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80.罠とは考え難い

「貴族の暗黙のルール面倒くせぇ」

「開口一番によく分かる現状をありがとうございます」


 エトラン公爵家へお邪魔したルガートは、くつくつと笑うハシェットの隣に腰を下ろしている彼の妹、カーラに視線を向ける。

 一家で王都を訪れた際、誕生日に来てくれた彼らはあからさまな他人行儀であった。

 しかし、ロンブラン辺境伯の三男、アレックスから妙な因縁をつけられ返り討ちにした行いが彼女、他令嬢にはショッキングな光景だったせいで、その後の夜会は遠巻きに見られるばかりとなる。

 ブルースター公爵家の夜会に呼ばれた時も怯えた顔をしていたが。


「ルガート様、言葉を率直に表しすぎるのはよろしくありませんわ」

「頭じゃ分かってんだ」

「いいえ、まったくと言っていいほど分かっておりませんわ。まず表情を読まれることは足元を掬われるのと同義でございます」


 なぜか説教されていた。

 割りと真面目に。

 避けられていた筈が一転、かなり協力的な姿勢のカーラに戸惑うなと言う方がおかしいだろう。

 ハシェットだけ訪ねてきたルガートは連れ立って登場したカーラを見て唖然とした姿に、更に説教に拍車がかかった現状。

 俺が悪いのか。


「ルガート、君が訪ねてきたからてっきり側近候補になってくれるとばかり思っていたのに」

「まだ言うか」

「お兄様、話が脱線してしまいますわ」

「腹芸は一旦置いとけ、本題はこれだ」


 懐から取り出したクラバットピンをテーブルに乗せ、ハシェットには返すつもりはないので自身の側へ置くだけで体を前のめりにさせる。


「まず、ギルドの鑑定は二人に確認してもらったから確かだ。お前の所有物と言っていないからそこは信用してほしい」

「元より頼んだ手前です。心配していませんよ」

「お兄様、これはお父様からプレゼントされたものでは」

「少し厄介な事情だ。退席するなら今だぞ、カーラ嬢」

「……。いえ、お聞きします」


 目元に力を込め、扇子を持つ手が若干震えていたが大丈夫だろうか。


「これは呪術を用いたアイテムのようだ。時間経過で周囲を貶めていく呪いがかけられてる」

「所持しているだけで?」

「ああ。所持者は気付かないままだ。貴族を狙った犯行の線も浮上している」

「そんな……」

「父上に宝石商と連絡がつかないか尋ねたのですが、どうやら今王都にはいないようでね。足がつくのを恐れてか、標的を変えたのかは定かではありません。特徴も聞きましたが、使い捨ての可能性もあります」


 深追いも止めた方が良さそうだ。

 嘆息しつつお茶で喉を潤して、似た者が現れたら逃さないよう引き止め繋いでおくとにこやかに笑うハシェットに引きつつ、頷くだけにする。


「ギルドに応援要請がかかっているセストラ伯爵領の泥の件についても念の為、この呪いが絡んでいるか探ってもらう予定だ」

「セストラ伯爵は藁にもすがる思いでしょうね」

「自分の首を自分で締めてんだ、世話ねえよ」

「やれやれ、耳が痛いね」

「ルガート様、では、そのピンは貴方がお持ちになってはよくないもの。お返しくださいませ」

「断る。入り用になるまでは預からせてもらうさ。大事な証拠だからな」

「ですが」


 表情を曇らせたカーラに肩を竦め、クラバットピンを再び懐に戻す。


「こっちだって肌身離さず持つつもりはない。領地にあるねぐらにでも置いとくさ。所持者がいなければただのアクセサリーだからな」

「ねぐら……無頼漢のようですわ」


 言い得て妙なり。

 くつくつ笑いながら今現在は貴族の格好をしているルガートは姿勢を正し、用件はそれだけだと一度話を切った。


「一人で動くからあながち間違いでもないな。明日は一旦、領地に帰る」

「もう帰られるので?」

「可愛い弟がギャン泣きするもんでね。流石に日程が伸びすぎたから一日で解放されるか怪しいとこだ」


 遠い目をしながら遅れるとは手紙にも認めたものの、果たして機嫌を治してくれるか怪しいかもしれない。

 本屋で何か買ってった方がいいか。


「まあまあ、ルガート様も弱点があるのですね」

「いや? 家族を特別、弱点と思ったことはないな」

「おや、強気の発言」

「俺が守ればいいからな」

「ふふ。これだから無駄に才がある方は」


 ハシェットは嫌味のように言ってくるが、彼が魔法や剣を扱うと話をしたことがない。

 自己保身の為も過分に含み、自分で魔法を扱える好奇心に飲めり込んだ部分大概だった。


「俺のは叩き上げだから才覚云々はないぞ」

「剣を持ったのはいつなんですか?」

「五歳だ。おら、もう行くぞ? 引き留めてももう情報は出ないからな」


 席を立ち、すぐに愛用する外套を持ってきてくれたメイドに礼を伝える。


「残念です。では何かあったら手紙に」

「こちらでも進展があったらそうする。お邪魔しました。お茶いいの使ってるな、美味かった」

「君、意外と食に忠実ですよね」

「美味いものは裏切らないからな」

「はは」


 迎えの馬車に乗り込むとそのまま本屋へ向かってもらいケインへのお土産を数冊用意しておき、別邸へ戻るなりまた各所方面へ手紙を認めておくのだった。


「失礼します、ルガート様、トキをお連れしました」

「おう、ちょっと座って待っててくれ、今終わる」

「え、でも、ミヌスさんが」

「トキ、私は仕事なのでこれが通常です。貴方は今ルガート様に言われたことを守りなさい」

「は、はい。座ります」


 談話室のテーブルはすっかり紙であふれ、コフトへ出す手紙を書き終えると封蝋を冷やす間に向かいのソファーに腰を下ろしたトキに手紙を預けた。


「あとでこれらの手紙も頼む」

「当然! です」


 ギラリと睨むミヌスにぴょっと肩を上げて姿勢を正したトキに笑いながら、トキのねぐらでの情報共有はどれだけのものか尋ねる。

 当然ながら渋られた。


「内容は教えなくてもいい。どの程度の共有か知りたいだけだ」

「ええと、主に王都内の近道とか、仕える人の飯の美味さとか、最近キナ臭い場所とか?」

「トキ? 内容は教えなくてもいいんだぞ?」


 苦笑しながら頭を掻いてみたが、きょとんとした顔はそれくらいならばいいと思ってくれていたようで、ルガートは改めて訂正する。


「危険度のレベルの共有もしているのかと聞いたんだ」

「それならまあ当然かな。です。風駆(かざか)けを傍から取り込もうとする連中もいるけど、オレらは仕える主人が絶対だから、その背景だけは絶対口にしない。です。でも、いくら主人でも風駆けを使って悪事の片棒担がせる人がいたら、一気に逃げる算段はつけてる。ます」

「ふうん、手際がいいな」

「俺ら風駆けは手紙や荷物をしょっちゅう抱えてるじゃん? ないですか?」


 ちょいちょい訂正してくれているようで、その熱心さは讃えたいが、気が散ってしまう。

 苦笑して振り返るとミヌスもどうしたものかと目を伏せていた。


「……ミヌス、気になるから今は普通に話させてやってくれ」

「ありがとうルガート様! 俺らも外ではあまりおおっぴらに人に見られないように動いてはいるけど、貴族同士の繋がりを見てるし、使い捨てなんてザラだから、(かしら)が宣言したんだ。『風駆けは付かず離れず心に決めた主人にだけ尽くす。悪事に利用する奴は匂いで分かるから、危険な時はいつでも言え。立つ鳥跡を濁さず』って。オレはボスティス家、って言うよりルガート様に尽くすって頭に話したから、無理だけはするなよとしか言われてないよ」


 何かしら苦労してそうな背景が窺えるが、仲間を守る為に動いているなら組織的にトキのいる風駆けが悪事に乗っかる線は薄そうか。

 そして頭の最後の言葉に眉毛をピクリと動かす。

 反応してしまったが物真似をしていたトキは気付かず、ミヌスも動いた素振りはない。

 これは、知る人でなければ分からないのだろう。


「トキ、明日、朝一番に屋敷に来てくれ」

「朝一番?」

「いや、早すぎか? 太陽が昇ってからでいいか。大丈夫だろうか」

「問題ない! じゃあ手紙届けたら今日は帰るね!」

「その前にミヌスからお説教受けとけ」

「ええ、ええ。仕事に支障の出ない時間ギリギリまでお話ししましょうか、トキ」

「は、はあーい」

「返事は伸ばさない。ではルガート様、失礼いたします」

「程々にな」


 素晴らしく隙のない笑顔のミヌスに首根っこを掴まれ、引きずられて行ってしまった二人を苦笑しながら見送り、嘆息する。


「ワザとか、何も知らないか、どちらでもない、か」


 単純に引っかかってしまったのは自身だから仕方ない。

 ここは堂々と向かうまで。

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