83.レベルの差
「これは昨年、君と初めて会ったブルースター公爵家での夜会の帰りに寄った子爵領で購入したものだ」
「領収書とかあります?」
「確かまとめていたはずだ。聞いてみよう」
魔力を込めた呼び鈴に話しかけ、しばらくしてからノースタックス家の執事が現れる。
その手に数枚の書類と手紙らしきもの。
「ビフェル様、こちらでお間違いないかと」
「ありがとう。マグニスタ、君も少し聞いてくれ」
「はい。何用でございましょう?」
呪いのアイテムの説明を始めると、目に見えて蒼くなっていくマグニスタ。
どうやら彼も噂は知っていたようだ。
「以前よりお噂は耳に入れておりました。まさか、そのような物とは」
「俺も偶然知った物だが、既に何人かの貴族の手に渡っているし、被害も出ている。ことが大きくなる前で良かったと思うしかない」
だが今一歩発見が遅ければセストラ領と同じことになっていた。
あちらは今、泥の被害に遭っている。
ノースタックス領は酷くて干魃一歩手前だったのかもしれない。
ルガートが呪いの件に触れてたのは、不幸中の幸いとも言えた。
「そうだな。ルガート、これは、君が浄化してくれないか」
「証拠として残しておけるが?」
事実ルガートはハシェットのアクセサリーを残していると告げるが、ジョシュア達は揃って首を横に振って返答した。
「君が関わっているならそれも絶対に輩の手には渡るまい。それよりも、領地の者達や、家畜達が最優先だ。先ほど君に手を加えてもらったから領地の心配はないだろうが、不安の芽は摘んでおきたい」
「マグニスタもそれでいいな?」
「ビフェル様のご随意に」
頭を下げるマグニスタ、そしてルガートを見つめた二人に肩を竦めてルガートは呪いのアイテムに手を伸ばす。
光魔法の浄化は多種多様。
バッドステータスの毒から始まり、もちろんながら呪いも加わる。
ガレッソに英雄時代の戦いで受けた呪いのオンパレード実体験を聞いていたからだろう、真っ先に浄化を極めたルガートは、そのえげつなさから浄化に関する魔法を教わるだけ教わった。
発現した光魔法の輝きにジョシュアはいつものキラキラした目を向け、ビフェルとマグニスタは光魔法を初めて見たらしい、とても驚いている声が聞こえた。
浄化を終えてピンを隅々眺めて頷く。
「……うん。綺麗に消えたな。残滓もない」
「再び蓄積される可能性はございませんか?」
不安げに尋ねてきたマグニスタに、ビフェルも顔を曇らせる。
執事やメイドのネットワークも侮れないからこそ、噂もここまで届いていたのだ。
目に見えないからこそ、恐れる。
「それならこれはもう破棄するか破壊した方がいいだろう」
購入して間もないものだったろうに。
再度眺めるが、呪いはしっかり消えている。
せっかくの精巧品だが、彼らが安心できないと言うのであれば、それも仕方がない。
作り出したのが呪いの製作者でなければ、真っ当に職人として生計を立てられたのに、残念でならない。
「ルガート君、申し訳ないが破壊を頼む」
「では」
手のひらの上でラペルピンを結界の中に閉じ込め、高火力の熱で一気に溶かす。
蒸発するまで見届けると、三人三様の目が点とした表情を向けられた。
すぐに胡乱な目に変わったジョシュアを見て、似たような顔を高貴な奴から最近向けられた気がするなと笑う。
「ルガート、躊躇いがなさすぎだ」
「壊せと言われたからやったまでだが」
「はあ。規格外め」
「恩に切る、ルガート・ボスティス様。貴方には返しきれるか分からないだけの借りができました」
いきなり改めた口調のビフェルに止してくれと首と手を振る。
「今まで通りの接し方でチャラにしてください。これに関しては黙っててくれると助かる。まだ調査中なんで」
ハシェットが先立って行ってくれている調査だが、果たしてどこまで進んでいるか。
一応、今日のことは彼にも報告した方がよさそうなのであとで手紙を書いておこう。
「この件を無しにしても、領地をすべて回った訳でないにしろ、君の魔法で大地はまた芽吹き返す。それが一番大きな恵みだ」
大袈裟、ではない。
ここは畜産がメインの領地なのだ、いわばブランド肉と言っていい。
市場に出回らなくなれば別の土地の肉類の価格帯が値上がりするだろうし、そちらに客が流れかねない。
領地の死活問題に貢献できたのなら、願ってもないだろう。
肉は大事だ。
「じゃ、たまに温泉でリフレッシュしに来ることをお勧めする」
噴き出すビフェルに笑いながら、続く言葉も容易に理解できた。
「商魂逞しいな、貴族だろうに」
「温泉地はその場から動けないからな。アピール機会はねじ込むことにしている」
「そういえばルガート! ノースタックス領でも温泉っぽいものを見つけた気がするんだ。君の領地側に近かったから訊ねたかった」
ジョシュアも領地で家畜の飼料がないがあちこち探しているらしく、その最中に見つけた場所だと興奮気味に聞いてくる。
「じゃ、明日そこに行ってみるか」
「そのまま帰るか?」
「場所が危ないようならケインは連れて行けない」
今は体も空いているし、何より初めての土地だ、滞在日数を延ばすのも悪くない。
「丘陵地帯だから大丈夫だ。そこ周辺に出る魔物はこの前、俺が倒した! しばらくは出ないといいが」
「お、今レベルは?」
「ふふふ……聞いて驚け! その時一七になった!」
「おー、凄いな」
拍手するルガートに、今日はそればかりだと言いたくなるジト目のジョシュア。
先ほど踏ん反り返っていたのに何の不満か、明らかに嫌味かと言外につつかれる。
「……。ちなみにルガート、君は今、レベルはいくらなんだ」
「三八」
「「「……」」」
“竜の籠”での乱獲や地下型ダンジョンにアホほど単身赴いたんだ、妥当のレベルだろ。
ちなみにガレッソのようにステータスは見れないが、己のレベルが上がる瞬間は分かる謎仕様。
謎なシステムだ。
そこが乙女ゲームの仕様と今は理解している。
嫌な理解だ。
「君は、ジョシュアと同年だよね?」
ドン引きしているビフェルの顔はこの先きっと忘れないだろう。
物凄い顔だ。
しかし、自身以上の規格外が家に居るものだから、ルガートはあえてスルーするのだった。
「君が来てくれて本当に助かった。ありがとう」
「今更なんだよ」
夜、ハシェットに手紙を書き終え、向かいのソファーに腰を下ろすジョシュアに明日送る手配をしてもらうようテーブルに乗せておく。
内容は見ても構わなかったが見ないように努めていた少年に笑い、そんな言葉に肩を竦める。
今日ばかりは度数低めのお酒を飲み、程よく酔っていたジョシュアの手からグラスを取り上げ中身を飲み干した。
ルガートの酒はまだ中身があるので、そちらにも口をつけながら静かに沈む声を聞く。
「違和感は感じていた。だが、魔力がない俺には分からなかったし、呪いなんて初めて見た。前に君が言っていたな、魔法は使い方次第だと。今日ほど痛感した日はない」
展覧会で領地の内情を軽く話していた時は、ルガートだって予測し得なかった事態なのだ。
悔やむことではない。
まして、探知魔法に引っかからない呪いを持っていたなど、誰が責められる。
「呪いに関しては果たして魔法かまだ分かってないけどな」
「それでも、俺は感謝してる」
しんなりしている雰囲気に昼間とのギャップが酷すぎて頭を無理やり掻き乱した。
「調子が狂うぞー。明日は温泉かも知れないってとこに行くんだ、お前も早く寝ろ」
痛がらない程度に頭をはたき、ドアの外まで見送る。
ルガートが使用させてもらっているこの客間のベッドでは、既にケインが健やかに眠っていた。
今回の件に関しては、誰もまったくの知識外のことだ。
気に病むなと何度言っても彼は振り返ってしまうのだろう、話題を変えてもまだ落ち込みながら部屋へ戻る少年の後ろ姿に気付かれないよう苦笑する。
朝になって気持ちを切り替えてくれればいいが。
ケインを起こさないようそっと布団の中に潜り込み、ルガートも明日に備えて眠りに就いた。




