日向に微睡む夜
わしがこの家に来たのは生まれてからしばらくしてからだった。
母親の温もりが無くなるのは心細かったが、いつかは訪れる別れ。少し早かっただけだと強引に納得した。
わしの住処は人間が住む家。
この家の中は自由に歩くことができる上に食事付き。最高の環境である。
特にお気に入りの場所は、二階の日がよく当たる窓辺だ。
昼間になると、わしはそこで丸まり転寝する。
時折り人間が撫でに来るが、気持ちのいい場所を撫でてくれるので満足に喉を鳴らしてしまう。
わしを撫でる人間は基本は3人だ。
大きいのが1人、中位のが2人。大きい方は野太い声で少し苦手だが、残り2人は優しい小鳥のような声で心地いい。
特に優しく撫でてくれるのは「ひなた」と呼ばれる娘だ。
わしはこの娘が赤子の時から知っている。
初めは同じくらいだったが、気付けばずっと大きくなってしまった。人間とは不思議なものだ。
わしと「ひなた」は共に育ってきた。
時に毛を抜かれて怒ったこともあったが、力加減ができてからはそれもなくなった。
今ではこの者の上で丸まって寝ることも多い。日の温もりのように優しく包まれる。心安らぐ瞬間だった。
しかしいつも包まれているわしではない。
悲しい事や辛いことがあった日は、逆にわしが慰める。
膝を抱える指をそっと舐める。
すると、涙は流したままの「ひなた」がくすぐったそうに笑う。
その後は決まって膝の中で寝るのだ。そうしていると、次第に涙は止まり、わしを抱きしめるように眠る。互いに満たされる時だった。
しかし、暖かい時は突然なくなる。
娘はある日を境に家からいなくなった。
他の2人からは微かに「ひなた」の香りが残っているので何処かにはいるのだろう。
だが、その香りと一緒に良くないにおいも感じた。
それが何を意味するのかは分からないが、水を打ったように静かな家は温もりが失われたようだった。
どれくらい経っただろうか、ある日の夜、わしは人間に知らない場所に連れてこられた。
夜でも白いこの場所は良くないにおいが充満していた。日の光に包まれている感覚なのに落ち着かない場所だ。
だがその白い世界に娘はいた。以前よりずっと痩せ細った体は異常に白かった。
だが「ひなた」はわしを見つけると嬉しそうに抱きしめた。
痩せてはいたが、日向のような温もりはいつもと変わらない。
満足そうに目を閉じた「ひなた」はそのまま眠りにつく。わしもその中で微睡み意識を手放す。
日向はやはり心地いい場所だ。