90.拠点確保
「あの閉じ込める岩の辺りからダンジョンと見ていいかも知れないな」
「本当か!?」
「おお。早速魔物だ。とちるなよ」
強化魔法をジョシュアに施し、拠点組には荷を守るよう言い渡す。
常に探索魔法を発動させて彼らの後方から魔物が現れないか気にかけつつ、荷物袋に入っていたアイテムを取り出し、すかさず魔物に投げつける。
《スライム。水溶性の魔物で動きは鈍いものの、捕獲されたものは骨まで溶かされ跡形も残らない》
「説明怖くないか!?」
「サーチアイテム使ったの初めてか?」
割れたサーチアイテムからの説明が響くが、どちらかというと脳内に教えてくれていると言った感覚だ。
不思議なアイテムだが、これはガレッソが英雄時代からあったらしい。
拠点組からの堪らずといった声に笑いながらスライムに特攻しに行ったジョシュアの動きを見る限り、一人で任せても問題なさそうだ。
「サーチアイテムってあんななの!?」
「どういう攻撃するか分からないとダメだからな。割りと重宝するんだが……」
「ルガート! 新手だ!」
「あいよ」
《サハギン。鋭い爪や背鰭で切り裂く。口から海水を吐き出し足止めしたところを噛みつく習性あり。尻尾での往復ビンタは殺傷力が高い》
「えげつない!!」
「……」
薄々感じてはいたが、拠点組の一人がツッコミ体質のようで、この先苦労しそうだなと沈黙を選ぶルガート。
ジョシュアに加勢に向かおうとしたものの、既に倒したあとだった。
「お疲れ」
「準備運動にはちょうどいい」
「みたいだな。早くユースポット見つけるか。次は俺も出る」
「探索は後回しの方が良さそうだものな」
すまない、と苦笑したジョシュアに肩を竦め、今度はルガートが前へ出て歩き始める。
おそらくユースポットはセーブポイント的な役割を果たしていると認識しているルガートは、とにかく先に最下層を目指すと宣う。
目を見開く拠点組とは反対に興奮気味に頷くジョシュアの声を背中に、脇目も振らずに下層へ向かう階段を探すのだった。
「こんな最速でダンジョン攻略をした冒険者知らない」
「だから深く考えるな。知恵熱出るぞ?」
「先輩の頭、柔軟すぎやしませんか?」
後ろで聞こえてくる拠点組の会話を聞き流し、苦笑を堪えて無事にユースポットへと到着した一行。
このダンジョンは広さの割りにどうやら五層までしかなくて早々に発見したユースポットに安堵したはいいが、油断はしない方がいいと気を引き締める。
とりあえず、彼らが正気に戻るまでのんびりしようとキャンプを張るのだった。
「ルガート、このダンジョン、少し妙じゃないか?」
「ほう?」
おそらく夕食の時刻辺りなので、ルガートが準備を着々と進めていくとようやく拠点組は正気を取り戻したらしく、手伝いを申し出たが疲れてるだろうから休めと断った。
かなりの日数を予測しての拠点なだけあって、キャンプ用品がドン引きなほど充実していた。
足の早そうなものから調理に使い、鍋の中をかき混ぜる手を止めずジョシュアの思案顔を眺めたルガートは口端を上げて続きを促す。
「階層が僅か五階にも関わらず、出入り口を封鎖する罠が謎すぎる。階層の魔物もたいして強い訳でもないし、罠だというからには解除する仕掛けがどこかにあるだろう?」
「まだ細かい探索もしてないからな。そこまでは何とも言えないさ」
「それを抜きにしても、魔物は弱すぎやしないか?」
「まあな」
スライムやサハギン、ビッグクラブくらいの出現率にルガートも当然、眉を潜めていた。
もっと多く魔物がいると思っていたが、見込み違いかと警戒心を鈍らせる。
油断を招いているならエゲツないダンジョンとも取れる。
「……だがまあ、油断は禁物だ。枝分かれするダンジョンの可能性もある。そうなったら魔物の強さも段違いになるだろ」
「空恐ろしいな。可能性があるとしたらこの先か」
「だな」
現在、五層目のドアの前にあるユースポットを拠点としている。
大抵はボスがいる前階層に存在するユースポットなのだが、今後の作戦も話し合う。
この先で終わりか分からないが、今は安全な拠点の確保が最優先だったのでよしとしておこう。
テントを張り終えるとどっと疲れた顔になっていた拠点組の一人に声をかける。
「少し休んでろ」
「……しかし……」
「探索組の心配か? お互い仕事の内容が違うんだから気遣いは無用だ。慣れない探索で体が疲れてるなら、休んでおくのも仕事の内だ。……目を閉じてホットアイマスクって言うのをお勧めする」
テントに向かって手をかざしたルガートに怪訝な顔をしていた男が首を傾げながらテントに入り、しばらくして叫び声がしたがその後、すぐに悦な声が響いて笑った。
「一体何をしたんだ?」
「あとでやってみれば分かるさ。本格的な探索は明日だから、今の内にお前も疲れたら休めよ」
ルガートはこれまでの階層の構造を簡単に紙にまとめ始め、明日から本格的にマッピングするかと現地点の探索を密かに終えた。
(マッピングももう少し改良できればいいんだがなぁ)
拠点用の荷に背を預け、火の側で寛ぐルガートは他者には見えない透過されたマップを眺める。
宙に浮く様子はゲームをしていた者ならば馴染み深いもので、改良を加えるとしたらどうしてやろうかとまんじりとなる。
第三者からは宙空を見つめる風にしか見えないルガートは、改めて誰にも見られていない事実に気付き、真顔になってマップをいじり始めた。
そもそもマッピング自体、ゲームでは大変お世話になったもの。
頼らなくとも地形がどうの見ないで攻略してこそと聞いていたが、魔王が去った今世の戦闘水準では、無くては安易に人が死ぬ案件がひしひしと伝わり、気疲れ一手の未来ばかり。
(どうせ自分しか見ない用だ)
紙面のマッピングは対ギルドの交渉材料。
割り切れば案外のめり込むのに早かった。
見られない、それは、自分好みに改良していいという盲点。
探索魔法は常時展開され、魔物の影や罠がありそうな箇所、現在位置や視認済みの場所は透過具合を変え、現在利用しているユースポットの特殊なギミックにも反応するよう作成し、気付いたら寝ずにマップと睨めっこして夜を明かしてしまった。
洞窟内で分りづらくとも、体感時間でも絶対に徹夜をした自覚がある。
白熱しすぎて楽しかったので後悔はない。
だが今やるべきことでも無かったと反省はしておく。
「ルガート、今日はこの先へ進むか?」
「行けるか?」
「いつでも!」
やる気に満ち満ちている友の気を削ぐのも忍びない。
踏ん張って今日は早めに寝ようと誓う。
「よし。んじゃ、さくっとボスを討伐。洞窟の出入り口の罠が解除されてるか確認、開いてなければ階層ごとに探索して罠の解除を探る」
「了解だ。ボスが複数いた場合は俺が囮になるから都度作戦を変えるよう頼む」
「承った。状態異常を仕掛けてくる奴なら一旦引け。二人はユースポットから出ないようにしてください。身の危険が迫るようならコレを割って叫んでくれると助かります」
取り出したのは守り石の付いたブレスレット。
数が無かったので一人分だが、緊急事態の時、一時的に結界を発動させるようにしておいたものだ。
二人で身を寄せ合っていれば駆け付けるまでの時間は稼げると思う。
説明を終えた途端ジョシュアの胡乱な目線に肩を竦める。
「守り石本来の使い方と別枠になっていないか?」
「緊急時じゃそうなるだろ?」
「君の手製なら仕方ないか」
笑って足並みを揃えドアの前へ向かい、気持ちを切り替えた。
緊張しているのか、少し仰ぐジョシュアの顔はやや強張りが見える。
「“竜の籠”で、君は一人でこの気持ちでいたのか」
「どうだろうな。少なくとも、お前のように高揚してはいなかったと思う」
「相変わらず変なところで冷めているな、君は」
「お前が代わりに色々言うから困ってねえさ」
横長に広いダンジョンのよう。




