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68.あまりにも

 案内されたのは宿と同じくらいの建物で、こちらは随分と長い使用感が見て取れた。

 少し手を加えられているところを見ると、宿を建てた時に補強もしたのだろう。

 外壁と似た茶色い木目のドアをくぐった先で出迎えたのは、窓から差し込む日の光に照らされた極彩色。


「見事だな」

「民芸品です。村の収入源の一部でして、王都にも納品しているんですよ」

「はー……」


 複雑な柄も色も様々で目に楽しい品ばかりだが、その民芸品のすべてに、統一された記号のようなものが必ず布の中心に鎮座していた。

 まだ製作途中のそれは何かのまじないの一種かと間近で眺め、やはり見たことのない模様に意味はありそうだなと頭を捻る。


「この模様は?」

「それは紋章魔法です。こちらにあるのは安眠を促す紋章が縫い込まれています。ひと針ひと針微量の魔力を込めつつ縫い上げていくので時間はかかりますが、効果は保証いたします」

「そんな魔法もあるのか」

「口伝の魔法で、サワヌァ村と北に位置するヘブ村のみ扱えます」


 女性のとんでもない一言に、ひやっと背中が震えた。


「おい待て、なら安易に教えるものじゃない。悪用されるぞ」

「ふふ。ルガート様はそうはなさりません。ですよね?」


 緩やかに笑う女に頭を雑に掻いて溜め息を吐く。

 信用しすぎだ。


「今のは聞かなかったことにする。買い取るから、とびきりいいやつを二枚くれ。色は何でも構わない」


 安眠を促す布が置いている棚を指し、女は少々お待ちくださいとその場を離れ出入り口を除いた三つある内のドアの一つへと向かう。

 これだけの量だから、倉庫から持ってきてくれるのだろうか。

 子供はこの作業場は既に飽きているらしい、興味津々に剣に触ろうとしているが、ルガートも触らせないよう躱しているのでもはや別の遊びになっている。

 戻ってきた女は別の女性を伴って現れ、ルガート達の様子に笑いながら埃が立つからとやんわり注意された。

 二人の手には大きめの布が二つ重なっていた。

 特大の作業台らしい場所へ移動して、幅二メートル長さ三メートルほどの台へそれを広げると、引き込まれそうなほど綺麗な黄色を中心とした色合いに目を瞬かせる。

 もう一つ重ねられた二枚目を広げると、今度も鮮やかな空色が。


「綺麗だな」

「こちら現在ここにある品で一番のものでございます」

「ああ、文句なしだ。民芸品というからには高価だろ、いくらだ?」

「銅貨五枚でございます」


 ピクリとこめかみに力が入る。

 銅貨五枚とは、つまり一番下の硬貨。

 銅貨一枚一〇〇ロガー、五〇〇ロガー?

 ……なんだと?


「………………いや嘘だろ」

「え?」

「銅貨五枚? 冗談か? もっと値を上げろ。今までその値で売っていたのか? まさか大きさに関わらず一律なのか?」


 困惑する二人の女の様子から、嘘は見えない。

 本当にその値で売っていたらしい。


「……村長と、今宿にいるトーラスとナジェという奴らを呼んで来てくれ」

「はい、お待ちください!」


 呼ばれた三人は怒りを内包しながら腕を組んでいるルガートの様子を見るなり、途端にその空気に当てられたように顔色を変えて悪いと手を挙げる。

 子供には帰ってもらうよう先に伝えていたので、女もいてくれるよう話しながら目元をほぐす。

 殺気でも滲ませていたかと反省しつつ、村長と二人に経緯を話した。

 途中からナジェは納得して首肯のみとなり、片手で口元を覆い隠しながら民芸品を凝視していた。


「村で世話になった欲目を抜きにしても、これは金貨三〇枚に相当すると思ってる」

「き、金貨三〇!? ルガート様、冗談では」

「ない。二人の意見も聞きたい」

「私は手が届かないですが、これだけ見事でしたらもっと吊り上げても良さそうですが」

「はい!?」

「俺なら五〇は堅いと見るぞ」

「ごっ」


 女達は手を握り合わせて今にも倒れそうなお互いを支え合い、村長は一瞬、魂でも抜けたような顔をしていた。

 そりゃ銅貨から金貨に変わったら驚きなんてもんじゃない。

 あまりの値の高さに三人は言葉もないようだが、それだけの価値があると踏むルガートは静かにまた目元を揉み解す。


「王都での販売額も気になってきた……」

「ならアストラ達に確かめさせましょう。やることがなくて暇だとぼやいていたのでちょうどいいです」

「頼む」


 他の布も一通り見てもらえばやはり意見は同じで、ぽんぽん吊り上がる高額金に村人三人は泣きそうな顔をしている。

 不正は間違いないだろうと思われる行商人はここで民芸品を買い取り、公爵の街へ向かって補給したのち王都へ向かうという。

 毎度この織物を購入しているとなれば、どれだけピンハネしているやら。


「行商人とも話がしたい。他に立ち寄る村や町はあるのか?」

「北のヘブ村を経由し、真っ直ぐ公爵様のいらっしゃるカトーラの街まで向かうかと」

「ベリンジャーに追わせましょうか?」

「頼む。カトーラで待ち伏せていた方がいいだろ」


 ここで、場違いにも聞こえる軽やかな音が外から響き、全員が建物の出入り口のドアに視線を向けた。

 開かれた先にいた人物を見て、顎を外しかける。


「フレイン!?」

「お久し振りでございます、ルガート様。お手紙、確かにお受け取りいたしましたわ」

「いや待て、さっき出したばかりだぞ? 何でもう着いてるんだ?」

「うふふ。早めに到着をお待ちししていようと思っておりましたの。途中、見覚えのある馬に気付いたカルドが止めて手紙を拝見いたしましたわ」

「ルガート様、その後の調子はいかがでー?」


 雑な挨拶でカルドが手を振っていた。

 頭を押さえながらそうだったと項垂れる。

 “竜の籠”の時の行動力をすっかり忘れていたが、まさかここでも前乗りしようとしていたとは。


「どうやら初見の方ばかりのようで、初めまして、わたくし、ブルースター公爵家の娘、フレインと申します」

「こ!?」

「公爵閣下の!」

「た、大変失礼いたしました!!」


 バタバタ慌て出す全員に頭を抱える。

 ナジェですら硬直していた。


「この度は非公式での訪問です。どうぞ楽になさって? 無作法はわたくしの方なのですから」

「しかしっ、あ、お茶でも!」

「村長、本当、楽にしてくれ。お茶もいいから」

「しかし!」

「村長様ですね? わたくしも先触れのご連絡を忘れておりましたので、今日のところは何もせずにお願いいたしますわ」

「公爵令嬢はここに来てないから知らないフリしろってよ」

「ルガート様……本当ですか?」

「だろ?」

「はい」


 朗らかな笑顔だが、強いな。

 泣きそうな村長の肩を叩いてリラックスするよう言うが、まあ難しいと思うも、ちょうどいいのでフレインも呼びつける。


「カルドもいいとこに来た。ちょっと聞いてくれるか?」

「あら、これは素敵な織物ですわね」


 早速側に来たフレインに空いてる椅子を拝借して座るよう促し、座りかけながらその瞳は台に乗っている布に視線が惹きつけられた。

 カルドも来るとさっきの話を説明していくにつれ、途端に顔が険しくなる二人に苦笑する。


「で、今世話になってるこの冒険者の仲間達に王都での販売額の確認と、その行商人にご足労願いたいと頼むところだった」

「ピンハネの可能性は十分に高いですね」

「十中八九間違いないと思いますわ。これだけ見事な織物をたった500ロガーで買い取るなど……悔しいですわ。こんな事態に気付けなかったなんて」

「あとにしろ。今は村の損害の方が最優先だ」

「そうですわね。行商人はカルドで受け持ちます」


 真っ直ぐ見上げてくる星色の瞳に頷き、ナジェ達に視線を向ける。


「ならベリンジャーに王都の確認を任せたい。俺の馬を使え。その方が早い」

「分かりました。すぐ呼びに行ってきます」

「本物かも確認したい。一番安いので構わないから買ってきてもらう予定だから、身軽でと伝えてくれ」

「は」


 おいナジェ、さっきから貴族然が出てんぞ。

 カルドも部下の者に通達しに向かい、何人で来たのか尋ねると今回は非公式だから五人の護衛で来たらしい。

 行商人の特徴を伝えて部下の二人に向かわせ、入れ替わりにナジェ達が戻るが、三人衆もくっついて来た。

 途端にまたも賑やかになる工房。


「ルガート! 王都に戻んのか!?」

「うお誰?!」

「めっちゃ可愛い!!」

「ナジェ」

「すみません。暇だとごねられて」

「楽しい方々とご一緒なのですね、ルガート様」

「あいつ等は気にすんな。もう会話は聞き流せ」

「ふふ」


 とりあえずベリンジャーにも簡潔に事情を説明して金貨の入った財布を預ける。

 目をまん丸にさせたベリンジャーが財布を取り落としそうになった。


「おいルガート、簡単に財布預けんじゃねえよ。ちったあ疑え」

「持ち逃げしたら地の果てまで追いかければいいか?」

「やりかねねえから怖えよ!」

「ウィンディアは多少の無理も聞くから、確認し次第すぐ戻ってこいよ」

「配当分は多めに頼むぜー?」


 出て行くベリンジャーの後ろ姿を見送り、今度はこの織物にかける価格設定と工房に残った者達で話し合いが始まった。

サワヌァ村はほとんど自給自足で成り立っていた村。

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