61.戦力外
「ルガート様」
「何だ?」
「下山してはいかがでしょう」
野営の準備を進めている魔士達をちらりと覗き、まだまだ意気消沈の剣士達から視線を戻す。
側に来たのは盾士の男だった。
真剣な顔つきから調査は続行不可と言われていなくもない。
羽ペンをくるりと回すルガートも同じように考えてはいたものの、少し沈黙して男を見上げる。
この盾士の人が一番年上に思うが決定権も同じかは知らないので、確認をひとつ。
「あんたらの任務はダンジョンの確認だ。達成できない場合はどんなペナルティが?」
「今回は不測の事態に見舞われ、再度編成変更を行った上、ギルド長に嘆願いたします」
「こちらも時間が限られる。次回の助力は確約できないぞ?」
「……では、ルガート様のみ、ギルド長の任務を継続していただきたく」
頭を下げた男に苦笑する。
やはり彼から見ても、あの三人は続投不可か。
紙から顔を離して男を見上げた。
「名前を教えてください」
「……。ナジェ・スティコと申します」
きょとんと目を瞬かせた。
酔狂は自身や親父達だけではなかったらしい。
「貴族?」
「今は、いち冒険者にございます。家名はお忘れいただければ幸いです」
何やら事情があるのだろう。
頷いて今のは聞かなかったことにしてその無骨な手を見つめる。
厚く傷の目立つ、騎士団にはいそうだが貴族とは無縁そうな手だった。
「ナジェさん、このまま任務を遂行してくれ。んで、あんたがギルド長に詳細を話してほしい。こちらはあとで嫌味たっぷり煽っておく」
「……ですが、あの者達はこの先、難しいでしょう」
「やるやらないの話じゃない。怯えようが喚こうがこっちはあんたらを案内すると契約してる。戦いまでは強要していないからな」
むしろはぐれる方が怖い。
既に山頂付近にいるのだから、もう連れて行った方が面倒もなく助かるのはこちらだ。
地下型ダンジョンを見せるか入ればまた奮起するかも知れないし、そこは彼ら次第だろう。
曲がりなりにも冒険者、そこに未知の存在があるなら、ルガートは立ち直ると判断する。
しかしナジェには思いもよらぬ返答だったらしく、目を見開かれた。
「では、この先もお一人で?」
「問題ない。ダンジョンも下見は済んでるからな。下手にうろつき回られる方が危険だ」
「ご随意に」
「止めろ? 今は俺もいち冒険者だからな?」
「かしこまりまして」
「言い方じゃねー。おっさん、あの三人は任せた」
「分かった」
「それでいいよ」
苦笑して地図にまた集中するとナジェもそっと離れ、しばらく放置してくれるのは有り難かった。
地図も探索魔法を使用した限りでは変更箇所も見当たらず、特に目新しい道もない。
ほとんど一本道なので迷子にもならないだろう。
起伏の激しくなる地点を書き込み、山頂で改めて探索魔法で探すかと粗方完成した地図に体を解して伸びを繰り返す。
ふわりと風に乗っていい匂いが流れて顔を上げると、ニッと笑ってこちらへやって来た弓士の男が肩を揺らしていた。
「旦那、飯食うかい?」
「……エラい変わりよう」
「自分が恥ずかしいぜ。まだ年下のガキからお説教をもらうんだからな」
彼が大荷物なのはこの為か、温かい具沢山のスープに驚きながら器を受け取り、自前のスプーンを取り出す。
軽いというかチャラいと言うか、地は随分とさっぱりした人だな。
「ベリンジャーは弓の名手か?」
「腕には自信があるが、名手とは恐れ多い。まだ修行中の身よ」
「翼の関節部への攻撃はナイスアプローチだった。名手だろ」
「このお子様泣かせにかかってる?」
何でそんなんで泣くんだよ。
この人涙腺ゆるっゆるだな。
「明日もよろしく」
「こちらこそ」
多くは語らず男は早々に離れた。
まだ涙腺が緩そうだったので特に引き留めずに見送り、乾いた地図も荷物の中にしまってダンジョンへの道のりも注意しておくかとその場で寝転がる。
なぜかそこへトーラスが慌ててやって来た。
「ルガート様」
「問題か?」
素早く起き上がって剣を手にすると違います! と慌てて手を挙げるトーラスに、怪訝に眉を寄せる。
「いえ、こちらでお休みになるんですか?」
「? ああ。野宿は大体いつもこうしてる」
「こちらの準備が……」
まさかテントでも張るのかと驚きに顔を覆い、なかなか頭の固い男に溜め息を飲み込む。
「おいこらトーラス。最初に言っただろ。貴族扱いするな。変な気遣いは無用だ」
「……ですが、今もこうして結界も張っていただいてますし……」
それこそ最初から言っていたのだが。
「“だから”案内はこれ込みだ。ここもこういう土地柄。あんたの仕事は少しでも魔力を回復させて、ここでの立ち回りを覚えるのが今回の仕事だろう」
「はい。なかなか、険しいですが」
「険しくてなんぼだろ。分かったらとっとと寝ろ。おやすみ」
「うう、すみません。では、おやすみさせていただきます」
何を謝っているのやら。
少し予想とは外れたが、元々こうなることは予定の内だったので気にしなくていいんだがな。
翌朝。
軽い朝食も済ませて周囲に火竜がいないか確認し、冒険者達に注目してもらう。
「今日はダンジョンまで一気に向かう。中の危険性を確認し次第、下山の予定だ。何か質問があれば、今のうちに受け付ける」
「ルガート様、火竜はまた襲撃して来ますか?」
トーラスの質問に剣士がびつくいた。
まあ必要な問いだが、分かっててやったか?
なかなか肝が座っている。
「なくはないとだけ。機嫌の良い日はこちらが手出ししない限りは襲ってこない。今回の目的はダンジョンの確認なのを履き違えないように」
「了解しました」
「俺からも。ダンジョンの確認はどこまでの範囲だ?」
「ギルド長もざっくりとしか言わなかったが、階層も少ないし一応踏破しといてくれたらいいとは思うが、それはこちらの希望だ。次回に持ち越しにしろ下見にしろ、見ておいて損はないとだけ」
「じゃ、旦那が良ければ踏破って方向で」
俺からは以上でーす、ベリンジャーの軽い声に続き、今度はナジェが手を挙げる。
別に挙手制を求めていないが。
「ダンジョン内では敵のレベルは分かるか?」
「たいして強くない。火竜よりは弱いさ」
「俺からも以上だ」
「他。……よし。じゃあ今日もよろしく頼む」
剣士達からは何も言われず、全員に耐性魔法を施して結界を消すと、一行は山頂を目指して歩き始める。
ここまで来たら戻れないのは理解してるだろう、剣士らから不満の声は上がらなかった。
付近まで来ていたので山頂へは早い内に到着する。
そしてダンジョンへの道のりを教えると、全員から沈黙をいただいた。
何か喋れ、了承と受け取るぞ。
「全員道順は確認したな? 行くぞ」
「ルガート様! 少しお待ちを!!」
「んだよ」
トーラスが荷物を心持ち強めに掴んだ待ったに振り返り、意気込んで歩き出そうとしたルガートは険を含んだ視線を向ける。
ここまで来ると声も大きくさせないと互いの声も聞き取りづらい。
弾ける泡は時折高く跳ね、少しでも擦れば肉が溶ける。
発光している風に見えるその赤色に落ちたらひとたまりもないのは、誰でも分かる光景。
「ここ! 火口ですよ!?」
「だから言ったろ、“悪路”だって」
「悪路というか道がないです!」
「当たり前だろ。前回も同じように来たんだから」
「なぜこんな場所でダンジョンを見つけられたんですか!?」
RPGゲームって火山にも大体ダンジョンはあるだろ? とは流石に言えない。
そして適切な言葉も浮かばない。
「気分?」
「気分!!!」
顔がおかしくなってるトーラスを放置し、心配ならと改めて耐性魔法をかけ直す。
「これでいいだろ。落ちたら耐性魔法も効かないで溶けるから気を付けろよ。さあ行くぞ」
「旦那、鬼畜!」
「減らず口は閉じとけ。騒ぐと火竜が寄ってくんぞ。足元には十分に注意してついて来てくれ」
ひい、と誰かの声を最後に歩き出した。
気分はツアーガイド。




