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71.追跡

 先に村長を探して宿を出ると、村の入り口方面がやけに騒がしい。

 どちらか帰ってきたのかと顔を見せに行くと、当たったようで確かにベリンジャーがいるのだが、なぜか大号泣の上に体を震わせ項垂れている姿に慌てて走って近くへ寄る。


「おい、どうした? 怪我したのか?」

「ルガートーーー!! なあ、俺の分の熊肉残ってないのか!? 残してるよな!?」

「……」


 つい視線を逸らしてしまう。

 忘れていた。

 いや、こいつの仲間内の誰かでも残しているかと。

 側には困惑顔の村長もいた。

 探す手間が省けた。


「村長、すまんが熊肉の料理、出してやってくれ。腹も空かしてるだろうからカレーにした方がいい」

「は、はい。あの、お疲れ様でございます。すぐご用意しますので、今しばらくお待ちください」

「もおおお俺、出立した時に気付いてたけど結構楽しみにしてたんだからなあ!?」

「悪い。お前が落ち着いたら話するから、泣き止めって」

「まじで配当分上乗せしろよおおお!」


 テコでも動かない子供のように居直るベリンジャーを後ろから羽交い締めにして宿に移動しながら、ルガート達に苦笑する村人達の視線が生温い。

 いい大人が本気で料理の為に咽び泣くなど、まあそれだけ相当楽しみにしていたとなれば仕方ないよな、本当に悪いと謝る声と泣き声が宿まで延々続いていた。

 熊肉を多めに入れてもらい出来上がったカレーを三杯もお代わりしたベリンジャー。

 ここぞとばかりに元を取ろうとしている。

 ナジェにトーラス、外で子供達と球蹴りをして遊んでいたアストラ達もこの時ばかりは全面的に悪かったと謝っていた。

 苦笑する宿の主人に頼んで風呂の用意もしてもらい、手早く動いて食後すぐに風呂へと向かわせる。

 どうやら、ようやっとひと山越えたようで。

 普段は飄々としてるけど、一番怒らせると面倒臭い奴とぐったりの三人衆からの説明を受けて笑う。


「甘える人がいる故の行動なら可愛らしいもんじゃねえの?」

「あいつが満足するまで付き合わされんだぞ?」

「買い物とかになると最低一時間」

「酒だと朝まで」

「女子か」


 酒豪相手に早々に潰されながらも付き合ってやる三人衆にまた笑った。

 やはりなんだかんだと仲はいいパーティーだ。

 風呂から上がってくるとようやく気持ちも落ち着いたベリンジャーは、随分とさっぱりした顔で現れた。


「もういいか?」

「おおよ。次はハブるなよ」

「不可抗力ー」

「ルガート様、皆様が工房へ集まられたそうです」


 さてこれからだ。




 工房のドアを開くと先日話した者達と、村長が呼びかけて集まった者達が既に揃っていた。

 村長と昨日の織物を見せてくれた女性二人、村長の娘の旦那だという青年。

 村人複数名が事前に話を聞いていたのか、その表情は固く険しいものだった。

 フレインはいつものように腰を下ろして微笑み、その背後にはカルドの部下とメイドが控えている。

 三人衆には念の為に村の周辺も警戒してもらい、彼らを除いたメンバーが揃い、ルガートは早速ベリンジャーに視線を向ける。


「まずこれが一番安く仕入れてきたものだ」

「確認してくれ」


 女性達が作業台に丸めていた布を広げると、バスマットほどの大きさのそれは小さな花柄を散りばめられた可愛らしい織物だった。

 その中央には、あの紋章が象られている。


「はい、確かに、この工房で作ったものです。工房長が作成したものです」

「確かか?」

「はい。ここで作成されるものは、自分の好みのマークを端に縫い付けていますので」


 一度離れ、広げられている織物と同じだけのものを手に戻ってくると、柄に添うように施されたマークを示して頷いた。


「証拠があるなら話は通りやすいな」

「価格は安いと言ったが。銀貨十枚で売られていた」

「そんな……!」

「となれば、ルガート様がご覧になっていた織物の大きさを考えると金貨で卸しているとみて間違いございませんわ」

「その行商人な、複数で動いてるらしい。被害はここだけではないと思うぞ」


 顎に添えていた手を外し、織物の手触りを確かめる。

 これだけの素材を銅貨で買い取り、王都もしくは他の街では高値で卸す。

 痕跡を辿れるか怪しいが、意識を集中させ、探知魔法をフルに稼働させた。

 意識が遠退く感覚に、瞼を下ろす。


「ルガート様?」


 探知魔法は違う。

 痕跡を辿るのは、風、もしくは光か闇が最適か。

 複合魔法ならばいけるかと呼吸すら止めて魔力が一気に抜ける感覚がした。

 一瞬ベリンジャーが販売店で購入する光景が見えたように思えた捕捉は、ほんの僅かに痕跡を掴みかけたものの簡単に霧散し、ルガートの集中も途切れてしまう。

 やはり勉強中の段階では無理があった。

 大量の汗を流して一人疲弊するルガートを見つめる視線は固く強張っている。

 堪らず床に座り込むルガートの肩に触れるフレインに口端を上げるだけで返し、乱れる息を整えながら村長に謝った。


「修行不足だ。他の奴らは追えない。すまん」

「いいえ、いえ! そのような!」

「お水です」

「ありがとう」


 女性が慌ててわざわざ小走りで用意してくれた水を一息で飲み干し、軽く汗を拭ってもどかしい気持ちでトーラスに声をかける。


「風、光か闇魔法で何とかならないか?」

「……すみません、私の技術では……」

「いや、俺も無理を言ってるのは分かってる。んじゃ、販売価格は昨日話した通りで納得してくれたか?」


 別の話を切り出し、空気がまた変わる。

 村長に集められた男達も大きすぎる変動の価格帯に驚いていたが、恐々と頷いてみせた。


「だが、それだけ値段が変わると、村も変わる」

「確かに価値が高まるのは喜ばしい限りです。しかし……」

「村長様、変革は恐怖ばかりではございませんわ。村が発展し、施設整備を充実させ、傭兵を雇ったり、ギルドで依頼もなされば安全です。恐ろしいのは、衰退です」


 フレインの静かな声に村人の瞳が揺れる。

 それに、この民芸品を見て見ぬ振りはできない。


「村長」

「はい」

「村が一番必要だと思うことを、していけばいい」


 それは子供達が安全に暮らせたり、怪我や病気に苦しむことなく、魔物に怯える日々がないようにしたり、様々だ。

 変わらないこともある。

 あの宴会の光景が脳裏を過り、ルガートはふと口端を上げた。


「その為に、公爵閣下も見過ごさねえさ。だろ?」

「まったく! 来ているなら手紙の一つでも寄越さないか!!」

「お、お父様っ!?」


 ドアがドバーンと開かれたが案外狭いドアなので少し滑稽に見える。

 ルガートは今し方行った探知魔法で分かっていたのとフレインは焦りはしたがすぐに持ち直し、彼女の護衛達は慣れたものでまったく動じていない。

 ただ村長を始めとした全員がおおわらわとなってしまった。

 落ち着かせて話し合いの場が再び動き出し、ブルースター公爵は鼻息荒く側に来る。


「件の行商人は捕らえている。村長、このような事態に気付かず私は甚だ自分の愚かさを悔いる」

「そのような! 滅相もございません!!」

「この小僧が気付かねば延々と搾取されるばかりであったろう。よく耐えた」

「……身に、余るお言葉でございます」


 村人達も若干湿っぽい空気になり、ようやく立ち上がるルガートは頭を掻きながら苦笑する。


「閣下、捕らえたって連れてきてくれたんですか?」

「当然だ。簀巻きにしておる」

「じゃあ閣下は村長達とこの織物の正式な価格帯を決めててください。俺らは席を外させていただきます」

「そうしろ、フレインは残りなさい」

「は、はい」


 お説教をされるのだろう、頭をひと撫でして冒険者らと工房を離れると、村の入り口方面か、外ではかなり喚いている聴き慣れない男の声が届いた。

 不当に捕まえられた、冤罪だ、王都へ告訴しにいくぞと、まあ元気だな。


「おお、かなりイキってるな」


 声量だけ見るなら先ほどのベリンジャーとどっこいどっこいだ。

 あとが面倒なのでからかいはしまっておく。


「さてどう料理するかな」

「ルガート様、穏便に」

「なあトーラス、悪事を働いた奴らに言うこと聞かせるには何が一番効果的だと思う?」

「? 王都で裁判をかける、でしょうか?」


 つまりは話し合いで解決したいと。


「ナジェ」

「貴族側が気付かなかったとしても、自領でのさばっている犯罪者を生かす道理はない」

「!」

「そういうことだ」

工房のドアは一般家庭のドアほどなので、派手な登場には不向き。

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