95.エフェクト
ぐだぐだに終わりかけた話し合いにルガートはふと思い出し、腰を上げたルガートを咎める様子はないことから、彼らのひと波はようやく去ったみたいだ。
ソファーに落ち着き、咳払いをひとつ。
勿体ぶるルガートに勘づいたか、イルガゲートの眉間に皺が刻まれた。
「お二人共、セストラ伯爵領の珍事は耳に入れてますか?」
「ああ。汚染された泥か? ギルドが浄化にあたったところ、無事に収束したと聞いている」
「ギルドにしてはやけに手際がよかったとセストラ伯爵が大絶賛していたな……」
ふと、沈黙が降りる。
その場にいる全員がルガートに視線を集め、狙ったようにニーッと口端を上げてみせた。
「情報、要りますか?」
「……なるほど、泳がせていた方がよほど有益かもしれんな」
「手紙にはあれからエトラン公爵子息に全て一任したそうじゃないか。他にも情報が出てきたのか?」
「いや、それが……」
ノースタックス伯爵領での未遂事件を説明し、牧草が枯れている騒ぎに出くわした話には流石にことの重大さにまた沈黙が降りた。
あまりにも広範囲かつ無差別なものだったからか、皆、口を湿らせてから溜め息を吐き出す。
「去年の冬の初めにブルースター公爵閣下が主催された夜会の帰り、子爵領に立ち寄った際にラペルピンを購入したそうです。これ、その写しです。現物は当人の希望により俺が焼却しました」
焼却と聞いた時のイルガゲートが何とも言えない表情をした。
多分、あれかとか考えてそうだ。
「子爵領に立ち寄っただけでは証拠として薄い」
「まだありますよ」
次に取り出したのは、ハシェットから届いた手紙に同封されていたエトラン公爵家の領収書の写し。
そして、ギルドにお願いして貰ったセストラ伯爵が購入したアクセサリーの領収書の写しだった。
ハシェットとのやり取り、そして『呪い』について一通り話を区切り、最後の書類に手を伸ばす。
「これが本題です」
少し長く、沈黙が降りる。
「……ロンブラン?」
「まさか、ロンブラン辺境伯もなのか?」
「あくまで可能性の話で進めてました」
領収書の写しはハシェットから送られてきたもの。
どう使うかは君に一任しようと一筆もいただき、ルガートは目の前にいる人達に任せようと書類は全てテーブルに乗せた。
「個人の性格ならもう本末転倒だが、一応調べておいて損はないかと思いまして」
「……アレックスか」
「所持者ではなく、周囲へ影響を及ぼす『呪い』なら、懸念しておいた方がいいと考えました。果たして人に作用するのか不明ですが、あれは異様すぎたので……。エトラン子息の情報によると、ロンブラン辺境伯はかなり物持ちがよろしいみたいで」
「後生大事にしていたものが、自領と息子に悪影響を与えていたと知ると、自決しかねんぞ」
「なので、殿下が代表して召集をかけては如何かと」
「ふむ」
やり方は任せるが、ここは纏めて一緒くたに浄化してしまった方がと思ったが、証拠の品を隠されては元も子もなし。
兄貴も思案顔で一度目を閉じてから口を開く。
「殿下、夜会、もしくは催しを装ってアクセサリーを指定するのはいかがでしょう」
「ふむ。時期的には今が釣りやすそうだが、秋バラの遊園会が適当だな」
「他の貴族達も被害に遭われている可能性もございます。アクセサリーの指定は限定的では?」
「……開催期間を広げるのは?」
「アクセサリーは日毎変えるよう指定し、都度浄化に当たるということか」
手間がかかりそうだと殿下の眉間の皺は取れない。
「浄化と気取られないよう一緒にエフェクトを施すというのは?」
「?」
これには全員が綺麗に ? となった。
「遊園会が始まる前にアクセサリーの持ち込みをチェックすればまずバレないかと。参加資格と称してエフェクトをかけ、目印にし、あとで一気に浄化するんです。こんな感じで」
自身の眼帯に魔法を施したルガートは、やたらと目の端で髪色に近い光がキラキラして見えていた。
成功したのでいいか。
「なるほど。全員がどのアクセサリーを持ち込んだのか一目で分かるな」
「ルガート? それはお前しかできなくないか?」
「じゃあ殿下ちょっとやってみてくれません?」
「どうやった」
「色は何でもいいので、蝶の鱗粉が出る感じで魔力を可視化させるんです」
「可視化、なるほどな」
カフスボタンに手を伸ばし、苦もなく発現する。
流石王族、魔力の扱いは今まで見た誰よりも消流が少なく、かつ的確だった。
可視化された魔力は艶めかしい紫色がシルバーのボタンに色を乗せる。
まるでそれがアクセサリーと言われたら信じてしまえる控え目な輝きに、自身の方が派手に見せすぎていた。
俺のはあくまで見本。
「では各招待客への浄化、およびエフェクトの付与はルガートに一任させる」
「お!?」
「発動時間と持続効果時間を考慮すればお前がやった方が早い。それで土産の件は不問とする」
「つまり?」
「タダ働きだ。頑張れルガート」
いい笑顔の兄貴に拳を握る。
絶対に面倒に思っただけだろ!
「承知いたしました。じゃ、当日は俺、魔士っぽい格好で参加します。その方が怪しまれんでしょう」
「そうだな。では魔士部隊の服を後日送らせよう。所属の者に扮した格好であれば軋轢もない。仮面などはいるか?」
「…………こう、バレないよういい塩梅のやつ、お願いします……」
「善処しよう」
王家主催の観賞会ともなれば、余程の理由がない限り参加だ。
顔を晒して自身の天敵とも呼べる奴の目の前に出なければならない事態は避けたい。
イルガゲートは神妙に頷き、さらりと次の話題へと変えた。
確認作業を広げたい為、招待客は夫婦、一子の参加が望ましいだろうとトントン拍子に決まっていく。
指定すると第二王子のお見合い会も含まれてしまうので、察しにくいものの今回は触れずに進めようと全員が頷く。
ノースタックス家はジョシュアが行けばリビィも漏れなくついてくるので、指定がないのはありがたいと内心安堵した。
俺の仕事が増える一方だが、まあそれは置いといて、ふと考える。
「魔力足りるかな」
「エフェクト自体の魔力は微々たるものだろ。頑張りなさい」
「はい」
まったく容赦なし。
使用量の感覚からたいしたことはないと踏んだイルガゲートが目を伏せニヤリと笑って流すので言葉通り、頑張らなければならなくなるのだった。
今聞いてた参加人数に軽く目眩を覚えそうでもやるしかない。
「ところでルガート、ホットストーンの効果だが」
「どうでした?」
「なかなかに効果的だと認識している。最近は驚くほど快眠続きだ」
「よっし。あ、でもまだ日数が心許ないから、経過観察は続行で。もう一方のはどうですか?」
「……そちらも含めて、良好だ。最近冷えもなく快適だと仰っていた」
それは良かった。
誰に贈られたものかは伏せておき、いい仕事をしたと頷きながらダメになる前に教えてくれたらまた採取しに行くと伝えておく。
「シーツに混ぜ込んだ物はまだ手探りなんで、もう少し目が荒いのや板状も試してみたいです」
「石の粒が大きくなれば、寝る際に煩わしくならんか?」
「守り石と同じと思ってください。そうならないよう改良もしたいし、石の状態が大きければ大きいだけ、効果があるか試してみたくて」
「なるほど、一理あるな」
納得顔のイルガゲートとは反対に、渋い顔で見下ろすジミトリアスが兄の顔で呆れた視線を投げつけてくる。
「こらルガート、殿下で試すな」
「構わん。俺の体調も良くなるのならこの程度の実験など可愛らしいものだ。むしろ睡眠不足が解消されるならお前も儲けだろうに」
ホットストーンの話題が中心となり、ほとんどこの顔合わせは中弛みに近い空気感となっていた。
ふと、遊園会で扱う魔力量に焦点を当てるルガートはブルースター公爵に尋ねる。
「閣下、魔力枯渇って次の段階に進めたい場合、何歳頃が適切ですかね」
「ふむ、実例がないな。連続使用のほとんどは死亡しておる。加えてお前は既に高い魔力を保持している。今は危険と言っておこう」
「ですよねー」
「魔力枯渇か……話には聞いているが、私はまだ試していない」
イルガゲートの思いもよらぬ一言に驚いた。
まさか、王太子殿下であっても王宮で行うには慎重にならざるをえないほど危険があるのか。
兄貴を見ると、その顔色はよろしくない。
おいおい、洒落にならなくないか?
8日から15日もしくは16日までお休みします。
冷感スプレーも無意味な暑さですね、皆様も熱中症にお気をつけてください。




