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09.

 入り口だが既に鼻に付く硫黄の臭いが漂ってしばし待つ。

 暑さなど然程感じはしないが、危険な境目も不明な初見の土地で一人なのだ、対策は最大限に取って損はない。

 山頂付近は違うだろうが、裾野ではまだ風もあまり吹いていないので、余計に臭いはこもっているだろう。


「灼熱防御」


 自身のオリジナル設定で登録していた臭いも考慮した対活火山用の防御魔法。

 個々で魔法を固定していくのが面倒だったので、パーティーセットのごとく盛り盛りのバフセットの耐性魔法を施し、いざ突入。

 野営も考えたが、フレインには悪いが、あの子供も含め二度も時間を取られたから今日は徹夜の予定で幸先の怪しい岩石を調べていく。

 手書きのメモ帳でマップを兼ねた岩の優劣も書き出し、歩みは遅くとも後々必要になる物だから地道に調査するルガート。


(やはり表面は削った方がいいか。ここらなら純度が高いと思って油断したな)


 かといって山頂付近の噴石はまだ凝固しきっていないと踏んでいる。

 そこから拾ってくるのもありだが、水や風魔法で下手に手を加えたくない。

 何より今日の荷物では山頂へ行くまでに水や食料が尽きかけるだろう。

 元より下見のつもりで来た今日は、向かっても中腹辺りで留まる予定。

 もう少し先に進んでいい石がないか横道から上へ向かう道へ戻ると、目を見開き硬直する。

 呆れた人物に溜め息を吐き出した。

 どうやら横道から出てきたルガートに気付いていない様子に、危機感を持って側へ走った。


「ゲホッ、ゲホッ!? な、何で、こんな気持ち悪いんだ……あいつは、平気で山頂へ向かって、るのに!」

「防御魔法を掛けてんだから当たり前だろ。お前は大自然をナメてんのか?」

「!? ボスティス! 早く戻るぞ! 気は確かか!?」

「話を聞いてたか?」

「ここは危険だ!! 喉が痛いし目眩がするし吐き気もしてきた! 指先が微妙に痺れてきたし、ここにいたら死んでしまうぞ!」

「意識も混濁しかけてるが、助けに来たのか?」

「当たり前だ!! こんな所、奥まで進むのは危険すぎるだろ!!」


 ……悪い奴ではないのかこいつ。

 じっと見れば目の焦点もやや合っていない。

 元気に深刻な状態を教えてはいるが、これは流石に危ない。

 すぐさま風魔法で辺りの空気を一度飛ばし、魔物除けの為に結界を張ると一足遅かったか、膝をついた子供に駆け寄る。


「おい死ぬなら自分の家で死ね」

「……あ、か……」

「おい! ったく」


 失神してしまった子供に聞こえはしない溜め息を吐き、荷を下ろす。

 完全に足止めを喰らってしまった。

 嘆いた所で状況は変わらない。

 せっかく結界も作ったものの、ここでは見通しの良すぎて竜以外の魔物が現れるなら厄介な現地点を恨めしげに見つめた。

 ともかく後味が悪すぎる最期になってほしくはないので、手持ちの回復薬をしこたま注ぐ。

 回復薬はあるのに蘇生薬がないとか、考えものだ。

 倒れた子供に一通りのケアをしたら一命は取り止めた呼吸にどっと疲れ、結界があるので後は放置して周囲を見える範囲だけに散策していった。

 まだ裾野だったのが幸いしたのか、魔物の影すら見えなく安堵する。

 日も落ちてから数時間経った頃になっても目を覚さない子供を見下ろし、寝すぎじゃないのかと手にする水をかければ起きるか熟考していると、瞼が僅かに動き始める。


「は!?」


 呼吸も普通に見えた様は、回復薬がしっかり効いてくれた証拠だろう。

 手持ちの回復薬が残り二つになったこちらとしてはかなり痛手。

 人死が起こるよりよほどいいが、一言言ってやらねば気が治らなかったルガートは、勢いよく起き上がってこちらに気付いた子供を不機嫌だと伝わるよう最大限に眉間に皺を寄せて睨みつけた。


「よう足手まとい。人の邪魔をするのが趣味か?」

「何だと!? こっちは死ぬ思いで止めにきたと言うのになんて言い草だ!」

「引き際を理解してから言えや。何の準備もしてねぇで倒れた奴に、こっちは共倒れを求められんのか? 実際な、死にかけたんだからな?」

「……だが、お前が危険だと」


 流石に応えたのか、声の勢いが尻すぼみになって頭を下げた子供を見つめ、ルガートも気の滅入る思いを隠しもせずに溜め息をついた。

 手にする水を押しつけて飲み切るよう言いつけると、すぐに飲み干す様子を見る限り、体に不調は見当たらなさそう。

 図々しくもう一杯所望するくらい体力も回復している様子に、子供が助かった事実を受け入れるには十分だった。


「善意の行動、大変結構。だがこういうことは、土地の者か慣れてる奴を連れて来い。助言を聞け、言っとくがお前、俺がいなかったら窒息死してたからな」

「……は?」


 何の為に地元の人達も入山を制限にしているのか、そもそも町の人達からその話を聞いていないのか。

 きょとんと目を瞬かせる姿はきっと情報すら仕入れていなかったのだと知れる。

 従者がいたなら今頃てんてこ舞いになっていよう。

 というかこいつ、一体いつからここにいたんだ。


「ここがどんな土地か分からないのは致命的ミスだな。これやるから口を隠して駆け足でさっさと帰れ。どうせ町に従者でもいるだろう?」


 濡れタオルを渡して犬猫を追い払うように手を払う。

 もういるだけ邪魔だから早く帰ってほしかった。

 しかしどこかで子供の好奇心を刺激したらしく、立ち上がる気配の見せない相手は怪訝な顔でルガートを睨んでいた。


「何でお前は平気なんだ」


 聞くまで帰らない姿勢に頭を掻く。


「……。防御、耐性魔法があるからだ」

「防御魔法!? お前、魔士なのか!?」


 唐突に目を輝かせた子供の変わりように身を引きつつ頷くと、先ほどの顔色の悪さはどこへやら、一気に紅潮した頬に少し苦笑してしまう。

 握り締めた濡れタオルから水が滲み出てしまい、絞り切られるとまずいと手を上げた。

 今にも立ち上がろうとそわそわ動く肩が一度落ち着く。


「だから先を行きたんだがな」

「魔士は誰もが出来るものではないんだぞ! 制御も難しく発動する魔法の威力も人それぞれで統一性がなく一過性の戦力として爪弾きにされているが、魔法の使い方次第で生活や魔物の掃討も楽になる未知の力なんだぞ!?」

「いや、まあ、うん……」

「ボスティス!! 君は! 凄いな!!」


 なんだ、このキラキラは……。

 あまりに様変わりした態度についていけなくて呆然と頷きながら、言いたいことを言って満足した子供にまた水を手渡せば一息で飲んでしまった。

 果たして俺の分は残るのか。


「現状を理解したか?」

「ああ。無理を押してお願いしたい。もっと魔法を見せてくれ」


 誰か保護者を呼んでくれ。

 こいつにも兄貴がいたな、今この瞬間召喚魔法を欲したことはないぞ。

 しかも内容があんまりだ。


「このガキ聞いたか? 俺は用があるんだ。予定も大幅に遅れてるし、先を急ぎたい。再三言っているが、テメエは帰れ」

「うん、今日はすまなかった! ではまた日を改めて見せてくれ! 約束だぞ!」

「分かった分かった、もうそれでいいから、早く帰れ」

「絶対だからな!!」


 入山以降の絡みは一体何だったのかと思わせるほど、あっさりと引いて山から降りる支度を始めた子供を見送る。

 タオルを口に当てるよう何度も告げ、また倒れられては困るから、一応、離れがけ子供に再度防御魔法を施しすとドッと疲れた体を無視しておく。

 完全に子供の姿が見えなくなるまで見送った結果、ルガートは綺麗に瞬く星を睨んで立ち上がる。


(もったいないが、この結界は壊してくか)


 その後はようやく自分のペースでことが進み、無事に納得のいく溶岩の塊も見つかると既に深夜も大幅に過ぎる時間だった。

 懸念していた魔物や今回は火竜とも遭遇が叶わなかったので、戦闘もなし。

 当然、ブルースター公爵へのお土産はないが、今度からはちょくちょくこの山に来るつもりでいるルガートは時期を見て交戦しようとぼんやり考え、白み始める空を確認すると、短いが仮眠をしようと体を横たえた。

 なによりまず、初見の下見にしてはなかなかハプニングが盛り沢山だったのが否めず、次に来る時はザバルト伯爵のみに連絡しようと頭に留めておいた。

“竜の籠”ではこれだけ危険だと認識していただけたらと思います。


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