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82.兄の執念

「トキ、来年までに字は覚えられるか?」

「頑張ります!」

「トキの頑張り次第で引き抜ける時期は早めていいそうだ。大変だろうが、ミヌス達にもサポートするよう伝えておく」

「はい! ルガート様、オレ、絶対に頑張りますね!」

「期待してる」


 覚えている道に出るとここまででいいとトキと別れ、別邸には暇を持て余して草を毟るフリをして遊んでいるウィンディアを呼ぶ。

 そのまま通用口に向かい、今度こそ帰る旨を伝えるとシェリントンから道中で食べるようにと弁当まで作ってもらってお礼を言う。


「ミヌス、トキを頼む。スパルタでよろしくな」

「かしこまりました。腕が鳴りますわ」

「じゃあもう行く」

「はい。行ってらっしゃいませ」

「行ってきます」


 ここも第二の実家だな、と笑いながらウィンディアを連れて門をあとにした。

 王都の街から出るまで馬車とは別に、馬には原則乗れない決まりなので手綱を引きながら街の門が見えてくると最終的に実家に着くのは早くて三日後。

 完全に当初に伝えていた期間を過ぎていたので、もう諦めるしかないだろう。

 想像していた通りといえばいいが、できれば当たって欲しくなかった出迎えはケインの号泣大絶叫で終わりを告げるのだった。




 ——ルガート・ボスティス

 金髪碧目、背中まで伸びる長い髪は幼い頃に負った傷を隠す為に伸ばしていたもの

 右目は失明しており、しかし訓練の結果、健常者と同じだけの立ち振る舞いをしてみせている

 人間不信は傷の過去と冷え切った家庭環境が原因で初対面では冷たい態度を取られがち

 家族は兄との確執が深く、家の中ではことあるごとに糾弾されている背景がある

 入学式で出会ったヒロインの屈託のない笑みに最初は警戒していたルガートだったが、攻略していくと次第にその心優しいヒロインの言葉に癒され、好意を向けるように

 だが、他の少年達と並ぶ姿に嫉妬心を燃やしていく様はヤンデレ好きのユーザーに爆上がりの人気を獲得していく



「……誰これ」

「俺らしい」

「うちの弟は嫉妬心と対極にいるな。ところでこの攻略とかヤンデレとかユーザーとは何だ?」

「知らね。何でもその未来の一つらしい俺の辿る道では人気らしい」

「誰に人気なのか甚だ疑問だが、なるほど、なかなか奇天烈な妄想だ」


 ルガートが出たその日の内に書いたのか、到着した翌日に届いた手紙を見て、それを週末だからとなぜか実家に帰ってきていたジミトリアスにも見せた。

 今日明日の内に王都へ帰る暴挙をするらしい。

 チェリブロからしてみたら何を血迷った!? と言われそうだが、面白かったからとしか。


「だがこれ、逆手に取れないか?」

「と言うと?」

「この家庭環境最悪の件は使えそうだと思って」

「ふむ、お前はあくまで中立派で装うつもりらしいからな。確かに、家庭内で確執があると分かれば取り込もうと近付いてくる輩も多そうだ」

「まあ兄貴が俺に冷たく遇らう真似ができるのか甚だ疑問だが」


 この通りに行動するならいつか発狂するなと想像できるくらいには家族馬鹿なのは見て取れる。

 笑えばルガートも同様だとジミトリアスは真顔で返した。


「分かってて言うなら酷いぞルガート?」

「悪かったって。ほら、兄貴に一番にやるよ」


 守り石に魔法を施し、出来上がったのはネクタイピン。実はこの為だけに帰ってきたジミトリアス。

 学園に戻るのだから、ネクタイで過ごす話を考慮して作成した見本ともいう。

 真実は伏せて手渡すと満面の笑顔でお礼を言われ、ふにゃふにゃのその顔を見て本当に偽装する気はあるのかまた疑問符を滲ませるのだった。


「にいさま! ぼくにもつくってください!」

「おお、当たり前だろ? ケインはまだ小さいから、替えが効くボタンになるよう作るか」

「! ハンナにボタンのだいざがないかきいてきますね!」


 可愛らしい動きでちょこちょこ部屋を出て行ったケインを見送り、両親の分の守り石を先に作成していく。

 ここはルガートの自室で、帰ってきたのだと実感して早速行ったのは守り石の作成だった。


「失礼します。坊っちゃん、お呼びですかな?」


 丁寧なノックのあとに顔を覗かせたのは我が家自慢の衛兵長様だ。


「ガレッソ、仕事中に悪いな。守り石作ってるんだけど、形状とか邪魔にならない構造ないか?」

「仕事に差し支えますし、帯剣などに編み込めるようにしていただけたらありがたいですな」

「じゃあベルトの穴に通せるジビッツにしとくな。他の奴らにも同じのでいいかな?」

「大丈夫かと思いますよ」

「分かった。ちなみにガレッソ、他属性の魔力操作はどうなってる?」


 にっこり笑うガレッソに、順調かとルガートも笑みを浮かべ。


「全然ですな!」

「何の笑顔だ」


 高笑いする男は相変わらずだった。


「冗談でございますよ。今のところ、火と風が上級魔法まで習得しております。水が厄介で、なかなか難しいですね」

「いや待て、一気に二属性をもうほぼマスターしてるのさらっと言われても」

「ガレッソが規格外だから言うな、ルガート」


 のほほんとしているが元英雄である。

 ジミトリアスとドン引きしながら笑う男はまた仕事の持ち場へと帰っていった。

 入れ替わりにケインが戻ってくると、さすがはハンナ、ちょうどいい手頃な台座を持ってきてくれたので守り石をくっつけてケインに手渡す。


「ありがとうにいさま! たいせつにします!」

「壊れたら石の役目は果たしてる。その時はまた作るから遠慮せず言えよ?」

「はい! にいさま大好き!」

「俺も好きだぞー」

「んんん。うちの弟達ちょう可愛い」


 慌ただしいジミトリアスを見送り、夕食はいつも以上にのんびりできたのは実家だからだろう。

 夜、メイドや執事達にも守り石を渡し終えたルガートはガレッソを伴ってヴァスを匿っていた洞窟へと来た。


「よもや呪いのアイテムを再び見る日が来るとは思いませんでしたな」

「見たことあるのか?」

「魔王軍の一派に堪能な術士がおりました。私が光属性の特化型でなければ、いっとき全滅の危機もあったくらいには馴染みがありまして」

「やな馴染み深さだな」


 その凄惨な戦い振りもよくよく伝わる。

 大変だと一言で終わらせてしまうにはあまりに苛烈な旅だ。


「魔王を討ち倒し、その一派も一網打尽にしましたが、まさか人間が呪いのアイテムを作り出す時代を見ることとなるとは……世も末ですな」


 標的も貴族のようだし、魔族の残党の線も念頭に入れておいた方がいいだろうか。

 今はまだ範囲は絞り込まないでいよう。


「こんなのの為に周囲の奴が不幸になるのは見過ごせんからな。これはここに隠しておく。必要となる日まで埋めていいか?」

「坊っちゃんのねぐらです。お好きに使われませ」


 空の水瓶をひっくり返し、クラバットピンの上に被せて強化魔法と固定魔法で動けないようにすると、一番奥から三メートルほどの距離を魔法で潰した。

 中身は無事だろうが、掘り起こすには骨がいるだろう。

 ねぐらもすっかりなくなってしまい、崩落危険の注意喚起用の看板は事前に建てていたので近寄る人はいないが、念の為に。


「新しいねぐら探すかー」

「いっそ木の上に建てられてはいかがかな?」


 ツリーハウスってそんな気軽に造れるものなのだろうか。

 魅力的ではあるけど。


「いや、裏に野晒し温泉あるし、そこの近くに小屋でも建てたらどうだ?」

「それも乙ですな。お手伝いの際はお呼びくだされば喜んでお供いたしますぞ」

「決定。今度やろう」

「楽しみですな」


 明かりもつけずに夜道を歩く楽しげな声は夜に活動する魔物など毛ほども怯えておらず、逆に出現したら叩きのめすとばかりに剣を抜く準備だけは怠らない二人は、最後まで襲われる機会はなかった。


「では坊っちゃん、おやすみなさいませ」

「おやすみガレッソ。今日は助かった」

「なんの」


 からっと笑うガレッソと別れて窓から部屋に入ったルガートは、着替えて就寝。

 ここにジミトリアスがいたなら、窓は出入り口ではないと確実に突っ込まれていただろう。

行きで既に話をつけているので、強行軍の準備は万端な長兄。

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