72.銅貨五枚の価値
遠くに見えたサワヌァ村の出入り口に立派な馬車。
カルドとその部下達に下がるよう手を振り、彼らの足元には本当に簀巻きにされてる行商人が彼らの視線を辿ってこちらを捉え、目が合う。
帯剣から剣を外し、鞘に収めたまま持ち上げると軽く置くように足に剣を落とした。
「ぎゃあああああ!!?」
ルガートの行動に対する反応は、あまりに過剰だった。
「……え!?」
「さて、このまま足を切り取られるか素直に仲間の居場所を吐くかしてほしいものだが」
「あが、いた、痛え!!」
「二度は言わん」
軽く捻るとまたとんでもない悲鳴を上げる行商人。
呆気に取られているトーラスの声、だが、すぐにナジェが声に出さないよう指示してくれていた。
この場にいる者には、ただ鞘に収まった剣を足に添え置いているだけのルガートの姿しか見て取れない。
「ゆ、ゆる、じ、ゆるじでくだざい……」
「では仲間の居場所を吐け。気が長くないんでな」
「マルフィア、王都マルフィアに、いる! だから、殺さないでくれ! 頼む!!」
「仲間の数は」
「五人だ! ぎゃあ!!!」
剣を置いていた場所に足を踏みつけて首筋に鞘の先が向かうと、いよいよ焦った男の体が尋常でないほど震え出す。
手足を縛られ簀巻きの状態は身動ぎのみで逃げも打てないその様を見下ろし、なるほどとルガートは口端を上げて吐息を漏らす。
男の位置からでは笑って見えたらしく、ガクガクと浮かした頭が上下に揺れる。
「芋虫がよく鳴くものだ」
「ほ、本当だ! 五人だけだ!! 信じてくれ!!」
「お前の口に価値を求めるのはこちらだ。悪いが、俺はお前に銅貨五枚の価値すら求めていないがな」
何事かようやく合点がいったのか、急に震えは止まったけれど、今度は随分血色のよかった真っ赤な顔色が、あっという間に抜けて白くなった。
唇の動きで、読唇術を学んでいないルガートでも分かる。
バレた、行商人は確かにそう呟いた。
「公爵閣下に捕まった時点で察しておくべきだったな。鼻でもかむか?」
「ゆる、許してくれ!!」
「では仲間の数は嘘偽りなく」
剣の切っ先を男の喉元に向かわせ、喰い気味で情報を問う。
「ボスを含めて二十!! 王都で卸した販売店、娼館のルブレ! そっちの部下までは把握してない!! 俺はここら担当だったから王都の数は知らないんだ!!」
「さてな、お前の口は随分と軽やかなようだから協心は得まい」
「本当だ!! 信じてくれえ!!!」
足を退かし、剣を引いた行動に助かったと勘違いしている行商人。
今の話を素直に信じる人間が、この場にいると思っているか?
少なくとも、俺はまだ裏が有りそうだと男の腰の辺りに立ち、片足を引いた。
行商人はルガートの様子に再び目を見開くと、構える剣にようやく何をされるのか、その剣がどこへ来るのか理解したらしい。
乱れる呼吸音が側でもよく響いた。
「お、お願いです! 何でも、話しますから!!」
「知ってるか? 人間、手足をもがれても生きていける。余生を健やかに過ごされよ」
振り上げた剣を前に、太陽の照り返しでまだほとんど真新しい剣はルガートでも不気味な輝きを放っているかのように見えた。
振りかぶった剣を躊躇いなく、慈悲もなく、振り下ろす。
「ひっ! や、やめっ、ぎゃあああああああ!!!!」
白目を剥いて失神した上、失禁した行商人。
鞘に収まる剣は太ももの付け根すれすれで留まっており、すぐに起き上がった。
帯剣し直すルガートは足を踏み鳴らし、行商人を挟んで側へ来たカルド達に軽く頭を傾ける。
「……こんだけ脅せばあとは楽か?」
「ルガート様、なかなかお優しいですね」
「あの、今、一体……」
カルドのお優しい発言にドン引きしなから要領を得ないトーラスが目を白黒させている。
「幻惑魔法だ」
「あれ!? ルガート様、闇魔法お使いに……!?」
「まったく使えないとは言ってねえよ?」
少し勉強して二、三種類だが魔法は使える。
ただ言っていなかっただけで。
初級も初級でまだ完璧には扱えていないのだし、黙っていた方が闇魔法は色々楽だ。
「えええええ」
「とりあえず自分の下半身を見下ろせるように木にでも括り付けとけ。掃除も面倒だから村の外で頼む」
「かしこまりました」
手間が省けたなーと部下に指示し、行商人を引きずっていく姿を見てまだ呆けているトーラスに苦笑する。
「ナジェは分かってたのか?」
「ある程度は予測していたな」
「俺も割とビビったんだけど」
ベリンジャーもおっかなびっくりな顔でようやく息をしたと言わんばかりに深呼吸を繰り返している。
とりあえず殺さなかったのだけに安堵する二人に肩を竦めると、工房から姿を現すフレインを見つけ、背を向けて歩き出す。
背中からトーラス達の困惑する声が聞こえたが無視をしてその場を離れ、ようとした。
「ルガート様」
「……」
そこまで声量を出していない彼女の声。
止まってしまった足に失態と頭を掻き、追いついたらしい土を踏む音が側近くで止まる。
「お手を」
「今は止めておく」
「ではわたくしから」
「フレイン」
強めの制止も聞き届かず、無理矢理に手を繋ぎ合わせてきた温度に上手く留まっていたが、引きつりかけている口端が強張る。
軽く、体も引いた。
「皆様、わたくし達、お散歩へ行って参りますわ」
「おい」
男達に背を向けていたまま、フレインは真っ直ぐ村の外へ行こうとする。
背後から聞こえる軽い足音はおそらくメイドだろう。
途中で見かけたカルド達からは頭を下げる挨拶だけで手助けは望めなかった。
道なりに進んでいくフレインは前を向いたまま手を離す様子はなく、痛くもない強さだがこれが彼女の握力の限界なのかと理解して、背中が痒くなった。
無言の時間と引き返す言葉をたまにかけるが一向に返事はない。
「フレイン。危ねえから、戻るぞ」
何度目か、ようやく足を止めて振り返ると村の影も見えない距離まで来たらしい。
メイドは少し離れて控えていた。
ぼんやり来た道をそのまま見つめていると、キュッと握る手に意識がそちらへ落ちる。
「ルガート様」
「……」
「わたくしは、こうします。この先も、何度でも。貴方の手を握りますわ」
「……」
「貴方の手は、恐ろしいものではありません。仰ってくださったでしょう? わたくしを、守る手です」
「……。…………フレイン、殺してねえぞ?」
「……え?」
「幻惑魔法かけて、錯覚させてただけだ。行商人は気絶しただけ」
ぽかんと見上げる顔が一転、瞬間的に染まる肌の落差の激しさに、肩の力が抜ける。
くつくつ笑いを堪えて肩を揺らした。
「わ、わたくし、てっきり……あんな絶叫が響いておりましたから!」
「だよな、配慮不足だった。怖い思いさせたな、悪い」
「こ、公爵令嬢たるもの、あれしき如きで狼狽えはいたしません!」
「今盛大に狼狽えてるが?」
「ルガート様!」
ぎゅうぎゅうと握ってくる手の握力なんて屁でもなく、当人は頑張って攻撃をしているようだが、そんなの笑いしか出ない。
無理矢理手を上げさせ、驚いたろう軽い悲鳴を上げたが無視をした。
感触がしてたからもしかしてと思ったがやはり、手袋を外すと今もつけてくれていた指輪に唇を寄せる。
「ありがとう」
「……ひゃい」
噛んだな。
いや、ガラにもしないことをした反動か、自身もじわじわと体が熱くなる。
照れ隠しに外方を向きながらフレインの整った髪をぐしゃぐしゃに撫でて乱して誤魔化して、お小言をもらってもしばらく顔の熱は引かなかった。
「ルガート様は、……人を相手取る覚悟がおありなのですね」
「さっきの醜態で平気と取るのか?」
「わたくしが呼び止めねば、お一人で堪えるおつもりでしたのでしょう? そんなの、許しませんわ」
事実今も手を離そうとしないフレインを見下ろしながら、間違えたかと頭を掻く。
前世は皆無であてにならないが、今世は平気な顔と感情で魔物と相対し殺していたというのに、人間を相手に剣を向けたのは初めてだった。
微かに震えていた手を、あの距離でどうやって気付いたのだろうな、この子は。
肝心なところで度胸が折れるは見つかるわで情けなかった。
「わたくしの元へお戻りくださいまし」
「……確約しかねる」
「ルガート様が離れるのでしたら、先ほどのようにわたくしが向かうまでです」
「……」
「お約束、してくださりません?」
ぐっと喉元に力を込めて上目遣いで見上げてくるフレインの、一瞬合った星色に、堪えて明後日の方向を見た。
途端に名前を呼ばれたが、絶対に合わせる気はない。
「フレイン、知ってるぞ、そりゃお願いすれば通ると思ってる目だ」
「あら、お分かりなのでしたら話は早いです」
なので見てくださいまし。
笑う声の、軽やかなこと。
「絶対見ねえからな」
「ルガート様!」
「いやだ。約束しかねる」
「ずるいですわ! 上ばかりを見るのは卑怯です! わたくしを見てくださいまし!」
「ぜってーやだ!」
可愛らしいお願いは、先ほどの重苦しかった感情を塗り替えてしまっていた。
村の人達はアストラ達が向かわせないよう動いてくれてました。




