86.努力家の線引き
改めて間欠泉も見に行き、危ないから三人には離れてもらおうとしたが、興味津々の雰囲気を無碍にもできず、とりあえず結界を施して近くまで寄ってみた。
少しだけ潮の臭いが濃いので、噴き上がった熱水はどうやら海水だったようだ。
あれだけの貯水量となるとどれだけの周期か判断がつかない。
場所によって様々だったと記憶していることから、今は安全だろうと踏み、ルガートも穴を覗き込む。
「ルガート、また噴き出さないのか?」
「ああ。一定の周期があるから問題ない。直径約二メートルであの迫力か。まだ周囲の熱も感じるから、直接あの熱水を被ってたら全身大火傷だったな」
早めに察知できてよかった。
地鳴りも判断材料とみていいだろう。
「ぼっちゃま、ここは注意喚起用の看板を立てておかないといけませんね」
「そうだな。この穴にもうっかり落ちたら大変だろう」
「草の生えていない範囲まで囲ってくれ。牧畜も通れないよう、少し頑丈にしといた方がいい」
「なるほど、確かに。よし、今日は凄いことが起こったな! 急いで帰るぞ!」
「おー」
興奮しきりのジョシュアを先頭に、ルガートは本当にケインを連れてこなくてよかったとやや冷や汗が流れるのだった。
ノースタックス家へ到着し、その足でカザ伯爵へ取り次いでことの子細を報告すると、目をまん丸にひん剥かれた。
と思ったら、ジョシュアとおんなじ反応をするものだからカルド現象が起こるルガートは必死に腹筋と戦う羽目となる。
「ルガート君、洞窟は入りましたか?」
「いえ、それはまだ未確認なので可能性があるとだけ。というか、誰も入れそうにありません」
懸崖から内側が見えないほど抉れており、その先を見るのは不可能と断りを入れると、ノースタックス家の男衆が揃ってションとなる。
また腹筋と戦いつつとりあえず降りられるルートから探さなければならないと提案すると、パッと華やぐ三人の笑顔に抑えが効かずに噴き出してしまう。
「ここからだとエトラン公爵かグリフィア公爵のギルド支部が一番近いです」
ビフェルの進言に腕を組んで考え込むカザは沈黙し、軽く頷くと首を横に振った。
「……いや、王都のギルド本部へ要請をかけよう」
「父上、それは」
「よろしいのですか?」
ルガートも伯爵の答えにやや驚きつつ再確認を取ると力強く頷かれる。
ここは、公爵家と顔繋ぎが取れるいい機会だと思うのだが。
「はい、それと、その際はルガート君、ぜひ貴方に探索をお願い申し上げたい」
真面目な顔でお願いしてきたノースタックス伯爵の顔を見て、僅かに視線を逸らす。
冒険者としての腕を買われているのだと思えば、誇らしいにはそうなのだが。
「あの、俺、冒険者登録を行っていない野良です」
「は!?」
ジョシュアが横で目をひん剥いて声を上げる。
戸惑う伯爵も思わぬ返答だったのか、申し訳ないくらい狼狽えていた。
「え? お、そ、そうなのかい?」
「はい。申し訳ありません。学園へ上がる期間を考えると、どうしても踏ん切りがつかなくて」
ということにしておこう。
諸々の事情が面倒だからというのは止めろと兄貴が言いそうだから黙っていると、腕を組んで唸っていたノースタックス伯爵が顔を上げる。
「いや、やはりここは君にお願い申し上げます」
「ですが」
「まあ聞いてください。ここが畜産メインの領地なのは知ってますね?」
「勿論です」
ジョシュアから聞いているが食肉を扱うほぼ全ての家畜が存在しており、コアなところでは役目を終えた馬肉も提供しているらしい。
まあ、この世界は馬車などが主流だから、とてもじゃないが流行らないので本当に一部の話。
多分、この領地の人しか食べたことがないのではないだろうかくらいには浸透していない。
「今回の事件を未然に防げたのも、かんけつせん? に息子や部下に被害が無かったのも貴方のお陰です。ギルドを信用していない訳ではないが、準ずる行動を起こす貴方の方が、任せられると判断します」
「事実、あそこにダンジョンがあるかもと見つけたのは君だ。俺もその方がいいと思うぞ」
「ジョシュア……」
違う意味でテンションを上げているジョシュアに頭を抱える。
少しクールダウンしてくれ。
「内部の構造も謎、まず目的地まで行くにも困難、かんけつせんが発生する前に起こした判断力を鑑みるなら、俺も賛成だ」
「ビフェルさん……だがな」
見事な賛成姿勢にどうしたものかと腕を組んで悩む。
これをきっかけにまたギルドと軋轢が生まないか唸ってしまう。
「ルガート君」
「はい」
真剣な顔つきのノースタックス伯爵は、厳しかった表情を和らげ、笑っていた。
なぜか、その笑みに背筋がそわりとする。
「それに、前例もあるそうじゃないか」
「?」
「見つけてからちょっと事態が混み入りすぎてて分からなくて、遅れたけど報告しましたって。ウチもそれやろう」
「ぶふっ!」
ダメだった。
この人は、どこか根本の性格が親父やブルースター公爵に似ている気がした。
噴き出して声もなく爆笑するルガートにジョシュア達も笑い、応接室は和やかとは程遠い賑やかさが響く。
「あー、……じゃあ、もう、分かりましたよ。お受けします」
「楽しみだ! 一体どんなダンジョンなのかな!」
隣ではしゃぐ少年の様子は、少し変わった。
無意識なのか、ワザとなのか、いきなり一歩引いている少年に苦笑した。
「ジョシュア、提案がある」
「何だ? 装備や備品ならこちらで諸々用意するぞ!」
「お前も来い」
「…………は?」
両手で拳を握って喜んでいたのはいい。
だが、自分は行けないのだと思う葛藤も見て取れた。
変なところで遠慮なんてする少年は妙な体勢で硬直する。
抜けた声が若干裏返っていた。
「俺のサポート入りならレベルが一七でも問題ないし、足手まといにはならない。初物で自領のダンジョンだ、入らない手はないだろ?」
「いいいいいや、ルガート、君、待て、いや! 待て!! そんな、急にそんな!!」
赤い髪を振り乱し、髪と同じくらい真っ赤な顔で涙目になっている少年に爆笑する。
今度は声を出して腹から笑った。
あれだけ魔法に憧れ、超がつくほど堅実真面目に剣の鍛錬もしていて、手助けになればと一人領地のあちこちに赴いて、魔物と戦っておいて。
さっきはあれだけダンジョンがあるのかと全身で喜んでおいて。
結果だけを待つつもりの姿勢を、ルガートがよしとしなかった。
口端を上げてジョシュアの近くに左手を上げて見せる。
体を震わせ、戸惑いに潤んでいた涙目が、意味を変えたように見えた。
「行かないのか?」
「いいいい行くに決まってるだろう!! 君はいつも突然すぎる!!!」
「いえー、決まりー」
けらけら笑うルガートが上げていた左手にパンチを一度だけ受け、あとは繰り出してもしなやかに躱して払った。
ヤケになって攻撃を繰り出しても、立ち上がらずにいる二人の様子はお互い本気でないと周囲にも伝わるが、ノースタックス伯爵からは本気の殴り合いにしか見えないのか、止めに入るべきかと手を上げ下げさせながら冷や冷やしていた。
滞在中も鍛錬し合っているのでこの程度は日常茶飯事の二人は気にも留めない。
だが、曲がりなりにも伯爵家より格上のお子さんなのだと葛藤する。
本人同士が笑っていてもいつ機嫌を損ねるのか、まあ、その気苦労は初日で空の彼方なのだが、心臓に悪い光景だった。
諦めて手を下ろし、隣に座るもう一人の息子に視線を向ける。
「ビフェル?」
「何でしょう、父上」
既に跡継ぎである長男は呑気に騒ぐ光景を微笑ましく見ている姿に、ようやく落ち着きを取り戻すノースタックス伯爵。
「ジョシュアってこんなに賑やかだったかい?」
「はは。彼限定だと思いますよ」
「だよね。うちの子が壊れたのかと」
結局、話を煮詰める為にもう一泊して夕食後、賑やかな団欒の話はまだ見ぬダンジョンに皆思いを馳せていた。
覚えがあるのは“竜の籠”での言葉。
あの時はすげなく追い払われた関係は、共に肩を並び立てる関係へと変わる。
握り締めた拳が少し震えたのは、内緒だ。




