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81.頭の正体

 翌朝、まだ日は昇りかけているさなか。

 すっかり貴族の格好をしまい込み、冒険者にしか見えない風貌が屋敷の使用人通用口から出て行く。

 フードを目深に被ってウィンディアの餌を与えブラッシングまで整えていると、門から現れた小さな影に厩番に残りをお願いしてウィンディアの首を撫でて待機するよう囁いた。


「おはようございます、ルガート様!」

「おはよう、トキ。王都にいる間、外で名前を呼ぶのは控えてくれると助かる」

「分かりました! あ、でも(かしら)に紹介する時はどうすんだ?」

「そうだな……風繋がりで油風にしとくか」

「あぶらかぜ様……似合わねーよ」

「偽名に合う合わない求められてもな」


 トキと小さく潜めて笑いながらねぐらへの案内は人を避けて進んでいるのにコフトの宝石店にほど近い、街の中心地区で驚いた。

 細く入り組むそこは建物が高いからか、位置感覚も狂いかける場所で流石だなと口の中で転がす。

 進めば進むほど不気味に人の気配は無くなり、中心地区なのに妙なものだと表情を消していく。

 ここですと到着した縦長の一軒家の建物の中へと入って行くと、敵意はないが複数の視線を受けたように思える。

 だが、人の姿は見えなかった。


「頭は夜の活動が多いから、昼間は寝てるんだ。地下だよ」

「手間をかけさせるな」


 地下と言ったがほとんど半地下で、天井が低い造りはルガートには少々手狭な印象。

 廊下ですら気温が一定し、魔法か何かで程よく快適にしているのかと疑うくらいには暖かかった。

 薄暗いが横並びの三部屋ある内の二番目の部屋へ、トキは元気なノックを叩く。


「頭! 俺の主人連れてきたよ!」

「おチビさん、頭に響くからもう少しボリューム下げてなさい? 貴方は部屋を出なさい。聞き耳立てたら一週間は鼻曲がりの魚出すからね」

「ヒェッ、し、しないよ!」


 慌てて部屋を後にしたトキに笑い、薄暗い奥のベッドから億劫そうに起き上がったのは女性だった。

 しかも若い。

 年上ではあるが、成熟した女性でもなさそうだ。


「さて、私はまだ寝てないからこんばんは」

「こんばんは。俺の訪問はこの風駆(かざか)けの組織には関係ない理由で訪れた。仕事とは切って話し合いたい」

「ええ。あの子の名前を聞いた瞬間、ピンときたもの」


 酒を勧められたがこれから帰る身なので丁寧に断る。

 肩を竦めて寝酒程度の量に上着を羽織る衣擦れの音、女性はようやくここでサイドチェストの灯りを点けた。


「初めまして。私は前世持ちの元日本人です。前世も今世も性別は女、この世界ではチェリブロって名乗ってます」

「……チェリーブロッサム?」

「あはっ。前世の名前、桜だったんです」

「いいんでないか? 似合ってる」


 不思議なことに、トキとよく似た色彩の瞳だった。

 そのピンク色は何か特別な魔力でもあるのかと考えながらも自身の自己紹介もまだだったとフードを取り払う。


「自己紹介が遅れてすまない。俺は」

「ルガート・ボスティス!?」

「……は?」


 なぜ言い当てられた?

 驚きに硬直したルガートはチェリブロの謎の満面の笑みに気後れする。


「ルガート! 本物!? ううっそ、マジで!? やだ全然気付かなかった!」

「……どこかで会ったか?」

「いやー! 何その困り顔めちゃくちゃ可愛い! やだ最推し尊い!!」

「日を改めた方が良さそうだな」


 踵を返してサクッと帰ろうとしたが慌てた声に引き止められ、眉間に皺を寄せながら振り返る。

 まだテンションが微妙な雰囲気で、本当に残っていいものか迷うところ。


「ごめんなさい、弁えますから、話を続けましょう」

「話す気がないと判断したらすぐに帰るからな」

「はい、ごめんなさい。この通りです」


 ベッドの上で土下座をかましてきたチェリブロに止めろと頭を上げさせ、少し離れた位置にある椅子を勧められたのでそこへ腰を浅くおろした。

 いつでも出るぞと理解したらしく、先ほどのテンションもナリを潜めてチェリブロは咳払いをひとつ。


「ええと、ルガートの前世の記憶は」

「一応ある。だが、今世とは切り離しているから特に問題ない。とりあえず俺も前も今も男で日本人だった。……気が触れたのかと思ったぞ」

「はい、ごめんなさい。ルガートは知らないようなので説明しますと、ここ、乙女ゲームの世界なんです」

「……なんて?」

「聞いたことない? ギャルゲーの女性版のようなものです。私、死ぬ前までやってたのよねー」


 ない頭痛を治めるように頭を押さえ、斜め上の回答にとにかく整理する。

 ここ一番の動揺を抑えられない。


「ゲームな、うん。乙女ゲームの意味もまあまあ分かる。うん。つまりあれか、あんたの反応は、うん……知りたくないが、俺がその、ゲームのキャラクターの一人という設定か?」

「その通り!」


 いい笑顔だ。

 正解してここまで嬉しくないなんて初めてだ。


「ルガート様は眼帯姿はちょっと厳ついけど、それを上回る儚げな雰囲気と影のさす背景が好きだったのよね。家庭の事情も後ろ暗くて私はドンピャの好みで推してました」


 誰だそれは。


「ふうん」

「ルガート様の目の事情ももちろん知ってるし、その見えない素振りを一切見せずに振る舞うから、好感度MAXにさせた時の甘えたギャップが激しくのたうち回るほど刺さりましたね!」

「ちょっと人で妄想されるの勘弁してもらいたい」

「ゲーム内でのお話なのでご容赦願います!」

「却下。何の拷問だよ」


 もう自分の目が死んでるような気がする。

 もう一度言いたい、何の拷問だ。


「……? あ、そっか。転生者だから、性格にも違いが現れたんだ」


 一人で自己完結しているチェリブロにテーブルに肘をかけ、手に顎を乗せる。

 若干まだ寒気が引かないが、嫌そうな顔を見て納得している様子に溜め息を吐き出した。


「ゲーム内でのルガート様の印象は結構穏やかな雰囲気の少年なのよ。が、ヤンデレキャラだったんでそのギャップがね」

「ヤンデレってなんだ」

「名前の通り、精神的に病んでるキャラってことです。ヒロインにベタ惚れMAXになると拉致監禁して鎖で繋いで、共依存に貶めてからベッタベタに甘やかすド甘いエンディングを迎えます」

「ツッコミ待ちか?」

「至って正常」

「マジか」


 顔を覆い隠して更に疲れた気がする。

 何だそのエンディング、拉致監禁されてるのにそれが終わりでいいのか?


「ルガート、乙女ゲーって大概こんなもんですよ?」

「もはや別人だからな。よし、切り替えるぞ。違う情報話してくれ」

「やー、ますます一致しない。いや不良系っていなかったからこれはこれでなかなか……。ルガート、素でその性格なんですか?」

「あ? ああ。いつもこんなだが」

「じゃあ原作乖離の可能性がありますね」

「というと?」

「今のルガートの性格では話が進まないし、おそらくヒロインと接触しても進展はないかと」

「せんでいい」

「いやいや、これがそうは問屋が卸さないんですよね」


 転生なんてのに自身が体験しているばかりに、強制力がーとチェリブロは大雑把ながらに話してくれるのは有り難い。

 しかし、詳細を細かに聞くには時間がなかった。


「詳しい話は手紙に認めます。その方が現状確認もできるかと思いますし。何よりルガート、もはや別人」

「悪かったな」

「ええほんとに。私のルガート様を返してくださいよ」

「妄想でこさえろ。ヤンデレとか意味分からんわ」

「なので、貴方のことはちゃんと人として見れます。残念なことに」

「惜しむな怖気だ」


 とりあえずは帰らなければならない時間が刻一刻と迫っているので今日はもう引き上げなければ。


「こっちも本題があったんだ。チェリブロ、一人前になったらトキを引き抜きたい」

「いいですよ?」

「……風駆けのルールがどうのと聞いていたが?」

「そんなの子供なんだから当然ですよ。心身共に自立してよしと判断したらいつでも引き抜いてください」


 つまり孤児院的な方針で育てていたと思っていいのか。

 懐からギルドで稼いだ金をテーブルに置き、驚いているチェリブロに口端を上げる。


「少ないと思うが寄付だ。お前も酒ばかり飲んでないで、ちゃんと飯食えよ」

「……やだイケメン! 新たな扉をありがとう!!」

「気持ち悪いぞ」

「本気で気持ち悪そうにしてるのがまた……! いやでもそのお金は受け取れませんよ!」

「個人的な資金だから問題ない。トキの身の回りのこととか、組織の足りない物に回せばいい」

「ううわ、あれ? 俺様キャラかと思ったけど、あれ、こっちもめちゃくちゃ美味しくない?」

「あぶらかぜ様ー、そろそろ七時になりますよー」


 遠慮がちに遠くからトキの声に今行くと告げ、今度こそ行くぞと振り返ると、もの凄く微妙な顔が見上げていた。


「油風?」

「春一番よりマシだろ?」

「センスが微妙」

「知ってる。じゃあ今日は色々助かった。来年の春は学園に行くから、手紙のやり取りはそちらに移った際にまた連絡していいか?」

「はーい。手紙は日本語で書く?」

「任せる。じゃあな」

「じゃあねー」


 あっさりとした別れとなったが、来た時より疲れがあるのはあのテンションのなせる技か。

 トキの頭を撫でながら帰りも案内してもらい、チェリブロのねぐらをあとにした。

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