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58.結局手元に

 侯爵家別邸へと到着すると御者にお礼を伝えて見送り、玄関のドアを開けるとなぜか親父が仁王立ちで待ち構えていた。

 ドアすれすれで立っていたものだから軽く驚き肩を揺らす。


「お前が出てから私宛に、ラインハルトとフレイン嬢から手紙が届いた」

「お、おう……?」


 そのまま話すのかよ。

 いつもより厳しい顔つきの父は侯爵家当主の空気を纏い、腕を組み見下ろしてくる。


「フレイン嬢は、お前との婚約を前向きに検討なさるつもりだ。お前はどうする」

「ああ。いいよ」


 威厳ある表情を取っ払い、父の顔の皺が中心に寄る。

 苦虫を噛み潰したようってこういう顔だなとぼんやり眺めた。


「……。軽い、軽いぞルガート。お前、そんな、さくっと決めているようだが……」

「ルガート」

「お袋もいたのか」


 ひょこっと父の背から顔を出した母の目が、いつもより圧が強めに見つめてくる。

 言わんとしていることは、まあフレインだろう。


「後悔はしないのね? 彼女は公爵家の娘。それはよく理解しておかなければならないわ」

「王家との婚約もあり得ると? 分かってるさ」

「ええ、でもね、一番大切なのはね」

「お袋、親父も。……分かってる」


 何より言わんとしていることは。

 二人を間近で見てきていたのだから、なおさら。


「「……」」

「今は難しいが、ちゃんと一人の女性として見ていくつもりだから、んな心配すんな」


 とにかく邪魔だから避けろと親父を押し除け別邸の中へと踏み込んだ。


 自室へ向かう次男の後ろ姿を見送りながらドアを閉めたマクベスは苦笑して隣に佇む妻へと視線を下ろすと、どこか悪戯の成功した子供のような、歳を重ねた容姿でもいつまでも変わらぬあどけない笑顔が見上げていた。


「……ふふ。旦那様、わたくしの言った通りでしたでしょう?」


 母の勘というものか。

 苦笑するマクベスはテレジアの手を取り、息子とよく似た深碧の瞳を覗き込みながら頬を撫でる。


「まさかルガートがああも変わるとは。愛しい奥様には敵わないな」

「まるで若かりし頃の旦那様のように凛々しかったですわ。あの頃の気持ちがまた芽吹いたよう」

「私とてあの日の気持ちが消えるなどあり得ん。テレジア、明日からまた忙しくなるだろう? これから花を見にいかないかね? 君に似合う花を贈らせてほしい」

「ああ、旦那様」

「……父上、母上、なぜ玄関の真ん前にいらっしゃるのですか」


 タイミングよくドアが開かれ、ジミトリアスは両親のラブシーンを目の前で目撃して頭を抱える。

 そのまま仲良く出かける二人によく分からないまま当てられたジミトリアスは、絶対にことの発端であろうルガートの元へと向かった。



「別に何もしてないぞ」

「ではお前の意識外か」

「というか兄貴、それなんだ?」


 部屋に入ってくるなり何をしたと曰う兄の言葉を聞き流そうとした目が、その手に持つ、なぜだか見覚えのありすぎる荷物に嫌な予感しかしない。

 テーブルを挟んでソファーに腰を下ろすジミトリアスが何でもないようにお土産だと軽い言葉で置いたのは、先週見た気がしてならない装丁だった。

 無言で頭を抱えて俯き、兄になぜ持って帰ってきたのか絞り出す声は怒鳴らないよう抑えるのに必死になる。


「殿下がルガートの誕生祝いだと下さってな。写しらしいがそれでなくとも大変貴重な書籍だ。素直に貰っておきなさい」

「人が、せっかく、断ったのに……」

「写し終わっている時点でもう諦めなさい。気になるなら他の者に触らせなければいい話だろう」

「……兄貴、中身は見たのか?」

「いや? 見ていない」

「……。読み終わったら溶接した箱に入れとくか」

「そうしなさい。うっかりケインが見たら大変なことになる」

「一人の時にしか見ねえよ」


 結局、受け取ってしまった写本はしばらく誰の目にも届かないところにでも置いておこうと側に置き、あとで中身を軽く流し読みし終えたら荷物の中へぶっ込んでおきたいと頭をもたげた。


「私もあと数日で学園へ戻るからな。殿下への言伝があれば聞くぞ?」

「いや、近い内また王都に戻るからその時にでも話す。多分ボロい格好で行くけど門番に止めないようにしてもらえたらありがたい」

「分かっているならここで一度身綺麗にしてから行きなさい。殿下を煩わせてはダメだろ」

「分かった、じゃあそれだけだな」


 学園へは月で言うと四月の中旬から始業式となる。

 ジミトリアスは領地経営と補佐見習い、両方を選択したので仕事量はかなりの多さだ。

 領地でも見かける頻度が高かったのはその為か。

 それっていいのか? と聞いたが、結果を残せる技量があるのだからとイルガゲート自ら背中を押したという。

 話が分かる人だ、自分だって忙しいだろうに。


「じゃあ俺が学園に行く時は、兄貴が最終学年か」

「そうだな。残念だが、下級院生と上級院生の繋がりはやや薄いし、忙しくなるからあまり構えないだろうな。あちこち案内したり、穴場を教えたり、食堂の美味しい料理を教えたり、勉強とか教えたり」

「未練ありまくりじゃねえか」


 主に穴場辺りを詳しく教えてもらいながら学園への意識を前向きにしていく。

 そうでなければ引き続き領地にこもっていたいものを。


「じゃあ俺が学園へ行く前に家庭教師とか手配しておかないとな」

「ケインか? あの子の勉強の速度を考えると、今から探した方がよさそうだな」

「いや、それもいいけど、おさらいとして勉強し直すってのは?」

「それだと学習意欲が削がれないか?」

「「ううむ」」


 兄弟で頭を悩ませ、まだ四歳なのだから長い目で見た方がいいという結論に落ち着き、ここは両親に任せようと一旦匙を投げた。

 ルガートは早速イルガゲートからプレゼントさ(押しつけら)れた本を手に取る。

 ジミトリアスも仕事があるからと中座し、部屋にはお茶を淹れ直してくれたメイドのみとなった。

 メイドにも用があるまでは放っておいて構わないと退室させ、改めてソファーで本を開くと、目を瞠る。


(……! これは……)


 その本はルガートの求める光魔法の指導書で、思わず姿勢を正して集中して読書に耽る。

 光魔法の扱い方は四属性の魔法に比べてかなりの繊細さを要するらしく、素質がなければ扱うのはまず難しい魔法だった。

 ルガートが今まで扱っていたフラッシュは光魔法というより火属性の派生に近い、ただの明かりの一種と言っていい。

 修得には時間がかかりそうだと読み込み、試しに光魔法でのフラッシュ、ライトを発現させる。

 時間がかかると思ったのだが。


「……魔力枯渇を経験したからか……?」


 すんなり初級の光魔法が現れた。

 以前はうんともすんともいわなかったが、記述の少ないものだったので呆気なく出たそれに難しい顔で見つめ、頭を捻る。

 最新の魔力の文献も見たが、魔力枯渇を行う場合は学園に入る前が望ましく、十一歳までに経験した方がいいと記されていた。

 現在、魔力枯渇が有効となってから早い者は負担の軽い幼少時に済ませ、ルガートと同年代の貴族達も既に多くの者が文献の発表があった年に済ませていた。

 光魔法自体は周りでも使う奴が限られてたし、ガレッソともほとんど使わずに稽古をしていた。

 あの朝に見せてくれた魔法もガレッソが独自に編み出したと言っていたし、別物と考えた方がいい。

 問題は予想以上にすんなり現れた光魔法に何とも言えない気持ちになりながら、初級魔法をキャンセルしてまた本と睨めっこをする。


「魔力量に応じているのか、レベルの差か?」


 それはない。

 誰しも得意な魔力がある。

 最初から扱える者もいるのだから親和性の問題だろうかと唸りつつ本を捲る手は止めなかった。


「……闇魔法」


 ページの半分頃に現れたもう一つの属性魔法に、静かに胸が躍る。

 いつか修得したいと思っていた魔法を覚えれると考えただけで、逸る気持ちに苦笑する。

 その日、夕食も辞退したルガートはジミトリアスが部屋に突撃してくるまで飲食も忘れて本に夢中になっていた。

一人だと途端にケインと同じくなっちゃいます。

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