仇なタロウもちょっと気になった。
「それは遠慮しておくよ。それで?ハナ先生のご用は何かな?思い出話に花を咲かせる為に、俺なんか探すワケないもんな」
「ええ、そうね。貴方に用事って言うのは、他でもない『デス・スメル解約の旅湯煙旅情編』開催のお知らせよ!」
そう言って、最早見慣れた遠足のしおりをタロウに配るハナ先生が優しくウインクしてサムズアップしてきた。
「これはアレか?また魔術ギルドへ行こうって話かい?」
心底嫌そうな顔をして見せたはずのタロウに対し、満面の笑みで「ご名答」と告げる。
「俺はもう面倒事は嫌だよ?前に失敗して俺も学習して尻も懲りたんだからね?」
「男だったら一度や二度の失敗で諦めないの!失敗は成功の母!骨は折れて治る度に強くなるのよ!」
白魚のような美しい指が並ぶ右手を強く「グッ」と握り熱血魔術教師3年火組ハナ八先生なノリで熱弁振るわれては、タロウも諦めて従う他ない。
「骨が折れるかもしれない俺の立場にもなってほしかった。まあ、他に行く当てもないし、デス・スメル解約はして置きたいから、仕方ない」
タロウの不運負債が雪だるま式に大きくなっている気がするが、既に手遅れな感じも否めない。
「じゃあ、その遠足のしおりで指定した日時に、この公園に向かえに来るから、逃げちゃ、ダ・メ・よ?♡」
ハナ先生の甘い声色がタロウを呪術的にも性欲的にも縛ったっぽい。
「は~い。わっかりました~♪その日から二週間はバイトのシフト休み入れてもらいま~す!」
「わかればよろしい」
これでヒステリー圧力鍋お姉さんじゃなければ、婚姻希望の引く手数多だろう美貌の持ち主『紅のハナ・マーゲドン』先生との旅に一抹の不安を抱えることになったタロウであった。