64.ボス戦
最終下層のボス戦にて、三馬鹿の大絶叫をゴング代わりに戦闘が始まった。
意気込むトーラスは両手を上げ、意識を集中させる。
「マジックシールド」
「魁」
「ぬんっ!!」
噴出された炎のブレスは火竜に劣るものの、負ったらもれなく大火傷。
トーラスの魔法で防ぎ、剣士達は一瞬安堵に剣を構え直し、態勢を整える。
盾を地面に突き刺すように振り下ろしたナジェに魔物の意識がそちらに向き、ガアンと響いた大きな音が耳に痛かったが、ルガートは顔色を変えずにこの戦闘を見守った。
体長五メートルはあろうサラマンダー。
火竜に火トカゲと曰ったが断然こちらの方がしっくりくる。
四足歩行で鈍足と見誤り、舐めてかかると外見と裏腹のその凄まじく発達した脚筋によってもたらされる素早さが襲いかかり、半泣きの三人衆のように追いかけ回され痛い目に遭うだろう。
あそこまでではないが、ルガートも初見は油断しまくって大変翻弄された。
盾士に意識を向けたサラマンダーは口から火を瞬間的に迸らせる威嚇行動を取り、あっという間に間合いを詰めると盾にぶち当たった瞬間の音はかなり痛そうで、あまり受けたくない。
すかさず魔士の氷魔法が発動された。
その背にアイシクルレインを放ち、炎に包まれていた身体が姿を現し、いっとき無防備になる。
弓士の真っ先に行われた攻撃が今脳天に突き刺さるも、そこはまだ炎で覆われていた為、軽い首振りで矢が弾かれてしまう。
「スキあり!」
「トドメだ!」
「くたばれ!」
(それができたら苦労はしないな)
攻撃は通ったが、まだ序盤。
復活した炎と盾士から離れたサラマンダーは再び剣士らを睨みつける。
口元をひくつかせた三人衆が後退しかけた側で、水平となった盾が魔物の横っ面にぶち当たった。
クリーンヒットで痛そうな音に口の炎が大きく明滅する。
「今だ!」
「おらこっちだ!」
「お相手なんぞ!」
(こいつらは逐一言わんと気が済まないのかな)
果敢に追撃を行う三人衆は見ていて面白いが、緊迫感に欠けるし苦笑を拭えない。
二度目のアイシクルレインが降り注ぎ、サラマンダーは苦悶の声をあげて身をよじらせる。
次の瞬間、体を包む炎が倍に膨らんだ。
「離れて! ブレスが来ます! マジックシールド!」
繊細な魔法で三人同時に発動されたシールドを見届け、ルガートは剣を抜く。
灼熱が三人を包んだがシールドのお陰で大火傷は免れたものの、魔士は苦悶の表情をルガートに向けた。
なるほど、先は思いやられるな。
既に剣を抜いていたルガートに目を見開くトーラスは素早く後方へと下がり、入り変わって前へと進み出た体はすぐに盾士を追い越した。
追い越し去る寸前、剣の柄をナジェの盾に二、三度叩きつけこちらへ注意を引きつける。
サラマンダーが再びこちらへ口を大きく開いた瞬間、その口目掛けて手をかざす。
「フリージングフォール」
氷の奔流が、サラマンダーを飲み込んだ。
「た、助かった」
「まだだ」
「え?」
「こっからが本番だ」
剣を構えたルガートの言葉尻と同時、溶岩の音に混じってバキリと氷が砕かれる音が響き渡る。
顔を青くさせた三人衆の目の前に、二体に分かれ出したサラマンダーの姿が見えた。
「「「ぎゃあああああ!!?」」」
「一匹は任せたぞ」
体の炎で溶ける氷から這い出ようとした左側のサラマンダーを蹴り飛ばすと、また悲鳴を上げる三人衆。
場のど真ん中で凍らせたのでちょうどいい、そちらはパーティーに任せよう。
もう一匹を右側へ蹴り出し、身軽に着地すると鋭い尻尾の回転攻撃に地を蹴ってかわした。
「早い! なんか早い!」
「さっきより早い!」
「めちゃくちゃ早い!」
「慌てるな! こちらで引きつけるから態勢を整えろ!」
「矢は通りやすくなってるな!」
反対側では賑やかに声が実況式で届けられており、まあ問題なさそうだと剣を構えてルガートも目の前のサラマンダーと対峙する。
前回から日数は開いてはいるが、体躯の状態は前より一回り大きなもの。
しかし引き締まるその手足を眺め、頭を過ぎる。
そういえば前回は食べてなかったな。
「そっち終わったか?」
「まだだよ見ろよ!」
「え? は? 何!? 倒したのか!?」
「おお」
「は!?」
氷を溶かして視界が開ける。
声を張り上げた先ではなかなかの善戦が続いていた。
魔士が欠けた状態ながらも連携の取れた三人衆、そして盾士の強固な守りで三人衆を守り、隙をついて弓士が足止めの矢を放つ。
加勢しようかとも考えたが足を止めて状況を見守るだけに。
とどめを刺したところまで見届けたルガートは素材の解体もしなければと自身が倒したサラマンダーの側へ戻って手を加え始める。
「討伐時間がおかしいだろ」
「開始五分も経ってねえし」
「魔法で倒したのか?」
「いや? 剣で倒した」
「おかしいよな?」
「なんで?」
全員でサラマンダーの素材を剥ぎ取り終わり、一時休息すると声をかけた途端、随分と走り回った三人衆がへばっていた。
ベリンジャーに声を掛けて荷物を出してもらい、サラマンダーの後ろ足の肉に素材用とは別の、反対の腿に添えていたダガーを取り出し肉を切り分ける。
皮は食いづらいだろうが焼いてしまえばいいかと筋を切るよう縦に刺していく。
ルガートの行動にようやく何をしているのか思い至った全員は徐々に色めき立ち、明らかに動揺を含んだ声をかけられる。
「なあ、おい?」
「まさか」
「ルガート?」
「それ食うの?」
「当然」
振り返るとドン引きしている冒険者達を他所に、見なかったことにしようと着々と焼かれていくサラマンダーの足。
大変いい匂いが漂ってきているが、他の者達は遠巻きに見ているだけで不思議に思ったルガートは顔を上げてトーラスに尋ねた。
「魔物食ったことないのか?」
「ええ、まあ、ありませんね……」
「損してるな」
焼け具合も頃合いとなってきた。
火から下ろして余熱で温めている間にスープでも作るかと用意してもらった小さな鍋に、水と味噌玉を取り出し中へ投入。
乾燥させていたネギや白菜も入れておく。
「手慣れすぎじゃないか?」
今回、食事の準備は手伝っていなかったルガート。
冒険者側も、貴族が手際よく料理をするなど思いもしなかったと複雑な表情をしていた。
ベリンジャーが側に来て手元を覗き込みながら恐々サラマンダーの肉を見つめる。
「魔物を食うのは初めてじゃないからな」
「ひえぇ……お前お貴族様だろぉ? なんで食い慣れてんだよ……」
「食べるかと思って大きめに切ったんだが…」
「食うよ! んな捨てられそうな猫みたいな目をすんなよ!」
ベリンジャーは猫派らしい。
ともかく食べてくれるなら一安心だ。
火の通りを確かめ、切り分けていくルガートが見ていない後ろでは、ベリンジャーが仲間達を呼びつける。
皆それぞれの反応でおそるおそると近付いてきた。
肉の味をみたら筋は気になるものの、肉の旨味の方が強かった。
味付けはシンプルに塩だけに。
「よし食え」
「……。……うめぇよ嘘じゃん?」
喉を鳴らして食べるだけのはずが死地に赴く戦士の雰囲気を背負ったベリンジャーの言葉に、その場がにわかに沸いた。
項垂れながらも食べ続けるベリンジャーを見て、ナジェもおそるおそる挙手をする。
この世界では魔物を食べる習慣がないらしい。
まあ今までの経験から自分が異端なのはよく分かっていたが、次々食べては諸々の反応を示してみせる男達に笑ってしまう。
美味いからいいだろう。
「ルガート、貴族って魔物を食べんのか?」
「まず食わねえだろ何言ってんの?」
「おかしいだろ今の矛盾」
「俺は早くから冒険者崩れでいたからな。こうして食に困った時は食ってた」
「貴族様が……」
「食に……」
「困る……」
途端に爆笑した皆の笑い顔に、ルガートも口端だけ上げて笑った。
「浸透しにくいからな。熊肉が食いたかったらブルースター公爵領の南方にあるサワヌァ村へ行くといい」
「まさかそれも魔物?」
「ああ。以前討伐した」
あちらにも事前に手紙を出しておけばよかったな。
「貴族様が率先して討伐……」
「熊肉もなかなか美味いぞ」
「お前本当に貴族?」
「遺憾ながら」
皮は固めだけどガムのように噛めば味わい深い。




