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またしても風上におけないヤツ  作者: トキオリオン
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「滝の上のヨボヨボ」

第3話「滝の上のヨボヨボ」


 陽もとっぷりと暮れ、樹海が闇夜に支配されたので、最長老様のご厚意で魔術ギルドの本部に一晩泊まることとなったタロウとハナ先生の間でまたまた問題が発生してしまった。


 古民家を改装して利用している魔術ギルド本部の部屋数が足りてないのだ。


 夕餉を囲んだ囲炉裏を中心にした間取りで、玄関の土間から向かって一番奥が、最長老様の寝室兼書斎。

 囲炉裏のある部屋から東側が納屋。西側が客間。

 

 実に必要最小限の間取り。


 ちなみにトイレは滝ツボから流れる川の直ぐ近く。うーん、昼間の道中に澄み切った川縁で水筒に水を汲むのをハナ先生が嫌がったのは、こんなからくりがあったとは知るはずもないタロウさんは喉が渇き過ぎて少し飲んじゃいましたよ、ってコラー!


 まあそれはもう取り返しがつかないので忘れよう。問題はそんなことじゃない。


「貴方と一緒の部屋で寝るだなんて、絶対嫌!」


「でも、客間は二人くらいなら十分お布団敷ける広さですよ先生?」


 こんな小さな古民家でも柱がごんぶとでとてもしっかりした頑丈なお部屋。タロウさんの自宅のアパートより広いくらいだ。最長老様が「お互い知らぬ仲じゃあるまいし、同じ部屋で良かろうもん」と妙な期待を寄せた怪しい目つきで案内してからタロウとハナ先生の痴話喧嘩もどきが始まってしまったのである。


「そのデリカシーの足りない頭で少しは考えて見なさいよ!」


 ハナ先生が、タロウを一応男性と認めてくれているらしいのは、リュックサックの荷物配分から察していたが、準備してきた寝袋を使わずにせんべい布団とは言えお布団で寝られるのをわざわざ断りたくない。ハナ先生は何にお冠なのだろうか?デリカシーはコンビニでも売ってないので持ってませんと言い返したら殺されそうな気がするのは確かなので、恐る恐る同衾拒否の理由を聞いてみる。


「あの~、ハナ先生に変なことする気はないんですが・・・・・・その親の仇と一緒の部屋がお嫌なのでしょうか?」


「違うわよ!それに親の仇討ちはもうやめたって前に言ったでしょ?もう!わからない人ね!」


「と、言いますと?」


 ハナ先生がタロウの解答を全否定してきたので、タロウが神妙な面持ちで聞き返すと、ハナ先生はタロウの尻の辺りをスラリと伸びたカモシカも羨む美しい脚で、言うが早いか速攻タイキックしてきた。バシッと決まったハナ先生の風を切って乾いた音を立てたタイキックが日頃の鍛錬の成果を雄弁に物語っていた。


「貴方のここが問題なのよ!!!」


「む!ぐう!ううぅぅ~!!!うっわ!!!いって!痛てえ!むぐー!」


 不意打ちタイキックに堪らず尻を両手で押さえて転がり苦悶にのたうつタロウさんアウトー!マジでハナ先生はファイヤーボールを唱えなくても、熊やイノシシくらいなら互角に戦えそうな戦闘力があるのかもしれない。タロウの尻が問題って言うと、もう皆さんおわかりですね?


「夜中に貴方が私の隣で、オナラしたら私が心底情けない理由でアルお父様と天国で再会しちゃうっての!」


 ああ、そこでしたか?それにしても極力刺激を与えちゃいけない導火線に火が付いた爆弾みたいなタロウの尻を蹴るとか、なにやらハナ先生も馬鹿なんじゃないかって思う。


「むぐぐー!むー!むう。はあはあ、すっげえ痛え!思わずデス・スメルこくところだった」


 タロウ、お前はゴマダラゴミムシか?身の危険を感じたら驚異のメカニズムで尻から反撃するのか?まあ、ゴマダラゴミムシは高熱ガスで、タロウのは死のオナラだけど。


「ハナちゃんは子供の頃、親とはぐれて迷子になって以来、護身術でキックボクシングを習っておったからのう。いつ見ても見事な蹴りじゃわい」


 口ひげをなでながら暢気に解説してくれる最長老様から、ハナ先生のあまりうれしくない個人情報をまたまたゲットしたタロウ。そういう危険な情報は早めに開示して欲しいと、デス・スメルの取説の件も含めて思った。魔術業界は後手後手なのだろうか?


「あら、最長老様!とっくにお休みかと思っておりましたが、起こしてしまいましたか?夜分にお騒がせして申し訳ありません!」


 謝るべき相手がもう一人居るだろう?とタロウは、まだ痛みが引かない尻を右手でさすり慰めながら立ち上がる。


「いつもハナちゃんは、一言足りないから誤解されるんだ!公園の時だってそうだった!意味のわからないこと言って直ぐ暴力的手段に訴えて!逆セクハラだー!訴えてやる!」


 痛みの余りショックで忘れて抗議の声を上げるタロウさん。


「今、私を『ハナちゃん』と呼んだわねタロウ?」


 しまったと口を両手で覆うタロウに向き直るハナ先生がビコーンと言う擬音が聞こえそうな双眸に危険な光を宿していつにも増して低い声で聞いてきた。あちゃー!タロウさん地雷踏んじゃったー!


「もう勘弁ならないわ!サッカーボール・バスケットボール・ファイヤーボール!!!死ね!タロウ・ライトニング!!!」


 ボガーン!と数少ない魔術ギルドの部屋数が一部屋爆散してタロウは外に追い出された。


 結局、最長老様の『若い男女が二人で夜間にイチャイチャするのを聞くの楽しみ♪』の当ては外れ、タロウは外の大きな樫の大木の下に蓑虫みたいに吊され、ハナちゃんは最長老様の寝室を借り、最長老様は囲炉裏の側で寝袋に包まった。


 そして夜が明けた。


◇◆◇


「ほれほれ、ハナちゃんや朝じゃぞーい」


「ふぁ、ふぁあ、しゃいちょうろうしゃま、おひゃようごじゃいます」


 少し加齢臭臭いせんべい布団でそれなりに安眠できたハナちゃんを起こしに来た最長老様に眠い目をこすり挨拶するハナちゃんは低血圧気味で寝ぼけ眼。


「ハナちゃんの寝顔は今でも可愛いのう。ほれ、朝飯の準備はできておる。寝ぼけておらんと顔を洗って来なさい。今日は忙しくなりますぞ~」


 老人の朝は早いと言うのは本当らしい。一番の年寄り(年齢はひ・み・つ♡)の最長老様は、いつの間に用意したのか、炊きたてのご飯とキュウリの漬物とイワナの焼き魚に昨晩の鍋の残り汁に白菜を入れて煮た味噌汁と言う献立の朝食を囲炉裏の周りに配膳してた。


 タロウさんは、樫の木に吊されて、朝日が昇るまで、体に食い込むロープに締め上げられ、何発かデス・スメルを大きくこいてたが、その樫の木は息絶えることなく今のところ外傷も見られず威風堂々の佇まい。


 もちろんこの樫の木が立っている場所は、母屋から風下に位置している。吊したハナ先生が確認したのだから間違いない。タロウが自由を勝ち取るには、ハナ先生が身支度を調え終え、朝食を済ませて、母屋からちょっと離れたところにお花を摘みに出かけるまで数刻の耐え難きを忍ぶ時間がかかった。


「ああ、悪いわね~!先に朝食済ませちゃった♪」


「・・・・・・ちがう、あやまるところ、それちがう・・・・・・」


 と衰弱仕切ったタロウが、壊れたロボットみたいな突っ込みを入れているが、ハナ先生は意に介すことなく「さあ、早くご飯食べて来なさい!」とタロウのこけた頬をペチペチ叩いて起こす。


 タロウが蓑虫ごっこから解放されると、朝食はキュウリの漬物だけ赦され、ギルド本部の裏手の滝の上に案内された。ハナ先生曰く「風が泣いてる」とか言う滝の上ではデス・スメルの行方がわからなくなる恐れがある為、タロウの朝食は最低限にしましょうと言うことになったのだ。


 滝の上には大きな岩があり、その中央には巨大な魔方陣が幾星霜の風雪に耐えられるよう深く刻まれていた。


「さあ、ここじゃ。この場所が魔術の解約場所じゃ」


「はあ~。いつの時代に作られたものかわからないけど、見事な魔方陣ね~!ね、タロウ?」


「・・・・・・はらへった、おれ、はらへった・・・・・・」


 タロウの語学力は、英語どころか母国語すらままならぬほど衰えてしまっていた。









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