91.階層主
ドアを開けて開幕一番。
叫ばずにいた俺達を褒めてほしい。
「……」
「……」
一体どこからこんなところへ来たのか不明な巨躯。
眠っているのに鼻息が大きすぎて半分意識が飛びそうになる。
とりあえずドアを閉め、拠点組に被害が出ないようちらりと見たが顎外れるくらい口を開いて見上げていた二人は見なかったことにした。
「作戦変更」
「当たり前だ。聞いていないぞ、何だこの魔物は! 魔獣か!?」
「見当つかん。俺も親父達に聞いたもの以外は初見ばかりだ。これも初見で割りと困ってる」
「困ってるか!? 見えんぞ!?」
ドアを背にして話し声は最小限に抑えめでいるが、距離感が行方不明になっている為、聞こえているんじゃと気もそぞろになる。
顔面蒼白のジョシュアに対し、顔色は悪いが真顔のルガートは極力目の前の魔物が起きないよう、いつでも魔法を出す用意をしておく。
これだけの存在では隠せないだろう。
結界も効くのか怪しいところだ。
「属性は水、おそらく竜種、もしくはトカゲ、なくて蛇。ガレッソも知らないと思うぞこんな奴。賭けで黙ってたならあのジジイ今度こそ絞める」
いつも愉快に賭けの対象にする三人のおっさん達の幻聴の笑い声がチラついた。
今はただただ殺意が湧く。
「今は置いておけ! 文献くらいの知識ならこんな大きさの魔物、当て嵌まるのなんて一つしかないだろう」
「低く見積もってシーサーペントと言ってくれ」
「土台無理ではないか?」
「……リヴァイアサン?」
「……可能性はゼロではない」
お互いの顔を見合わせ、そして眠っている(仮)リヴァイアサンに視線を移す。
金色の瞳が、こちらを捉えていた。
「「!!」」
『お話は済んだ?』
「「!!?」」
『耳元で騒がれたら起きるのは当たり前でしょ?』
「しゃべ……しゃべっ!」
もう息も絶え絶えのジョシュア。
ルガートも腹に力を込め、威嚇のつもりか、巨大な爪が目の前に迫り金の瞳を睨み上げた。
「睡眠中に寝床へ押し入ってしまい申し訳ない。俺はルガート。あんたの種族名を教えてくれないか」
『リヴァイアサンだよ。言い当ててくれるのは嬉しいね。あまり姿を見せてないのによく分かったね?』
「ほとんど直感だ。危害を加えるつもりはないから、そちらもその爪引っ込めてくれまいか」
『用件次第かな?』
笑っているように目を細めた金眼に汗が流れた。
これは、分が悪すぎる。
閉じ込められている洞窟で唯一戦闘力の高いルガートでさえ劣勢と分かるのだ。
これで戦闘に持っていかれると下手をすれば死ぬ光景しか浮かばない。
「洞窟の出入り口の岩をどかしたいだけだ」
『ああ、あそこから来たの? あっちからのお客さんなんて何百年ぶりかな?』
「……確認したい。あんたは魔王の軍勢の一派か?」
『あんな青二才の囲い込みと勘違いする小さなお目めはどこかな?』
目の前にルガートの身の丈以上の爪が突き刺さる。
早すぎて見えなかった。
ついでに一瞬、意識も飛びかけた。
「……ただの確認だ。魔王はもうこの世にいない。倒されて何年だ?」
「確か約五〇年は経つ」
「……そうか」
感傷に浸っている場合じゃない。
今は目の前のこいつをどうかしなければ。
『くたばったのなら僥倖よ。手下の勧誘がしつこくて追い返すの面倒で引き篭もってたのだし』
「俺らはあんたの食事か?」
『人間は不味いから遠慮するよ。ああでも』
すい、と頭を引いたかと思うと何かを確認したような仕草のあと、ドアにへばりついているルガート達を見て笑ったようだった。
まるでイルカのエコーロケーションの鳴き方のひとつに似ている。
『そっちの人間は心地いい魔力をしてるね』
視線を追えば、ルガートの横。
つまり、ジョシュア。
「……俺?!」
『魔王がいないなら引き篭もるのも無意味だし、しばらく遊ぶのも悪くないね。取り憑いていい?』
小首を傾げてチロチロ覗かせる舌の長さは絡め取られるとあっという間に大きな口の中へ一直線を思わせる。
軽い口調とのギャップが計り知れない。
「サラッと恐ろしいことを言われたが!?」
『取り憑かれるの嫌い? 人間って我儘だねえ』
世間のズレなんて問題と大きく外れる魔物は軽く嘆息してくる。
毎度起こる風圧にこっちのドアがミシミシ唸る。
取り憑く条件やその後の状態が不明では、安易に頷くのは避けたい。
というか、この魔物はついて来ようとしてんのか?
「契約を結ぶのはどうだ?」
「ルガート!?」
『契約! まさか! 対等でいたいのかい?! 笑わせてくれるね!』
笑っている、と思われる甲高い声が洞窟内に反響する。
耳が壊れんばかりの音にしかし身動きせず見上げたルガートの眼前に再度迫り、風圧も馬鹿みたいに押し寄せ短い髪でも勢いよく跳ねる。
脅しのように鋭い牙をちらつかせていた。
「一方的に取り憑かれるよりはマシだと思うが」
『いいかい? 契約というのは力量が拮抗した場合のみ行われる手段だよ? 屈服させたなら服従するけど、明らかに力量差のある人間と契約だなど、今の君らには到底無理なお話だよ。差は歴然、ワタシは霊獣、この意味が分からないかな?』
「すまん、知らん」
『……』
隣から喘ぐ声が聞こえても、ルガートはリヴァイアサンの目を見続けた。
一時、お互いの沈黙が響く。
『リヴァイアサンだよ!?』
「そっちの常識を押しつけるなよ。こちとらまだ生まれて十一年しか生きてねんだよ」
『うっそ、まだ卵じゃない! 何でここにいるの!?』
「ダンジョンありそうだから来た」
『卵が興味本位で来れる場所じゃないんだけどな!?』
何やら愕然としてるし話が妙に斜めに転がっている気がする。
食い違いに気付かずリヴァイアサンも混乱気味に顔を浮かして巨躯を捩らせている姿から、この魔物から見ても今の状況が想定外らしい。
そもそもだ。
「適正レベルでもあるのか?」
『リヴァイアサンだよ!?』
「すまん」
ゲームでおなじみとは言え、こういう出会い方をしたものは見ていなかったせいでルガートも神妙な顔付きになる。
あまりに微動だにしない様子を見下ろし、リヴァイアサンの方が挙動不審になっていた。
『何この人間……。頭おかしいのかな? 普通びっくりしたり腰抜かしたりするもんじゃないのかな? ワタシがびっくりするなんて何百年振りかな?』
多分小声で独り言を言っているのだろうが、巨躯のせいで筒抜け状態。
生きてる年数が違っても、喜怒哀楽が激しい様子は個体の個性だからだろうか。
賑やかな魔物、霊獣だな。
「なあ、適正レベル聞いていいか?」
『低く見積っても六〇以上だよ!!』
かなり緊急事態だった。
「おお、ヤバいな。ねぐら荒らしてすまん」
『なんでそんなサラッとしてるのかな!?』
「だから謝ってるだろ」
今にも昇天しそうな顔のジョシュアは一人剣を胸に走馬灯を見ている。
何度も喰われそうなほど口を大きく開かれたら気絶寸前もおかしくないのに、この友は煽るばかり。
生きた心地がしなかった。
溜め息なのか、かなりの風圧に押されてドアが軋んだ。
いよいよ壊れそうだ。
『闖入者はよく分かったね。腹の足しにもならない卵だし、帰っていいよ』
目を細めて首を振るリヴァイアサンはドアの先を示してくれる。
有り難いのだが油断させているだけなのか。
「そんな簡単に帰してくれんのか?」
『戦いたいのかい? 勝敗は目に見えてるのに』
「だからコイツと契約すればいいだろ」
随分とあっさり引きこもりを続行させるこの霊獣を見上げたが、隣から横っ腹を殴ってきたジョシュアは辛抱堪らず叫んだ。
「ルガート!? もう我慢ならんぞ!? 何を言ってるんだ君は!? あとさらっと明け渡すな!!」
「リヴァイアサンだぞ?」
『絶対意味分かって使ってないよね?』
「リヴァイアサンなんだろ?」
『面倒な人間だね! そんなにお望みなら潰してあげるよ!!』
ダンジョン故か、内部構造が壊れているここはリヴァイアサンが巨躯を起こし上げても余りある空間だった。




