「半ケツが下る」
第5話「半ケツが下る」
得体の知れない白濁ゲル状の食品?を鱈腹食わされて、一杯食わされたと後悔することとなったタロウ。後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
タロウは溺れるものは笑おうって、力なく微笑みを浮かべ、夜空を見上げ涙がこぼれないように魔術ギルドを後にした。
「お~ぅい!若いのぉ~!誰しも失敗はあるもんじゃてぇ~!くよくよしなさんなぁ~!」
慰めにもならない元気いっぱいな最長老様の励ましの声を背に、失意の内に下山の途につくタロウ。
タロウの前を先導するハナ先生の可愛いヒップを虚ろな視線で追いつつ足下の苔に注意を払うも、背負った巨大なリュックサックと、解決し損ねたお尻のお悩みの重みに心棒と足腰が耐えかね、川縁で仰向けにすっころんでしまう。
空腹と下痢で、タロウの足腰はガタガタである。
結局、『生きて腸の最前線に届く~』の謳い文句が煩わしい乳酸菌MP666配合のヨーグルトは、タロウの腸内戦争にてデス・スメルの前に敗北したっぽい。
やたら商品名が長い上に原材料がどこ由来か不明で、食物アレルギー表示すらない謎の白濁ゲル状を飲まされ、一週間。
風下の草むらで検証した結果が「やっぱり解約できてなかったみたいね?てへぺろ♪」とハナ先生のぶりっ子なコメントで、タロウの脳内断崖が脆くも心理の奈落へ崩れ落ちることとなった。
そう。謎原料の『見た目は普通、中身は悪魔』なヨーグルトのせいで、最初の一日だけはデス・スメルも大人しいものだった。
ところが、初日の苦労もどこへやら。
二日目にはその恐怖の威力の片鱗がオナラに混じり始め、三日目、四日目と日を追うごとに、試射相手の魔術ギルド周辺の野草が黄ばみ始め、やがては死の荒野と言った風になってしまった。
足を滑らせたのはタロウだが、お詫びにもならない口を滑らせるのは解約儀式責任者の最長老様だった。
「いやはや、強情な魔術じゃのう?冥事ヨーグルトで解消しないお腹の悩みはないはずなんじゃが?はてさて弱ったもんじゃ。まあ、儂も初めて解約に挑んだ魔術じゃったから失敗することは織り込み済みじゃった。また何か良い手を思いついたらハナちゃんに魔力速報で連絡入れるから気長に待っておるが良いわ。ふぉっふぉっふぉ」
人の尻見て笑うなクソ爺!と偉大なる最長老様を敬愛するハナ先生に聞こえないように胸を奥で抗議する小心者のタロウ。
この爺「さては人様の大切な資本である体で人体実験しやがったな!?」と衰弱した頭で怒りを覚えるも、仰向けになったままぐったりと天を仰ぐ形のタロウさん。
ここ一週間の質素過ぎるタロウの食生活も手伝って情けなくて、最早、屁も足も出ない。
「もう!なにしてんの?タロウ!遊んでる場合じゃないわよ!誰しも初めての魔術の解約には危険がつきものなんだから!さっさと立って、しっかり歩きなさい!次のバスが来るまでに下山しないと!食料の手持ちが少ないんだから早くしなさい!」
夢も希望も打ち砕かれて、もはや風前のデス・スメル製造機となったタロウに手を差し伸べ、立ち上がるよう鼓舞するハナ先生は風上に回ることも忘れない。
「ハナ先生ぇ~・・・・・・おっぱいかお尻触らせてくれたら、立ち上がる気力が沸くかもでぇ~す」
弱ったついでにちゃっかりお触りサービス要求するタロウのせがれが期待に満ち満ちと先に立つ。
「立ち上がらせるのはあそこじゃないわよ!」
と、赤面しつつタロウの股間のテントを真新しい登山靴でグリッと踏み潰すハナ先生。
なんてことをするのだ!男根の世代は打たれ弱いと言うのに!
男のデリケートな如意棒を足蹴にするとは、淑女の風上にもおけん!
と、天の声がハナ先生に届くはずもなく、股間の激痛に苦しむタロウが「ほふぅ~!」妙な悲鳴を上げて内股になって、ふらふらと起き上がる。
「立ったぜ、おっつぁんよぉぉおう・・・・・・」
とか、ノーガード戦法が得意なワケじゃないが、奇しくもノーガードだった股間を足蹴にされて、生気の無い顔で、性器を庇い、テンカウント前に戦線復帰したタロウ。
「誰がおっつぁんよ!」
花も恥じらう乙女な紅のハナ・マーゲドンことハナ先生は、タロウの戯言に逐一突っ込みを入れてくださる。
歳が10個離れているはずなのに、タロウのボケの年代に合わせられるハナ先生の的確な突っ込みは、下手すると本職の占いよりよく当たるんじゃないかって思う。
ともかく、今回の『デス・スメル解約しよう!秘湯巡りの遠足(仮)』は失敗に終わったのだった。
◇◆◇
「やあ、タロウくん。しばらく見なかったが、どこかへお出かけだったのかな?」
タロウの身を金づるだからと言う理由も込みで案じてくれるアパートの大家さんが、雑草採取と言う名の路上清掃にしゃがんで精を出しながらも、屁は断じて出さないタロウの背後に立って声をかけてくれた。
『大家さん、俺の背後に立つと危ないぜ?』とか西部のガンマンぽく格好良く言ってやりたかったが、デス・スメルの銃口たるタロウの尻はマジで危ないし、馬鹿言うのも休み休みにしなさいってハナ先生からきつく言われているので、笑えないジョークは自重することにした。
「こんちは、大家さん。なんか用っすか?今、ちょっと手が離せないんすけど?」
挨拶もそこそこに、なるべく何も知らない大家さんにタロウの尻から離れてもらおうと手短に問う。後期高齢者な大家さんと言えど、知らぬが仏で知ったが末に仏になられても困る。
「いや~・・・・・・路上清掃を頑張る君に大変言いにくいんだけどね?」
なにやら口ごもる大家さんの言葉に怪訝な表情で向き直りゆっくり立ち上がるタロウ。しゃがんでの作業ですっかり太ももはパンパン、お腹はデス・スメルでパンパンなので、肛門も怪訝な感じになる。
「単刀直入に言うと、タロウくんのアパートが取り壊されることに決まりました~!」
背後に「ジャーン♪」と言う擬音を背負ってそうな錯覚を覚える爽やかな笑顔の大家さん。
「へ?」
我が耳を疑うタロウ。
「もう一度言います。タロウくんのアパートが取り壊されることに決まりました~!」
大家さんが、あっけらかんと口走った台詞は、タロウの生活拠点消滅を意味するものだと理解するのに、やや間を挟んで。
「え?えええええええええええええええ!?」
と、天高く馬肥ゆる秋空かなと言う風な、少し夜風が冷たくなりつつある地方都市の優良物件アパートに居を構える一小市民兼死の魔術師もどきの悲鳴がこだました。