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94.詰問?

「……」

「……」


 頭上からの無言の圧力はまだいい。

 理由が理由なので危機感は微塵も感じなかった。


「さぞ美味かっただろう」

「思いつく限りの調理法は試しました」

「マクベスからの手紙を真っ二つに破ったぞ」

「親父もたらふく食べたので」

「素材は!」

「親父が全部貰って加工しました……」


 男の脇に控える微振動が視界の端で見えているが、ルガートは動けずにいた。

 目の前にいるのはブルースター公爵閣下、今は足しか見えないが。

 微振動はお馴染みのカルド。

 そしてなぜかいるイルガゲート王太子殿下は、優雅に一人ソファーでお茶を飲んで静観している。


 場所は王都マルフィア、ボスティス別邸である。

 俺、ここの次男。

 立場は一番低いのは分かるが、何だこれ。


「ルガート、こちらにも手土産なしか」

「いるって思わなくないか?」


 現在正座で説教なのか催促なのか分からないブルースター公爵の訴えを受け流しながら、ワザとではなく絶対に分かって話すイルガゲート殿下のおとぼけに、ルガートはげんなり肩を落とす。


 ジョシュアと洞窟ダンジョンを攻略してから、半月が経った。

 この時点で八月も半ば頃。

 兄貴は夏季休暇だが王都に残り、休みの間は殿下の補佐業に明け暮れている。

 先日、王都のギルドにまた完成させた手描きの地図を持参で報告に行ったら目を血走らせたギルド長とほぼ一方的な交渉合戦を経て、無事勝利をもぎ取ってきた。

 相変わらず挙動不審だったし、今現在は“竜の籠”で忙しくレベル上げに勤しんでいるAランク冒険者達が帰ってきたら、即調査に向かわせると息巻いていた。

 その後コフトの店にも顔を出したら経過は良好で、魔力酔いも脱出した顔色も初めて会った頃のように落ち着き血色のいい様子で、現在守り石の付与に専念している。

 こちらは要修行だと苦笑していた。

 トキも泣きながら順調に勉強中とミヌスから報告済み。

 まだ会わせられませんと圧強めに笑うメイド長にルガートも笑ってチェリブロに手紙をお願いしたが、こちらの返事はまだ無い。

 賑やかながらのどかに過ごしたつい先日。

 王都に行く前に先触れの手紙には確かに到着日も報告の旨も書いてはいたが、まさかの展開にどうしてこうなったとルガートはようやく顔を上げる。

 イルガゲートに関してはおそらくブルースター公爵が手配をしたと思っているが、別邸を集合場所にするなと言いたい。

 あまりに気軽。

 しかもこの人達、絶対にバレないように隠匿して来たと胸を張ってくる。

 あの御者服馴染みすぎだろ。


「情報整理も兼ねて、色々話したいのですが……」

「無論、そのつもりでこちらもわざわざ出向いたのだ。殿下におかれましては」

「よい。彼の前でも気安くしたいのでな、このまま話を進めよう」

「はっ」

「今更すぎるしワザとすぎる……」


 しかも正座のまま話を進めるのか、ブルースター公爵につむじを押されて頭が下がる。

 こちらのメイド達は緊張しすぎて失敗しかねなかったので早々に下がらせ、ブルースター公爵家はカルドともう一人、サワヌァ村でも見かけた護衛騎士の者。

 イルガゲート王太子殿下側からは、あの顔色の悪そうな眼鏡の側近ロシュメルと実はいた兄貴。

 そして俺。

 色々おかしい絵面だった。

 だが無視して話を進める公爵。

 その厚顔見習いてえ。


「まずはこちらだな。かの冒険者らの協力もあり、娼館は買い取りが決定し、裏で悪徳売買を重ねていた詐欺師らは一網打尽となった。一部の子飼は泳がせ、他に余罪がないか調査中だ」


 被害はブルースター領だけではないと踏んでのことだが、撒かれないか尋ねると公爵家の影の一人が監視済みらしい。

 今現在、まだ動きはないという。


「娼館の人らは全員関係者だったんですか?」

「いや、ルブレのみに流れていた。報酬は全て自身の懐に収めたかったようで、娼婦らはルブレの方針に沿ってはいたが、数名は不審に思っていたらしい。情報によると内情を知った者は始末され、他所へ移ったと誤魔化していた。亡骸と思しき小さな塊も、地下から発見済みだ」


 言い方は悪いがその人らも有効活用されたようで、途端に胸苦しい話に顔を顰める。

 分かっていたことだが、よほど金に執着していたのか。


「間接的にもルブレとの接触者は絶っといた方がいいんでは? 全員娼館に残したんですか?」

「交渉に応じた者達へ報奨金を提示した。ほとんどの者は第二の人生を歩み始めておる。コフト宝石店にも一人見習いで入ったそうだぞ。残ると希望した者は条件付きでルブレの店よりも高級店で雇われるだろう」

「コフトの店にか……」


 それらしき人は見かけなかったが、店先に出ない仕事だったのかもしれない。

 真っ当な仕事に就けたのはその人にとっても喜ばしいことだ。

 からかいに行こうと思ったがすぐに改め、投資の一環の働きでもするか。


「詐欺師らのボスはルブレとの“交渉中”に現行犯で逮捕した」

「そちらは今、裁判での沙汰を待っている。証拠品もそこら中に散らばっていたと聞く。お陰ですんなり罪を問われよう」


 イルガゲートも流石に呆れると肩を竦めた。

 楽に話が進むなら、どんな状況だったかなどはこの際どうでもいいだろう。

 だがまあしかしながら。


「生々しい」

「娼館だからな」

「んぶ……」


 我慢ならずにカルドの抑えめながら噴き出す声に肩を竦める。

 皆でスルーを決め込んでいるけど殿下達は初見のはずなのに、何でそんな軽やかなんだ。


「共謀していた店は?」

「そちらは約三ヶ月の営業停止処分とした。噂も広まり、ブルースター公爵家の風駆けを走らせたとあってはあそこでの商売はこの先望めまい」

「店は既に畳んで夜逃げ同然で消えたらしい」


 イルガゲート、兄貴からの報告に頷く。

 正直、そちらはあくまでモノのついででしかない。

 本命である詐欺集団が解体されたのなら噂も勝手に広まり、どの道、共謀店が立ち行かなくなる未来は目に見えていた。

 こちらはひと段落と言っていいか。

 ルガートも正座のままお茶を一口飲み下し、公爵を見上げる。

 お許しはまだ出ないのか。


「サワヌァ村はどうなりました?」

「ふ。今、ヘブ村と並んで尋常でないほどてんてこ舞いだ」


 話題が変わるなり、公爵の表情が一段穏やかなものに切り替わる。

 言葉通りでないのに素直でないおっさんだ。


「価格帯が一気に跳ね上がり、殿下にも卸したと噂も流れてな。ヘブ村共に納品予約が既に二年以上先まで決まっている」

「……落ち着いた頃に遊びに行くってのは少し難しそうだな」

「伝言だ。いつでも来いと言っていた」

「ぐ、土産にロブスター持って行く」


 あのどんちゃん騒ぎにまたあやかれるなら、それも備蓄用でしこたま持って行った方がいいな。

 内陸側は海産物とか滅多に食べなさそうだし、絶対に喜ぶだろ。

 公爵がロブスターに喰いついたけどあえてスルーしてカルドはまた静かに爆笑した。


「詐欺集団らは辺境伯の元へ送られ、永年勤務を言い渡されるだろう。あそこは万年雪が多い。薪の管理などを疎かにしたら死ぬのは自分だからな。石炭が供給し続けるまで働かせる」

「それでなくとも山岳自体も地形が複雑な上に、監視の目も多い。脱獄しようものなら即魔士に察知されるよう至るところに色々と細工していると聞くぞ」

「うわぁ……」


 イルガゲートも視察などで見に行ったことがあるらしく、あの環境の厳しさは受けてみないと分からないと重々しく頷いていた。

 万年雪と言うからには標高も高いのだろう。

 天然の牢獄と言えた。


「さて。ルガート、お前についての沙汰だが」

「はい?」


 まさかのイルガゲートの言葉に目を点にさせて、ブルースター公爵を凝視してもその表情は殿下と同様に変わらず静かなもの。

 沙汰?

 まさか


「当然だろう。手土産の一つもないとは何事だ」

「ロブスター担いで王都来いってか。王太子殿下ともあろう方が、魔物の土産をねだるの如何なものかと」

「では城に来るか?」

「ちょーーーーっと待ってくださいね。すぐ、すーーーぐ何か取ってきますからあーーーー」

ぐだぐだー。

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