「ようこそ魔術ギルドへ」
第一話「ようこそ魔術ギルドへ」
とある国有地に隣接する樹海の奥深く。
野を越え、山を越え、谷は迂回して、知る人ぞ知る秘湯温泉なんかあったりする豊かな自然資源に恵まれた、余り人の手が加えられてない土地に、ぽつんと建っている一見さんお断りな古民家風情の建物がある。
樹海全域を私有地とするギルドへと続く林道の入り口脇。
大きな木彫りの看板には、この国の義務教育で教わらない古代ルーン文字で『ようこそ魔術ギルドへ』と、魔術師だけ歓迎する塩応対ですよ?な案内が刻まれている。
縁結びの女神様と呼び声高い女占い師にして、自称・稀代の天才魔術師=紅のハナ・マーゲドンに連れてきてもらわなければ、元・一般市民兼末端労働者で死の魔術師見習い=タロウ・ライトニングは、哀れ樹海で野垂れ死にからの食物連鎖の一部となってしまっていたことだろう。
一見すると、登山客に見える一組の男女には、経済的かつファッションセンスの違いが在り在りでアンバランスに見える。
タロウの方は中古アウトドアショップ投げ売り装備の無骨なリュックサックを背負わされ。
対するハナさんは新品有名ブランドのロゴ入り登山セットに小ぶりなリュックと黒のマントとスマートさ。
かなり視聴者的にモブとヒロインなくらい雲泥の差をつけられている。
世の中不公平だ。
「うへ~・・・・・・路線バスが一週間に一本とか、まだこんなインフラレベルの地域があるだなんて初めて知ったよ」
「文句があるならギルドマスターの最長老様に言ってほしいわ!私だってこんな自殺の名所扱いなところに顔を出したりしたくなかったんだから!つべこべ言うなら今来た道を一人で引き返してもらうわよ?」
タロウの数少ない女友達と言う不名誉な腐れ縁を結ぶに至ったハナ・マーゲドン様は、縁結びの女神様と言う看板に偽りがあるかもしれない。
年上男性だけど魔術師として格下で、何かと介護老人以上に世話の焼けるドジっ子タロウの相手をするハナさんとの関係は、ハナさんの若葉マークな母性本能と慈愛の精神とヒステリー感情を心の圧力鍋で柔らかく煮込んだ感じに仕上がっていた。
「無茶言うな~・・・・・・。ハナ先生お得意のファイヤーボールが無かったら、来る途中で、ツキノワグマやらイノシシやら大猿の群れやらの襲撃で、覚えているだけでも10回はザ・エンドしてたぞ?」
「ジ・エンドよ!学校で何習ってきたのよ貴方は!?」
野生動物は火を恐れる。魔術で生み出した火球も無知な彼らに十分恐怖を与えることが可能だ。彼らの縄張りに侵入したハナさんとタロウさんに非があるにせよ正当防衛である。
はい。タロウさんはノートの端っこに戦闘機とかロボの絵を描いて遊んでて、授業中、先生の話を聞いてませんでした。地元の義務教育最前線にして最終防衛ラインな偏差値聞かないで!の底辺学校の学業すら疎かにしてました。
タロウの母校で教鞭を振り回してた英語の先生(厚化粧のババア)ごめんなさい。
目の猛毒な先生が英語で何か自慢げに海外留学歴をひけらかしているのを無視してたら、こんな猿にも劣る英語学力のおっさんが一匹できました。特技は落書きとチンポジ直しのタロウさんです。
「それにねえ?貴方がオナラしたいって駄々こねる度に、ファイヤーボールを詠唱させられた私の方が疲れてるんだからね!」
「それは、そのすみませんでした・・・・・・遠足のしおりに『ライターかマッチを持ってきてください』って書いてなかったから家に火の元を忘れてきました先生・・・・・・。ごめんなさい、これからは忘れ物に気をつけます」
心根は優しい善良な脱お兄さんのタロウ(30)は、今回の旅行に乗り気だった。
ところが、日頃の悩み解消の予感に浮かれ過ぎて昨晩は一睡もできなかった上に、ハナ先生が用意してくれた遠足のしおりの持ち物欄をチェックし損ねてた。
「本当に私より10年も長く生きてきた人とは思えないわ!そんな調子だからいい歳して彼女ができないのよ!」
「はい、全部、僕のせいです。でも先生!あそこの膨張率は高いんです!」
「あそこって何処よ!一体、何を膨らませるつもりよ!?」
男性との性交渉こそ未経験ながら保健体育の授業の成績も優秀だったハナ先生(20)が、本当は知ってる男性のあそこの情報に顔を紅潮させて恥じらいつつも声を荒らげて突っ込みを入れてくれた。
逆に、今すぐ魅惑のハナ先生を、そこの草むらで押し倒していろいろ突っ込みたいタロウが膨らませるのが得意なものは、股間の如意棒とバトル妄想にエロ妄想とゴム風船です。
タロウさんは愛煙家じゃないので肺活量にも自信があります。
しかし、愛煙家じゃないのでライターやマッチを必ず持って外出する習慣がなかなか身につかない。
何を隠そう、ナニを隠そう、タロウは呪文&魔力要らずのお手軽死のオナラ魔術『デス・スメル』マスターなのだ。いや自慢できる魔術じゃないが、効果は絶大致死者約二名その他害虫雑草駆除可能の折り紙付き。
旅の合間、水先案内に先をパリコレモデル風に歩むハナ先生のセクシーヒップやくびれにムラムラしてた猿レベルなタロウのせがれも大興奮でした。
そんなことは魅惑のボディ管理者本人は疎か地獄の閻魔様にも白状できない。
「それで、ハナ先生の教えてくださった魔術の解約場所は、まだ遠いんでしょうか?」
「ええ、もう少し山道を行けば、尖り屋根の建物が見えてくるはずだから、魔力ナビが正しければ、この調子なら日暮れ前にはたどり着けそうよ」
「そいつは朗報だ。ハナ先生が、遠足のしおりにおやつはバナナも含みませんと書いてたから、もうお腹ペコペコ。水と塩だけで山登りとか無茶過ぎだよ」
「それは仕方ないでしょ?風向きが変わりやすい場所で、うっかり貴方がデス・スメルを発動させようものなら私の身が危険なんだから。あんな馬鹿げた魔術であの世行きだなんて嫌よ!」
魔術の先輩。紅のハナ・マーゲドンですら背筋に寒気が走る恐怖の魔術『デス・スメル』は死を司る魔術で、ひょうんなことからタロウさんの腸内フローラと契約更新中である。
タロウが自宅で紛失したデス・スメルの取り扱い説明書の記述が、契約当時の記憶通りなら「解約には専門家の診断が必要」とあったはず。
タロウがデス・スメル解約の相談を持ち込んだ時に、心底嫌がってた魔術業界人のハナ先生の前で土下座した上に、後頭部をピンヒールで踏まれた。
新しい世界の扉を開きかける両親に見せられない行為で頼み込んで、ようやく魔術ギルド本部まで案内してもらうことになった。
あの後頭部の痛さの先にあったタロウの快感の正体はなんだったのだろうか?
ハナさんにとっても、一応年上の異性を踏みつける感覚は新鮮で、もう一回試してみたい。
転移魔術の一つでも使えれば、ハナさんも今回の死と隣合わせな遠足の行程を大幅に短縮できたのだが、転移魔術は魔術人員運搬二種免許取得が必須である。
ハナ先生が魔術運用歴不足を理由に『テレポート』をギルドマスターから取得できていなかったのが裏目に出てしまった。
ハナの養父にして今は亡き『天空のアル・マーゲドン』が存命であったならば、父の高度な魔術支援を受けられたはずだが、無い物ねだりしても仕方ない。
魔術師と言えど、禁忌の不死魔術に手を染めて無ければ、老いには勝てず、そしていずれこの樹海のどこかで見られる倒木のように朽ち果てる運命。
やがて、夏の日差しが傾き、樹海上空から山脈の向こうへと覆う群雲を朱に染めようかと言う時刻。
リュックサックを背負って山登りを頑張った二人の前に、苔むす滝の近くに建つ古民家改装利用の魔術ギルド本部が見えきた。
「さあ、着いたわ。何度来ても陰気な場所だわ。魔術トラップ解除をするから貴方は、そこの切り株で休んでいなさい」
「ふぅ~・・・・・・やっと着いたか。ああ、腹減ってふらふらだよ。この切り株がバームクーヘンだったらなあ。はあ、よっこいしょういち・・・・・・」
同じ山道を上って来たのに、まだまだ余裕のあるハナ先生のしゃんと伸びた背筋を眺めるタロウがため息一つ。
若いって良いよねと、それほど年食ってないのに心なし老いてぼやくタロウは、空腹と荷物配分が男性側多めなリュックサックの大きさの不公平のせいで、大幅に疲れ果てよろよろと大きな切り株に腰を下ろして一休み。お腹が空き過ぎて屁も出ない。
「ハナ先生~・・・・・・なるはやで、何か食わせてくださ~い」
「もう、うるさいわね!ほら!あめ玉あげるから、これでもなめて我慢しなさい!」
魔術トラップの解除を急かされて苛立ったハナ先生が、小分け包装の『のど飴』の袋を、胸のポケットから取り出し投げてよこした。魔術の詠唱に喉のケアは必須です。
ややあって、右手で何かの印を結んで祈りを捧げるように跪いたハナ先生の前に、それまで見えなかった光の壁が一瞬輝き現れ、そして呆気の取られるタロウの視線を欺くかのごとく何事もなかったようにかき消えた。
「これで良し。さあ、もう大丈夫だから、気を引き締めて最長老様に失礼のないように静粛に着いて来て。オナラこいたら赦さないから」
「はい先生~・・・・・・もう在庫ゼロで~す。頼まれてもこきませ~ん・・・・・・」
まだまだ元気なうら若き乙女のハナ先生に促され、重い足取りで彼女の後に続くタロウは、言われた通り気を引き締め、肛門も引き締め、ただしゾンビさながらな様子で魔術ギルド本部へ足を踏み入れた。