83.ノースタックス領
軽やかな蹄の音、楽しそうな高い声。
高くなり始めている雲の白さと栄える青空、景色良好、見事な牧草風景。
「のどかだ」
「地味だろう」
「何で? 俺は好きだぞ、こういうの」
兼ねてよりタイミングが合わず、ずっと先延ばしになっていた。
現在、ルガートはジョシュアの領地、ノースタックス領へとお邪魔していた。
「にいさまー! ウィンディアはやいでーす!」
「落ちないようになー」
「はーい!」
四歳に成体の馬は流石に危なすぎるので、ジョシュアの家からポニーを借りて歩かせていた。
ウィンディアも気遣わしげにポニーに緩急はあるものの歩いてくれている。
厩番の若者も落ちないか側で焦りながら添ってくれているので、こちらもそこまで気にしなくてもいいが、念の為、ケインに衝撃耐性魔法をかけて準備は万端にしてある。
楽しそうで何よりだ。
領地がお隣だから弟も連れて来られたが、来てよかったと今なら思う。
手を振り返しながら改めて拗ねているらしいジョシュアに視線だけずらし、苦笑した。
最近はルガート自身があちこち移動ばかりで忙しかったのだが、こうしてのんびりとした時間を取れるのが一番難しいといつ気付くやら。
「いつの間にかエトラン子息とも随分仲良くなってるし、ギルドとも仲良くなってるし、火竜のみならずダンジョンも見つけたとかさぁ、君は、何なの?」
「くさくさするなよ。そんなお前に朗報だ」
「なに?」
ジト目の暗さが鬱陶しい。
ブイサインを控え目にしながら、ニヤリと笑う。
「光魔法と闇魔法が使えるようになった」
「はあ!? な、何だそれ! 君は! 規格外を! いい加減自覚してくれないかな!? 全属性だと!? 一体どこを目指してるんだい!」
うん、これでこそジョシュアだ。
感慨深く頷きながらこのツッコミをしばらく体感していなかったなとしみじみ思う。
まさか己が罵倒されることに安堵を覚える日が来ようとは。
「なに一人で納得しているんだ! 自慢したかっただけなのか!?」
「朗報だって言ったろ? お前の魔力吸収が少しだけ分かった」
「はあ!? あ、びっくりした、俺のことか」
「ツッコミが過ぎると混乱するのか」
「君がいつもとんでもないことをやらかすからね。矛先がいきなり俺に向けられたから反応が遅れてしまった」
「理不尽ー」
改めて覚えた闇魔法に話を移し、まだ勉強中なので今日どうこうするつもりもないことを添えておく。
闇魔法に関しては扱いがかなり難しく、現在も初級魔法だけしか成功していない。
「お前のそのよく分からん体質、おそらくは闇魔法だ」
「……え?」
「魔力吸収は闇魔法以前に、特異だ。つまり、この先どんだけ頑張っても闇魔法しか使えない。と、思う。多分」
自信もないのでかなり曖昧な結論なのは見逃してほしい。
そんなルガートに気付かず、目を最大限に見開くジョシュアはプルプルと震えていた。
今までの苦労を考えると少し申し訳ない。
「な、な、何だと!? あれだけ頑張ってたのにか!?」
「悪かったって。俺も知らなかったんだ」
「君を責めてはいない! 君はいつも考えてくれていたろう! 感謝しかない」
急に褒めそやすなびっくりした。
「では、これからは闇魔法を覚えればいいのか?」
「それも何とも言えない。王都でめぼしい本は読んだんだが、魔力吸収に関してはまったく記載がなされていなかった」
「つまり未知か」
「そうなる」
イルガゲートから貰った写本ですら詳しい記述は書かれていなかったくらいには、マイナーな体質なのだろう。
そこで一つとある提案をするルガートの話を聞き、ジョシュアも笑って頷いた。
満面の笑顔にいいのかよと苦笑した。
「君なら悪く扱わないさ。俺は相変わらず魔法は使えないが、君の魔法を間近で見ている。暇とは無縁だ」
「やれやれ、奇特な友を持ったもんだ」
「どちらかというとこちらのセリフだな!」
お互い笑い合いながら話し続け、ケインも十分楽しんだようなのでジョシュアの家へとお邪魔する。
少年の機嫌などとっくに上向いてて噴き出さないよう大変だったが、これが彼のいいところ、長所なので憎めない。
出迎えたのはジョシュアの兄、ビフェル。
実はこのノースタックス領に来て二日目だった。
「ビフェルさん、魔力は馴染みましたか?」
「ああ。昨日は見苦しい姿を見せてすまないね」
昨日の昼にお邪魔したルガートとケインは出迎えてくれたジョシュア達に案内されるまま談話室へと向かい、とりあえず事前の手紙のやり取りで二、三日の宿泊予定で話はつけていた。
魔力操作の話をジョシュアから聞いていたビフェルにも施して欲しいと言われ、談話室に着いた途端話を持ち出されたので二もなく返事を返して今まで幾度となくやって来たそれをビフェルに行った。
瞬間にぶっ倒れた姿に殺してしまったのかと頭が真っ白になってしまった。
しかし、医者の判断では単に物凄く激しい魔力酔いだそうで、いきなり高濃度の魔力を注入されて卒倒し、魔力枯渇をすっ飛ばした技術だという。
そこまで魔力を渡した記憶はないが、すぐさま横から規格外と小声で呟かれ頭を掻く。
もしかしたらビフェルも魔力吸収をしやすいタチなのではと考えた。
「正直、殺人者になった気分でした」
「いや、本当にすまない。しかし一日寝たお陰でだいぶ浸透したよ。今まで以上の魔力操作の容易さに私自身が驚いている」
「ビフェルさんはジョシュアよりいけそうだな」
「ああ。試したら良い結果がでるかもしれない」
「? 何の話だ?」
以前、その土地に土魔法を使って活性化できるか試していたジョシュアはルガートに説明されていたことをそのまま兄に話し出す。
見る間に真剣な表情へと変わっていったビフェルが、ソファーから立ち上がった。
「やってみる価値があるな!」
ブルースター公爵家での夜会の時に見た冷静さとは皆無の笑顔と、今にも勇んで走り出しそうな青年を慌てて制止する。
領地に関わるからか、意外にも後先考えずに向かう様は建国祭に訪ねてきたジョシュアを彷彿させた。
ジョシュアと二人で青年の服を掴んで思いとどまらせる。
「ストップストップ。ビフェルさん、昨日倒れたばかりで無謀すぎる。また倒れるぞ」
「だがルガート君、家畜達への食糧事情に関しては割りと深刻化していてね? 土地の土をひっくり返したり、できるだけのことはした。これ以上の改善法があるのであればやってみたい」
「あんたはまずもっと魔力を定着させてからの方がいいから。馴染みきってない魔法を使うたびに倒れられたら周りもいい迷惑だろう」
「む。それもそうだが……」
お詫びとして、ここはルガートが受け持つと笑いながら立ち上がる。
驚く二人の兄弟は同じ顔をして見上げていた。
「ルガート、それだと……」
「いや、明らかにお詫びしないといけないのはこっちだからな。ビフェルさんも仕事があったのに倒れさせたんだ。忙しいんだろ?」
「しかし」
「黙っとけ。なんなら一筆書くか?」
「なぜ友からそんなものを貰わなければいけない」
真面目な顔をして即答するジョシュアに笑いながら今度はルガートが上機嫌に外へと出て行く。
当然、二人も続いてケインはポニーに乗せられた。
問題となっている牧草地は気候は良好だが異常なまでに土が痩せ細り、一応は植えられているものの、その生育は可哀想なくらい。
初夏の気候も安定し、水不足という訳でもないあまりにも異常な状態から、他に何か原因があるのではと眉間に皺が寄る。
魔法は施したが、あまりの異様さに動物達ばかりか人にも影響していそうな深刻な状況を見て、口端を上げて振り返る。
「牧草の他の作物関係全般見て回りたい。案内してくれ、ジョシュア」
「分かった」
そして、行き着いた先で頭を抱えそうになった。
「呪い」
「俺も正直驚いている」
「まさか、こんな辺境の土地で何を呪うというんだ」
「無差別という線もある」
ノースタックスの屋敷に戻ったのは夕食前の微妙な時間、三人はテーブルに乗せられたそれを見つめ、頭を抱えた。
テントウムシのラペルピン。
ちなみにケインはかなり遅めのお昼寝で席を外していた。
寝そべってる牛を眺めるの結構好きです。




