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76.噂の頼り

 早くて明日からは玄関でなく使用人の通用口を使おうと決め、ルガートは何か礼をしたいとハシェットを見つめた。

 顎に手を添え考える素振りをしたが、意外と返答は早くその口端だけ上げて笑う。


「そうだな。君、フレイン嬢に守り石を作ったんだってね?」

「耳が早いな」

「ふふ。僕にも見合う石を見繕ってくれないかな?」

「お前なら選び放題だろうが公爵令息さん」

「効果の出がいまいちでね」


 肩を竦める姿は本当に実感していないようだ。

 クラバットに収まっていた上品なオレンジ色の宝石が嵌め込まれたクラバットピンを外し、テーブル越しからそれを受け取る。

 手渡された瞬間、魔力の希薄さに怪訝と眉間に皺を寄せて日の光に透かし見る。

 拡大鏡がない場合の視認法の一つだ。


「ハシェット。こいつ偽物だ。むしろ多分、良くないものを寄せつける」

「ひっ」


 メイドの声に、慌てて謝る様子に気にするなと言いながら手招く。

 話を聞くと、意外と浸透が深く、数年くらい前から不気味な噂が使用人達の間で流行っていたと話し始める。


「貴族の不審な不幸」

「最初は、目に付つないほどの些細なことだそうです。自分の不注意かもというほど。しかし、日を追うごとに気のせいと済ませない出来事ばかりが降りかかってくるそうで、直近のお噂では西のセストラ伯爵領で沼が湧き出る不審な出来事が起こったとか……」


 それはどこかのA級剣士が呟いてた言葉と似てるな。


「その、細工はどの方も似通っておられまして……。テントウムシのモチーフらしく……」


 三人の目が、ルガートの持つクラバッドピンに注がれる。


「テントウムシのモチーフ」

「だな」

「ですが、どれもお噂ばかりなので……」


 やや顔色の悪いメイドに笑みを向ける。

 確かに噂だが。


「いや、使用人の噂の方が信憑性が高い」

「貴族の噂は当てにならないね」

「ちなみにどんなのか聞くが?」

「恋煩いから来る自滅だそうだ」

「失笑ー。自滅で地盤が緩むかよ。まだ魔力暴走の方が信憑性あるわ。明日ギルドに行くからこれも鑑定してもらう」


 こちらの手にあるからもう渡さんと言わんばかりに結界の中に閉じ込めて強化魔法に加えて光魔法を使いたかったが諦める。

 明日鑑定するのに浄化してしまっては意味がない。


「やれやれ、恩を売るつもりが借りができるとは」

「こんなん身の不幸一直線とか事故物件もいいとこだろ。どこで手に入れた」

「父上からいただいたものだ。……もしかしたら、最近卸しに来る宝石商かも知れない」

「……。なあ、ハシェット、ひとつ頼みたいことがある」

「せっかくの貸しを無くすのかい?」

「構わねえよ。調べてほしいところがある」


 二人とメイドも交えて話を終え、ハシェットが帰ったのは夕方間近の頃だった。

 意外にも長話をしていたらしい。

 メイドも泣きそうな顔をしていた。


「助かった。いい話し合いができた」

「滅相もございません。しかし、本当によろしかったのですか?」

「ああ。しかし腹減った。……昼飯も結局食いっぱぐれるし、せっかく書いた手紙も全部書き直しだ。しかも増えた……」

「代筆でしたらお手伝いいたします」

「…………頼む」

「かしこまりました」


 くすくすと笑うメイド、サリーはミヌスの娘だ。

 喜怒哀楽が顔にも態度にも出ることからまだまだ未熟者と母から怒られる日々だったが、今日ばかりは母ですら仕事中に密やかに褒めるほど、一大事を未然に防げただろうと微笑む姿に心から胸を張りながら顔を上げた。


「ルガート様、軽食などいかがでしょう?」

「もう夕飯も間近だろ。量を多めで頼むと料理長にも伝えてくれ」

「かしこまりました」


 紙も無限にある訳ではない。

 しかしかなり雑に付け加えた箇条書きにサリーは果たしていいのかと今更ながら判断に迷う。

 これの通りに書いてくれと言われて手本の文字列を見つめ、あとで叱られようと無言で認めていく。

 書き直すとばかり思っていたサリーにしてみれば、ルガートの行動は信じられない斜め上の行動だった。

 ジミトリアスの落差の度合いについていけない。

 結局、サリーはルガートの滞在中はこの先も終始目まぐるしく振り回されるのであった。


「腱鞘炎起こす……」


 風呂上りの格好のままベッドに向かい、今日一日はずっと書面と格闘していたように思う。

 ハシェットの訪問が息抜きでも、会話が濃いせいでまったく休まらなかった。


「……まあ、一応は落ち着いたのか」


 自身のトラウマが思いの外、重篤だったのは発覚してよかっただろう。

 フレインやジョシュア達は気遣ってくれるかもだが、今日のように他所から聞かされる話では気を張っていた方が良さそうだ。

 ベッドに飛び込んだ姿勢のまま、寝落ちた。

 翌日、当然ながら起こしに来たミヌスからお叱りを受ける。

 寝返りもしないでベッドの端に足を突き出したままのルガートに頭を抱えましたと言われたら何も言えまい。


「午前の来客はございませんので、どうぞベッドでお休みになられてくださいませ」

「はい。すみません」


 年の功…以下略。


「それじゃあギルドに行ってくる」

「やはり馬車をご用意した方が」

「いや、家紋も入っているし余計に目立つ。ギルドのあとはコフト宝石店に行く。訪問客や緊急の用があればどちらかにいるから連絡してくれ」

「かしこまりました。どうぞお気を付けて」


 ミヌスの眉尻が下がるのも分かるが、ルガートもあのガマガエルにだけは遭遇したくないのだ。

 冒険者の姿に頭からフードを被せ、眼帯も少し荒いものに変えている。

 これで見つかるならもうかなぐり捨ててでも脱兎するしかない。

 使用人の通用口からギルドへ向けて歩き出すルガートは、装備はもちろんだが歩き方まで変えるものだからやすやすと貴族と気取られぬ姿は、ただ貴族と懇意にしているか関わりのある冒険者にしか見えなかった。

 ギリギリ目元から見える範囲で周囲を注意深く見つつ歩いてすれ違う馬車などはチェックしているが、仮にも王女だ、早々こんなところで出くわす気軽な身分ではない。


(と思いたいが。イルガゲートがああなら抜け出してる可能性大だな)


 ひとまず何事もなくギルドに到着すると、ようやく息が吸えたように思えて苦笑した。

 神経質になりすぎていたかもしれない。

 受付へ向かい、前回とは違う受付に身元を明かすとかなり大きく目が見開かれて慌てて立ち上がって案内するつもりの職員に手を上げる。


「こちらから向かうから仕事を続けてくれ」

「か、かしこまりました!」


 三階の部屋へ向かい、ノックをすると既に待機していたギルド長。

 いや午後に行くって言ったが、いつからいたんだ?


「遅くなったか?」

「……」

「……ギルド長」

「あ、え、ええ!どうぞ掛けて!」


 相変わらずの挙動不審。

 疲れているなら用件だけでいいかと早速ソファーに腰を下ろした。


「“竜の籠”の地図と、ダンジョンの地図だ」

「ダンジョンのも書いたの!?」

「要らないなら燃やすが」

「何をとんでもないことを口にするの!? ダンジョンの地図よ!?」


 テーブルを乗り越えてダンジョンの地図を手にしたルガートの腕にしがみつくギルド長にドン引きしながら見下ろす。


「知らない方がロマンがあると聞いたもんでな」

「ギルド運営の利益爆上がりの物件を誰が逃すと思ってんの! 売りなさいよ!! 階層は!」

「一五階層。銀貨五〇〇」

「では銀貨二五〇!!」

「よし燃やす」


 結界に閉じ込めて火を出す素振り。

 こちらは下書きがあるから問題ない。


「きゃーーっ!!! ダメダメダメ!! 三五〇!! 破格よ! これ以上は出さないわ!!」

「じゃあもう少し色乗せてくれないか?」


 顔を近付け、しがみつかれていた腕を離す。

 ほぼ押し倒されているに近い格好を誰かに見られでもしたら大目玉だ。

 主に俺が。

 ソファーの隣にギルド長をしゃんと座らせ、ほらとその手に地図を渡す。

 真っ赤な顔と苦悶の表情はプルプルと震えているが、長い葛藤から来る沈黙は深い溜め息で終わりを迎えた。


「三七〇。これ以上はもう無理」

「商談成立」

「高い買い物じゃないの……地図にそんな大金……」

「中を見てみりゃ納得だと思うがな」


 怪訝に中身を改め、書き込んだ情報の多さにギルド長の体が硬直しているのが分かった。


「出現モンスターからドロップアイテム、え、こんなレアアイテムも? 階層主まで……」

「現状、同行した冒険者達が簡単にダンジョンまで行くには日数がかかる。A級がだ」

「……」

「地図を見て攻略法があるなら無駄も省ける。楽してレベルを上げるなら、手間は少ない方がいい」

「……なんなのこの子ぉ」


 こちらの方へ突っ伏して来ようとしたリッツァから逃れる為、立ち上がって避けると盛大に睨まれた。

 俺は悪くない。


「下で待つ。金は忘れないでくれよ」

「……この度の依頼、大変実のある貴重な収穫となりました。全ての冒険者を代表して、お礼を申し上げます」

「気にすんな」


 一言で終わらせたルガートは一階へ向かう。

 依頼書などを眺めながら手持ち無沙汰に待っていると、受付から呼ばれて約束の足を向けるも、どこか緊張している様子の受付から金を受け取り、さくっとギルドをあとにするのだった。

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