65.何の為に居るんだ
ハッと気付いたベリンジャーが一旦食事をおろして真剣な表情でこちらを向き直る。
地下型ダンジョンへ潜った辺りで言葉端を折ってしまった話があったから、おそらくそれだろう。
「ルガート、お前、ダンジョンを踏破したのはここだけか?」
「ああ」
「ならお前、やっぱ冒険者登録しておけ」
「却下。来年は学園に通う身だ。制限がかかる」
「それでも今回の功績は貰っとかないとダメだろ。こんなん一人でこなしたのなら、冒険者S級案件だ」
「めんど」
「め!?」
率直な感想に目を見開く全員から非難がましい視線をいただく。
「今こうしてても、俺は本気で冒険者をやってない。次男だから家の跡は継がないが、将来についてまだ展望を持っていない。冒険者になって名を馳せる志もねえ、魔士としての先もまだ保留、下手に体が動けるから騎士団もちょっと興味はあるが、先は未定だ」
「自慢か?」
「いきなり打っ込む辺りやっぱルガートも貴族だな」
「やっぱクソガキか」
「喧嘩なら買うぞ?」
同時に首を横に振る三人衆。
問答無用で水球を当てといた。
「……有望株だな」
「ナジェ、俺はまだガキだ。今更だがこの傷に絡んだ醜聞がある。今は将来より、そちらの足場を固めている途中でな」
火竜の風圧で何処かへ行ってしまった眼帯も探そうかとも思ったが、帰りがけに見つからなければ包帯で何とかするしかない。
別邸に戻ったら用意してもらおう。
「どゆこと?」
「さあ?」
「足場固めなら今地盤の緩いっていうセストラ伯爵領のことか?」
「お前ら多分違うぞ」
三人衆とベリンジャーの言葉に笑う。
ナジェだけは一人納得している。
醜聞があった頃はまだ貴族だったのだろうか、聞きはしないが、笑うだけに留める姿にルガートもあえて尋ねはしなかった。
「ルガート様」
「ん?」
トーラスは聞きがてら既に肉を食べ切っていた。
味噌汁だけを手にして何やら落ち込んでるような瞳が溶岩の光にゆらゆらと揺れる。
「私は、恥ずかしい。貴方に会うまで正直、驕っていました。全属性魔法を扱えはするのに“竜の籠”の山頂へ皆さんを連れて来れるかも怪しい自分の魔力の無さ、底の見えない貴方の突き抜けた魔法の扱い方を前に、はっきり申しますと魔士を辞めたいと思うほどです」
「大袈裟だな」
全属性をそつなく扱える方が凄いじゃないか。
慌て出す剣士達が立ち上がり、トーラスを取り囲む。
「お、おいトーラス! 辞めるとか言うなよ!」
「そうだぞ! お前がいるから俺達、今までやれてたんだぞ!?」
「おお! 何回助けられたと思ってんだ!」
「トーラス」
先ほどの戦闘がトドメか。
やけに自信喪失する男の顔色は食後のはずなのに血の気が引いていると分かるほどに白かった。
「魔力に際限は無い」
「……」
「師と呼ぶには師事されたことがあまりないが、その人が言うんだ。訓練次第で魔力も伸びる。気を落とすには早いと思うぞ」
顔を上げたトーラスに指で示し、味噌汁を口に含んで喉を潤す。
後ろでまだあわあわと焦った顔の三人衆に苦笑した。
「こいつらがあんたを信頼してここまで言ってる。それはあんたの実力で得たものだろう?」
「……ですが、これ以上魔力量を増やすなど……」
「俺も前から常々不思議に思っていた。周りの奴ら、片っ端から魔力の操作が下手くそで、見た目は派手でも威力はろうそく、伸ばし方も分からない。王宮所属の魔士でさえだ」
レベルも高いはずなのに、魔力量すらも著しく低いのも気がかりだ。
「……それは、おそらく魔王が去った影響ではないでしょうか」
「脅威が無くなったから傾ける気もなくなった?」
俺から言わせてしまえば脅威はいくらでもいると思うが、とは口の中で転がしておく。
彼らはAランク冒険者、その事実は変わらない。
「等級にこだわるなら磨くしかない。手を出せ」
「?」
この光景もお馴染みとなったものだ。
「親和属性は?」
「光です」
「まじか、まだ勉強中だからその次で頼む」
「……ふふ。では、風ですね」
属性付与の魔力を流すとすぐに気付いたトーラスが目を見開く姿に、言わずとも理解されるのは嬉しいものだなと口端を上げて手を離す。
同職の者は説明が簡潔にできて助かる。
「仲間がねだってんだ。見返す気概で行けよ」
「……こんな方法、思いつきもしませんでした」
目の端に見える光に視線を逸らしながら肩を竦め、何が起こっているのか分かっていない者達には内緒とだけ言っておく。
「王都のコフト宝石店、その内あそこで守り石が出てくるはずだから、商品化されたら買うといい。瞳の色に合う宝石を選べば間違いない」
「はい。……ありがとうございます」
袖で目元を拭い、味噌汁を飲み切ったトーラスは肉のお代わりをするのか、刺していたナイフに手を伸ばす。
「あ! トーラス! 抜け駆けか!?」
「お前後半仕事してねえだろ!」
「私はこれからも皆さんを支援する大役があるんですからお代わりは当然です!」
「俺ら今頑張ったんだから俺らが先だろ!」
「早く食え食え!」
ナジェとベリンジャーが笑い声を上げて見守りながら、ルガートはのんびりと味噌汁のお代わりをするのだった。
「さて、町に戻ったら王都に帰るだけだな? 俺は別件があるから“竜の籠”で離れる予定だ」
「え?」
「あ?」
「何で?」
三人衆が揃って顔を歪ませられ、帰りは心配いらないと構えていただけにルガートも似た顔つきで返す。
ベリンジャーも似たような表情で鼻を白ませ、顎を上げていた。
「別件って、聞いていいか?」
「さっき話したサワヌァ村に寄る」
「へー?」
「?」
なにやらニヤけた顔のベリンジャーに火口から出た俺達は、これから下山する。
急ぎ目でダンジョンを踏破したのでほとんど沈みかけの空には辛うじて太陽が見えている。
途中、溶岩石を見繕わなければと周囲を見回しながら手頃な岩を探すルガートは、こっそり話す背後には気付かなかった。
ルガートほどの身長の溶岩石を見つけて風魔法で浮かした瞬間、トーラスから悲鳴が上がった。
「嘘では!?」
「何が?」
「そ、そ、それ、ど、どうやって……!」
「風魔法で浮かせてる」
手をバタつかせて岩を指すトーラスの意図が掴めない。
驚く意味も分からずに怪訝に見つめるも、トーラスは呆気に取られた顔のまま硬直していた。
「あまりにも繊細な操作! 傷もつけず純粋な風だけを起こして持ち上げているのですか?!」
「え? うん」
「おお、トーラスもこれ扱えるんだったら俺、荷運び楽んなるなー」
野営の荷物を一手に引き受けているベリンジャーが浮く岩を眺めて顎を撫でると、目が飛び出しかねない形相のトーラスな声を荒げた。
「冗談じゃありませんよ!? どれだけ繊細か自分の魔力で操作して理解してから言ってください!!」
「す、すまん」
ずっと気にはなっていた。
魔力操作を行っていないが為の消費量の低さ、複数扱えるはずの魔法の連発数。
「なあトーラス」
「は、はい」
「お前、魔力枯渇やってないのか?」
ピクリと揺れた肩にルガートも沈黙する。
ブルースター公爵は以前、魔力枯渇を無理に起こして死亡する者が多発していたと言っていた。
近しい者でも亡くしたのか。
「やっていません。……ギルドでも、問題視されていました……」
「ああ、四、五年前だったか? 王都でも結構な冒険者所属の魔士が死んだな」
閑散としていたギルド本部内はもしや、それが原因か。
「俺も最近聞いた。法も魔力枯渇に関して整備なされていると聞くが」
「……怖いんです。彼らの顔が、目に浮かんで……」
「じゃあまだいいだろ」
「え?」
真っ青のトーラスに肩を竦める。
杖を握り込むそのては白く、唇を噛みしめる震えはローブを羽織っている裾すら揺らめくほど。
それだけの恐怖を重ねたのか。
しかし、彼は無理を重ねるような男でないと軽く言い放つルガートを見つめ、目を瞬かせた様子は、同意されると思わなかったと驚いている。
「トーラスは常識知らずではないだろ。魔力操作を始めたばかりだし、仮に今魔力枯渇を行っても死にはしないんじゃねえかな。腹決めた時にやれば?」
「ですが、また“竜の籠”へ派遣されたら」
「その時期の前に合わせてやりゃいいんじゃね?」
「ですが」
「トーラス」
ビクリと大きく肩が揺れた。
別に脅した訳ではないのだが。
苦笑して、ケインに言うような声音で尋ねる。
「お前は無茶はしない。不安に思うなら手助けするし、俺でなくとも、お前の仲間が助けてくれんだろ」
「そーだぞトーラス!」
「何手伝えばいいか分かんねえがな!」
「手とか握るか?」
「むさ苦しい顔に囲まれる地獄」
「ともかく一人で決めなくてもいい。決断したら、俺達に言えばフォローするさ」
仲間達からの言葉にグッと唇を真一文字に引き、目に力を込めるトーラス。
頭を下げた時、ポタリと溢れた透明なものに笑って頭を掻いた。
「あり、がとう、ございます」
「俺らパーティーだろ!」
良くも悪くも、年少組の言葉が気持ちのいいくらい響き渡るのだった。




