99.密談
王都近郊は森などがない。
地整備が整っているとも違う。
王都に近づけば道もそれなりに手が加えられているが、ただ単に、見晴らしがいい。
数キロに渡って身を隠すところが見当たらないのはそれだけで魔物も見つけ易いし野盗など寄りたがらないので、多少は治安もよくなる。
王都入りの目安にもなると、まあ分かるが、何もない草木も少ない平原が広がる様ははっきり言えばつまらない景色だった。
「わざわざ他領に移動する必要あった?」
「あるだろ。別邸も王都内も影がついてりゃ筒抜け放題だ。だから退屈しないよう色々してるだろ」
「魔物の肉を提供されて有り難がれと言われてもぉ。ぶっちゃけドン引き」
「肉は肉だ」
王都から北西部に位置するセストラ伯爵領。
『呪い』のアイテムの影響により、土壌汚染が落ち着いたここは主に高級な果物や野菜を取り扱う土地で、残念ながら今はそのすべてが廃棄されてしまっていた。
イルガゲートまでに話を留めているが、彼が支援する方向で補填も賄えているよう。
魔士部隊を派遣し、浄化されたセストラ領ほぼ全域に活性魔法を行き渡らせるよう施したら、二、三年先辺りで元通りになるらしい。
ようはルガートがノースタックス領にやったことをそのまま真似たのだ。
こちらの領へお邪魔し、そこそこ身を隠せる森の中。
ぶちぶちごねているのは世話になっているトキが与する風駆けの頭、チェリブロ。
言う割りには寛ぎ姿勢がツッコミ待ちか不明なものだから、あえて何も突かないでいる。
「ソロキャンじゃなくてただの野宿じゃない」
「まあ確かに。時代も違えばものは言いよう」
「ルガート、違うから。誰も満喫してないから」
なぜ彼女といるのか。
簡単、今のところ、彼女とのみ共有する秘密を話し合う為、わざわざ王都を離れてここまで来たのだ。
厚手のあるレジャーシートタイプに平たく伸ばしたウォーターベッド改良版。
しっかり靴まで脱いでくれる辺り、元日本人だとほくそ笑む。
「笑えばルガート様!!!」
「気持ち悪い」
うっかりこちらの挙動が彼女の琴線に触れると途端にこうなる。
足をバタつかせ、レジャーシートの上で転がる女の姿にドン引きするルガート。
チェリブロとは前世、転生的なよしみで付き合いが始まった。
前世ではまるきり他人な上に会ったこともないが、王都で出会ってから交流は手紙ばかりなので実は会うのが二回目の今日。
手紙も片手で数える縁薄さ。
しかし、異質だった自身を思えば、元はついても同郷に出会った親近感から気も抜け……抜け切っていた。
ルガートも自分用に改良した一人がけ用のエアソファーで寛いでいては、この問答もまあまあ不毛だった。
「『呪い』に関してはねえ、こちらとしては初耳」
「一切?」
「そ。なんだかんだで学園内だけの甘い設定やシナリオだから、そんなおっかないことが各地で渦巻いてるだなんてびっくりしたわよ」
「ゲームに無い状況なら、もう原作乖離の線で考えた方がいいんでないか?」
「バカ言わないで本編まだよ!」
この、ゲームだ原作乖離だなんてのも、情報提供は彼女チェリブロから教えてもらった。
前回はバタバタした面会でまともに話していなかったから腰を据えて話しましょうと先日手紙で別邸に乗り込まん勢いだったので、慌てて準備を整え今に至る。
このゲームが、俗にいう、乙女ゲームなのだとか。
今いるユエンリーナ王国の学園を舞台に攻略対象と恋に落ち、すったもんだあってハッピーエンド(トゥルーエンド)を目指す、彼女が言うにはよくある設定の鉄板を詰め込んだ乙女ゲームなのだとか。
俺が……その攻略対象の一人だとか。
いやいや、……、……いやいや、ねぇわ。
森にいるので逃避に使えるものがない。
遠い目で焚き火を見つめた。
「ルガート、そっちのスープは?」
「のんきー。野菜のさっぱり煮だよ。まだ煮込んでるからあとだ、先、肉食ってろ」
「猪でも魔物は魔物じゃない! 何で貴族が魔物食べてんのよ!」
「止むに止まれず。いや、割りと進んで食った」
「き・ぞ・く! 貴方き・ぞ・く!」
「喧しい、騒ぐな真夜中だよ」
食べる気がないなら自分で平らげようと一度やってみたかった原始風の骨つき肉にかぶりつく。
「うまいぞ?」
「頬袋作るくらい食べたのにしっかり食べ終わってから話す推し尊い!!」
レジャーシートに叫びながら卒倒し、こうして毎度隙あらば攻略対象者のガワだけ見てくるチェリブロなので、もうこのテンションは放置した方がいいのかも知れないとまた遠い目に。
対応が面倒になってきたとも言う。
スープを具材多めに入れてやれば、そちらの食いつきは大変よろしかった。
肉にも見せろよその姿勢。
「じゃあゲーム中、王都から外の情報は出ることは無かったのか?」
「学園ものらしいイベントで終わるじゃない? せいぜいが城下町止まりだし、別にミステリ要素盛り込まなくても乙女ゲームだよ? 恋愛シュミレーションゲームよ?」
「強調すんな。俺が寒い」
毎度思い知らされるならもう慣れなくてはいけないだろう。
嫌々だが。
いやいやかなり嫌だが。
「『呪い』をアクセサリーに施して貴族に売りつける宝石商か。こっちでも調べておくわ」
「下手に首を突っ込むな。こっちでも対応してる」
「ちょっとー、風駆けの頭舐めないでもらいたいわね。ゲーム的にはモブポジだけど、こっちは情報のスペシャリストなのよ」
「公爵家の影も動いてるから下手に突くな。鉢合わせたら後々面倒だ。というか、俺の見てないところで巻き込まれると寝覚めが悪い」
スープを食べようとした手が不自然な位置で止まり、怪訝に眇めてチェリブロを覗き見た。
予想外に驚愕と顔面が語っていたものだから、ルガートも驚いて肉を少し離し、眉間に皺を寄せる。
驚くことでもないだろう、公爵の名は知らない人はいない。
だが、少し様子が違っている気がした。
「公爵家の、誰?」
「ブルースター公爵家」
「悪役令嬢じゃん!!」
「あく……なんだって?」
また一人突っ走ってしまうチェリブロ。
スープが落ちないようレジャーシートに置いて何か盛大に狼狽えていた。
動揺が尋常じゃないのだが。
頭を抱えて唸り、かなり小刻みに頭を叩きながら睨みつけられる。
肉を持つ手を完全に下ろし、今は不審感しかない。
「待って待って待って? 何でそこでブルースター公爵家が出てくるのよ!?」
「掻い摘んで話してくれ」
「フレイン・ブルースター公爵令嬢はヒロインのライバル! 悪役令嬢として虐めてくる子なんだけど、まあ陰険、執拗、ヒス女の、ちょまあ!? 怖いっ! ルガート顔が怖い!! 何で魔法出してんのかなり怖いからそれしまって!!」
いつの間にか左手に焚き火より大きな炎を作っていて自分でも驚く。
「悪い。で?」
「ようはお邪魔虫! マッジで怖いから止めてその顔!!!」
自分の外套を盾にするが防御値皆無。
ルガートの魔法で一瞬で灰にできそうな気がした。
そこそこ怒りが胃の中でひっくり返っている。
チェリブロの言うフレインの設定らしき説明を聞いて、ほんのり微笑む彼女の姿と繋がる部分は欠片も見当たらない。
「それ本当にフレインか?」
「ゲーム的にはこっちが先なんだから、後出しとか、話盛ってるとか一切ないのよ! ルガート様はそんな風に怒らないわよ! もっと腹黒く見下し気味で恍惚とした笑みで怒ってちょうだいよむしろくれください!!」
「……」
…………。
今の発言で怒りが鎮火してしまった。
脱力に頭が下がり、溜め息を吐き出すとチェリブロも長い溜め息を吐いていた。
焚き火を見つめ、頭を掻きながら顔を上げると疲れた顔と目が合う。
僅かにクールダウンしてくれたのは有り難い。
ずっとあのテンションの相手は骨が折れる。
「つまり、フレインは攻略対象者との繋がりがあるんだな?」
「全ルート共通ね。まあ邪魔はするけど、婚約者の設定は変わらず第二王子なんだけど」
「はあ゛?」
「きゃああああ!!? もう怖いいいいい!!!」
局地的、かつ瞬間的に、いっとき我を忘れてエアソファーを溶かす火力を出してしまったのは後々反省と謝罪をする。
だが、全身の血が沸騰するほどには聞き逃してはいけない言葉だった。
トキもちろんねぐらでお留守番です。




