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88.押し流す不気味な風

 波飛沫の上がるそばで休憩すること一時間と少し。

 全快し血色の戻ったジョシュアに頷き、ルガートも改めて装備を付け直す。


「目的はダンジョンの有無。洞窟に必ずしもあると限らないから、長居はしないようにする」

「分かった」

「見つかった場合、今日は引き返す。帰りは歩きになるからな」


 馬を漁村に預けたので、早めに戻れるようにはする予定となる。

 帰りの時間は馬で移動した時間の倍以上かかるので、できるだけ早く確認した方がいい。


「崖は魔法で削るのか?」

「それしかねぇな。誰も近寄らないってなら派手にやっても問題なさそうだ」


 帰りの余力は残しておこうと念頭に入れ、二人は散策し始める。

 上部の懸崖は斜めに伸び上がって日を陰らせ、頑丈そうだが崩れたらかえって危険なのかとジョシュアと話しながら洞窟を目指す。

 足場と言っても水滑りと岩肌の隆起が激しくて思うように進まない。

 あとでこの道も整えようかと何度か転びかける。


「道も厳選しないと行くまでに大変だな」

「内部も海からの飛沫などで進みにくいんじゃないのか?」

「可能性はあるな。……お」


 船からの到着地点からだいぶ進み、抉れた岩肌の先、窪んだ箇所を見つけるとそれは唐突に現れた。


「……!」

「デカいな」


 縦に裂けた洞窟は自然にできたものとすぐに分かる。

 歪な形から軽く確認した程度では奥行きは測りきれず、垂れ下がる岩の形を見る限り、鍾乳洞に見えなくもない。

 海にほど近いところは波に削られ岩肌は丸くなり、滑らかさが目立つ。

 波の被らない箇所は荒さを残し刺々しい自然の造形を目の前にジョシュアは感動しているのか、先ほどから硬直して動かないし喋らなかった。


「どうやら洞窟は問題なさそうだな」

「ルガート!」

「おう」

「すごいぞ!!」

「そうだな。奥は軽く見る程度にするぞ」

「分かった!!」


 テンションが振り切れている。

 苦笑を隠してひとまず中へと足を踏み入れた二人は、奥まで見に行き、暗さの目立ってきた洞窟は崩れる心配もなさそうだ。

 様子の変わった岩肌を見つけ、更に奥へと進もうとした足は、急に吹き荒んだ風によって警戒心を露わに止まってしまう。

 嫌に突然な風だった。


「どうした?」

「……分からん。だが、嫌な感じだな」

「……。ルガート、今日はここで引き返そう」


 完全に足を止めたジョシュアが急に真面目な顔でこちらへ振り返り、その真剣な瞳にルガートもつられて閉口した。

 洞窟もまず足先すら入っていない。

 ただ何となく、無視してはいけない気がしたのは確かだ。


「目の前だぞ?」

「君の嫌な感じと言った言葉、それは何の直感だ?」

「?」

「魔士として、騎士として、剣士として。建前などはこの際いいんだ。レベルの高い『君』が異変を察知した。それは今の状態で万全に対策を取れるか?」

「……」


 内心、ものすごく驚いていた。

 軽く中を見て何事もなければ帰る心持ちは変わらない。

 しかし、ジョシュアはそれ以上にこちらに預けてくれているのだと悟り、足を引く。

 そんな些細なことで気付かせてくれた少年は、どこかホッとした表情だった。


「帰るか。場所が見つかっただけでも僥倖だ。帰りは魔法で削って上を目指す。異論は?」

「ない。任せた。後ろは任せろ」

「よし、頼んだ」


 ダンジョンと思しき洞窟から離れ、早速と魔法で水滑りの酷い足場を開拓していくルガート。

 彼の言葉がなければこのまま突き進んでいた。

 未確認の場所では謎が多い。

 もし、閉じ込められでもしたら、現在の装備や荷物では半日しか保たない状況を、ルガートよりも冷静に見つめていてくれていた。


「ジョシュア」

「何だ?」

「近い内に仕切り直す。悪かったな」

「君がしおらしいと気持ち悪いな!」

「言ったなこの野郎」

「ははっ!」


 洞窟から外へ出たルガートは海側から気付かれないよう内側だけを隠して緩やかな階段状に削ることにし、到着場所はあの間欠泉の近くに出れるようマップで確認した。

 目印がある方がいいだろうと思ったが、そこに小屋などを建てるのも悪くないかとジョシュアと話しながら徒歩でベルマを目指す。


 ノースタックス伯爵家へ到着する頃には、すっかり日も落ち星が瞬いていた。

 出迎えたノースタックス家の者達は、徒歩で帰ってきた二人に仰天し、手厚く出迎えた。

 風呂も食事も済み、談話室へと通された頃にはやや気怠くなっていたが落ち着いて話し合いをするにはいい感じに力が抜けていたのでよしとしよう。


「嫌な感じというのは具体的に言ってどういうのだったんだい?」


 ビフェルが怪訝に見つめてくるが、目を閉じてあの時の感覚を思い出す。

 まるで招き入れられているようにも思えたあの感覚は、今思うと餌を呼び寄せるアンコウのようなものかとも思えた。

 しかし朧げな感覚なのでそれが正解とも言えない。


「口ではどうにも。強いて挙げれば、閉塞的な何か?」

「曖昧だな」

「罠とかだろうか?」


 カザも顎をさすって首をひねる。

 深く頷き、ルガートは喉を潤してジョシュアに視線を投げる。


「あり得ます。ジョシュアの言葉がなければ閉じ込められていた可能性も高いです」

「おお、よくやった、ジョシュア」

「俺は何もしていません」


 照れて首を振っているジョシュアにニヤリと笑いながら、ではとこの先の方針を話し合う。

 まずルガートの感じた違和感を考え、準備は最大限に整えようと方針は決まった。

 だが、そうなるとギルドに要請した方がますますいいのではと頭を傾ける。

 一人で行く訳でないから、なおさら万全を期した方がいい。


「俺も魔法が心許ない」

「嫌味か!?」

「バカ、回復魔法の無い状態で行く奴があるか。回復薬のポーションだって無限じゃねえんだ。“竜の籠”の時と勝手も違う。俺の余力も底無しじゃねえんだぞ」


 光魔法でも回復魔法は確かにあるがその回復量は微々たるもの。

 完全回復を目指すなら上級魔法まで極めないと心許ない。

 罠のあるダンジョンの魔物のレベルも気にかかるので、回復薬は多めに持っていった方が無難といえた。


「それもそうだったな」

「ポーションか。……いや待て」


 カザが考え込み、いっとき沈黙が広がる。

 何か一案があるのかと全員の視線が伯爵に向かい、ルガート達は男の言葉を待った。


「天然のダンジョンにはユースポットがある。これはどこのダンジョンも共通だと聞いている」

「はい。“竜の籠”でも同様でしたし、そう伺ってます」

「持ち得る荷物を持って、ユースポットで拠点を設営したらどうだい?」


 つまり篭れと?

 ん?


「カザさん……?」

「うむ、いけるんじゃないかな? こちらの護衛を数名同行させよう! 探索に専念してもらえたら有り難いし、ユースポット拠点組にはポーションを作成するよう伝えればいい!」


 妙な方向に定まったカザの思考に、止めようと手を上げたルガートが口にするより早く、ビフェルも拳を作って笑顔で大きく頷いた。


「閉じ込められることも考えて、こちらでも即時対応できるよう、崖の上での拠点を設営しましょう」

「ビフェルにはそちらを担当してもらおうか」

「ついでにかんけつせんの人除けの柵も作れますね。町の土建業者に声をかけましょう」


 いや待て。


「ちょっと待て」

「ルガート……諦めようか」

「いや待て、早いぞジョシュア! いつもの勢いはどうした!」


 船酔いの時のような遠い目で顔を逸らすジョシュア。

 その哀愁漂う様子は身内故の観念が見て取れた。


「こうなったら止めるのはかなり根気勝負なんだ。諦めた方が楽だぞ」

「お前より面倒だと?」

「待てルガート、聞き捨てならんぞ?」


 ジョシュアにも止めてもらうよう説得は試みたものの、結局、二人の一案で話が固定してしまい、ダンジョンへの探索はまた日が延びてしまうのだった。

暴走爆走再び。

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