87.下見
前回の訪問から一週間後。
驚くほどの勢いでそこは草木が生い茂っていた。
「羊やヤギにはそれはもう嬉しい限りの光景だ。あちこち行きすぎてて、この前、二つ隣の町までヤギが散歩しに行ってた」
「散歩じゃなくて迷子じゃね? ……まあ、順調に育ってなによりだ」
「ああ! ありがとうルガート」
ノースタックス伯爵領、中心の町ベルマ。
ここにジョシュアの家があるのだが、今日はここから東に向かって約二時間の場所に前回、不確定にしていたダンジョンの有無を確認しに行く。
その事前準備を済ませているのだが、なぜか彼の父と兄までくっついて背中が痒い思いをしている。
はじめてのおつかいでよく見かける見守り隊を彷彿させられる。
仕事はどうした。
「ルガート君、これは必要じゃないかね?」
「カザさん、装備は限界がありますから」
むしろどこから持ってきたその兜。
「ルガート君、保存食はこれ丸ごとがいいんでないかい?」
俵袋と遜色ない量を持ち寄られて頭を抱える。
見かけによらず力があるなビフェルさん。
こんな二人の行動に、隣にいるジョシュアも両手で顔を覆い隠していた。
分かる分かる。
「何日こもらせる気だよ、下見って言ったろ」
「父上、兄上、恥ずかしいので買い物はルガートに任せてください。お願いしますから」
真っ赤な顔で二人を引っこめさせようとするが、忘れた頃にまたあれもこれもと持ってくるから、予定より少々遅くに準備を整えた。
限度を知らない与えたがりの人種とはこう言うことをいうんだろうなと遠い目になる。
そう、今回は本当に下見の予定。
崖下へ降りる道からまず見つけなければならないので、装備も荷物も非常食も必要最低限。
と、事前に説明したのだが。
「ビフェルさん、なかなか子煩悩な親になりそうだな」
「否定できない……」
「愛されてる証拠だ。よかったな」
「拷問だ……」
馬上でいっそ殺せと蚊の鳴く声で叫んでいるらしいジョシュアに爆笑する。
最後まで護衛をつけたいと言っていたノースタックス伯爵だったが、ルガートは首を縦に振らなかった。
「下見の意味を分かってねえだろ」
「すまん」
「気にしてねえさ。ブルースター公爵閣下とは違った構い方にドン引きしてるが」
「君も大概だ!」
「さて、ぐるっと回ったが予想通りか」
端から端までいかずとも、どこかしらで亀裂なり見つけられたら僥倖と思っていたが上手くはいかない。
ボスティス領に切り替わる頃には崖もなだらかにはなるが、タイプこそ違うがここも変わらず崖なので道は見つからない。
ルガートが強化魔法特盛りで落ちるか? と提案したらしこたま怒られたのであえなく却下となる。
三段崖のような場所ならまだ下の情報も仕入れやすいのだが。
生憎と、綺麗な懸崖だった。
「いっそ岩肌削って下に向かってみるか?」
「それは最終手段だ。あのかんけつせんからは行けないのか?」
「行き止まりに当たって身動き取れなくなるか、熱湯に身を投げに行きたいなら止めはしない」
「止めろ。ふむ、それなら船を出してもらうか?」
「一番無難か。お前の領地から出てるか?」
頷きにそれならば船を出してもらおうと方向性も定まり、一路港町へ。
ノースタックス領の南西に位置する港町ノエラ。
港町だがここは漁村という言葉が合いそうなところで、あまり沖への漁は行っていないという。
それでも海藻類や塩の精製を行なっている貴重なところで、非常食用に乾燥させた海藻も仕入れ、先に話をつけに行っていたジョシュアと合流し、全長二〇メートルほどのプレジャーボートに近いレトロな漁船に乗り込む。
「沖はな、グリフィア公爵家が幅ぁ効かしてんだ。デケェ帆船も持ってっから威嚇行為もザラでな。無理に沖へ出ようとすると、こっちの船を沈められかねん。まあ言うほどデケェ船なんざ持ってねぇがな!」
「領海域、越えてしまうか?」
「うんにゃ、流石に海賊行為を大っぴらにしたくねぇのか、こちらまで来やせん。ぶんどり行為もあくまで沖へ出ようとするとだ」
「海賊行為の自覚はあんのか。……公爵家がなぁ」
「ルガート、君、ますますどこの家の者か分からなくなるな」
舵取りをしてくれるおっちゃんと卒なく話すルガートに胡乱な目を向けるジョシュアは船の縁にしがみついていた。
船酔いはしていないと言い張る少年は先ほどから青い顔に遠い目でいるので、激しく動く上下の揺れに下手に話しかけても辛くなるだろうと放置するが、残念ながら船酔いに効く魔法はない。
崖下は波が一等荒く、熟練の技と何度もこの辺に来ると言っていたおっちゃんの土地勘も相まって事故なく見事ポイント付近へと到着する。
足場もあるように見受けられる崖下を遠くに眺め、兎にも角にも行かねば始まらない。
「ここいらは波も荒いし浅瀬も多いし岸もねぇから奴らも近付かん。何の用で来たんだ?」
「ノースタックス領の未来が関わってんだよ」
「はは、そらまた夢のある響きだ!」
「どれ、いい感じの岩もあるし、行ってみるか」
「帰りはどうすんだ坊主!?」
「この崖を適当に魔法で削って上に登るから、降りたらおっちゃんは帰ってくれ。礼は後日支払いに行く。ここまでありがとうございました」
「おお、楽しみにしてらぁ! 死ぬんじゃねぇぞ!」
「縁起でもないこと言わないでくれ」
話がてら、ジョシュアに荷物を全て背負ってもらい、ルガートが少年を背負う。
万が一、落ちたことも考えてと思ったが、自身の感覚を信じてお互いの体をロープで結ぶ。
既に顔が真っ青のジョシュアは船酔いなのかこれからの行動への不安視なのか、口数は少ない。
波に揺られながらおっちゃんに見守られた二人は、海へポンと飛び出た。
「あああああああああ!!!」
「ぶぁはっはっ! 魔士ってのは何でもありだな!!」
崖へと目がけて信じられない速度で消えた二人を見送り、おっちゃんは爆笑が抜けるまでその水飛沫を見送るのだった。
「落ち着いたか?」
「……すまない……」
「気にするな。船酔いってのは個人の感覚でどうにかなるものじゃねえからな。水のお代わりいるか?」
「いや、いい。だいぶ良くなってきた……」
フライボードの要領で魔法を駆使しなんとか見当つけた足場まで真っ直ぐ向かったのだが、ジョシュアには慣れない振動や諸々の窮屈さがとどめなり、残念ながら到着と同時に海にリバースした。
その辺はルガートの思慮の足らなさがあったと反省し、少年が落ち着くまで冷えたタオルや水など酔いが覚めるまであれこれ動く。
ジョシュアは座っていろと弱々しい声で突っ込むが、なおのことと甲斐甲斐しく動くルガートに好きにさせた方がよさそうだと色々と諦めた。
冷えたタオルで幾分か気分も楽になったようだが、横に寝そべっても岩の固さに体が痛いからとすぐに起き上がる少年を見るなり魔法を使ったルガート。
ウォーターベッドを見るなりどこから突っ込めばいいのかと少年は頭を押さえる。
「すまん、早く出しとけばよかったな。俺は周辺を見てくる。結界も張っとくから、気にせず寝てろ」
「すまない」
「謝るなっての。俺も短慮だった。悪かった」
「ルガート、君、軽く混乱してるか?」
当然だろう。
具合が悪いのは見て取れていたのだと反省しきりのルガートは頭を掻き、いつもより口調が早いのは気付いていない。
沈黙して視線を逸らす様子を見るなり噴き出したジョシュアは、胃に響かない程度に小さく笑った。
「バカだな。人の体調まで気にするものじゃない」
「馬や馬車は平気だろ、船で酔うと思わなかったんだ」
「それこそ俺だって範疇外だったのだから君が気にすることじゃないだろうに。あと、周辺に行くのも許さないぞ、俺も見たい」
「いや、魔物いたら危ないだろ」
「結界を張るなら様子見は無意味だろう」
「……」
「……」
「……わあったよ!」
無言の押し問答でルガートが折れた。
それを言われてしまえばどうしようもない。
「とりあえず軽く休め」
「絶対先に行くなよ」
「分かったっつの」
これでいいかと装備を次々外していくルガートに弱々しいが満面の笑みを向け、ジョシュアはウォーターベッドの温度に誘われるまま仮眠する。
そんな少年に頭を掻いて探索魔法だけは展開しておく。
こちらへ接近する魔物がいないか警戒するが、本当に無意味に終わった。
目視できる範囲が限られすぎているので、杞憂となろう足場の狭さにはルガートも笑って休憩するのだった。
漁船の動力は魔法で動くふんわり設定で。




