77.鑑定
「いらっしゃいませ」
「ようコフト。魔力酔いとか随分と面白いことになってるようだな」
「……ルガート様でしたか!!」
先日来た時は貴族の格好だったのだから当然だなとコフトのタイムラグに付き合い、笑ってフードを後ろに払う。
紳士の顔が見えると血色などまるでなく、誰が見ても不調と分かる顔つきに驚いた。
自身の店だろうが、よくそれで営業していると半ば呆れる。
「酷いな。立ってるのもやっとなんじゃないのか?」
「体調は芳しくありませんが気分は悪くないもので。先への布石となるのであれば魔力酔いなどさしたる障害にもなりません」
テンション高くて休んでらんない、と。
この人も大概だなと笑う。
「倒れたら元も子もないからな」
「重々承知しております。本日はいかがなさいましたか?」
「様子見」
「おや」
笑うコフトは奥の特別室へと案内され、前回と変わらぬ内装に少しホッとする。
顔だけ見るつもりでいたのに、お茶とクッキーをいただいてしまった。
ほとんど雑談ばかりだったが魔力酔いに関しては手助けできることはほぼない。
魔力が体に馴染むまで通常営業も続けると微笑む紳士は強かった。
元々そちらの造詣に深い人なのだ、助言は要らず、ルガートは本当に必要最低限のサポートのみになるなとお茶を飲み切る。
「操作については言うことはないな。とりあえず落ち着いて、ちゃんと休息期間を設けて、次の段階に進めるなら一報くれ。すぐ来るようにする」
「楽しみにしております。ルガート様も、あまりご無理をされませんよう」
「説得力ねえよ」
「左様でございますね」
笑って店をあとにして、コフトとの会話の途中で思い出したルガートは別邸へは戻らず、宝石店までの道程を引き返す。
再びドアを開いたのはギルド本部。
真っ直ぐ迷いなく足を受付に進めると、先ほどの係の者が目が合うなり引き気味に背筋を伸ばす。
「何度もすまない」
「は、はい! 何の御用でしょう!?」
「鑑定を頼みたいものがあったんだ」
そう、ハシェット・エトラン公爵子息から(無理矢理)預かったクラバットピン。
不気味な気配を察知して引き取ったルガートはギルド本部の鑑定士に依頼しようとすっかり忘れて出てしまっていた。
帰るのは遅くなるものの、この不気味さも突き止めておかなければ寝覚めも悪い。
受付に鑑定室の場所を教えてもらい、ルガートの容姿を見るなり怪訝に見つめてくる鑑定士には気に留めず、懐から結界に包まれたクラバットピンを取り出し、鑑定を依頼した。
書類などを作成するからと準備を始める男を眺めながら、周りでは見かけたことがなかった鑑定士に興味が湧く。
「鑑定ってのはどうやったら身につくんだ?」
「図画を著した特技の一種と思えばいいさ。人生も左右しかねない特技なら、道は様々だろ」
どこかぶっきらぼうに一通り確かめると、男がピンを振って示す。
どうやら結界を発動させたままだと鑑定はできないようだ。
危険はないか確認すると、頷き一緒にピンに視線を戻し、結界を解いた。
柔らかい茶の瞳が弾けるように光を放ち、同色の短髪が揺れ始め、その輝きはピンにも現れた。
数秒の発光が収まると鑑定士はすぐに作業台にピンを置くなり、なぜか睨まれる。
……凄まれている?
「……こりゃ、とんでもねぇもんを持ってきたな」
「やはり良くないものか」
「いい、悪いでは済まねぇぞ。『呪い』だ」
「魔法ではなく?」
「ああ。呪術だ。人を貶める為だけに作られたアイテムだ」
「こっわ」
と言うことは、持ち主の不幸は呪いによって降りかかっていたと?
本当にとんでもない代物だった。
「悪いが拘束させてもらう」
「は?」
魔法で押さえつけて来ようとしたのか、マジックシールドを咄嗟に張り、何かを弾いたのだけは分かったが、拘束されるのはいただけないと後ろへ跳躍し男と距離を取った。
険しさの増した鑑定士は瞠目するなりルガートから目を逸らさず声を張り上げた。
「アム! ギルド長を呼べ!! 緊急警報も忘れるな!!」
「は、はい!!」
同室にいた痩せた男が慌てて部屋を出て行く音を背に、これは参ったと頭を掻く。
どうやら勘違いをさせている上、犯罪者扱いをされていなくもない。
下手を打てば王城かと手を打とうとしたが、それより早く男が動いた。
力任せのジャブを躱して壁を蹴って作業台へポツンと放置されているピンはひとまず回収しておく。
「あ! 貴様!!」
「本当に悪いんだが、俺は無実だ」
「ルガート君、貴方、いつ犯罪者になったのかしら?」
「お早い登場感謝する。それについては身に覚えはないな。掻い摘んで話すから、説明してやってほしい」
「メヌエス、彼は貴族のお客様よ」
「……貴族?」
信じられないと上から下まで不躾に見られて苦笑しつつフードを後ろに雑に払った。
今の今まで怪しい格好だったのも勘違いをさせた要因の一つだったろう。
眼帯に冒険者にしか見えない格好なので、フードを取ってもメヌエスには貴族と一致しないルガートに戸惑うばかりの様子。
そこは素直に謝って頭を下げた。
「この格好だが、一応侯爵家の者だ。経緯だけでも話せばよかったろうが、これは借り物でな。相手の名や手に入れた経緯を噂されるのは困るから言えなかった。すまない」
「き、貴族が謝っ……! す、すみません!! こちらこそ勘違いを!!」
メヌエスの動揺を全力無視に、横にいた見事な脚線美からスネを蹴られていたが見ないフリ。
焦った鑑定士も慌てて頭を下げていた。
溜め息を吐き出し、リッツァが一番にやってきたのは不幸中の幸いだろう。
「ルガート君、君、帰ったんでないの?」
「鑑定を頼むの忘れてたんだ。お使いで犯罪者扱いされるとは思わなかった」
「君も本当に焦らないし態度がデカいわよね。上にいらっしゃい。メース、貴方も来て」
困り顔のメースを伴い、三人は大注目の中で上階へと向かった。
ギルド職員から誤報でした! と再び賑やかになる声が届き、苦笑を隠し先ほど取引に使ったばかりの部屋へと入る。
「さて、騒ぎの原因は何だったの?」
話すまで帰すつもりもないと言わんばかりの圧強めの微笑み。
かなり弱いが、これは拘束されたと見ていいのか?
自身の母には及ばないが、笑顔で圧力をかける手合いは荒立てない方がいいのは身に染みていた。
肩を竦めながら回収したクラバットピンを取り出し、こちら側のテーブルに寄せつつ置いたが、先ほどのやり取りでまた結界を張り直した方がいいかと断りなく包んでおく。
「まだ見てないわ」
「素手だと危険は無いか?」
「問題ないです。これは経過成長する類だ」
メースの鑑定力は確かなのだろう。
小さく頷き結界を解くと、無言で離れてテーブルの中央へ寄せた。
厳しい目つきのギルド長は躊躇いなくピンを持ち上げるなり色んな角度から眺め始め、目を細める。
瞬間、赤に近い茶の瞳が煌めいた。
赤い光がピンから発光し、驚きに目を見開く。
「鑑定?」
「ギルド長は俺より鑑定力に優れている」
「なるほど。これは誤解されても仕方ないわね。でもメースも悪いから。誤認で貴族を拘束するとかえってこちらの方が都合が悪くなるからね」
「……申し訳ありません。ことを荒立てずギルド長をお呼びすれば良かったですね」
「正解」
ピンを返され、それで? と二人を見つめる。
ルガートは疑問に表情を崩し、ピンはまた懐に戻しておく。
「浄化していいのか?」
「話を聞いてなおそうしたいのであれば」
「なるほど。証拠の品をむざむざ消すバカがあるかと」
「対象は選べないらしいけど、貴族だけ狙った犯行ね」
「選べないのに選べるのか」
なぞなぞのようなルガートの言葉にくすりと妖艶に笑うと、メースに室内の簡易給湯室でお茶を淹れるよう指示する。
さほど広い訳でもないので人払いとも違った。
単に喉が乾いていたのか。
「貴族は特別な言葉に殊更弱い。中には承認欲求の強い者も数多くいる。そんな人達に直接売り込みに行って、たった一言、貴方だけの為に作られたものでございますなんて言われたら、どうなる?」
「最高級の品を身につけるものは一級の者、厳選した品を選んだ私は優れたものを目利きできる審美眼もセンスの塊、崇めよ讃えよー?」
「棒読み無表情の解説ありがとう。ほんとに貴族?」
「残念ながら」
「ふふ」
メースも一緒に笑っていて少し場が和んだ。
さてはこの人達、俺を捕まえる気が一切ないな?
危うく犯罪者に。




