85.噴き上げる熱水
爽やかな風が流れる丘陵から眺める景色は程よく緩やかな坂道。
そこから見える牧歌的な光景に目を細める。
こちら側は羊が多く放飼されていて、ころころと動いている羊の群れにウィンディアも興味を惹かれてチラチラ視線を送っていた。
「ルガート、君のところの領地の境界はあの森辺りだと父上から聞いた。その手前に岩肌が見えるだろう? そこを回り込んだ先で温泉っぽいものを見つけたんだ」
「ぽいと言われて確かめるのはいいが、俺は別に温泉の専門家じゃないから断定できんぞ?」
温泉は大好きだけど、効能とかを調べてくれる人はちゃんと専門家に頼んでいる。
そういう人達に聞きかじった程度の知識だ。
まあ他よりは知ってるだろうけど。
「そうなのか?」
「お前俺を何だと思ってんの」
「領地が領地だから精通しててもおかしくないと思っていた。こちらの見込み違いか、すまない」
「いやいいけどな。まあ行くだけ行ってみるか」
結局、ケインはノースタックス家にお留守番となってポニーや小動物やらと戯れに向かわせた。
かなりの距離を乗せるのも可哀想だったので、ここは我慢してもらうしかない。
念の為にジョシュアの家の護衛が二名同行してきているが、こちらの心配は皆無だ。
彼らも腕の立つ者とルガートも沈黙している。
「だが温泉ともなると、ここまで来なきゃいけないのは骨だな」
「ああ。正直、君の領地の温泉に行った方が近い」
なんたってノースタックス家から馬に乗って一時間の距離。
それを考えるとこちらの(仮)温泉は現時点で二時間近くはかかっていた。
加えて起伏はさほど激しくないものの、高低差の大地を進むのは普通に効率が悪い。
「温度も見ないと分からないからな。熱すぎたら入れないぞ」
「そういえばそうだった。熱湯は勘弁願いたい」
自宅の温泉でさえ源泉が熱すぎて水を引いているくらいだ、もしそこが温めの温泉なら軽い手洗い場にはなるかも知れない。
羊達の水飲み場にでもさせようかなんて呑気に馬を走らせ、ようやく到着した件の温泉の地点へと到着し、馬から降りて辺りの臭いを嗅いでみるが温泉特有の硫黄臭さが無い。
無臭の温泉ももちろんあるけれど、湿気を含んだ空気ももない。
そして気になるのが、周囲がやけに殺風景の様子に眉間に皺を寄せる。
剥き出しの土。
草が無かった。
「ルガート、あっちの……」
「ちょっと待て」
手を上げて馬を降りた少年の言葉を遮り、神経を集中させ探査魔法を発動させる。
軽い地鳴りのような遠いが響く音に目を見開く。
次の瞬間、ジョシュアの乗っていた馬を反転させ尻を叩いて走らせ、強化魔法を行使してジョシュアの胸にラリアットする形で腕に引っかけ走り出した。
「っ!? な、何だ!? どうした!?」
「護衛も走れ!!」
「は、はい!?」
「つべこべ言うな走れ!!」
ウィンディアも事態を見て走る姿を確認し、草の生えていない場所から離れる直前、特大の水鉄砲にしては冗談な勢いの範囲と熱量が空へ向かって放たれた。
ついでに生じている轟音も只事ではない。
護衛も流石に馬上から悲鳴を上げていた。
「な、な、何だ!? あれ!!」
「……多分、間欠泉の類だ」
仰天してしがみ付いていたジョシュアを下ろし、やや乱れた息を整えながら地面に座り込んでおよそ十メートル以上は噴き続けている水の柱を眺める。
その光景は圧巻の一言。
しかし危なかった。
「かんけつせん?」
「地熱によって温められた水や水蒸気のことだ。あー……たまげた」
「ぼぼ、ぼ、ぼっちゃま、お、お怪我は……」
「ああ無い。君達も無事か?」
「こ、腰が抜けておりますが、なんとか……」
ずるりと馬から落ちるように降り、興奮する馬が逃げないよう手綱は離さずプルプルこちらに向かって這ってくる二人を気の毒に見つめながら、ルガートは周囲を改めて見回す。
まさかこれほどまでに爆発にも似た間欠泉があるなど思わなかったが、荷物を置いてウィンディアを呼びつけて跨る。
「休んでろ、少し見てくる」
「いや危険だぞ!!」
「ああ、そっちには行かないから安心しろ、あっち行ってくる」
反対側の海に突き出た崖の方へと向かって馬を走らせたルガートを三人が見送り、とりあえずお互いの無事を労い、静けさを取り戻した間欠泉の噴き出し口から漂う煙を見つめる。
海辺に近い場所にも関わらず、どこからか潮の臭いが風に乗って届く。
「ぼっちゃま、ご友人の方は、なぜあんなに平然としておいでなのでしょうか」
馬を落ち着かせる護衛達は、颯爽と小さくなっていく影を眺めて溜め息を吐き出している。
ジョシュアとしても謎であると答えたい気持ちはあるものの、苦笑をこぼすだけに留める。
その疑問はもう今更だと鼻息荒く鼻を上げて胸を張ったジョシュア。
「深く考えるな。ルガートは色々と規格外なんだ」
「ぼっちゃま、ご友人ですよね?」
「奇特な友だが、俺の自慢の友でもあるんだ。慣れてくれ」
「「……。はい」」
呆ける二人にジョシュアは照れ臭そうに笑うので、護衛もそれ以上の突っ込みは控える。
軽い音が後ろから響き、珍しく大声を上げてこちらに注意を引くルガートの様子に首を傾げた。
本当に珍しく、テンションが高そうな友人の姿は、まるで魔法と対面している時の様子とほぼ一緒。
明らかに何かあると分かるが、景色が良かったにしては高すぎるテンションだった。
「帰ってきたな。何かあったのかー?」
待ち切れず、駆ける馬上から走行に合わせて話し出すルガートに舌を噛むぞと言いたかった言葉は、次の瞬間引っ込んだ。
「ジョシュア、お前、ヤバいぞ! ここ、この下、もしかしたら、ダンジョンかも!」
「……。…………はあああああ!!!??」
顔面を紅潮させ、キラキラの瞳と満面の笑顔に変わる。
すぐさま立ち上がって馬から降りたルガートの元へと走っていってしまったノースタックス家の次男坊を見送った護衛二人。
少し離れたところではしゃぐ少年達は、まあ年相応に見えた。
「……なあ、これ、どうなるんだ?」
「……深く考えたら負けだろう。ジョシュア様は、彼と交流を持つようになってまあ、とても……いやかなり、感情豊かになられた。以前の傲慢さもなくなったし、それは喜ぶべきことだろう」
彼らは、ザバルト領“竜の籠”でルガートを出待ちしていた時も護衛をしていた者達だった。
あの時のジョシュアの性格は、今思うと酷く我儘な子供だったと一人は懐かしむ。
それも可愛げがあるものだと思っていたけれど、随分とご立派になられたと感慨に耽りやや現実逃避していなくもない先輩に、後輩はまだ喰い下がる。
「まあ、それは俺も嬉しく思います。そうなのですがね? ダンジョンですよ? 何で分かったんです? あれって簡単に見つかる類の代物じゃありませんよね? あの子、本当にぼっちゃまと同い年ですか? さっきもぼっちゃま軽々抱えて全力ダッシュしていましたよ?」
「俺はもう考えるの止めたぞ。お前も忘れろ」
「いやいやいや、とーてームリっすわー……」
そんな彼らの言葉も届くことはなく、ウィンディアから降りたルガートはまだ確定はしていないがダンジョンかも知れない場所を示す。
「ジョシュア、お前んところのこの土地の一部は海に張り出た崖になってるだろ? その一部か崖下が洞窟型になってる可能性が高い」
先ほど見てみたものの見事に抉れた崖っぷちに全容は知れないが、ダンジョン特有の異様さを感じたルガートはほのかな確信を持っていた。
おそらくあると踏んでいい。
「ほんとうか!? す、凄い! 地下型ダンジョンはどれも大抵は森や山などに多く見受けられる固定型のものだったんだぞ!? 自然に発現されたダンジョンでも洞窟から連なってできるなんて稀もいいところだ! 洞窟から地下へ潜るなら構造はどうなっているんだ!? あ! もしかしたら父上が何か知っているかも知れないぞ! ルガート、急いで帰ろう!!」
「……おう」
「どうしたルガート! 急におとなしいな!!」
「いや、はしゃいだ自分が少し恥ずかしくなった」
「なぜだ!?」
「なぜだろうな」
主にお前のマシンガントークに冷静さを取り戻したと言えばいいか。
イメージとしてはゲイシール




