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98.鶸色のメイド

 自身に結界を施し、後ろでかなりの手数を弾かせる公爵は気の済むまで放置。

 こちらを見て思わず笑ってしまったと未だ明るい薄緑色の髪を揺らすメイドに随分と呑気な人だと注視する。

 普段ならば公爵自らが叱責するだろうが、現在は自失気味で対応はルガートがすることに。

 怒りすぎてて気づいていないのかこれが常なのか。

 そのメイドがクローシュの一つを手にテーブルへやって来ると、蓋は被せたままこちらへ向き直り、まるで一発芸でもするかのように仰向いた両手のひらが前へと開かれ、ゆっくり微笑まれる。

 謎の行動に僅かに警戒した右手が上がりかけたルガートに、手を叩き合わせた瞬間、様子の変わったその人の姿。


「……幻惑魔法?」

「ふふ。流石に驚かないわね。初めましてルガート君。私はシャーラバー。この人の妻です」


 赤とオレンジの混じった色味のドレスを来た貴婦人。

 メイドの時の質素なものとは違い、その髪も華やかに飾りつけられ手に持つ扇子を広げる姿は、砕けた口調であっても貴族と見られる。

 公爵の妻、つまり、フレインの母。


「……初めまして、ルガート・ボスティスです」

「気軽にシャーリーと呼んで? 私は元々は平民出身者なのだけど、色々あってこの人と結婚したの」

「えー……。酒は、嗜まれますか?」

「あら、意外と真面目なのね?」


 頭を抱えて眉間をほぐす。

 お酒の追加に動こうとする公爵夫人を遮り、ルガートはサービスワゴンに向かって二つほど酒を手に戻る。

 ルガートを攻撃していた筈の公爵は夫人との挨拶の間に息を切らして床に崩れていた。

 飲酒後の激しい運動は控えた方がいい見本な姿。

 痛くも痒くもない攻撃を繰り出されてはいたが、少し不憫に思う。

 いや魔法があって助かった。


「ラインハルト様、そろそろお気を戻しなさってくださいまし」

「う、うむ……う、気持ち悪い……」

「年甲斐もなく張り切るからですよ」

「まだ現役……う」

「シャーラバー公爵夫人、なぜメイド姿で?」

「断然面白そうだったからに決まってるじゃない! 以前の夜会でも誰にも気づかれなかったから、これはいけると思ったのよ!」


 く、曲者ー。

 誰が思うか公爵夫人がメイドに化けてるなんて。

 夫人の隣に緩やかに腰を下ろしに来た青い顔の公爵に、ようやくルガートも反対側のソファーに腰を据え、飲みかけの酒を空にさせる。


「さてルガート君、フレインとはそれなりの気持ちあってのことなのよね?」


 いきなり舵取りに来たシャーラバーに次のボトルに伸ばそうとした手を止め、しゃきっと背筋を伸ばした。

 決定権は公爵にあるが彼女の目は若干鋭いものに変わる。

 ルガートは首肯を返し、ドレスの色より柔らかな色合いのオレンジが見つめ返す。

 ふと笑う姿は、品定めされていなくもない。


「半分以上はそのお話のつもりで伺いました」

「結構。でもまだ子供なのだもの、愛情たっぷり、ゆっくり育んであげてね?」

「はあ……」


 水を手渡したり背を撫でたりと甲斐甲斐しくラインハルトの世話を焼く傍ら、釘を刺されているのか背を押されているのか分からない夫人に視線が泳ぐ。

 伏兵が斜め上すぎたのもあるが、酔ったかと頭を掻いて平静を取り戻そうとした。


「人見知り気味なのかしら?」

「いえ、そういう訳では」


 妙に落ち着かないのは話の主導権を彼女に握られているからで、根掘り葉掘り聞かれたらこちらの地雷を踏み抜きそうでつい言葉を選ぶ。

 今更猫被りしたところで遅いが。

 自分で酒を注ぎ足し夫人にも酒を注ぎ、公爵には水を追加しておいた。

 まだ吐き気が治らないでいる公爵にヘルプは望めそうにない。


「気楽にして? 私もプライベートではもっとだらけていたいのよ」

「なぜメイド姿でいらしてたんですか?」

「婚約者になる子がどんな子なのか見ないとダメじゃない? 展覧会の時は事後処理で色々と忙しかったから、会えなかったのは残念でならなかったわ。それで、王都に来るってラインハルト様のお話をこっそり聞いたから、ついてきたの」


 軽いノリに脱力しかける。

 身に覚えのある夫人の衝動には目を伏せた。

 抜き打ち対面は大成功だったろう、ご機嫌の公爵夫人がぐいぐい酒を飲む姿に、サービスワゴンにあった下段の酒瓶の量は二人分だったと知る。

 つまり、この人も酔っ払い真っ只中。


(……いいのか)


 人払いはあの案内してくれた執事が去った時点から。

 既に解散した方がいい空気なのだが、酒の強そうな雰囲気を察知してしまったせいで腰が上がらない。

 逃す気もなさそうだ。


「ルガート君、第二王子の婚約を気にしてる?」

「まあ、多少なりとも」

「王家の命に従うの?」

「第二王子がフレインを選ぶというなら」

「あら、まあ。忠義に厚いこと」


 扇子で顔の半分を隠した夫人からの眇める目はおおいに皮肉が込められ、酒に手を伸ばし口を潤す。

 誰もがそうするであろうし、侯爵家だって例外ではない。


「とは建前ですが」

「その心は?」

「フレインが俺を選んでくれたんで、俺も、彼女を全力で守ります」

「……それって、駆け落ち婚も辞さないと?」

「まだ婚約すらしてませんが」

「やだー! ルガート君ったら、案外情熱的なのねーーー!!」

「……あの……」


 まさかの飛躍。


「やだわ、ときめいちゃう! ルガート君、恋愛小説好きなの!? フレインったら羨ましいわあ!」

「……」

「ちなみにルガート君、あの子に恋愛感情はまだ抱いていないのよね?」


 母の勘というやつなのか。

 酒を噴きかけるも留まりはしたが咳込みは回避できなかった。

 ぎこちなく頷くのがやっと。

 にやにやと笑う口端が更に釣り上がり、居心地の悪さが最高潮に。


「そ、うですね……いや、好きには好きですけど、まだ友人とか、年下の子を見ている感覚で」

「でも婚約を進めていいのよね?」

「はい」

「少なからず独占欲があるのは分かっていて?」


 ……。


「たまに構いたい部分はあります」

「うふふふふ……! 話通りの無自覚ちゃんね!! いやだわ、茶々を入れる気はなかったけど、予想以上に楽しい状況なのね!」


 誰か助けてくれ。


「少なくとも下級院で在学中は不必要な接触も許さんからな!!」


 そういう援護射撃じゃねえんだよ。

 顔の全神経が死んでる気がしてきた。


「閣下……俺も無節操ではないんで」

「フレインに魅力がないとでも!?」

「触っていいなら触りますが?」

「馬鹿者!! 上級院に上がるまでは許さん!!」

「キスまでならオッケーよー」

「シャーリー!?」


 二つ目の酒瓶がいつの間にか空だった。

 全部この人が飲み切ったらしい。

 まさかと思うけど一瞬? 一気飲み?


「ラインハルト様ったら、子煩悩。私はこの子達の自由にさせた方がいいと思いますよ? 私達の時はその頃よりずっと早くに済ませていたでしょうに」

「へーーーー」

「くっ……俺は三男坊だったからで……」

「あらやだ、取っ替え引っ替えなさっていたと?」

「君一筋だ馬鹿者!!」


 俺は何を見せられているのだろう。


「ルガート君」

「はい」

「実際、第二王子の婚約にフレインが選ばれる確率はやや低いわ。この人が第一王子派に与する今、均衡を崩しに来るとも考えられるけど、この人、誰であっても基本的に自分が認めた人でないとまず許さないのよ」

「……へーーーー」


 水を飲みすぎている公爵は明後日の方向を見ていた。

 まあまあ気に入られている位から、そこそこ認められている認識に意地悪く口端が上がる。

 徹底無視されてはいるものの、この人も大概なものだ。


「でも、この話は保留にさせてちょうだいね?」

「なぜですか?」

「あらやだ。うふふ。……第二王子から正式な発表があったら、ちゃんと手続きをするわ。それまで、頑張ってフレインを繋ぎとめていてね?」


 シャーラバーの発言に驚きしかなかったが、これが正式な発表と見て取れる。

 公爵も真剣な表情に変わったので、これが公爵家側の総意だった。

 交流はよしとしても、第二王子からの如何次第。

 いざこざを避けるため、一旦持ち帰ると。


「もし、フレインが婚約者に選ばれたら、ぜひ逃避行してちょうだい! 全力で応援するわ!」


 頷きかけたルガートにまたとんでもなく明後日の提案に変な体勢で固まった。

 いや手助けがあるなら乗っかっておいた方がいいか。

 いるよな、飲んでもテンション様相まったく変わらない人。

 公爵夫人の平時がどうなのかは不明だけど、プライベートがこうなら、案外ブルースター公爵家も楽しい家なのだと知れた。


「……言質もらいましたー」

「ええ、構わないわ! 跡継ぎならこさえるから心配しないで! ラインハルト様、頑張りましょうね!」

「……シャーリー、君ももう打ち止めようか」


 俺は何を見せられているのだろう。

 泊まっていけと言われたが、流石にあの空気のあとでは大変居た堪れなく丁寧に断って帰宅の旨を告げる。

 ちなみに深酒をしていても記憶はしっかりあるから安心してねと色気ある微笑みに見送られ、ルガートは公爵家をあとにした。

 ダシにされた感も否めない。

 馬車も断り、重い足取りで夜風を浴びながら別邸へ帰り着くのだった。

お見送りになってしまった。

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